『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.40
2009/10/16 (Fri) 00:11:26
「私に双子の姉がいたなんて!」景浦家の令嬢、麗子が叫んだ。
「はい。法子お嬢様といいまして、お生まれになった直後に大叔父様がひきとられ、その後出来たベルリンの壁に隔てられてお会いすることが叶わなかったのでございます」
「で、お姉さまは今、チューリッヒにいらっしゃるのね!? すぐ行くわ。秀じい、車を廻して!」
「僕も行こう」と、麗子の婚約者、鏡隆一郎が言った。
法子はホテルをチェックアウトして空港へ向かうところだった。そこに自分と容貌のそっくりな女が現れたものだから、法子は大いに驚いた。
「お姉さま、法子お姉さま。わたし、あなたの双子の妹の麗子と申します。長く生き別れになっていました」
「まあ……じゃ、私が双子だというのは本当だったのね! 私、自分の赤ん坊のころの写真で、もう一人の女の子と一緒に抱かれているのを見たわ。でも叔父様に尋ねても答えてくださらなかった。あなたが、あなたが私の妹なのね」法子は涙ぐんで言った。
「よかったね、麗子さん」と、彼女の婚約者が言った。
「あら! ひょっとして、ひょっとして、あなたは鏡隆一郎さんじゃなくて?」法子が言った。
「どうして法子お姉さまが隆一郎さんをご存知なの?」
「だって、だって隆一郎さんは十年前に船が難破して離れ離れになった私のいいなずけなんですもの」
「なんですって!」
「法子さん、本当に法子さんなのかい? てっきりあのとき君は死んでしまったものと思っていたんだ」隆一郎は言った。
「私、私、あなたからもらった銀のペンダントをまだ持っているわ。ほら」法子はそれを見せた。
「しかし法子さん、いま僕は麗子さんと婚約してるんだ。すまない、許してくれ」
「でも、でもあなたは私と先に婚約したのよ! こっちの方が正当性があるはずよ」法子は麗子をキッとにらんだ。「弁護士の先生もきっとそう仰るわ」
そのときである。ちょうど獅子座流星群のまっただ中にあった地球に、流星のかけら、すなわち隕石がチューリッヒ上空に飛来し、法子の頭を直撃した。昏倒する法子。
「法子さん、しっかりするんだ! 気を確かに! 秀じい、救急車を!」
救急車の中で、昏睡状態にある法子をみまもる隆一郎と麗子。
「すぐに輸血が必要だが、この血液型は、用意がない……」救急隊員が言った。
「血液型は何ですの?」
「O型、RHマイナス」
「わたしと同じだわ」麗子は言った。「さ、わたしの血で法子お姉さまを助けてあげて」
法子は昏睡状態の中でこの会話を聞いたのか、一粒の涙が彼女の眼からこぼれ落ちた。恋人を争う私を助けてくれるなんて……。
病院に着くと、法子はすぐに集中治療室に運ばれた。若い女医が、てきぱきと法子の心拍や脈搏、脳波などを検査した。「頭蓋が陥没して脳を圧迫しています」レントゲン写真を片手に女医が言った。「頭蓋を修復して神経を整復しなければなりません。すぐに手術に入ります」
チクタク、チクタク。手術室のランプがともり、長い時間が過ぎた。麗子と隆一郎は手を取り合い、固唾をのんで待った。三時間、四時間。神経の疲れた麗子はいつしかウトウトとして、そしてハッと目を覚ました。手術室のランプが消えて、女医が出てきたところだった。
「ひとまず手術は成功です。でも、今夜が山ですね」そう言って、女医はマスクをはずした。
女医の顔を見た麗子と隆一郎は驚いた。彼女は、麗子と法子に生き写しの顔をしていた。
「私は速水涼子。しかし本当は景浦家の三つ子の長女。ふふ、こんな所で二人の妹に会えるとはね」女医は言って、そして鏡隆一郎のほうに向き直った。「隆一郎さん。私もあなたのことがずっと好きだったわ。思えば十五年前から……私は今はこの病院の院長、速水賢太郎の娘。私と結婚すれば巨万の富が手に入るわ。どう、私と結婚なさらない?」
「そんなことは無理よ! 私や法子お姉さまは正式に隆一郎さんと婚約してるんですからね!」
「そんなものね」涼子は煙草をふかして言った。「お金の力でどうにでもなるものなのよ」
「隆一郎さん、何とか言って!」麗子は叫んだ。
隆一郎は、額から汗を流し、苦悩の表情を浮かべた。彼の頭から、湯気のようなものが立ち昇っている。
「こうなっては、僕も本当の事を言おう。本物の鏡隆一郎は二十年前に死んでいる」
「ええっ!!」
「麗子、覚えているかい。二十年前、僕が誤ってクレーン車に挟まれたときのことを。僕はあのとき死んだのだ。そのとき父の親友であるロボット工学者の天馬博士が、僕とそっくりのロボットを造り上げた。それが僕さ」
「そんな、信じられない」麗子と涼子は声をそろえて言った。
「ごらん、僕のお腹の中を」隆一郎が自分の腹についた扉を開けると、そこには電気回路がびっしりと詰まり、無数の歯車が回転していた。
「しかし僕は、こんなところでぼやぼやしてはいられない。僕が天馬博士から託された本当の使命は、未知の宇宙空域の調査にあるのだ。ベントラー、ベントラー。これからアルタイル星系に向かわねば」
すると病院の窓から、オレンジ色に光る円盤が飛来するのが見えた。
「では、さようなら!! 地球の皆さんによろしく!!」
隆一郎が靴底からジェットを噴射して飛びたち、円盤に吸い込まれていくのを、麗子と涼子はぼんやりと眺めているだけだった。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
「はい。法子お嬢様といいまして、お生まれになった直後に大叔父様がひきとられ、その後出来たベルリンの壁に隔てられてお会いすることが叶わなかったのでございます」
「で、お姉さまは今、チューリッヒにいらっしゃるのね!? すぐ行くわ。秀じい、車を廻して!」
「僕も行こう」と、麗子の婚約者、鏡隆一郎が言った。
法子はホテルをチェックアウトして空港へ向かうところだった。そこに自分と容貌のそっくりな女が現れたものだから、法子は大いに驚いた。
「お姉さま、法子お姉さま。わたし、あなたの双子の妹の麗子と申します。長く生き別れになっていました」
「まあ……じゃ、私が双子だというのは本当だったのね! 私、自分の赤ん坊のころの写真で、もう一人の女の子と一緒に抱かれているのを見たわ。でも叔父様に尋ねても答えてくださらなかった。あなたが、あなたが私の妹なのね」法子は涙ぐんで言った。
「よかったね、麗子さん」と、彼女の婚約者が言った。
「あら! ひょっとして、ひょっとして、あなたは鏡隆一郎さんじゃなくて?」法子が言った。
「どうして法子お姉さまが隆一郎さんをご存知なの?」
「だって、だって隆一郎さんは十年前に船が難破して離れ離れになった私のいいなずけなんですもの」
「なんですって!」
「法子さん、本当に法子さんなのかい? てっきりあのとき君は死んでしまったものと思っていたんだ」隆一郎は言った。
「私、私、あなたからもらった銀のペンダントをまだ持っているわ。ほら」法子はそれを見せた。
「しかし法子さん、いま僕は麗子さんと婚約してるんだ。すまない、許してくれ」
「でも、でもあなたは私と先に婚約したのよ! こっちの方が正当性があるはずよ」法子は麗子をキッとにらんだ。「弁護士の先生もきっとそう仰るわ」
そのときである。ちょうど獅子座流星群のまっただ中にあった地球に、流星のかけら、すなわち隕石がチューリッヒ上空に飛来し、法子の頭を直撃した。昏倒する法子。
「法子さん、しっかりするんだ! 気を確かに! 秀じい、救急車を!」
救急車の中で、昏睡状態にある法子をみまもる隆一郎と麗子。
「すぐに輸血が必要だが、この血液型は、用意がない……」救急隊員が言った。
「血液型は何ですの?」
「O型、RHマイナス」
「わたしと同じだわ」麗子は言った。「さ、わたしの血で法子お姉さまを助けてあげて」
法子は昏睡状態の中でこの会話を聞いたのか、一粒の涙が彼女の眼からこぼれ落ちた。恋人を争う私を助けてくれるなんて……。
病院に着くと、法子はすぐに集中治療室に運ばれた。若い女医が、てきぱきと法子の心拍や脈搏、脳波などを検査した。「頭蓋が陥没して脳を圧迫しています」レントゲン写真を片手に女医が言った。「頭蓋を修復して神経を整復しなければなりません。すぐに手術に入ります」
チクタク、チクタク。手術室のランプがともり、長い時間が過ぎた。麗子と隆一郎は手を取り合い、固唾をのんで待った。三時間、四時間。神経の疲れた麗子はいつしかウトウトとして、そしてハッと目を覚ました。手術室のランプが消えて、女医が出てきたところだった。
「ひとまず手術は成功です。でも、今夜が山ですね」そう言って、女医はマスクをはずした。
女医の顔を見た麗子と隆一郎は驚いた。彼女は、麗子と法子に生き写しの顔をしていた。
「私は速水涼子。しかし本当は景浦家の三つ子の長女。ふふ、こんな所で二人の妹に会えるとはね」女医は言って、そして鏡隆一郎のほうに向き直った。「隆一郎さん。私もあなたのことがずっと好きだったわ。思えば十五年前から……私は今はこの病院の院長、速水賢太郎の娘。私と結婚すれば巨万の富が手に入るわ。どう、私と結婚なさらない?」
「そんなことは無理よ! 私や法子お姉さまは正式に隆一郎さんと婚約してるんですからね!」
「そんなものね」涼子は煙草をふかして言った。「お金の力でどうにでもなるものなのよ」
「隆一郎さん、何とか言って!」麗子は叫んだ。
隆一郎は、額から汗を流し、苦悩の表情を浮かべた。彼の頭から、湯気のようなものが立ち昇っている。
「こうなっては、僕も本当の事を言おう。本物の鏡隆一郎は二十年前に死んでいる」
「ええっ!!」
「麗子、覚えているかい。二十年前、僕が誤ってクレーン車に挟まれたときのことを。僕はあのとき死んだのだ。そのとき父の親友であるロボット工学者の天馬博士が、僕とそっくりのロボットを造り上げた。それが僕さ」
「そんな、信じられない」麗子と涼子は声をそろえて言った。
「ごらん、僕のお腹の中を」隆一郎が自分の腹についた扉を開けると、そこには電気回路がびっしりと詰まり、無数の歯車が回転していた。
「しかし僕は、こんなところでぼやぼやしてはいられない。僕が天馬博士から託された本当の使命は、未知の宇宙空域の調査にあるのだ。ベントラー、ベントラー。これからアルタイル星系に向かわねば」
すると病院の窓から、オレンジ色に光る円盤が飛来するのが見えた。
「では、さようなら!! 地球の皆さんによろしく!!」
隆一郎が靴底からジェットを噴射して飛びたち、円盤に吸い込まれていくのを、麗子と涼子はぼんやりと眺めているだけだった。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
PR
No.39
2009/10/16 (Fri) 00:09:24
(これは、作者が mixi日記にてお題を募集し、「水がめ」「ビニ本」「タイムマシン」の三語をいただいて三題噺にしたものです。)
その海岸には、早朝から釣りをする人たちが集まっていた。当時中学二年生の僕は、母の勤め先のおじさんに連れられ、車でその海岸に向かい、釣りをすることになった。釣りをするのは僕は初めてで、楽しみと言えば楽しみだったが、どちらかというとインドア派の僕はそれほどの期待を抱いてはいなかった。
しかし僕がその海岸に着いてまず驚いたのは、ビニ本、裏本などのポルノ雑誌が大量に、あちらこちらに捨てられていたことだった。当時の僕には刺激が強すぎて、一緒にいる大人たちが男ばかりだとはいえ、それらを拾って食い入るように眺めるという真似はできなかった。大人たちはもちろんそれらを拾って、見て楽しんでいた。「この女、中森明菜にそっくりだな」「いい女だなぁ」当時は、コンビニで見かける成人誌にも、それほど過激な写真は載っていなかった時代だっただけに、それらの写真は僕には衝撃的だった。
さて、釣りを始めることになり、大人たちは僕に釣具の扱い方を教えてくれた。僕は投げ釣りがどうも上手く出来なかったから、近い水面に釣り糸を垂れて当たりを待った。なかなか釣れない。大人たちもたまに小物を釣り上げるぐらいだった。どうも、こういう遊びは自分には不向きだ、家で本でも読んでいたほうがよかったかなと、陽が高くなってくるにつれてぼんやり思った。
「そろそろ引き上げるか」「でもT君がまだ釣れてないぜ」T君とは僕のことである。
「ちょっと待って! 何かが強く引いてる!」僕は叫んだ。大人たちは僕の釣竿をいっしょに持って、獲物を引き上げようとふんばった。水面の底深くから、大きな白い円筒形のものが引き上げられてきた。釣り上げてみると、大きな水がめのような形をしていた。それは大人の人間よりも大きかった。その水がめのような物体は、いまや自らの力で空中に浮遊していた。
水がめの胴の部分が、自動扉のように静かに開いた。まるで土偶のような装備をした、小柄な人間(?)が姿を現した。我々の側の大人の一人が近づこうとすると、その土偶のような生物は手首から白い光線を発射し、足元の岩場が溶けてしまった。威嚇のつもりなのだろう。
「ドゥブブ、ビルクルムリムリ。タベネ、トバラージャー。ヘンドバ」
と、そいつは訳の分からない言葉を発した。話しながら、胸元のラジオのような装置のつまみをくるくる廻していた。まさにラジオのチューニングのときのような音がする。やがてその土偶は
「ワレバレラ。ベ、ブ、ワレワレハ、ミライカラキタ。キミタチトオナジ地球人ダ。キミタチノイウ、たいむましんニ乗ッテヤッテキタノダ。ワレワレハ、古代ノ地球ヲ調査シニ来タ。バー、ビー、ビロヨーン。君ラハ、雄カ。失礼、男性カ」
我々の側の大人の一人が「そうだ」というと
「ナルホド。ケロヨーン。ワレワレノ未来ニハ、モハヤ性別ガナイ。コノ時代ノ男性ヲ一匹、さんぷるニモラッテユク」
といって土偶のような未来人は、光線を僕に向かって発射し、僕は意識を失った。
僕が目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。ここは先ほどのタイムマシンの中らしい。土偶のような未来人たちは、サングラスのような目で、先ほどの海岸から拾ってきたと思しきポルノ雑誌のページを熱心にめくっていた。そして僕が目を覚ましたのに気づくと
「オイ君、ココニ載ッテイル写真ハ、スベテ女性ナノカ」僕はそうだと答えた。
「イロイロナ姿ノ女性ガイルガ、スベテ生殖能力ヲ持ッテイルノカ」
「なぜそんなことを聞く」と僕が言うと
「女性モ一匹連レテ帰リ、君トツガイニシテ繁殖サセルノダ」
僕はそれを聞くと、ポルノ雑誌をひったくって、いちばん好みに合う女のヌードを指さした。「確実に生殖能力があるのはこいつだけだ。こいつを探し出すんだな」
「ワカッタ」
すると今まで外を映し出していたタイムマシンのスクリーンは灰色に変わり、操縦席の土偶はいろいろなボタンを忙しく押したりレバーを引いたりした。
いきなり、白いタイムマシンの内部に、もう一人の人間が実体化した。
「捕獲完了」
その人間は、まさに僕が指をさした写真のモデルだった。写真よりも色が白く見え、美人だったが、服は着ていた。
「いったいなんなの! ここはどこ!?」
「たいむましんノ中ダ……ダガシカシワレワレハ地球人デハナイ。アルデバラン星系カラ来タノダ。君ラヲツガイニシテ、ワレワレノ動物園ニ連レテ行ク。観客、タクサン来ル。ワレワレ、モウカル。スベテ丸ク収マル」
「収まるわけないでしょ!」女の子は宇宙人の一人をグーで殴った。するとその相手は簡単に参ってしまった。
「お前ら、地球人じゃなかったのか。騙しやがって」土偶たちが意外に弱いのを知って、僕も彼らに殴る蹴るの暴行を加えた。
「ギャー」
「ソレ以上アバレルト、光線銃デアノ世イキダゾ」土偶の一人は銃を構えた。
「なんでこうなるのよ、え、なんで!?」娘は僕に食ってかかった。
「知らないよ」
「ソノ男ガ、オ前ヲ連レテユク女トシテ選ンダノダ」
「何それ!? どういうことなのよ!? 説明しなさいよ!」
「うるせえ、こんちきしょう、ポルノ雑誌なんかに出る女のくせに」
「きー」
「やるか!?」と言って僕は光線銃をひったくった。そして宇宙人の側を向き直り「おっと、みんな手を上げるんだな。おとなしくしな。操縦を代わってもらおう」
「オ、オマエナドニ操縦ガデキルモノカ」
「さっきから見てりゃゲームセンターの宇宙船と同じ要領だ。おい、宇宙人を見張ってろ」と言って、僕は銃を女に渡した。
「地球に帰れるのね」
「ああ、それからこの宇宙人たちを動物園に売って大儲けだ」
「その手があったわね! いひひひひ」
「うけけけけけけ」
それから僕たちは金持になった。宇宙人万歳である。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
その海岸には、早朝から釣りをする人たちが集まっていた。当時中学二年生の僕は、母の勤め先のおじさんに連れられ、車でその海岸に向かい、釣りをすることになった。釣りをするのは僕は初めてで、楽しみと言えば楽しみだったが、どちらかというとインドア派の僕はそれほどの期待を抱いてはいなかった。
しかし僕がその海岸に着いてまず驚いたのは、ビニ本、裏本などのポルノ雑誌が大量に、あちらこちらに捨てられていたことだった。当時の僕には刺激が強すぎて、一緒にいる大人たちが男ばかりだとはいえ、それらを拾って食い入るように眺めるという真似はできなかった。大人たちはもちろんそれらを拾って、見て楽しんでいた。「この女、中森明菜にそっくりだな」「いい女だなぁ」当時は、コンビニで見かける成人誌にも、それほど過激な写真は載っていなかった時代だっただけに、それらの写真は僕には衝撃的だった。
さて、釣りを始めることになり、大人たちは僕に釣具の扱い方を教えてくれた。僕は投げ釣りがどうも上手く出来なかったから、近い水面に釣り糸を垂れて当たりを待った。なかなか釣れない。大人たちもたまに小物を釣り上げるぐらいだった。どうも、こういう遊びは自分には不向きだ、家で本でも読んでいたほうがよかったかなと、陽が高くなってくるにつれてぼんやり思った。
「そろそろ引き上げるか」「でもT君がまだ釣れてないぜ」T君とは僕のことである。
「ちょっと待って! 何かが強く引いてる!」僕は叫んだ。大人たちは僕の釣竿をいっしょに持って、獲物を引き上げようとふんばった。水面の底深くから、大きな白い円筒形のものが引き上げられてきた。釣り上げてみると、大きな水がめのような形をしていた。それは大人の人間よりも大きかった。その水がめのような物体は、いまや自らの力で空中に浮遊していた。
水がめの胴の部分が、自動扉のように静かに開いた。まるで土偶のような装備をした、小柄な人間(?)が姿を現した。我々の側の大人の一人が近づこうとすると、その土偶のような生物は手首から白い光線を発射し、足元の岩場が溶けてしまった。威嚇のつもりなのだろう。
「ドゥブブ、ビルクルムリムリ。タベネ、トバラージャー。ヘンドバ」
と、そいつは訳の分からない言葉を発した。話しながら、胸元のラジオのような装置のつまみをくるくる廻していた。まさにラジオのチューニングのときのような音がする。やがてその土偶は
「ワレバレラ。ベ、ブ、ワレワレハ、ミライカラキタ。キミタチトオナジ地球人ダ。キミタチノイウ、たいむましんニ乗ッテヤッテキタノダ。ワレワレハ、古代ノ地球ヲ調査シニ来タ。バー、ビー、ビロヨーン。君ラハ、雄カ。失礼、男性カ」
我々の側の大人の一人が「そうだ」というと
「ナルホド。ケロヨーン。ワレワレノ未来ニハ、モハヤ性別ガナイ。コノ時代ノ男性ヲ一匹、さんぷるニモラッテユク」
といって土偶のような未来人は、光線を僕に向かって発射し、僕は意識を失った。
僕が目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。ここは先ほどのタイムマシンの中らしい。土偶のような未来人たちは、サングラスのような目で、先ほどの海岸から拾ってきたと思しきポルノ雑誌のページを熱心にめくっていた。そして僕が目を覚ましたのに気づくと
「オイ君、ココニ載ッテイル写真ハ、スベテ女性ナノカ」僕はそうだと答えた。
「イロイロナ姿ノ女性ガイルガ、スベテ生殖能力ヲ持ッテイルノカ」
「なぜそんなことを聞く」と僕が言うと
「女性モ一匹連レテ帰リ、君トツガイニシテ繁殖サセルノダ」
僕はそれを聞くと、ポルノ雑誌をひったくって、いちばん好みに合う女のヌードを指さした。「確実に生殖能力があるのはこいつだけだ。こいつを探し出すんだな」
「ワカッタ」
すると今まで外を映し出していたタイムマシンのスクリーンは灰色に変わり、操縦席の土偶はいろいろなボタンを忙しく押したりレバーを引いたりした。
いきなり、白いタイムマシンの内部に、もう一人の人間が実体化した。
「捕獲完了」
その人間は、まさに僕が指をさした写真のモデルだった。写真よりも色が白く見え、美人だったが、服は着ていた。
「いったいなんなの! ここはどこ!?」
「たいむましんノ中ダ……ダガシカシワレワレハ地球人デハナイ。アルデバラン星系カラ来タノダ。君ラヲツガイニシテ、ワレワレノ動物園ニ連レテ行ク。観客、タクサン来ル。ワレワレ、モウカル。スベテ丸ク収マル」
「収まるわけないでしょ!」女の子は宇宙人の一人をグーで殴った。するとその相手は簡単に参ってしまった。
「お前ら、地球人じゃなかったのか。騙しやがって」土偶たちが意外に弱いのを知って、僕も彼らに殴る蹴るの暴行を加えた。
「ギャー」
「ソレ以上アバレルト、光線銃デアノ世イキダゾ」土偶の一人は銃を構えた。
「なんでこうなるのよ、え、なんで!?」娘は僕に食ってかかった。
「知らないよ」
「ソノ男ガ、オ前ヲ連レテユク女トシテ選ンダノダ」
「何それ!? どういうことなのよ!? 説明しなさいよ!」
「うるせえ、こんちきしょう、ポルノ雑誌なんかに出る女のくせに」
「きー」
「やるか!?」と言って僕は光線銃をひったくった。そして宇宙人の側を向き直り「おっと、みんな手を上げるんだな。おとなしくしな。操縦を代わってもらおう」
「オ、オマエナドニ操縦ガデキルモノカ」
「さっきから見てりゃゲームセンターの宇宙船と同じ要領だ。おい、宇宙人を見張ってろ」と言って、僕は銃を女に渡した。
「地球に帰れるのね」
「ああ、それからこの宇宙人たちを動物園に売って大儲けだ」
「その手があったわね! いひひひひ」
「うけけけけけけ」
それから僕たちは金持になった。宇宙人万歳である。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.38
2009/10/16 (Fri) 00:04:48
岳滅鬼(がくめき) 広瀬淡窓
杳杳又冥冥
唯疑入大隧
奔泉心暫醒
危石足頻躓
密林一路無朝昏
群蛭吮人殷血痕
忽然白日翻衣上
樹杪拆処天如盆
どこまでも暗く 何も見えず
てっきり大きな隧道に入ってしまったのかといぶかるばかり
勢いよく流れ落ちる滝に肝を冷やしたり
そそり立つ岩にしばしば足がすくむ
密林は果てしなく続いて 朝なのか夕暮れなのかも分からず
群がる蛭(ひる)は私の血を吸い放題に吸って どこも血の痕だらけ
そのうち思いがけなく太陽の光が私の着物の上で翻り
ふと見上げると樹木のこずえがぽっかり開いたところに 皿のように小さく丸い青空
宮廷からの帰途、裏門から出て通ったことのない山道を進んだら、どんどん道が細くなって、鬱蒼と茂る木々のために辺りは真っ暗になっていった。そして湿気の多い道を進んでいるうち、気がつくと蛭に体中をかまれて血だらけになっていた。宮殿の近くにこのような場所があったとは思ってもみなかったが、しばらく行くと小川があったからそこで傷口を洗うことにした。すると血の匂いをかぎつけたピラニアと思しき魚が群れを成して襲ってきた。わたしは足を無数のピラニアに咬まれ、あっという間に膝の下の白骨がむき出しになった。私は命からがら密林を抜け出したが、そのころはとっぷり日が暮れていた。暗くてよく見えなかったが、辺り一帯は腐臭を放つ泥土がどこまでも広がっているらしかった。自由が利かなくなった下半身を引きずって、両腕で這っていく私。とりあえず星明りでぼんやりと見える巨木を目標に進んでいった。耐え難い腐臭が鼻をつき、私は自分の両足がどうなってしまうのか心配だった。二三時間這って進むと、巨木の根元にどうやらたどり着いた。そこには人がゆうに入れるぐらいの大きな穴があいており、中は乾いて快適そうだったから中に入っていった。私はおそるおそる自分の下半身に触ってみた。私の体はへそ辺りまでとっくに擦り切れ、もう上半身だけの人間になっていた。ところが不思議と気分が滅入ることはなかった。ふと思いついて、中空になった巨木の中の、固い蔦をつたわって私は上へ上へと昇っていった。何がそうさせたのかはよく分からない。まもなく私は木の落とし戸に触れた。ここは人家なのだろうか。それを何とか押し上げて、階上に登ると、巨木の大きな節穴から月明かりがさしていた。そこには大きな書架が見え、黴臭い革表紙の古い書物がたくさん並んでいた。夜が明け、朝日が節穴から差し込んできてもそこを立ち去る気にはなれなかった。それらの書物は魔術的な力で私の好奇心を捉えてしまっていたのである。アラム文字やヘブライ文字で書かれたそれらの書物は、はじめはちんぷんかんぷんだったが、読み解く時間はいくらでもあった。私はやがてアッシリアの魔術に通暁するようになり、巨木の周辺に棲む虎やライオンを子猫同様に手なずけ、不思議な香木から生命力を得る術を身につけた。天を摩する巨木からは、ときおり天の雷の力を得て、そういう時は雨に打たれながら浩然の気をいっそう養った。私はさらに多くの魔術書に読みふけり、やがて尻から糸を吐くようになった。そして大木の枝から枝へと巣を張って鳥や獣を捕らえては食べた。
私はやがて、自分の身につけた術を自分一個のために役立てるだけでは満足できなくなった。私は長年住み慣れた巨木を離れ、人里を求めてさまよった。ある夜、荒野に一軒建つ古い城館から灯りが漏れ、若い男女の歓声が聞こえてくるのに気がついた。私はためらわずに城館に入っていった。とたんに絹を引き裂くような叫び声が起こった。そこに集っていたと思われた男女は実はいたちの集団であった。いたちの分際で音楽をかき鳴らしワインを傾けていたのである。いたちは私を見て、慌てふためいて逃げまどった。私は彼らを蹴散らし、広間に入っていった。そこにはすでに誰もおらず、大きな姿見があるだけだった。そして蝋燭に照らされた鏡面に写っていたのは大きな毒蜘蛛であった。私はいつの間にか、大きな黒い毒蜘蛛になってしまっていたのである。しかし私は悲観しなかった。多年の魔術修行によって、自分の外見にとらわれるがごとき小さな心はとっくに滅していたのである。私はその城館に、蜘蛛男爵と名乗って住まうことにした。その地方ではなかなかの名士として今も暮らしている。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
杳杳又冥冥
唯疑入大隧
奔泉心暫醒
危石足頻躓
密林一路無朝昏
群蛭吮人殷血痕
忽然白日翻衣上
樹杪拆処天如盆
どこまでも暗く 何も見えず
てっきり大きな隧道に入ってしまったのかといぶかるばかり
勢いよく流れ落ちる滝に肝を冷やしたり
そそり立つ岩にしばしば足がすくむ
密林は果てしなく続いて 朝なのか夕暮れなのかも分からず
群がる蛭(ひる)は私の血を吸い放題に吸って どこも血の痕だらけ
そのうち思いがけなく太陽の光が私の着物の上で翻り
ふと見上げると樹木のこずえがぽっかり開いたところに 皿のように小さく丸い青空
宮廷からの帰途、裏門から出て通ったことのない山道を進んだら、どんどん道が細くなって、鬱蒼と茂る木々のために辺りは真っ暗になっていった。そして湿気の多い道を進んでいるうち、気がつくと蛭に体中をかまれて血だらけになっていた。宮殿の近くにこのような場所があったとは思ってもみなかったが、しばらく行くと小川があったからそこで傷口を洗うことにした。すると血の匂いをかぎつけたピラニアと思しき魚が群れを成して襲ってきた。わたしは足を無数のピラニアに咬まれ、あっという間に膝の下の白骨がむき出しになった。私は命からがら密林を抜け出したが、そのころはとっぷり日が暮れていた。暗くてよく見えなかったが、辺り一帯は腐臭を放つ泥土がどこまでも広がっているらしかった。自由が利かなくなった下半身を引きずって、両腕で這っていく私。とりあえず星明りでぼんやりと見える巨木を目標に進んでいった。耐え難い腐臭が鼻をつき、私は自分の両足がどうなってしまうのか心配だった。二三時間這って進むと、巨木の根元にどうやらたどり着いた。そこには人がゆうに入れるぐらいの大きな穴があいており、中は乾いて快適そうだったから中に入っていった。私はおそるおそる自分の下半身に触ってみた。私の体はへそ辺りまでとっくに擦り切れ、もう上半身だけの人間になっていた。ところが不思議と気分が滅入ることはなかった。ふと思いついて、中空になった巨木の中の、固い蔦をつたわって私は上へ上へと昇っていった。何がそうさせたのかはよく分からない。まもなく私は木の落とし戸に触れた。ここは人家なのだろうか。それを何とか押し上げて、階上に登ると、巨木の大きな節穴から月明かりがさしていた。そこには大きな書架が見え、黴臭い革表紙の古い書物がたくさん並んでいた。夜が明け、朝日が節穴から差し込んできてもそこを立ち去る気にはなれなかった。それらの書物は魔術的な力で私の好奇心を捉えてしまっていたのである。アラム文字やヘブライ文字で書かれたそれらの書物は、はじめはちんぷんかんぷんだったが、読み解く時間はいくらでもあった。私はやがてアッシリアの魔術に通暁するようになり、巨木の周辺に棲む虎やライオンを子猫同様に手なずけ、不思議な香木から生命力を得る術を身につけた。天を摩する巨木からは、ときおり天の雷の力を得て、そういう時は雨に打たれながら浩然の気をいっそう養った。私はさらに多くの魔術書に読みふけり、やがて尻から糸を吐くようになった。そして大木の枝から枝へと巣を張って鳥や獣を捕らえては食べた。
私はやがて、自分の身につけた術を自分一個のために役立てるだけでは満足できなくなった。私は長年住み慣れた巨木を離れ、人里を求めてさまよった。ある夜、荒野に一軒建つ古い城館から灯りが漏れ、若い男女の歓声が聞こえてくるのに気がついた。私はためらわずに城館に入っていった。とたんに絹を引き裂くような叫び声が起こった。そこに集っていたと思われた男女は実はいたちの集団であった。いたちの分際で音楽をかき鳴らしワインを傾けていたのである。いたちは私を見て、慌てふためいて逃げまどった。私は彼らを蹴散らし、広間に入っていった。そこにはすでに誰もおらず、大きな姿見があるだけだった。そして蝋燭に照らされた鏡面に写っていたのは大きな毒蜘蛛であった。私はいつの間にか、大きな黒い毒蜘蛛になってしまっていたのである。しかし私は悲観しなかった。多年の魔術修行によって、自分の外見にとらわれるがごとき小さな心はとっくに滅していたのである。私はその城館に、蜘蛛男爵と名乗って住まうことにした。その地方ではなかなかの名士として今も暮らしている。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
文書館内検索