『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.620
2012/12/30 (Sun) 19:20:28
「ロビン、ロビンや。今日はクラシックのコンサートに行くぞ。お前は音楽が大好きだから、きっと楽しい一日になることだろうて」
盲人の小早川さんはそう言って盲導犬の頭をいとおしそうになで、犬に手を引かれて玄関を出ていった。小早川さんは七十歳くらいだろうか、近所の人が挨拶すると短く刈ったごま塩頭をふりふり、にこやかに返事した。
「ああ、これは山口さん。今日もいいお天気ですな」
小早川氏は新調した真っ白な浴衣が、道行く人にどう見えているのか想像して楽しんだ。この姿は粋なご隠居さん、というところだろうか。
「そうか、昼飯がまだだったな。今日は寿司屋に行こうな、ロビン」
賢いロビンはそう聞くと、主人の行きつけの寿司屋へと小早川さんを導いた。
「こんにちは、大将。今日はトロの旨いところを頼むよ。それからロビンにも、何か見つくろっておくれ」
「へい。ロビンは偉いなぁ、毎日ご主人様の手足になって働いてるんだ。今日は珍しいものがへえったから特別にご馳走しよう。何だと思う? 狼の肉だ。おじさんの親戚の猟師がけさ届けてくれた、とれたての狼の生肉だよ」
「板さん、あまりロビンの食いつけないものはよしておくれよ。ロビン、うまいか? おお、がつがつ食ってるねぇ。こんな凄い勢いで食べることはふだん無いんだが。そんなに急いで食うと喉につっかえるぞ。ロビン、聞いてるか」
ロビンはボールの中の狼の肉、約一キログラムをあっという間に平らげてしまった。そしていつになく殺気だった声で吠え、おかわりをねだった。口から大量のよだれをしたたらせている。
「ロビン、悪いが狼の肉はそれっきりだ。勘弁してくんな。そのかわり大トロの一番いいところをやろう」
しかしロビンは不満げにうなった。目が血走っている。
「ロビンは狼が食いたいんだとよ」小早川さんは困ったように言った。
「ロビン、いつもは分別があるお前じゃないか、今日はどうしたっていうんだい。ほら、大トロだよ」
しかしロビンは板前が差し出したトロには目もくれず、今度は相手の手首に噛み付いた。
「いてえ! 放してくれ、ロビン!」
ふだんは温厚なこの盲導犬は、いまや何かがとり憑いたかのように危険な猛獣と化していた。
「いてえ、いてえ、いてててて!」
「これ、ロビン! よしなさい!」と小早川氏。
板前はとうとう手首を食いちぎられ、ショックで気絶してしまった。倒れた板さんの手首から流れ出た大量の血が寿司屋の床にみるみる広がっていく。
しかし小早川さんは板前の声が聞こえなくなったから、てっきりロビンが噛み付くのをやめて大人しくなったのだろうと思った。
「板さん、お代はここに置いとくよ。いやロビン、今日はびっくりしたぞ。お前も食いつけないものを食ったからたまげたんだろ。安心しろ、もう怖いことはないぞ」
ロビンと小早川氏は寿司屋をあとにしたが、しかしこの犬はまだ板前の右手首を口にくわえたままで、それに目を止めた通行人は一様にぎょっとして後ずさった。誰かが通報したのだろう、警官が現れ、小早川氏を呼び止めた。
「もしもし、その犬をちょっと見せてもらえませんか?」
「は、どなた? 私はご覧の通りの盲人でしてな。はあ、警察のかたですか。何のご用で? ロビンが人間の手のようなものをくわえている? そんな馬鹿な……」
ロビンは不審の目を向ける警官を敵と判断したのか、再び猛獣のようなうなり声を上げ始めた。
「これロビン、しずまりなさい」
ロビンは警官に飛びかかり、その頚動脈に食らいついた。警官の耳の下から大量の鮮血が噴出し、それはあっという間に小早川氏の右半身を赤く染めた。
「おや、いきなり横なぐりのにわか雨が降ってきたようだねぇ。ロビン、ロビンや。どこかで雨宿りしよう」
しかしロビンは今度は警官のはらわたを食うのに夢中で、小早川氏の言うことを聞かない。
「こらロビン! 今日はいったいどうしたって言うんだ。私の言うことが聞けないのか。ぐずぐずしてるとコンサートに遅れてしまうぞ」
小早川氏は無理やりロビンを引きずってその場から離れた。警官の腹部からロビンが食いついた腸がずるずると引っ張り出され、右往左往する小早川氏の身体に小腸や大腸がからみついた。やっとのことで正気を三分の一ぐらいは取り戻したロビンは、小早川氏をコンサート会場に導いていった。
コンサート・ホールの受付の男女は、小早川氏の姿を見て驚愕した。血みどろの浴衣を着て、しかも臓物らしきものまで肩からぶら下げている。受付の男はすぐに警備員を呼んだ。かけつけた警備員はあわてて
「お客様、そのお召し物では、ちょっと会場に入っていただくことはできませんので」
「なんだ、コンサートに浴衣で来てはいけないと言うのか? そりゃ犬を連れているから、犬の毛やノミが服について汚れることはあるさ。しかしこれは盲導犬なんだよ。私は盲人なんだよ」
そういって小早川氏は障害者手帳を見せつけた。
「あなたがたは障害者には音楽を楽しむ権利はないっていうのかい? そういう了見なのかい?」
そう迫られると警備員も受付の者も返す言葉がなく、しばし身を固まらせていた。
「この上なお通せんぼをするというなら、責任者を呼んで来い! 責任者は誰だ!」
この騒動ですでに黒山の人だかりができ、小早川氏の姿を間近に見ていない野次馬からは「障害者を差別するのか!」などという声も上がり、けっきょく小早川氏とロビンは会場に入ることができた。
席まで案内された小早川氏は満足げだった。
「やはりホールの空気は格別だね。上品な香りがする。ロビン、今日はモーツァルトのジュピター交響曲だよ。素晴らしいじゃないか」
しかしロビンは退屈そうにあくびをし、やがて眠ってしまった。小早川氏はゆったりと夢見心地にモーツァルトの音楽に聴き入っていた。
しかしジュピター交響曲の終楽章に入ったとき、ロビンは耳はぴくんと動かし、鋭い目を油断なくぎょろつかせ始めた。ロビンにとり憑いた狼の魂が、この終楽章の「ド-レ-ファ-ミ」という音型に反応したのだ。これは狼の戦いの合図と同じだった! ロビンは演奏者たちのもとに猛然と駆けていった。そして壇上に登り、まず目についたチェロ奏者の喉笛を噛みちぎった。またもや繰り返される血の惨劇! ロビンはまず低音部の奏者たちを次々と襲った。しかし指揮者は毅然としてタクトを振り続けた。この指揮者は闘牛の国スペインの生まれであり、血を見ると興奮する性格であって、ロビンが楽員を血祭りにあげればあげるほどその指揮のボルテージは上がっていった。しかしそうは言っても楽員がどんどん減っていくのだから音量はどんどん少なくなっていった。
「おや? このフーガは繰り返されるたびに音が小さくなっているぞ。ハイドンの告別交響曲を真似た新趣向かな?」何も知らない小早川氏はのんきにそんなことを思った。
やがてまったく音がしなくなり、ロビンが最後に残ったスペイン人指揮者の臓物をむさぼり食っていたとき、小早川氏は「ロビン! ロビン!」と何度も呼んだ。壇上の惨劇に肝をつぶした観客たちはすでにみな客席を去っていた。
ロビンは天を仰いで「ワォー」と吠えた。そうやってまるで狼そっくりに何度も何度も吠えた。すると、ホールに野犬が数匹入ってきて壇上に登り、ロビンの吠え声に応じて同じように吠えた。犬はどんどん増えていった。飼い犬も相当数まじっている。指揮台に上がったロビンは、犬たちの声を統制し、彼らの吠え声は単なる雑音からある種のまとまりを見せ始めた。
「ほう、アンコールは現代音楽か」と小早川氏はつぶやき、音楽と聞こえなくもない犬たちの吠え声に聴き入った。
「今日はなんだか分からんが面白い一日だったな。面白くなったきっかけはあの狼の肉か……こんどわしも板さんに狼の寿司でも握ってもらおう。狼の寿司を看板にしたら、あの寿司屋はきっと繁盛するぞ」
しかし小早川さんは知らなかった。寿司を握るはずの板さんの右手首がすでに食いちぎられ、警官とのいざこざの拍子に自分の浴衣のたもとに入り込んで、今もぼとぼと血をしたたらせていることを。
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盲人の小早川さんはそう言って盲導犬の頭をいとおしそうになで、犬に手を引かれて玄関を出ていった。小早川さんは七十歳くらいだろうか、近所の人が挨拶すると短く刈ったごま塩頭をふりふり、にこやかに返事した。
「ああ、これは山口さん。今日もいいお天気ですな」
小早川氏は新調した真っ白な浴衣が、道行く人にどう見えているのか想像して楽しんだ。この姿は粋なご隠居さん、というところだろうか。
「そうか、昼飯がまだだったな。今日は寿司屋に行こうな、ロビン」
賢いロビンはそう聞くと、主人の行きつけの寿司屋へと小早川さんを導いた。
「こんにちは、大将。今日はトロの旨いところを頼むよ。それからロビンにも、何か見つくろっておくれ」
「へい。ロビンは偉いなぁ、毎日ご主人様の手足になって働いてるんだ。今日は珍しいものがへえったから特別にご馳走しよう。何だと思う? 狼の肉だ。おじさんの親戚の猟師がけさ届けてくれた、とれたての狼の生肉だよ」
「板さん、あまりロビンの食いつけないものはよしておくれよ。ロビン、うまいか? おお、がつがつ食ってるねぇ。こんな凄い勢いで食べることはふだん無いんだが。そんなに急いで食うと喉につっかえるぞ。ロビン、聞いてるか」
ロビンはボールの中の狼の肉、約一キログラムをあっという間に平らげてしまった。そしていつになく殺気だった声で吠え、おかわりをねだった。口から大量のよだれをしたたらせている。
「ロビン、悪いが狼の肉はそれっきりだ。勘弁してくんな。そのかわり大トロの一番いいところをやろう」
しかしロビンは不満げにうなった。目が血走っている。
「ロビンは狼が食いたいんだとよ」小早川さんは困ったように言った。
「ロビン、いつもは分別があるお前じゃないか、今日はどうしたっていうんだい。ほら、大トロだよ」
しかしロビンは板前が差し出したトロには目もくれず、今度は相手の手首に噛み付いた。
「いてえ! 放してくれ、ロビン!」
ふだんは温厚なこの盲導犬は、いまや何かがとり憑いたかのように危険な猛獣と化していた。
「いてえ、いてえ、いてててて!」
「これ、ロビン! よしなさい!」と小早川氏。
板前はとうとう手首を食いちぎられ、ショックで気絶してしまった。倒れた板さんの手首から流れ出た大量の血が寿司屋の床にみるみる広がっていく。
しかし小早川さんは板前の声が聞こえなくなったから、てっきりロビンが噛み付くのをやめて大人しくなったのだろうと思った。
「板さん、お代はここに置いとくよ。いやロビン、今日はびっくりしたぞ。お前も食いつけないものを食ったからたまげたんだろ。安心しろ、もう怖いことはないぞ」
ロビンと小早川氏は寿司屋をあとにしたが、しかしこの犬はまだ板前の右手首を口にくわえたままで、それに目を止めた通行人は一様にぎょっとして後ずさった。誰かが通報したのだろう、警官が現れ、小早川氏を呼び止めた。
「もしもし、その犬をちょっと見せてもらえませんか?」
「は、どなた? 私はご覧の通りの盲人でしてな。はあ、警察のかたですか。何のご用で? ロビンが人間の手のようなものをくわえている? そんな馬鹿な……」
ロビンは不審の目を向ける警官を敵と判断したのか、再び猛獣のようなうなり声を上げ始めた。
「これロビン、しずまりなさい」
ロビンは警官に飛びかかり、その頚動脈に食らいついた。警官の耳の下から大量の鮮血が噴出し、それはあっという間に小早川氏の右半身を赤く染めた。
「おや、いきなり横なぐりのにわか雨が降ってきたようだねぇ。ロビン、ロビンや。どこかで雨宿りしよう」
しかしロビンは今度は警官のはらわたを食うのに夢中で、小早川氏の言うことを聞かない。
「こらロビン! 今日はいったいどうしたって言うんだ。私の言うことが聞けないのか。ぐずぐずしてるとコンサートに遅れてしまうぞ」
小早川氏は無理やりロビンを引きずってその場から離れた。警官の腹部からロビンが食いついた腸がずるずると引っ張り出され、右往左往する小早川氏の身体に小腸や大腸がからみついた。やっとのことで正気を三分の一ぐらいは取り戻したロビンは、小早川氏をコンサート会場に導いていった。
コンサート・ホールの受付の男女は、小早川氏の姿を見て驚愕した。血みどろの浴衣を着て、しかも臓物らしきものまで肩からぶら下げている。受付の男はすぐに警備員を呼んだ。かけつけた警備員はあわてて
「お客様、そのお召し物では、ちょっと会場に入っていただくことはできませんので」
「なんだ、コンサートに浴衣で来てはいけないと言うのか? そりゃ犬を連れているから、犬の毛やノミが服について汚れることはあるさ。しかしこれは盲導犬なんだよ。私は盲人なんだよ」
そういって小早川氏は障害者手帳を見せつけた。
「あなたがたは障害者には音楽を楽しむ権利はないっていうのかい? そういう了見なのかい?」
そう迫られると警備員も受付の者も返す言葉がなく、しばし身を固まらせていた。
「この上なお通せんぼをするというなら、責任者を呼んで来い! 責任者は誰だ!」
この騒動ですでに黒山の人だかりができ、小早川氏の姿を間近に見ていない野次馬からは「障害者を差別するのか!」などという声も上がり、けっきょく小早川氏とロビンは会場に入ることができた。
席まで案内された小早川氏は満足げだった。
「やはりホールの空気は格別だね。上品な香りがする。ロビン、今日はモーツァルトのジュピター交響曲だよ。素晴らしいじゃないか」
しかしロビンは退屈そうにあくびをし、やがて眠ってしまった。小早川氏はゆったりと夢見心地にモーツァルトの音楽に聴き入っていた。
しかしジュピター交響曲の終楽章に入ったとき、ロビンは耳はぴくんと動かし、鋭い目を油断なくぎょろつかせ始めた。ロビンにとり憑いた狼の魂が、この終楽章の「ド-レ-ファ-ミ」という音型に反応したのだ。これは狼の戦いの合図と同じだった! ロビンは演奏者たちのもとに猛然と駆けていった。そして壇上に登り、まず目についたチェロ奏者の喉笛を噛みちぎった。またもや繰り返される血の惨劇! ロビンはまず低音部の奏者たちを次々と襲った。しかし指揮者は毅然としてタクトを振り続けた。この指揮者は闘牛の国スペインの生まれであり、血を見ると興奮する性格であって、ロビンが楽員を血祭りにあげればあげるほどその指揮のボルテージは上がっていった。しかしそうは言っても楽員がどんどん減っていくのだから音量はどんどん少なくなっていった。
「おや? このフーガは繰り返されるたびに音が小さくなっているぞ。ハイドンの告別交響曲を真似た新趣向かな?」何も知らない小早川氏はのんきにそんなことを思った。
やがてまったく音がしなくなり、ロビンが最後に残ったスペイン人指揮者の臓物をむさぼり食っていたとき、小早川氏は「ロビン! ロビン!」と何度も呼んだ。壇上の惨劇に肝をつぶした観客たちはすでにみな客席を去っていた。
ロビンは天を仰いで「ワォー」と吠えた。そうやってまるで狼そっくりに何度も何度も吠えた。すると、ホールに野犬が数匹入ってきて壇上に登り、ロビンの吠え声に応じて同じように吠えた。犬はどんどん増えていった。飼い犬も相当数まじっている。指揮台に上がったロビンは、犬たちの声を統制し、彼らの吠え声は単なる雑音からある種のまとまりを見せ始めた。
「ほう、アンコールは現代音楽か」と小早川氏はつぶやき、音楽と聞こえなくもない犬たちの吠え声に聴き入った。
「今日はなんだか分からんが面白い一日だったな。面白くなったきっかけはあの狼の肉か……こんどわしも板さんに狼の寿司でも握ってもらおう。狼の寿司を看板にしたら、あの寿司屋はきっと繁盛するぞ」
しかし小早川さんは知らなかった。寿司を握るはずの板さんの右手首がすでに食いちぎられ、警官とのいざこざの拍子に自分の浴衣のたもとに入り込んで、今もぼとぼと血をしたたらせていることを。
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No.618
2012/12/26 (Wed) 20:15:54
「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」というが逆に「大海の鰯(いわし)井の中を知らず」という格言があっても良さそうなものだ。お前は危険で敵の多い大海でいつまでもふらふらと不安定な暮らしをしているが、そろそろ一つところに足をつけて身を固めろ、と年老いた父親が放浪息子に説教するときなどに使う。大海の鰯は井の中の平凡な暮らしの良さを知らない、というわけだ。
ちなみに蛙のことわざは「井の中の蛙大会を知らず」と書くのが正しいという説があり、これは例えば柔道の選手などがあまり小さな道場で練習していると、大事な大会の通知が届かないことがあるから気をつけろよ、といったほどの意味である。
「耳なし芳一」という怪談を聞いて多くの子供が疑問に思うのは、琵琶法師の芳一が耳にだけお経を書くのを忘れて怨霊に耳をもぎ取られたというけれど、ということはおちんちんにはお経を書いたのだろう、おちんちんにさえお経を書くのを忘れなかったのに耳にだけ書き忘れるのはおかしい、ということだろう。これはもっともな疑問である。実はこの昔話の「芳一」という名前は誤伝であって、主人公は本来女性だったのであり、正しいタイトルは「耳なし芳恵(よしえ)」だった。これが柏原芳恵の名の由来である。
あまり知られていないが柏原芳恵も琵琶法師一級の腕前であり、その熱烈なファンだった独身時代の皇太子殿下から皇居に招かれ、彼女は殿下のヴィオラとのコラボレーションで琵琶を奏でつつ、眉をいからせて壇ノ浦の戦いの一節を唸ってみせたそうである。
マーガレット・セント・クレアによる『アルタイルから来たイルカ』というSF小説では、人間とイルカはもと同じ生物から進化したのであり、進化してその姿かたちが分化する以前は別の星に住んでいたという設定になっている。なるほどそうであれば何故イルカが異常なほど人間になつくかが説明できるように思われる。しかし実際はそうではない。人間と共通の祖先を持ち、かつて別の星でいっしょに暮らしていたのは出目金(でめきん)だった。こんにち金魚すくいなどでよく見かけるあの黒いデメキンである。古代の日本人が作った遮光器土偶がデメキンによく似ているのはその一つの証拠であり、その頃の人間も同様に目が飛び出ていたことが古い壁画の解析から明らかになっている。彼らの目が飛び出ていたのは当時の地球の大気が希薄で、気圧が非常に低かったことによる。だから人間とデメキンの顔で飛び出ていたのは目だけではなく、舌も肥大して飛び出していた。人間とデメキンは、その長い舌を使ってオオアリクイのように蟻を食って生きていたのである。
日本の国産みの神話では、イザナギ・イザナミの二神が混沌とした大地を矛でかき混ぜ、矛からしたたり落ちたしずくから島が生まれたようすが描かれている。その矛というのは実は人間とデメキンの故郷の星で開発された酸素製造機のレバーを象徴的に語ったものであり、酸素がある程度いきわたり人間とデメキンは互いの舌が引っ込んだのを見て「よし」と言った。遮光器土偶はその瞬間の人間とデメキンの姿を写したものだが、そのご人間は目も引っ込んだものの、デメキンの目がそのままであったことが両種族の対立を生み、デメキンは河川、人間は陸という住み分けのもとになったと思われる。
マラソンという競技の由来はよく知られている。すなわち古代ギリシアのマラトンという地でアテナイ軍とペルシア軍が戦ったが、前者が勝利を収めたことをアテナイの元老に伝えるためフィリピデスという兵士が伝令に選ばれ、彼は全力で走って約四十キロ離れたアテナイに着き「われ勝てり」と告げたあと力尽きて死んだというのである。それなら、今日のマラソンでゴールした選手がさほど苦しそうな顔もせず命にも別状なさそうな様子からして、仮に彼らがゴールした瞬間に死んでしまうほど全力で走ったら記録はもっともっと伸びるのではなかろうか、と思うのは自然である。そういう発想のもと、ゴールした直後に死ぬという前提で走る「デス・マラソン」という競技が生まれ、近年脚光を浴びつつある。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックから正式種目となる模様で、リオ市民は今から「デスレース2016年」と呼んで期待に胸を膨らませている。本番ではゴール近くに有名選手の屍の山ができると思われ、その有様はまさに「つわものどもが夢のあと」であり、われわれは現代の義経の最期、あるいは藤原三代の盛衰を目の当たりにできるのだ。しかしこの競技、途中けがなどで棄権すると「死ぬのが怖いのか」と強烈なバッシングを浴びること必至で、日本陸上競技連盟は選手に脇差を持たせ、棄権した場合はその場で切腹するよう指示している。
(c) 2012 ntr ,all rights reserved.
ちなみに蛙のことわざは「井の中の蛙大会を知らず」と書くのが正しいという説があり、これは例えば柔道の選手などがあまり小さな道場で練習していると、大事な大会の通知が届かないことがあるから気をつけろよ、といったほどの意味である。
「耳なし芳一」という怪談を聞いて多くの子供が疑問に思うのは、琵琶法師の芳一が耳にだけお経を書くのを忘れて怨霊に耳をもぎ取られたというけれど、ということはおちんちんにはお経を書いたのだろう、おちんちんにさえお経を書くのを忘れなかったのに耳にだけ書き忘れるのはおかしい、ということだろう。これはもっともな疑問である。実はこの昔話の「芳一」という名前は誤伝であって、主人公は本来女性だったのであり、正しいタイトルは「耳なし芳恵(よしえ)」だった。これが柏原芳恵の名の由来である。
あまり知られていないが柏原芳恵も琵琶法師一級の腕前であり、その熱烈なファンだった独身時代の皇太子殿下から皇居に招かれ、彼女は殿下のヴィオラとのコラボレーションで琵琶を奏でつつ、眉をいからせて壇ノ浦の戦いの一節を唸ってみせたそうである。
マーガレット・セント・クレアによる『アルタイルから来たイルカ』というSF小説では、人間とイルカはもと同じ生物から進化したのであり、進化してその姿かたちが分化する以前は別の星に住んでいたという設定になっている。なるほどそうであれば何故イルカが異常なほど人間になつくかが説明できるように思われる。しかし実際はそうではない。人間と共通の祖先を持ち、かつて別の星でいっしょに暮らしていたのは出目金(でめきん)だった。こんにち金魚すくいなどでよく見かけるあの黒いデメキンである。古代の日本人が作った遮光器土偶がデメキンによく似ているのはその一つの証拠であり、その頃の人間も同様に目が飛び出ていたことが古い壁画の解析から明らかになっている。彼らの目が飛び出ていたのは当時の地球の大気が希薄で、気圧が非常に低かったことによる。だから人間とデメキンの顔で飛び出ていたのは目だけではなく、舌も肥大して飛び出していた。人間とデメキンは、その長い舌を使ってオオアリクイのように蟻を食って生きていたのである。
日本の国産みの神話では、イザナギ・イザナミの二神が混沌とした大地を矛でかき混ぜ、矛からしたたり落ちたしずくから島が生まれたようすが描かれている。その矛というのは実は人間とデメキンの故郷の星で開発された酸素製造機のレバーを象徴的に語ったものであり、酸素がある程度いきわたり人間とデメキンは互いの舌が引っ込んだのを見て「よし」と言った。遮光器土偶はその瞬間の人間とデメキンの姿を写したものだが、そのご人間は目も引っ込んだものの、デメキンの目がそのままであったことが両種族の対立を生み、デメキンは河川、人間は陸という住み分けのもとになったと思われる。
マラソンという競技の由来はよく知られている。すなわち古代ギリシアのマラトンという地でアテナイ軍とペルシア軍が戦ったが、前者が勝利を収めたことをアテナイの元老に伝えるためフィリピデスという兵士が伝令に選ばれ、彼は全力で走って約四十キロ離れたアテナイに着き「われ勝てり」と告げたあと力尽きて死んだというのである。それなら、今日のマラソンでゴールした選手がさほど苦しそうな顔もせず命にも別状なさそうな様子からして、仮に彼らがゴールした瞬間に死んでしまうほど全力で走ったら記録はもっともっと伸びるのではなかろうか、と思うのは自然である。そういう発想のもと、ゴールした直後に死ぬという前提で走る「デス・マラソン」という競技が生まれ、近年脚光を浴びつつある。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックから正式種目となる模様で、リオ市民は今から「デスレース2016年」と呼んで期待に胸を膨らませている。本番ではゴール近くに有名選手の屍の山ができると思われ、その有様はまさに「つわものどもが夢のあと」であり、われわれは現代の義経の最期、あるいは藤原三代の盛衰を目の当たりにできるのだ。しかしこの競技、途中けがなどで棄権すると「死ぬのが怖いのか」と強烈なバッシングを浴びること必至で、日本陸上競技連盟は選手に脇差を持たせ、棄権した場合はその場で切腹するよう指示している。
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No.615
2012/12/22 (Sat) 16:49:05
二人いる上のほうの甥は、高校に入学した当初、何のクラブに入るか考えたとき、まず少林寺拳法部が候補に挙がったらしい。その高校ではいちばん活発なクラブと言われていたからだ。しかし試しに一日だけ体験入部したところ、あまりの厳しさに根を上げ、けっきょく文科系の物理部に入った。僕など少林寺拳法と聞いてもまったくの門外漢で、カンフー映画に出てくる少林寺の修行風景しか思い浮かばない。だからそのクラブがおそろしく厳しかった、と聞かされてもジャッキー・チェンの「少林寺木人拳」のように大勢の堅い木のロボットに半殺しにされたとか、「少林寺三十六房」の主人公のように慢心していきなり頂房に挑戦して念仏で失神させられたとか、まあそこまで飛躍したことは考えないけれども、どうも少林寺拳法について正しいイメージが湧いてこないのである。
彼の弟は今年高校に入ったのだが、クラブは弓道部にしたそうだ。しかし弓道にしても僕にはまったく分からない世界で、かろうじて中島敦の「名人伝」で弓術の修行について読みかじったぐらいだ。だから下のほうの甥が弓道部に入ったと聞くと、ああ名人伝のあれか、最初の一年は絶対にまばたきしない人間になるためひたすら目を開けているだけ、次の一年はシラミが牛ぐらいの大きさに見えるようになるまでとにかくにらみ続けるだけ、そして弓に触れるのは三年になってからなんだろう、などという空想をしたが、実際はそうではなくて、一年の最初から弓を持って構え方から練習するらしい。まあそりゃそうだろうな。
ところでヨーロッパのほうでは、非公式なものかも知れないが、いまだに剣を使っての決闘が行なわれることがあるらしい。日本はというと現在では「決闘罪」というのがあって、決闘は非合法になっている。しかし二十年、三十年にもわたって続いている裁判を見るにつけ、場合によっては裁判ではなく決闘で決着をつけるという選択肢があってもいいのじゃないかと思う。気の短い者同士なら決闘のほうを選ぶかも知れない。
そういえば小学校三年のころ、クラスで仲の悪い二人の男子がいて、毎日のように喧嘩していた。それを見ていて業を煮やした担任の先生は、二人を砂場で決闘させることにした。ここで勝負をつけたあとはこんりんざい争わないこと、と二人に約束させ、決闘に際してはパンチは駄目、腹を蹴るのも駄目、といくつかルールが設けられた。そしてクラスのみんなが見ている中、決闘が行なわれた。自分が教師になって思うのだが、その担任の先生はずいぶん思い切ったことをさせたものだと思う。もしどちらかが怪我して、保護者からクレームが来たらどうするのだろうか。あるいは、まだ当時は学校の先生が尊敬されていて、親がねじ込んでくるなどということは少なかったのかも知れない。
中学一年のころ、空手をやっている奴がクラスにいた。なんでも糸東流という空手らしかったが、そいつが休み時間になるたび僕に殴りかかってきた。相手は鍛えているのだからこっちはまるで敵わない。そいつは空手で身に付けた本格的な突きや蹴りをやりたい放題にあびせてきた。武道の技術だけ覚えて、精神などはくそくらえという奴だったのだ。僕はあるとき、次の休み時間に奴がかかってきたら鉛筆で刺してやろうと思った。そいつが怪我して先生に何か言われたら「命の危険を感じたので正当防衛です」と開き直るつもりだった。しかし僕がそう腹を決めて鉛筆をポケットに忍ばせていたら、そいつはかかってこなかった。直後に僕は別なことで口を怪我し、その空手野郎も怪我人は攻撃できないと思ったのか、他の標的を見つけて休み時間はそいつをいたぶるようになった。僕はいまだにこの空手野郎が許せず、もしどこかで会ったら角材か何かで殴ってやりたい。会うのがあと五十年先でも、おそらく僕は同じ気持ちだろう。武器がなければ、たとえ総入れ歯になっていても噛み付いてやるつもりだ。
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彼の弟は今年高校に入ったのだが、クラブは弓道部にしたそうだ。しかし弓道にしても僕にはまったく分からない世界で、かろうじて中島敦の「名人伝」で弓術の修行について読みかじったぐらいだ。だから下のほうの甥が弓道部に入ったと聞くと、ああ名人伝のあれか、最初の一年は絶対にまばたきしない人間になるためひたすら目を開けているだけ、次の一年はシラミが牛ぐらいの大きさに見えるようになるまでとにかくにらみ続けるだけ、そして弓に触れるのは三年になってからなんだろう、などという空想をしたが、実際はそうではなくて、一年の最初から弓を持って構え方から練習するらしい。まあそりゃそうだろうな。
ところでヨーロッパのほうでは、非公式なものかも知れないが、いまだに剣を使っての決闘が行なわれることがあるらしい。日本はというと現在では「決闘罪」というのがあって、決闘は非合法になっている。しかし二十年、三十年にもわたって続いている裁判を見るにつけ、場合によっては裁判ではなく決闘で決着をつけるという選択肢があってもいいのじゃないかと思う。気の短い者同士なら決闘のほうを選ぶかも知れない。
そういえば小学校三年のころ、クラスで仲の悪い二人の男子がいて、毎日のように喧嘩していた。それを見ていて業を煮やした担任の先生は、二人を砂場で決闘させることにした。ここで勝負をつけたあとはこんりんざい争わないこと、と二人に約束させ、決闘に際してはパンチは駄目、腹を蹴るのも駄目、といくつかルールが設けられた。そしてクラスのみんなが見ている中、決闘が行なわれた。自分が教師になって思うのだが、その担任の先生はずいぶん思い切ったことをさせたものだと思う。もしどちらかが怪我して、保護者からクレームが来たらどうするのだろうか。あるいは、まだ当時は学校の先生が尊敬されていて、親がねじ込んでくるなどということは少なかったのかも知れない。
中学一年のころ、空手をやっている奴がクラスにいた。なんでも糸東流という空手らしかったが、そいつが休み時間になるたび僕に殴りかかってきた。相手は鍛えているのだからこっちはまるで敵わない。そいつは空手で身に付けた本格的な突きや蹴りをやりたい放題にあびせてきた。武道の技術だけ覚えて、精神などはくそくらえという奴だったのだ。僕はあるとき、次の休み時間に奴がかかってきたら鉛筆で刺してやろうと思った。そいつが怪我して先生に何か言われたら「命の危険を感じたので正当防衛です」と開き直るつもりだった。しかし僕がそう腹を決めて鉛筆をポケットに忍ばせていたら、そいつはかかってこなかった。直後に僕は別なことで口を怪我し、その空手野郎も怪我人は攻撃できないと思ったのか、他の標的を見つけて休み時間はそいつをいたぶるようになった。僕はいまだにこの空手野郎が許せず、もしどこかで会ったら角材か何かで殴ってやりたい。会うのがあと五十年先でも、おそらく僕は同じ気持ちだろう。武器がなければ、たとえ総入れ歯になっていても噛み付いてやるつもりだ。
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目次
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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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