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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2025/04/22 (Tue) 08:59:04

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No.64
2009/10/16 (Fri) 01:45:54

燦燦と照る太陽の下、いつものように空き地で野球する仲間たち。ピッチャー中島の投げた球を、カツオは狙いすましてすくい上げた。きれいな放物線を描いた打球は、外野の塀をはるかに越えていった。カツオ、きょう二本目のホームラン。息を弾ませてダイヤモンドを一周する。きょうは絶好調だ……。

「カツオ、起きなさい。もう八時よ」薄暗い、じめじめしたコンクリートの天井の下、母フネの顔がのぞく。「朝ごはんのおつゆには本物のさやえんどうが入ってるわよ。食糧省が未発見の倉庫を見つけたんですって……それで今朝の配給品が……」
カツオはさっきの夢の続きを見ようと寝返りを打った。核シェルターでの生活にはもううんざりだ。

関東平野の地下に点在する三十あまりの大型核シェルターは、網の目のように張り巡らされた通路によって連結され、そこでは核戦争を生きのびた日本国民七百万人が細々と生きながらえていた。冷戦後再び核の危機が叫ばれてから数年でこれだけの施設を造り上げたのは、日本人の堅忍力と日本の土木技術の水準の高さを示していた。
しかし電力の節約のため、人々は昼間でも薄暗い照明の下で暮らさねばならなかった。

食事を終えたカツオに、サザエが言った。
「ワカメがまたどこかに行っちゃったの。また悪い仲間と付き合ってるかも知れないから探してきてくれない?」
「悪い仲間って中島のことを言ってるの?」カツオはぼそりと言った。
「そうとは限らないけど……でも中島君、さいきんヤクの売買に手を染めてるっていうじゃない」
「わかったよ」カツオは憂鬱な顔をして磯野家を出て行った。
ワカメの行きそうな場所なら分かっている。R-25地区の拡張工事が凍結している、警察の目の届きにくい空き地だ。ここではいかがわしい連中が毎日、鬱陶しい日常を忘れるためにダンスパーティーを開いていると聞く。ここに来れば、違法ドラッグも簡単に手に入る。そうは思いたくないが、ワカメはもうシャブ漬けだ。目を見れば分かる。どろんと黄色味を帯びた、感情を欠いた目。
「背はこのぐらいで、おかっぱ頭の女の子を見ませんでしたか?」カツオはいろんな大人に聞いてまわった。十人ぐらい聞いてまわって、ようやくワカメが見つかった。ワカメはコンクリートの床に座り、白目をむいて意識を失い、失禁していた。あたり一面に割れた注射器が転がっている。カツオはため息をついてワカメを背負い、磯野家のあるS-7地区に向かって歩いていった。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」背中からワカメが話しかける。「ごめんね、いつも」
カツオが無言でいると、ワカメは眠たげな声で話し続ける。
「私、きょう大人たちが噂してるのを聞いたんだけど、日本で宇宙ロケットの打ち上げの話がすすんでるんだって……地球はもう駄目だから、他の星を探しに行くのよ。ね、素敵じゃない?」
またワカメの妄想だろう。カツオはそう思って返事をしなかった。
「嘘だと思ってるでしょ。でも、R-17地区でロケットの乗組員の抽選が始まるらしいわよ。そう遠回りじゃないんだから寄ってみて」
「ああ、行ってみるか」ワカメの話が本当かどうかは怪しいが、その方面には植物園がある。草木に触れれば、ワカメもすこしは具合が良くなるかも知れない。
しかしその地区に行くと、ワカメの言ったとおり「ロケット乗組員募集会場」という張り紙がしてあり、大勢の大人が集まっていた。マイクを持った初老の男が演説している。
「宇宙に飛び立って、新しい居住地を探し求めようという有志を募っています。危険はもちろんあります。しかし死の灰のためあと千年は地上に出られないという状況に甘んじるのみでは、人類の希望の灯はついえてしまいます。われわれは太陽の子です。明るい太陽のもと、ふたたび暮らす夢を捨ててはなりません」
「ワカメ、本当だったんだね。僕と一緒に応募しよう」
「ううん、一緒に応募は駄目。この宇宙船には、男十人に対し女ニ百人が乗り込むの。人類が新天地で子供をたくさん作って繁栄するためよ。その十人と二百人とで多夫多妻制の社会を作るのよ。兄妹で夫婦にはなれないわ。それに私の体はもう薬でボロボロ。お兄ちゃんだけ応募してちょうだい」

そしてカツオは、幸運にも宇宙船の乗組員に選ばれた。時代に似合わぬ粗野な丸刈り頭が、絶倫な精力を思わせたためかも知れない。
自動操縦の宇宙船の中では、食べるか、寝るか、セックスのいずれかしかすることがなかった。しかし腕白ながらナイーブな一面をもつカツオは、はじめは女性との交渉には引け目を感じていた。しかし二百人の女性乗組員の中にかつて隣に住んでいたうきえさんが乗り組んでいることを知り、顔なじみの親しさからすぐに親密になった。八歳年上のうきえは、カツオの手を取ってセックスの手ほどきをする役目をになった。うきえにリードされ、自信にみなぎったカツオのそれはうきえの成熟した体を貫き、熱い精液を何度も彼女の体内に放った。
カツオはぐったりしてベッドに横たわった。
「カツオくん、初めてにしては良かったわ。これからもよろしくね」そう言ってうきえは微笑んだ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。時間よ」ワカメはヘルメット状の幻影装置をカツオの頭から外し、カツオの顔をのぞきこんだ。「楽しかったでしょ!」
「ここは……」
「こんどR-17地区に出来た、バーチャルリアリティを楽しむ施設よ」
「なんだ、現実じゃなかったのか……よく考えたらあんなうまい話、あるわけないものな」
「また来たくなったでしょ!」
「ああ! 現実なんてもうこりごりだよ。これからは毎日ここに来るよ! ワカメ、俺、ふっきれたよ。俺もヤクをやってみる。気持ちいいことならなんだってするんだ!」
「分かってくれると思ったわ!」

「じゃん、けん、ぽん! うふふふふ」サザエさんが微笑んで出したジャンケンの棒には、グーとチョキしかない。人類は核戦争による遺伝子の異常により、とっくに指が三本しかなくなっていたからである。

(つづく)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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No.63
2009/10/16 (Fri) 01:43:07

ボルト、パウエル、タイソン・ゲイといった錚々たるスプリンターと並んで、ロンドン・オリンピックの百メートル走決勝のスタートラインに立ったモンスター。これまでの、松平監督との厳しい特訓の思い出が走馬灯のように彼の脳裏によぎった。

「ほれほれ、速く走らんと轢き殺すぞ!」ダンプカーでモンスターを追いかける松平平平。
弓矢でモンスターを射殺しようとする松平平平。
活火山の噴火口にモンスターを突き落とす松平平平。
チェーンソーをうならせて追いかけてくる麻生総理そっくりの松平平平。

スタートの合図の、ピストルが発砲された。

金メダルを獲ったら、松平監督を血祭りに上げてやる。そうだ、そうだ。なぜ今まで松平の命令を唯々諾々と受け入れてきたのだろう。殺せ、殺すんだ。

「モンスター、ぶっちぎりの一着でゴールイン! タイムは6秒97!!」
モンスターは日本国旗を持って、陸上競技場のフィールドをウィニング・ラン……するかに見えたが、松平監督の姿を認めると、観客を押しのけて近づいていった。
「よくやったぞ、モンスター! お前は本物の金メダリストだ!」
「そうだ、だがこれまでの仕打ちを忘れてはいまいな、松平」
「何のことだ?」
「貴様の拷問のような訓練、その苦痛、そして死んでいった同じ陸上部員の仲間たち……この恨みは深いぞ。俺はお前を殺す! もっとも苦痛に満ちた死に方をさせてやる!」
「おお、お前のその瞳! 単なるスプリンターを超えた、神のような眼だ! お前、いや、あなたこそわが蟻濠図帝国(ぎごうとていこく)の次期帝王にふさわしいお方だ!」
「何を言い出すんだ、松平!?」
「実は私は、跡継ぎのいない蟻濠図帝国の王位にふさわしいものを探しに日本に参ったのでございます。いやあなたこそ私の求めてきた人物だ! 皆のもの、凱旋の用意だ!」
一つ目のモンスターは訳がわからないまま金銀の細工できらびやかに飾られた輿(こし)に乗せられ、朱や桃色の薄絹を身にまとった少女たちが花を辺りに撒き散らした。そして「ほいだらほい、ほいだらほい」という訳のわからない歌とともに、モンスター一行はロンドンをあとにしたのだった。

蟻濠図帝国に着いたモンスターは、民衆の熱烈な歓迎を受けた。
「一つ目モンスターの王様、万歳! モンスター万歳!」
しかし輿の上から、歓迎に参加しない、白い着物を着た大勢の人々が遠くに集まっているのが見えた。
「あの連中は何をやっているのか」
「葬儀でございます」と松平。
「ちょっと待て。火葬のようだが、二つ棺が見えるぞ?」
「あれは死んだ者の妻が殉死するというしきたりがありまして……」
「殉死!? そんな悪習はやめさせるのだ!!」
モンスターは輿を飛び降り、火葬が行われている葬儀場に飛び込んだ。モンスターを止めようとする者は容赦なくチョップで首をはね飛ばされた。鮮血が勢いよく飛び散る。
山と積まれた薪の上の棺から、殉死しようとする妻を助けようとして、炎の中に果敢に飛び込み、薪の山を這い登るモンスター。
「王様、王様! その故人の妻はですね!」
「やかましい! 罪なく死ぬ者を放っておけるか!!」
「だからその妻は!」
「よし! もうすぐ棺に手が届くぞ」
「その妻、人形なんです!」
と言われてモンスターは、薪の山が崩れると同時に地面に転げ落ちた。

「なんだ、人形だったのか」体中に大火傷を負ったモンスターは、体中に包帯を巻かれて横たわり、つぶやいた。
「だからそう言おうとしたら火の中に飛び込むんだから……もう殉死なんて不合理な風習はやってませんよ。その風習の名残りとして人形を燃やしてはいますが」と松平。
瀕死の重傷を負ったモンスターだったが、もともと不死身の体であり、一昼夜もするとすっかり回復した。

宮殿の王の居室で、執事の松平が
「あすは国王として初の演説です。こちらに原稿を用意してありますので……」と言うとモンスターは、原稿を奪い取りビリビリと引き裂いた。
「俺は俺のやり方でこの国を治める。この国には因習にとらわれない、俺のような者の生の言葉が必要なんだ」
宮殿の窓から空を見やると、満月は不気味な紅色に光っていた。

(つづく)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.62
2009/10/16 (Fri) 01:40:45

一つ目のモンスターが、操車場に入った回送列車をモップで掃除していたとき、読み捨てられたスポーツ新聞のある記事が目にとまった。「驚異の短距離ランナーを次々と生み出すRS電機陸上部、松平監督に聞く」というタイトルで、サングラスをかけたいかつい男の写真が載っていた。

松平平平(まつだいら・へっぺい、62歳)氏の話
「日本人は短距離ランナーとしては、天性の瞬発力の点でどうしても黒人にはかなわない、というのがこれまでの定説でした。オリンピックのメダルなど夢のまた夢である、と。しかしです。日本人が肉体的に劣っているのは確かですが、精神面ではまだまだのびしろがあると、わしは思うとります。ただ精神力を伸ばすには並大抵の訓練では無理で、それこそ選手を殺すぐらいのトレーニングが必要です。実際わたしの課した過酷なトレーニングのため、六人の選手が死んどります。日本人として初めて百メートル九秒台を出したうちの橋本など、脚光を浴びた選手の影にはそれだけの“捨て石”があるわけです。これからの日本の短距離界はまさに生き地獄ですわ。しかしわしゃそうでなきゃならんと思うとります」

この記事を見て、モンスターは怒りに震えた。中学生のころ、まだ放射線を浴びる前のモンスターは虚弱な少年で、体育の教師にさんざんいじめられた記憶があった。スポーツの記録のために選手を殺す鬼コーチ。こんな人間がいまの日本にいてよいわけがない。よし、俺が制裁を加えにいこう。

モンスターは次の日さっそく、RS電機陸上部の練習場がある神奈川県に向った。
そこは確かに陸上競技場だったが、松平平平監督はなぜかゴルフクラブを振り回していた。キーン、キーンと金属的な音がして、体中あざだらけのスプリンターたちがそのたびに猛然とスタートを切っている。
「それそれ! 速く走らんとこの鋼鉄のゴルフボールがお前らの体をぶち抜くぞ!!」
そう、松平監督は選手の背中に向けて、鉄のボールを打っていたのだ。
「次は五番アイアンだ。うかうかしてると本当に死ぬぞ!」
まさにこの男は鬼だ。モンスターは慄然とした。こんなことが許されてはならない。
しかしモンスターが監督のゴルフクラブをつかんでこの修羅場をやめさせようとすると、監督はサングラスを外し、ものすごい形相で相手をにらみつけた。彼は日本の麻生太郎元首相にそっくりだった。
「なんだ貴様は?」
「正義の使者だ。こんな殺戮が許されると思っているのか?」
「殺戮? これは日本のスポーツ界のためだ。スポーツはきれいごとでは済まされない、生きるか死ぬかの世界なのだ」
「そんなスポーツならやめてしまえ」モンスターは五番アイアンをぐにゃりと曲げ、威嚇的に監督をにらみつけた。
「貴様、貴様……」松平監督はぶるぶる震えながらこぶしを握り締めた。「その腕、その足、その瞬発力……貴様、日本人か? すごい素質だ……陸上選手になる気はないかね?」
「なんだと? なんで俺が……」
「そうかそうか、スプリンターになってくれるか! めでたい、めでたいぞ! よし、明日から本格的に特訓だ!」

次の日の朝。モンスターは訳がわからないまま百メートル走のスタートラインに立っていた。そして松平平平の手には黒い拳銃が握られている。
「よし、速く走らんとこのコルト・ガバメントが貴様の脳天をぶち抜くぞ!」
空に一発、スタートの合図に撃った松平監督は、死ぬ気で走るモンスターの背中に向けて容赦なく発砲した。
「貴様の道は、死ぬか金メダルか、そのいずれかしかない! 走れ走れ、明日のために! 走れモンスター!」
日本陸上界の今後の明暗は、この二人に握られているのだ。

(つづく)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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