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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2025/04/22 (Tue) 15:17:39

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No.28
2009/10/15 (Thu) 23:42:43

 俺はS市市長選挙に立候補し、みごと当選した。
「市長選挙当選ばんざーい!!」万歳三唱。そのとき、選挙事務所に白いガスが流れ込んできたのを俺ははっきり覚えている。そのガスを吸った途端、俺は頭がくらくらして、気絶してしまった。

 目が覚めたのは、小さなホテルの一室だった。窓から外を見ると、見たこともない白い建物がたくさん並んでいて、チューリップ型の赤や青の奇妙な服装をした男女がたくさん歩いている。前輪の極端に大きな自転車が何台か走っていた。

「やあ、目を覚ましたな」部屋の中のどこかにあるらしいスピーカーから声が聞こえてきた。
「ここはどこだ」
「市だ」
「お前は誰だ」
「ナンバー2だ。ここの住民はすべて番号で呼ばれている」
「ナンバー1はどこだ」
「お前はナンバー6だ」
「番号なんかで呼ぶな。俺は自由な人間だ!」
「さて。お前はS市市長に当選したんだったな。市長としての研修で、むこう一年間ここへ住んでもらうことになった」
「そんな話は聞いていないぞ」
「それは残念」
「ここは何市だ」
「市長市さ」
「なんだそれは?」
自分が市長を務める市に住んでいない市長、その全員が住む場所だ。それ以外のものは住んではいけない。それが掟だ
「ここに住んでいるもの全員が市長なのか?」
「その通り。しばらくゆっくり過ごしたまえ」

 俺は外をぶらつき、人々を観察したが、みな白痴のようにへらへら笑っている。
 市長市? 馬鹿げてる。俺はここを脱出するぞ。
 俺は雑貨屋に入った。
「ここの地図がほしい」
「地図? 地図なんてどうなさるんで?」
「いいからはやく見せてくれ」
 その地図にはまんなかに「市長市」と大きく書いてあり、その他には大まかな地形図に「山」「海」「広場」という漠然とした名詞が書かれているだけだった。
「これじゃ、何にも分からん。もっと範囲の広い地図はないのか」
「地図はあまり売れないんですよ。あるのはこれだけです」
 俺は失望して、もといた部屋に戻った。玄関に「No.6」と書かれてあった。

 次の日の朝。スピーカーからナンバー2の声。
「ナンバー6、次の選挙に出てもらおう。市長市の市長の選挙だ」
「断る!」
 しかし俺はこの市の群集の力に負け、けっきょく立候補したのだ。

 市長市市長選挙

「ナンバー6、当選ばんざーい!」
「おめでとう、おめでとう」
「市長の中の市長、ナンバー6おめでとう!」
「いや、ありがとう、ありがとう」と言いながら俺は、こめかみに痛みを覚えた。
「ん……何かおかしいぞ……俺はここに住んでいる、ということは自分が市長を務める市に住んでいる市長だ。だからつまり、早くこの市を出なければ規則に反する! 規則! 規則! ぐわー、早く市の外へ!」
 俺は群集をかきわけ走っていった。
「これが市長市の境界線だ、早く出よう……いや、まてよ。出るには出たが、今度は俺は自分が市長を務める市に住んでいない市長だ、ということは市長市に住まなければならない! それが規則だ! それが掟だ! といっても市長市に住んでも矛盾が生じる、どうすりゃいいんだ!」

 俺はよろよろと浜辺をふらついていた。
「ぐわー、頭が割れそうだ! しかし例外のない規則はない! だから俺は市長市に住んでもいいはずだ。しかしこの『例外のない規則はない』という言葉も規則だ、だから例外のない規則も存在する!」

 俺はここから出たいが出られない、出られないが出たい! 
「オレンジ警報、オレンジ警報」
 そのとき、海の彼方から、不気味な白い風船が俺を襲ってきた……。

(終)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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No.27
2009/10/15 (Thu) 23:37:17

 わたしは、古くからの知り合いであるCに会いに、ある田園都市にある彼の家をはじめて訪れた。Cと会うのは七年ぶりで、彼はわたしと最後に会ったときからまもなく、莫大な遺産をうけつぎ、現在の家に移り住んだそうだ。彼は宏壮な邸宅に住み、仕事もしていないと聞いていた。使用人も数人いるようだが、それを除けば一人で暮らしているとのことだった。

「本当に久しぶりだねえ」応接間で、Cは快活に言った。小肥(こぶとり)の彼の、血色のいい顔が、ツヤツヤ光っていた。「二、三日、泊まっていってくれるんだろう」
「ああ、ここは環境もきれいだしね」わたしは、ぜひ泊まっていってくれという彼の手紙の言葉に甘えて、そこで休暇をすごすことにしたのだ。
 Cは、ここ数年の間に集めた絵画のコレクションを見せてくれたり、また自分で描いた絵なども披露した。コレクションのほうはみごとだったが、彼の絵のほうは、静物画にしても風景画にしても、未完成のものが多く、完成しているものも――こう言っては悪いが――みな中途半端な感じがして、あまり面白味がなかった。
 ある部屋で、バイオリンのケースが置いてあるのが、わたしの目にとまった。
「君はバイオリンもやるのかい」とわたしは尋ねた。
「ああ……すこしだけどね」彼はすこし照れくさそうに言った。「しばらく触ってないんだ。技術も中途半端だし、人に聞かせられるような腕じゃない」
 しかしわたしが、そんなこと言わずに弾いてみてくれよ、とせがむと、彼は内心乗り気な様子で、一曲演奏してくれた。ところが……その腕前は、彼の言ったとおり、なにか中途半端なもので、聞き終わって拍手喝采というふうにはいかなかった。わたしは、もっと上手いか、あるいはもっと下手くそな腕前を予想していたので、どう反応すべきかすこし困った。

 その後、彼の図書室を見せてもらった。そこには、文学全集や、化学や数学、天文学などの学術書が、数千冊収められていた。
「君、こんなにも一人で読めないだろう……専門的な本も多いし」
「うん……いろんな勉強を始めてみるんだけどね、すぐ飽きて、ほっぽり出してしまう。結局、かき集めた書籍だけがここに残る……」
 彼は無表情に、ポツリとそう言った。しかし、すぐににこやかな表情に戻り、次はコインのコレクションを見せてやるといって、わたしをまた別の部屋に引っぱっていった。
 わたしは思った。Cはこんな生活をしていて空しくないのか? 彼はいろんな方面に才能を持っているが、一つのことに打ち込むことはできず、何をやっても中途半端に終わっている……これでは無駄に過ごしているのと同じだ。彼はそれに気付かぬでもあるまいに……。

 そのとき、突然「ダセーッ、コノオ!」という大きな声が、家のどこかから聞こえてきた。
「なんだ、今の声は?」わたしは驚いて言った。
「何も聞こえなかったが」とCは答えたが、そのとたんに、また「アーッ」という声が響いてきた。
「ほら、声がしてるじゃないか! あっちのほうだ」わたしは、声のする方へ、Cの手を引っぱっていった。
 ある廊下の、突き当りのドアの奥から、その声が聞こえてくることがわかった。その廊下の片側は庭に面していて、窓が並んでおり、そこから陽が差し込んで明るく、見た目に異様な感じはない。
 わたしが問題のドアを開けようとすると、Cはわたしの手をつかんで、
「いいからほっとけよ」と言った。
 しかし、わたしはそれを無視してドアを開いた。
 中は、真っ暗だ。
「しょうがないな」Cはため息をつきながら、中に入って、電気をつけた。明るくなり、ドアの向こうは、また細い廊下が続いているのがわかった。左右の壁には、それぞれ五個ずつ、灰色の鉄の扉がついていた。奥は、行き止まりになっている。
 わたしは、いろんな声が、いくつかの鉄の扉の奥から聞こえてくるのに気がついた。
「アア、オレハジカンヲムダニ……」とか「チキショウ……チキショウ……」とか、「モウ三ジダ……」とか……。
「のぞいてみるかね」と、Cは言って、一番手前の扉の、のぞき窓らしい横に長細い穴を指した。「本当はこんなものは見せたくなかったんだが」
 わたしは、Cに促されて、そののぞき穴をのぞいてみた。中では、グレーの薄い布でできた、粗末なシャツとズボンを身につけた、背の高い男が、何かつぶやきながら、狭い部屋の中を行ったり来たりしている。その部屋には、白い、簡単なベッドと、銀色の置時計ののった小さなテーブルがあった。
 耳をすませると、男は「オレは時間を無駄にしている……オレは時間を無駄にしている……」と、何度も何度もつぶやいていることがわかった。
「その男は無気力なのだ」Cは言った。「自分がなんにもせず、時を無駄にしているとわかっていて、それが嫌なくせに、やはり何もしないで、部屋の中を歩きまわっているだけだ」
「この男は、誰なんだ? どこから連れてきた」
 Cは、ニヤリと笑った。「街で見つけてきた。そして、俺が食わせてやっている」
「しかし、なぜそんなことを……」
「俺は、そんな奴を見ていると、スッとする。俺という人間は、なるほど何をやっても長続きしない、つまらない奴だ……しかし、こんな男よりはましなのだ」
「じゃ、君は自分がいい気持ちになるためだけに、この男をここに閉じ込めているのか?」
 わたしはあきれて言った。
「そいつは、自ら望んでここにいるんだよ」Cは、わたしをキッとにらんで言った。「ここでは安楽に暮らせる。そいつは、それを望んでいる……ここにはあと九人いるが、みんなそんな奴だ」
 わたしは、他の扉の穴ものぞいてみた。中にいる男の服も、部屋の内部も、さっきの部屋と同じだった。この部屋の男は、壁に、誰かの顔を描いた絵を貼り付け、その絵を、ペンで何度も突き刺していた。その絵は、Cの顔を描いたものだった。
「この男は、君を恨んでいるようだが……」わたしはCを見た。
「ん……ああ、どうってことないよ、こいつは。他にやることがないから、俺に恨みをぶつけて時間をつぶしているだけだ。感情が高ぶっていれば、自分のすることがないのに気がつかない、というわけだ」
 そのとき、「出セ、コノ!」という叫び声が、ひとつの扉から聞こえてきた。中の男が体当たりしているのか、扉がドシン、ドシンと音をたてて、衝撃に震えている。
「おい、出たがってるじゃないか」わたしはCを責めて、言った。
「ん……だがそいつは、出してやってもすぐ戻ってくるんだ。やっぱりここに住みたいって言ってね」
 わたしは悲しくなった……ここにいる連中も、Cにこんな風に扱われなければ、普通に暮らせるかもしれないのに……。
 わたしはたまらなくなり、扉のひとつを思いきり引っぱった。その中の男を出してやろうと思って……。
「わかったよ。わかった」Cは、腹立たしいことになぜか笑いながら、持っていた鍵でそれぞれの扉を開けていった。
 扉が開いても、しばらくは誰も出てこなかった。息をのんで待っていると、突然それぞれの部屋から、全員同時に、一歩踏み出して出てきた。そしてなぜか、全員首から、部屋にあった銀の置時計を、ひもでぶら下げている。
「三時十一分二十秒。……三時十一分二十五秒。……三時十一分三十秒」
 Cの「囚人」たちは、一様に無表情な顔で、五秒ごとに時刻を口にし続けた。呪文のように……。わたしは唖然とした。
「だから言ったろう。こいつらは徹頭徹尾なんのやる気も起こさない、時間を数えるだけが能の穀つぶしどもなのだ」

 それから数年がたった。いろんなことがあった。
 わたしは今、Cの邸宅に住んでいる。例の「監獄」の住人として……。わたしはあの、怠け者の囚人どもの仲間入りをしたのだ。
 なぜ? 発端はわたしの勤めていた会社が倒産したことだった。わたしはどこへ行っても雇ってもらえず、とうとうCのこの邸宅に落ち着いてしまったのだ。
「フン」Cはわたしを、見さげはてた奴という目で見た。
 わたしは初め、自分は他の「囚人」どものように、時を数えるだけの怠け者にはなるまい、と思った。しかし、この「監獄」にただよう淀んだ空気のせいだろうか、まもなくわたしの感情は鈍磨し、気力は徐々に失われていった。それまで毎日つけていた日記も、ほとんど書かなくなってしまった。久しぶりに鏡に向かい、目には光がなく、不潔で、なんの魅力もなくなっている自分の顔をみたとき、驚きはしたものの、すぐにどうでもよくなってしまった。
 一日中、窓のそばに座り、外を眺めている日も多かった。薄暗い早朝の冷たい空気の中では気持ちが高ぶり、今日はすこしは有意義に過ごそうと考えるのだが、日が高く昇って、外の人々が働いているであろう時間になると、自分のすることのないのにイライラしだし、苦痛に頭ものぼせ上って、日没になると失望と空しさを感じ、夜になるとすこし落ち着くのだった。しかし明日も同じような日が続くのかと思うと、またも気分が沈んでしまうのである。
 別の「囚人」と顔を合わせることもあったが、言葉は交わさなかった。彼らの無気力な目を見ると、自分も同類であることを忘れてむかついた。いや、自分が同類だからよけいにむかついたのかもしれない。

 ときおり、何の意味もなく邸宅の庭を歩き回ることもあった。そんなとき、よくわたしはうわの空になりながら、小石を蹴りながら歩いていた。別に面白くはないが、石を蹴りながら庭を歩くのが、まもなく日課となった。
 ある日、庭に出て、いつものように蹴るのにちょうどいい小石を探していたのだが、なかなか見つからない。それで、いつもは通らない建物と建物の隙間の小道に入り込んだ。左の建物に厨房があり、窓からその中を見ることができた。
 夕方だったので、使用人たちがCやわれわれ囚人たちの夕食の準備をしているところだった。夕食には、いつもスープがついてくる。一人の使用人が、大鍋でスープを作っているのが見えた。わたしがなんとなく見ていると、その使用人は、茶色いビンをもってきて、中の白い液体をドボドボとスープの中に注ぎだした。わたしはその光景をなんとなく奇妙に思った。そのビンと中の液体は、料理には似つかわしくない、まるで化学薬品のそれのように感じられたからだ。
 わたしはその日の夕食のとき、スープが気味悪く思えたので、それを飲まずに窓から捨てた。
 次の日の夕方も、わたしはこっそり厨房の中をのぞきに行った。やはり使用人は白い液体をスープの大鍋に注いでいる。あの液体は毎日スープに入れられているのかもしれない。わたしは夕食のスープはもう飲まないことにした。
 数日がたったころ、わたしは自分の体調に変化が表れているのに気が付いた。なんとなく、気力が体に満ちてきているのを感じたのだ。その感覚は日増しに強くなっていった。以前のような、無精で無気力な自分ではなくなってきていた。思考力もはっきりとし、日記もつけ、久しく剃らなかったひげも毎日剃るようになった。それもこれも、あのスープを飲まなくなってからだ。以前わたしを支配していた、無気力でうつうつとした感覚が、スープに注がれていたあの白い液体によるものと考えるのは不自然な推理ではあるまい、と思われた。

 わたしはこの邸宅を出て行こうと思うようになった。外の社会は大変だろうが、新たに湧いてきたこの気力があれば、なんとかやっていけるだろう。
 わたしはCの部屋を訪れ、出て行きたい旨をCに伝えた。
「そ、そりゃあ残念だねえ」Cは非常に驚いた様子で言った。「ここの暮らしに不満があるのかい」
「いつまでも厄介になってるわけにはいかないさ……ところで」わたしは言った。「僕は料理をしているところを見たんだが、スープに入れているあの白い液体は、いったい何なんだい」
 Cは目を見開いて、まじまじと僕の目を見つめて言った。
「ただの調味料だろう。僕は知らないさ」
 Cの表情から、それは嘘だと思ったが、わたしは何も言わなかった。

 翌日、わたしは荷物をまとめて部屋を出た。邸宅の庭で、Cが薪割りをしていた。斧を振り下ろしたCは、わたしに気が付き、額の汗をぬぐって言った。
「やあ、出て行くんだね」
「薪割りなんか、使用人にやらせればいいじゃないか」とわたし。
「なに、運動のためさ」とC。
「とにかく、長いこと世話になった。ありがとう」
「いやいや。しかし、ここを出て行くなんて、君は骨のある男だねえ。他の連中にも見習ってもらいたいよ。まったくあの連中の無気力なことといったら……」
 あの連中とは他の囚人たちのことだ。わたしはCに対して急に腹が立ってきた。
「お前が変な薬を飲ませているからみんな無気力なんじゃないか!」
 わたしはCの手から斧を奪い取り、Cの胴体を真っ二つに叩き斬ると、囚人たちの部屋をすべて開け放って意気揚々と邸宅をあとにした。

(終)

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No.25
2009/10/15 (Thu) 22:40:25

 人類が死滅して長い時がたち、時代は氷河期となっていた。かつて栄えた人類の機械文明のうち、ただ一つ、ある巨大な時計塔だけが以前と変わらず動き続けていた。寒冷な気候のもと、その時計塔の中だけは、時計の運動のために、少しではあるが暖かさを保っていた。この巨大な時計塔の中で、小さな甲虫たちが、暖かさに頼って棲んでいた。彼らは知能を持ち、言語を話したが、その時計塔でしか暮らせない。彼らは、時計塔の近くにわずかに生えるコケを食料にしていた。

 甲虫たちは時計の音をいつも聞いており、カッカッという音が六十回なるごとに微妙に違った音を鳴らし、三千六百回ごとにまた違った音を一回、八万六千四百回ごとにさらに違った音を一回ならすことを知っていた。しかし甲虫たちにとって時計は、規則正しい音を立てて運動し、温暖な環境を与えてくれる、という以上のものではなかった。彼らに時刻の観念はなかった。

 あるとき、時計塔の温度がわずかずつではあるが、上がり始めた。はじめは敏感な甲虫にしか気付かれなかったが、次第に多くの甲虫たちに意識され始め、ついには温度の上昇に耐えられず倒れてしまう者も出てきた。甲虫は今までにない環境の変化に、恐慌をきたした。時計の故障か? 神の怒りか? 甲虫たちは口々に言い合った。この世は終わりに近づいている、といった終末論をとなえる者も出てきた。温度の上昇はやがて耐え難いものになり、甲虫たちの間に絶望感がただよい始めた。
 長老たちは会議を開き、甲虫たちの中で熱さに強い体質を持った者を選んで、これまで温度が高くて危険とされてきた時計の中枢部に調査に赴かせることになった。ヘルヒという、耐熱性を持った特異体質の者が、その役目を負うことになった。

 甲虫たちの居住区は、時計の円柱形の機関部を取り囲むようにしてあった。ヘルヒは、そのオレンジ色の円柱の、禁断の扉の前に立った。普通の者なら、あっという間に焼け死んでしまうという機関部の中。自分に耐えられるだろうか? ヘルヒは勇気を起こして機関部に入っていった。長い階段を登っていくと、そこにはヘルヒの想像だにしなかった不思議な世界がひろがっていた。巨大な金色の歯車、中ぐらいの銀色の歯車、銅(あかがね)色の小さな歯車が、無数に組み立てられ、それぞれがゆっくり、あるいは速く回転していた。カツ、カツという音は耳をつんざくほどだった。ヘルヒは機関部をぐるりと回って歩いてみた。小さな階段を登って上のほうまで見て回った。上下する錘(おもり)や回転する歯車は七色に輝き、ヘルヒを感動させたが、温度上昇の原因は、機械に暗い彼にわかるはずもなかった。彼は何の成果もなく帰るほかなかった。

 温度の上昇はさらに続き、体の弱い年寄りや赤子の中に死ぬ者が次々と出てきた。生きられる可能性は少ないと知りながら、時計塔の外に新天地を求めて出て行くものも多かった。

 そんなある日、突然に古風な鐘の音が、ガーンガーンと鳴り始めた。それは甲虫たちの聞いたことのないものだった。色とりどりの灯火が、時計塔の外観を飾り始めた。青、赤、白、黄、オレンジなどのライトは、そびえたつ時計塔のここかしこに輝き、ゆっくりと点滅していた。時計塔の外へ旅立とうとしていた者がそれを見つけ、塔の中の者たちに知らせた。甲虫たちは寒さに凍えながらも続々と塔の周りに出て行き、変わり果てた塔の外観を見つめた。

 そして、時計の針が十二時を指したとき、金管の楽の音(ね)が勢いよく鳴り響き、花火が次々と打ちあがった。いずれも虫たちの見たことも聞いたこともないものだった。花火は大空に、青に緑に、あるいは金色に花開き、甲虫たちの目を射た。
「おめでとう、おめでとう! 千五百六回目の千年紀の幕開けです!」
 塔のライトアップも、花火も金管の楽の音も、千年に一度くりひろげられる時計塔の仕掛けだったのだ。温度の上昇もその仕掛けを用意するのに、時計塔がエネルギーをたくわえたために起こったことだった。しかし甲虫たちには、この現象が千年に一度のイベントであるということは理解できなかった。さきほどスピーカーから流れた声も、言葉がわからなかったからだ。

 その後、時計塔の温度は元に戻り、甲虫たちは前のような生活に戻ることが出来た。しかし彼らは知らなかった。自分たちの繁栄が百五十万年も先まで続くと思い込んでいた、人類というものの存在を。

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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