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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2025/04/22 (Tue) 12:51:00

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No.49
2009/10/16 (Fri) 01:13:18

考古学者草壁が、殺気(さつき)と冥(めい)のふたりの娘を連れて獄門島に到着したのは、夕刻に近いころであった。

これから住むことになる、じめじめした古い屋敷を見て冥は言った。
「お父ちゃん、この辺にイボガエルいるかな」
「ああ、いっぱいいるとも。冥の好物ならなんだっているぞ」
「青い目の男の子も? 今から楽しみ~イヒヒヒ」
「こら冥、がっつかないの!」殺気が言った。
草壁は屋敷の雨戸をいきおいよく開けた。二、三十羽のコウモリが、バタバタと羽音もけたたましく飛び出してきた。
「ウシシ、ウシシ、うまそうなコウモリ~!」赤黒い目玉をぐりぐり回し、よだれをたらしながら冥が叫んだ。
「さーて、二階へ昇る階段はどこにあるでしょーか!」草壁がニヤニヤしながら言った。
「ウワーイ」殺気と冥はどたどたと屋敷に上がりこんだ。
「ここかな? ここかな? ここだー!」
「なんだか真っ暗ねー。ウヒヒ、なめくじいるかなー」
ザワザワという音とともに、黒い小さな球体がたくさん見え隠れした。
「まっくろくろすけ出ておいで、出ないと内臓ほじくるぞお!」
二人の娘は包丁を持ってくわっと目を見開き、猛然と階段をかけ上った。
「なんにもいない」
殺気が窓を開けた。光がサッと差し込む。
「ぎゃあ、お姉ちゃん、目がつぶれるぅ」冥がのたうちまわった。
「お父さん、ここお化け屋敷みたい!」殺気が階下にいる父親に言った。
「なーんだ、またお化け屋敷か! これはこれは、研究が進むぞぉ」

鬼婆が来た。
「手伝いにきたぞな、もし」
「これはこれは、すみません」と草壁。
「おやおやおや」殺気と冥を見た鬼婆はニンマリとして言った。
「可愛い子たちだこと……そら、おみやげじゃ」
鬼婆がブリキのバケツを差し出すと、中にはトカゲの尻尾や何かの目玉、芋虫などがたくさん入っていた。
「わー、お婆ちゃん大好き!」二人の娘は声をそろえて言った。

目が黄色くてがりがりに痩せた、坊主頭の少年が布をかぶせた大きな皿を持ってやってきた。
「これ、母ちゃんが、婆ちゃんに」といって皿を殺気に差し出す。
「何これ?」殺気が布を取ると、皿には腐った牛の首がのっていた。
「わー、ありがとう!」
少年は口元をぶるぶる震わせてあとずさった。
「や、やーい、お前んち、自殺の名所!」
「姦太(かんた)!!」鬼婆が叫んだ。
「男の子きらーい!」殺気はそういって、鬼婆の持ってきたみやげをムシャムシャほおばっていた。

(つづく)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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No.48
2009/10/16 (Fri) 01:11:18

「つまり、ある平行宇宙へ向けて穴を開けることはできるけど、その平行宇宙をこちらの望みのままに選ぶっていうのは事実上不可能なことなの。ユートピアを思い描いてボタンをぽんと押せばそこへの道が開ける、なんてのは残念だけど無理な相談ね」
 アデラインは腕時計を見た。あと二三分でチャイムが鳴る。
「きりがいいから今日の講義はここまでだけど、何か質問ある?」
 教室を見回すと、まじめにノートを取っている学生もいるが、居眠りしている学生や、こそこそ私語をしている男女も多い。
「せんせーい」
「はい、何かしら」
「先生のスリーサイズを教えてくださーい」
 アデラインがむっとして返す言葉を考えているうち、講義の終りを告げるチャイムが鳴った。「ではまた来週」と言ってぷいと顔をそむけ、つかつかと去って行くと、教室から笑い声が起こった。

「まったく、宇宙アカデミーも堕ちたもんだわ」
 その夜アデラインは、自邸で夕食のスープを飲みながら、アンドロイドの召使い、セバスチャンに愚痴をこぼしていた。「あたしがいたころは、先輩の科学者にはみな敬意を払ったものよ。今はあんな軽薄な連中がえりぬきのエリートですって! 世の中狂ってるわ」
「お嬢様がほとんどの学生と同世代だから、親しみをもたれているのではありませんか」セバスチャンはにこやかに言った。
「あれが親しみっていうのかしら」
 そう、アデラインはまだ十九歳だった。早熟の天才で、わずか十一歳で宇宙アカデミーを卒業、以後数々の画期的発明、科学上の発見をし、つねに第一線で活躍してきたが、外見はまだあどけなさの残る美少女だった。それが、いま客員教授として招聘され、週一回母校の教壇に立っているのだった。

「平行宇宙の理論、その応用の可能性」という題目で、半年かけて講義する予定だった。夜半、アデラインはクッキーをほおばりながら講義ノートを見返していた。
 大統領からの依頼で宇宙ハイジャックを退治した際、彼女は「平行宇宙導来機」というものを使った。その装置は、悪者を懲らしめるのには役に立ったが、まだ開発途上のものだった。有意義な用途に向けての改良は、まだまだこれからだ……。
「お嬢様、お茶が入りました」セバスチャンが紅茶を運んできた。
「ありがと」と言いながらも、アデラインの澄んだ茶色い目は、ノートに書かれた数式の背後にある、形のないもやもやした新しい可能性を把握しようと、静かに思索にふけっていた。

 ちゅん、ちゅん。小鳥の鳴き声が聞こえる。
「お嬢様、お電話です。もう朝の八時ですよ」
「へ?」
 アデラインはたくさんのメモ書きにうずもれて、うつぶせになって眠っていたのだった。
「もう朝か……くしゅん!」彼女はくしゃみをして体を震わせた。「で、誰から?」
「宇宙アカデミーの学生さん、だそうです」
「え、学生が? なんでうちにかけてくるのよ……もしもし、アデラインですけど?」
「あ、僕、宇宙アカデミー学園祭実行委員のウィム・ヒラノです。朝早くからすみません」
「で、何のご用?」
「あの、実は毎年学園祭で、ミス・宇宙アカデミーっていうのを決めてるんです。みんなで事前に投票して。で、それが今年はアデライン先生に決まったんです。ついては、学園祭当日のセレモニーに出ていただけないか、と思いまして」
「え!? ミス・宇宙アカデミーって、そういうのは学生から選ぶもんでしょ? なんであたしがなるのよ」
「ええ、通常は学生から選ぶんですが、投票の規定には、学生からしか選んじゃいけないなんて書かれてなくて……先生みたいな若い方が教授でいらっしゃるなんて、前例がなかったものですから」
「いやよ。セレモニーなんてお祭り騒ぎでしょ。ていうか、もう予定入ってるし。別な人を選んでちょうだい」
「困ったなあ……アデライン先生のセレモニーは今度の学園祭の目玉なんです。よその大学からもそれ目当てでたくさんの学生が来ますし」
「知らないわよ……勝手に当てにしないでちょうだい」
「そうですか……じゃ、残念だけど次点の人をミスにします。朝からすみませんでした」
 電話が切れると、アデラインはあくびをしながら白衣をはおって、研究室の一つに入っていった。「まったく、近頃の学生ときたら……」

 数日後。
「共振カッターがないのよ」
「は……ひとつっきりでしたか。レーザーでは代用になりませんか」
「素材にあまり熱を加えるわけにいかないの。待って……アカデミーに持ってったような気がする」
 共振カッターというのは、どんな硬い素材にも、それ固有の振動を与えることによって共振を発生させ、難なく切断してしまう機械だった。とくにアデラインが独自に開発したそのカッターは、小さなものだったが性能は抜群だった。
「アカデミーの研究室に行ってくるわ」

 エア・カーでアカデミーに乗り付けたアデラインは、その瞬間にしまったと思った。学園祭当日だったのである。アカデミーの大通りを歩いて学生たちに見つかったら、学園祭クイーンが来たとはやし立てられるかも知れない。アデラインは宇宙工学研究棟に、遠回りして裏口からこっそり入ろうとした。
「あ! アデラインだ!」
「え、どこどこ」
「ほらあそこ! やっぱり来てるんじゃないか!」
 アデラインは顔をそむけて逃げ出そうとしたが、たちまち学生たちに取り囲まれてしまった。
「アデライン先生、いや、ミス宇宙アカデミー!」
「みんな、胴上げだー!」
「きゃーっ」アデラインは男子学生たちに胴上げされながら、わっしょいわっしょいと、学園祭本部という看板のかかった建物に連れて行かれた。
「あ、先生。やっぱりいらしたんですか。ウィム・ヒラノです」
「いらしたもなにも、強制的に連れてこられたのよ! あたしは別件で大学に来たの! 学園祭なんて知りませんからね!」
「いや、そうおっしゃられても、こうも盛り上がってしまっては」
表からは「アデライン! アデライン!」と大合唱が聞こえてくる。とても逃げ出せそうにない。
「ね、先生。ちょっとセレモニーに顔を出すだけでいいですから」
 実行委員らしい他の学生たちも、お願いします、お願いしますと口々に言った。
 アデラインは下を向いてため息をついた。「しょうがないわね」

「じゃ、これに着換えてください」ウィム・ヒラノは黒いビキニの水着を差し出した。
「何これ!? なんで教授のあたしがこんなもん着なくちゃならないのよ! しかも滅茶苦茶きわどいじゃない!」
「だって、伝統なんですよ」
「いやよ」
「うーむ……無理じいするわけにもいかないかなあ」男子学生たちが口々に言うと、こんどは女子の実行委員たちが口を出した。
「アデライン先生がこれ着なきゃ絶対盛り上がらないわよ! 先生、このムードに冷や水をかけるようなことする気ですか!」そういうと女子学生たちはいっせいにアデラインを取り囲み、無理やり服を脱がせた。
「きゃーっ」
 水着に着換えさせられたアデラインは、引きつった笑いをうかべ「ちょっと……いま服を脱がせた子の中にあたしのクラスの学生がいたわね。学期末の成績、覚えてらっしゃい」
 
 そのときだった。学園祭本部のドアをあけ、血相を変えて別の男子学生が叫んだ。
「ロボットコンテストの巨大ロボットが故障して暴れてるんだ! リモコンで制御できなくなったらしい! 特設ステージとかもう無茶苦茶だし、航空工学棟からは火も出てる!」
 みなで様子を見に行くと、巨大な黒いカニ型ロボットが周囲のものを破壊しつつ暴れていた。レーザー光線を目から発射し、木々を焼き払っている。学生たちは避難して、遠くから眺めているばかりだった。
「アデライン先生、なんとかしてください!!」
「この恰好のあたしにどうしろって言うのよ!!」黒いビキニ姿のアデラインはなるほど無力そうだった。しかし「ちょっと待ってなさい!」というと、彼女は裸足でどこかに駆けていった。

 宇宙工学棟の扉をたたくアデライン。「開けて! 開けるのよ!」
「誰だ?」守衛の老人がガラス戸の中からいぶかしそうに言った。
「アデラインよ! 緊急なの! いま入館カードがないのよ!」
「おやおや」守衛は彼女の顔を認めてドアを開けた。「なんですか、その恰好は」
 透きとおるような白い裸体をさらして血相を変えている美女の姿は、大学という場所ではなるほど非日常的だった。「ありがと! いま説明してる暇がないのよ!」アデラインは栗色の長い髪をなびかせ建物の中へ去っていった。

 しばらくすると学生たちのもとへ、金属製の大きな筒をかついだアデラインが戻ってきた。彼女はしゃがんで、筒の先をカニロボットに向けた。
「あたしが合図したら、ライターでその茶色い紐に点火してちょうだい」
 カニロボットが大きな両腕を振り回しながら、ぐんぐん近づいてくる。
「今よ!」
 ぽん、という音とともに白煙が立ちのぼり、ロボットの眉間に緑色の物体がへばりついた。
「共振カッターを接着剤でくっつけたのよ」アデラインはパンツの後ろから発信機を取り出し、スイッチを入れた。ブーンブーンという音とともに、ロボットの動きが鈍くなった。見る間にロボットの頭の真ん中に裂け目ができ、白い閃光とともに爆発を起こした。
 その強い光と爆風で、みな一瞬目がくらんだが、暗くなるとそこには粉々になったロボットの破片が散らばっていた。

「ほんと、今日は散々だったわ」アデラインは自邸のソファに腰かけ、ため息をついて言った。
「しかし、お怪我がなくて何よりでした」セバスチャンは、彼女のためにコーヒーを注ぎながら応じた。
「あれ、時計が狂ってる」アデラインは腕時計と壁掛け時計を見比べながら言った。「腕時計のほうが五分遅れてるのね……こんなこと、初めてだわ」
 そう、その特別製の腕時計が遅れるなど、初めてのことだった。
 電話が鳴った。
「アカデミーのウィム・ヒラノ様からです」セバスチャンが取り次ぐ。
「あ、先生ですか。きょうは本当にお世話になりました。それから、たいへん失礼なことをしてしまって……」
「ううん、いいのよ。で、結局けが人は出なかったの?」
「ええ、幸い誰も。ところで、あのカニ型ロボット、当初はロボット・コンテストに出品されたものだと思われていたのですが、あんなロボットを作った者は誰もいなかった、というんですよ。誰も作らないのにどこから来たのかって、いま警察が来てみな取調べを受けてるんです」
「ふーん、それは不思議ね……」アデラインは目をぱちくりさせてつぶやいた。

(つづく)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.47
2009/10/16 (Fri) 01:09:34

 最近、透明アルミニウムや対音響爆弾シールドの開発といった大きな仕事を終え、アデラインは不規則な生活から開放されて、比較的平穏な日々を送っていた。セバスチャンの助言もあって、彼女は朝のジョギングを日課とし始めた。何しろ学校時代は飛び級につぐ飛び級で、十一歳で全ての学業を終えたものだから、通常の少女に比べて運動の習慣がなかった。
 とはいえ元来が機敏なほうで、黒のスポーツウェアを着て、自宅近くの大きな公園の周りを颯爽と駆け抜ける、そのフォームは堂に入ったものだった。アデラインは有名だったけれど、早朝のプライベートな時間に走る彼女を邪魔したり詮索するものはいない。もっとも、ジョギングのコースの途中、公園のベンチでしばしばホルンの練習をしていたジョニーという青年とは顔見知りになった。
「おはよう、アデライン!」
「ジョニー、おはよー!」アデラインはいつも軽く手を振って走り去った。

「ただいまー。今日もいい天気だったわ」
「お帰りなさいませ、お嬢様。先にお風呂になさいますか」
「ええ」
 走り終えて帰宅したアデラインとセバスチャンの会話は、いつもほとんど同じ。それは最近の彼女の規則正しい生活を物語っていた。
 朝食をとりながら、彼女はセバスチャンにその日のスケジュールを確認するのが常だったが、ここ数週間は仕事の打ち合わせも少なく、二人はもっぱら他愛もない会話に興じていた。
「深海用ロボットの改良もほとんど出来たし、あと差し当たってしなきゃいけないのは『ドリームレコーダー』と『イカロス』のテストだけね」
「『イカロス』もほぼ完成でございますか。あの機器には、とりわけ人間のロマンをかきたてるものがあるとお見受けいたします」
「そうね。セバスチャン、あなた『人間のロマン』というものに興味津々な様子ね」
「はい、たいへん興味深く感じます。大昔、はじめて空を飛んだ人間を衝き動かしていたのは、予想される飛行機の利便性ではなく、飛ぶという事に対するロマンだったのではないでしょうか」

「イカロス」というのは、彼女が映画会社からの依頼で研究を始めた一種のグライダーで、翼は鳥の羽とそっくりであり、また鳥のように羽ばたくことで装着した人間が空が飛べるというものである。ずいぶん昔から映画にはコンピュータ・グラフィックスが取り入れられ、思いのままの映像をPC上で造り上げることが出来るのだったが、一方で「本物独特の質感をともなったSFX、生身の人間によるスタント・アクション」を追求する映像作家も少なくなく、俳優が本物の鳥の翼を背負って空を飛ぶ映像が今回要求されたわけである。
 
「イカロス」は、いっぱいに広げると幅三メートルほどになる真っ白い翼だったが、小さく折りたたむことも可能だった。アデラインは自宅の敷地内で何度も羽ばたく実験をし、次第に高度を上げていった。アデライン邸の居住スペースは、太い楕円柱に支えられ地上三十メートルの位置にあった。「木の上の家に住みたい」という彼女の幼いころの夢を形にしたもので、太い支柱は無数の蔦に覆われて樹木の趣きがあった。「イカロス」を背負ったアデラインは、地上から三十メートル上の居住スペースまで安全に羽ばたくことが出来た。
 ベランダのひさしに降り立ったアデラインは、翼をたたんで腰かけ、そこから緑豊かな公園の景色を見渡した。
「本当に木の上に棲む鳥みたい……」
 晴れ渡った秋空を吹き渡るそよ風に髪をなびかせ、膝から下をぶらぶら揺らして、アデラインはわくわくして子供のように微笑んだ。
「今は人目につきすぎるから遠くには飛んでいけないけど、暗くなったら赤外線スコープを付けて、いつものジョギングコースの上を飛んでみよう」

 午後のアデラインは他の仕事に熱中し、それが思いのほか長びいて、とっぷりと日が暮れた。
「今日は疲れたし、残念だけどイカロスでのフライトは明日にしようかな」
 彼女はドリーム・レコーダーを頭に取り付けてベッドにもぐりこんだ……ドリーム・レコーダーは人間の夢を正確に記録する装置で、朝セバスチャンに言った「テスト」のため、彼女自身が装着して眠ることにしたのだ。ドリーム・レコーダーは小さな輪の形をしており、銀色にきらきら輝いていた。

 午前二時ごろ、アデラインは不意に目を覚ました。気分が高揚し、目が冴えてもう眠れそうにない。いつも頭の中に発明のアイディアがあふれかえっている彼女にはよくあることだった。
「今から飛ぼうかしら?」
 アデラインは不意につぶやき、イカロスを持ち出して屋上に上がり、ひんやりした夜風の中、それを背中に装着した。パジャマのままだった。夜目が効くように赤外線スコープを付け、辺りを見回した。これから飛ぼうとするのは広い公園の上空で、もとより障害物があるはずもなかった。
「さあ、せーの、で行こう。……せーの!!」
 アデラインは数歩助走し、床を蹴ると、翼に揚力を感じてふわりと浮き上がった。大きな翼を二度三度羽ばたくと、彼女は邸宅の屋上を後にし、全身につめたい風を感じながら星空の下を飛び立っていった。

 数度羽ばたくだけで広い公園の向こう端まで到達した彼女は、翼をいっぱいに広げてカーブし、自由自在に飛べる楽しさを満喫した。「まるで夢のよう……」彼女は一人つぶやき、思い切りスピードを上げたり、地面すれすれに飛んでみたりして思う存分遊んだ。

 ふと、赤外線スコープを通した彼女の視野の中に、自動車道の真ん中に立つ少年の姿を認めた。その子に向かってエア・カーが突っ込んでくる。危ない! アデラインは少年に向かってぐんぐん飛行し、間一髪のところで少年を抱き上げた。
 その男の子を抱えて少し高いところまで飛び上がると、アデラインは言った。
「あなた、大丈夫!? 怪我はない?」
「あれ、僕、どうなったの? 空を飛んでるの?」
「そうよ。あたしがグライダーで飛びながらあなたを運んでるのよ」
「あ、ありがとう……奇蹟みたいだ……」少年は茫然として言った。
「そうね」アデラインは微笑んだ。
 しばらく高いところを飛び続けてから、
「あなたの家はどこ? あたしが送ってってあげるわ」
「あ、あっちです」
 
 少年は高層マンションの十階に住んでいた。アデラインが彼をその部屋のベランダに下ろしてやった。
「本当に、有り難うございました」
 少年が部屋の電灯をつけた。アデラインはスコープをはずし、にっこり笑った。
「あ……あの、お姉さんは天使ですか?」
 少年が見間違えたのも無理はなかった。アデラインは白い翼を生やしているだけでなく、真っ白いパジャマを着て、頭上に銀色の輪まで浮かべていたのだから。それに、透き通るような白い肌に輝くような美貌、慈愛に満ちた笑顔。
「いいえ、あたしはれっきとした人間よ。アデラインっていうの。あなたのお名前は?」
「ぼく、レイっていいます」
「レイ、なんだってこんな真夜中にあんな場所にいたの? 子供が出歩く時間じゃないでしょう?」
「ラジオを組み立ててたんです。そしたら熱中してこんな時間になってしまって。それで、部品が足らないことに気付いたんで、二十四時間ストアに買いに行ったんです」
「そう……で、ラジオは上手く出来そうなの?」
「ええ、なんとか」
「ちょっと見せてご覧なさい。買ってきた部品はどこ?」
「これです。これとこれをつなぎ合わせて……」
「それだけじゃ上手くいかないわ。ハンダゴテある?」
「ええ……」
 そうしてレイのラジオは、ちゃんときれいな音で鳴るようになった。
「天使のお姉さんって、ラジオも造れるんですね!」レイが目をきらきら輝かせて言った。
「うん、あたしもこういうの好きだしね……でもあなた、ラジオの原理がいまいちよく分かっていないわ。学校の勉強はちゃんとやってるの?」
「勉強はあんまり得意じゃないんです」
「そう……ちゃんとやらなきゃ駄目よ。そもそも電波っていうのは……」
「あ、勉強の話はいいです。頭が痛くなっちゃう」
「あたしがパジャマ姿で男の子の部屋に入るなんてこと滅多にないのよ。電波の話でもありがたく聞くもんだわ」
 アデラインは喋るだけではなく、あり合わせの工具で少年のラジコンカーの性能を数倍アップさせたり、レイの脳波に反応して明暗が切り替わるように電灯を改造したりと、驚くべき実演をいろいろしてみせた。
 夜がしらじらと明けてきた。
「天使のお姉さん、また来てくれる?」レイが目を輝かせて言った。
「そうね、いつになるかは分からないけど……」
「もし良ければ、クリスマスの晩に来てくれないかな。ご馳走も出せるし、それまでに勉強もいっぱいしておくよ」
「……うん、わかったわ。約束する」
 
 アデラインはそれからも毎晩、翼を付けていろんなところを飛び回った。
 あるときは強盗団が金庫破りをしようとしているのを発見して懲らしめた。ひったくりを飛んで追いかけて盗んだものを奪い返し、被害者に返してやったこともあった。
 アデライン邸の近隣では、毎夜天使が飛び回って悪を懲らしめているという噂が広まっていた。
 
 ある晩は折悪しく雨が降り、アデラインの夜の飛行は取りやめになった。しばらく朝のジョギングが途絶していて、次の朝は早く目が覚めたから、今日はウォーキングでもと思っていつものコースを出発した。途中ジョニーに会った。
「やあ、アデライン。このごろ天使の噂で持ちきりだぜ。しかもその天使は、君によく似てるっていうんだ」
「あら、そうなの?」ととぼけるアデライン。そういう噂が広がっているのは知っていたが、イカロスで飛び回ることが楽しくてやめられなかったのだ。
 そこへ、二人の牧師らしき服装の男が現れた。二人は帽子を取って挨拶した。
「始めてお目にかかります。わたくしは牧師のマクドナルドと申します。こちらはマクレーン牧師」
「あの……あたくしに何かご用でしょうか」
「いや、このところ教会では謎の天使の話題でもちきりでして……ある人に聞いたのですが、この辺りに朝、その天使にそっくりな人がよく現れるとのこと。そこでこうして参ったのですが、今日ここで会えるとは思いませんでした。天使さま、お目にかかれて光栄です」
「牧師さん、この人はアデラインだぜ、科学者の。知らないのかい?」ジョニーが口を挟んだ。
「アデライン……確かに聞いたようなお名前ですが、ここに夜な夜な現れる天使の写真がありまして……見れば見るほどこの方とうり二つ。私たちは神に仕える身です。つつみかくさず仰ってください。あなたさまは天使なのでしょう?」
「いえ……確かにその写真はあたくしです。しかし私は天使ではありません。お恥ずかしい話なんですけど、つつみかくさず申し上げましょう……」

 アデラインは事情をすっかり打ち明けたが、牧師たちはピンとこない様子だった。最新の科学の事情にうといらしく、はたして鳥の翼を背負って人間が空を飛べるのか、いぶかしんでいるようでもあった。マクレーン牧師のほうが言った。
「私どもには、どうも納得が参りません。私どもの会派では以前より、近い未来に、天からの御使いが来臨されるとの予言が信じられてきました。その御使いは、ご自分が天の使いであることを人間が信じるかどうかお試しになられるはずなのです。わたくしどもはあなたさまが真の神の御使いであることを信じております。何度お試しになっても同じことです。さ、教会で信者たちが待っております。なにとぞ神のお言葉をわれわれにお示しください」
「ちょっと待ってください! そんなの無茶です。あたしが天使でも何でもない科学者アデラインだという事は、近隣の皆さんはもちろん、政府、いや大統領閣下だって保証してくれますわ」
「たとえ大統領の言葉でも、神のお示しになる真理の前では無力なのです。さ、参りましょう」

 こうしてアデラインは、二人の所属する教会に無理やりに連れて行かれた。壇上に押し上げられたアデラインは、もういちど噛んで含めるように「イカロス」開発の経緯と、自分の身元について説明した。しかし、聴衆はそこにいる天使そっくりの美しい女性の姿に熱狂し、「時は来たれり! 神の再臨の日は近い!」などと叫ぶばかりである。聴衆はアデラインのもとに押し寄せた。
「神のお言葉を我らに伝えたまえ!」

 そのとき、舞台のそでからアデラインの腕を引っ張る者があった。
「さ、こっちです。逃げるなら今です」
 見ると、それは黒いスーツを着た大柄な中年男性だった。見知らぬ人物だったが、アデラインはその場のパニック状態から一刻も早く抜け出そうと、その男についていった。教会の裏口を出ると、男は停めてあったエアカーにアデラインを乗せ、出発した。
「アデラインさんですね? 私はディクソン、警察の者です」彼は素早く身分証明書を見せた。「以前からあの教会はうさんくさいと思っていたんですよ」 
「助かりましたわ」
「ところでアデラインさん、申し上げにくいことですが、あなたは例の『イカロス』を使って、この地域に混乱を起こしておられる。なさっていることは立派ですよ。強盗やひったくりの被害から市民を守ってるんですからね。しかしそれはわれわれの領分です。お分かりですか?」
「は……はい」
「ですので警察としましては、あなたの『イカロス』が決して地域住民に害をなす機器ではないことを確認させていただき、その上で地域に混乱を招くような振舞いは今後なさらないと誓約していただきたい。でないと、警察も今後あなたの安全を守るという保証はいたしかねます」
「つまり『イカロス』を警察の皆さんにお見せすればよいという事でしょうか」
「はい。今夜九時にSD-3ブロックの北側の青い建物に、イカロスを持って来てください。ここは一般には余り知られていない警察の分室なのです。高度に科学的な分析を要する捜査を専門に行っています」
 
 アデラインは、例の教会の信者が辺りにいないことを確かめて、九時近くにSD-3ブロックに向かった。はて、こんなうら寂しいところに警察の分室があるのかしら……と思いつつ、青い建物を見つけ、入り口のブザーを押した。すぐに門が開き、禿頭の小男が現れた。
「アデラインさんですね? お待ちしておりました。どうぞお入りください」
 暗い廊下の奥の大きな扉の前で小男が言った。
「検査技師が中にいるはずです。まずその翼……イカロスですか、それを装着してください」
「ここで? なぜ?」
「中が大変に込み合っているからです。さ、早く」
 アデラインはいぶかしみながらも、イカロスを背中に取り付けて扉を開けた。

 多数の男女の哄笑や泣き叫ぶ声が、耳をつんざかんばかりに聞こえてきた。彼ら彼女らは、ほとんど素っ裸に近い格好をしており、酒を飲むか、さもなくば麻薬を吸っていることが明らかだった。紅い照明が彼らの肌を妖しく照らしている。
 アデラインが茫然と立ちすくんでいると、黒いマントに仮面の男がその手を引っ張り、
「さあ、天使さまのご入来だ!」
 黒いマントの男がさらに三四人アデラインを取り囲み、彼女の体を持ち上げた。
「いひひひひひひひ」
「けけけけけけけけ」
 アデラインは、広間の奥に何百もの紅いロウソクが立てられ、いかにもまがまがしい真っ黒な羊の像が壁に掛けられているのを見た。それは、悪魔崇拝の儀式に使われるものだとすぐに分かった。
「さあ、呪うべき天使が今日の生贄だ! みんなよく見ろ! このみめ麗しい天使が醜く焼き殺されるとき、われわれはより強固な、より邪悪な悪魔の力を授けられるであろう!!」
「きゃーっ!!」
 絶叫するアデラインを、黒マントの男たちは、いつのまにか用意された十字架に縛りつけた。そして下に積まれた薪にかがり火で着火した。もくもくと立ちのぼる黒い煙……。
「助けて、セバスチャン!!」

 すると広間の入り口がバタンと勢いよく開き、大きな真空掃除機のような装置を持ったセバスチャンが現れた。
 セバスチャンはノズルを立ちはだかる男女に向け、白いガスを勢いよく噴射して彼らを蹴散らした。
「どいてください。怪我しますよ」
 彼は落ち着き払って邪魔者を次々に退治していった。
 十字架のふもとに着いたセバスチャンは、冷静に白いガスで火を消していった。鎮火すると、アデラインを縛りつけていた縄を解きながら、
「お怪我はありませんか、お嬢様?」
「げほ……ありがと……一時はほんとにどうなるかと思った」アデラインは珍しくセバスチャンに抱きついて、感激をあらわにした。
「大規模火災用の消火器を買っておいてようございました。しかしお嬢様の行動のダイナミックさには毎度驚かされます。まさか黒魔術の集会にまで足をお運びになるとは」

*****************************

「お嬢様、クライアントの映画会社には納品を済ませたことですし、もうあの『イカロス』はこのお屋敷では封印しなければなりませんね」
「うーん、もうあんな目にあうのは確かにこりごりなんだけど、レイっていう男の子と約束しちゃったのよね……クリスマスの晩に、もう一度『天使のお姉さん』が来ることになってるのよ」
「確かに少年の夢を壊すのはよろしくございませんね……では、その晩はわたくしもおとも致しましょう」

 クリスマスの晩。さすがに白いパジャマで飛行するのは寒すぎるから、アデラインは白いコートを着込んで冬空を羽ばたき、レイの家に行った。セバスチャンはいつもの黒いモーニング姿で、小型ジェット噴射機で飛行して付いてきた。
「こんばんは、レイ」
「あ、天使のお姉さん!」
「上がっていいかしら」
「もちろん。でもパパもママも眠ってるから、静かにね……それからケーキを残してあるから、食べてね」
「ありがとう。あなたが今作ろうとしているのは、ロボットかしら? 犬型なの?」
「うん、喋るロボットだよ。いつかはアンドロイドも造るんだ」
「あらそう。上手くいくといいわね……セバスチャン? あなたもこっちにいらっしゃい」
「はい、お嬢様」
「このセバスチャンもアンドロイドなのよ。あたしが造ったの」
「お姉さん、すっげー!! ……ねえお姉さん、ものは相談なんだけど、このアンドロイド、一回分解して見せてくれないかな。それで、この前のラジオみたいに、二人でいちから組み立てようよ。勉強になると思うんだ」
「レイ君、断っておくが私はね、ラジオなどと一緒にされては困る。そもそも陽電子回路を使った人工頭脳というのは……」アデラインの執事がまくし立てると、
「ま、レイ君、それは今度にしましょうよ。まずは基本ね。犬型ロボットからはじめましょ」
「お嬢様、今度っていつですか」セバスチャンが小声で尋ねた。
「しっ。言葉のあやよ。あたしを信じなさい……」
 セバスチャンにとっては少々居心地の悪いクリスマス・パーティになり、人間が言う「時間が長く感じる」とはこのことなんだな……と、彼は心中でボソリとつぶやいた。
 クリスマスの夜は深々と更けていく……。
 
(終)

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執筆陣
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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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