忍者ブログ
AdminWriteComment
 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/22 (Fri) 16:06:44

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

No.536
2012/01/07 (Sat) 14:50:44

 年末年始は本業も休みに入りアメ横での客あしらいに精を出した。
 日本一とも呼ばれるガード下の繁華街での店番だ。
 今年は震災の影響か不景気か分からないけれど、交通整理の警官の拡声は響くものの、思ったより人手は少なかったと思う。
 30日辺りがいつもならピークで全く、人の波が進まなく時間もあるのだが、昨年はそれがなかった。普段の土日よりは多いかな?と感じるくらいだ。

 中国をはじめとして、アジアから来る人々は毎年増え続けている。行儀の悪い連中も比例して増え続けているが、悲しいことにこれは日本人でもあてはまってしまう。

 オーストラリア人の家族連れが店内を見て回ってる間に世帯主らしい恰幅のよいオヤジが自分の処へきて訪ねる。
 「おい、警官はこのパニックみたいな行列について何か言っているのか?何かあったのか?」
 「いや、この国じゃ年の終わりに此処で買い物をするか、この喧噪を味合わないと一年生きた気がしない人が大勢いて、それでこんなに混んでるのさ。ちょっとしたカーニバルと一緒でさっきからポリスが言ってるのは”Keep Left for Traffic!!"」と解説したら
 「ああそうか、この国じゃ毎年なのか?」というから
 「そうさ、Have a Nice Stay! and Happy New Year !」
 「You too!!」などと会話を交わす。

 テレビでイタリア語講座に出ている某イタリア語教師がローマからの家族を伴って店に来た。ソックスやニット帽やら選ぶのを手伝って会計後に
 「回転ずしのおいしい処知らない?」
 と訊かれ
 「すしざんまいじゃ駄目なのか?その人数じゃこの辺りの回転寿司は狭いから座れないぜ!」
 「すしざんまいは昨日行ったから・・・回転寿司を食いたいのさ」
 「じゃ、ガード下を左に折れて何件かあるけど、オススメは大江戸だな、行ってごらん」
 あちこちの国から来る人々とこんな会話を出来るのは、このバイトの余禄だと思えばいい。

 年末に貰う取引先からのカレンダーは何処もシンプルで書き込みのできる大型のものが主流だが、味気ないと言えばこの上ない。
 小生がアパレルへ入った時代にはジェームス・ディーンやマリリン・モンローで、大きさや白黒かを選んで客先に配ったりしたものだ。金沢に移り住み、あるカジュアルチェーン店の店長をしている時もやはり、J・ディーンを買い上げ金額に合わせて顧客に年末の会計時に配っていたが、経営者の意向である年からそれが前触れなく廃止され
 「あんたんとこのジェームス・ディーンがないと壁の色、そこだけ色が違うてるんや・・・なんとかしてや」と叱られた思い出もある。

 元来、ポスターや絵画を屋内に飾るゆとりを持たぬ戦後の人々にとって、絵柄やデザインのついたカレンダーこそは究極のインテリアだったが、各種の技術、経済や趣味趣向の発展変遷によってさほど重要では無くなったのか誠に味気ないカレンダーばかりがと思うが、これも世の習いなのだろう。

 それにしても、前の記事で述べたブルーレイの「グランプリ」は色々と楽しみが多い。
 鮮やか過ぎる60年代のフェラーリF1は当然として、女優たちの纏うファッションや、ホテルやロビーの内装、調度に目を凝らすとなかなかに鮮やかに興味深い。
 紙をめくる画像の楽しみは激減したが、映像の旧きを追う楽しみはまた別か・・・?
 次は「栄光のルマン」でも探しに行こう。


 この時期、東京で抜ける蒼い空を見上げると金沢の雪景色を思い出す。
 年間の降雨日数が196日というこの地にあって、冬の雪も例外でなく、特に年始明けの今頃の雪は日中最高気温が0度からさほど上がらぬため、数メーターの積雪でなくても路上の雪や自宅の各所に積もる雪はなかなか解けない。

 関東暮らししか経験のない自分にとって、この時期の除雪作業はこたえたものだった。
 積雪の重なる日だと、自分の車の雪を下ろしてウオーミングアップをし、駐車場から一般道へ出るのに1,2時間かかってしまう・・・なんてざらにあった。
 通勤途中に卯辰山を周り近道をしたつもりが坂の頂上付近で一時停止をしたら最後、じりじりと坂を逆に下り続け、通りがかったトラック運転手に押してもらって脱出したり、シャーベットが凍ったような積雪の路地でスタックして出れなくなり、近所の人が助けにスコップを持って出てくれたり、数えれば暇がない。
 逆に、自分もそんな風に助けられたからと見ず知らずの人たちを助ける場面も何度もあった。この辺りの経験は「人は相み互い」足りない部分を補い合うことが人間関係の究極であることも思い知らされたし、なによりも自然をなめてかからないスタンスを心に持ち共存していくというスタンスの重要性を金沢で住んだ日々に学んだ。

 東京都心に移り住んでもう10年以上が経つ。
 山手線や東京メトロは携帯の案内通りに乗れば数十分で大概、目的地に運んでくれる。実に楽で快適だ。
 カレンダーの月のページを破るくらいの記憶の断片しか脳裏に描けなくなったが、路上に流れる融雪の水、遠くに降り積もる雪景色と兼六園とともに心のカレンダーを引っ張り出してはスコップがアスファルトを擦る音とともに蘇る。
 ゆっくりと鱗町の交差点から裏の路地へ抜けていく時に感じる湿った寒さの中のあの懐かしさ、柔らかさは絶対に東京では味わうことのできないものだ。

 昨晩からまた冷え込みも一段と増した。
 大陸からの寒気団はこの時期日本海側に居座り西高東低を繰り返す。除雪の合間に空や山間から覗く陽光、雪解けの雫が木々から眩しい光を放つ兼六園の雪吊・・・来る日も来る日も幾度も幾度もそんな景色を目の当たりにして春へと向かう。雪さえ降らなければ良い処、住みやすい町と言ってしまえばそれまでだ。
 だが、人の営みの姿をこうまで教えてくれる街もそうあるまい。
 独特の湿気を伴う心地よい寒さは心地よい水や酒をもたらしてくれる。
 寒いところにはやはり寒い時に訪れるのが一番だとも思う。
 四季の折々で楽しみは尽きないのだけれど。

 春待つ心でカレンダーの1枚1枚を破った頃が懐かしい。



 (c)2012 Ronnie Ⅱ , all rights reserved.




 ☆ 索引 〜 昭和の憧憬  へ戻る
PR
No.529
2011/12/30 (Fri) 00:32:10

 円盤の出口からのびるタラップを降りてきたのは、マスオだった。正確には「マスオのようなもの」と呼ぶべきかも知れない。なにしろ顔はマスオなのだが、白い手足が八本あり、その手足で這って歩く動物だったから。
「あ、あなた、いったい誰?」サザエが恐怖におののきながら尋ねた。
「マスオのようなもの」は青白い顔で、無表情に首をかしげている。
「パパぁ~」タラちゃんは無邪気に「そのもの」に近づこうとしたが、サザエが制止した。
「タラちゃん戻ってらっしゃい! これはパパじゃないのよ!」
 その八本足の生き物は、長細い前肢を使って胸に装着されている機器をいじりだした。
「バ、ブブブ、ケケラケラケラ。スパスパスパ、トトトーン。ワレ、ワレワレハ、十光年ノ彼方カラヤッて来タ、ハラハラ星人デあル。君たちハ、この星ノ、原住民なのカ?」
「そ、そうよ。そのハラハラ星人が、地球にいったい何のご用?」サザエが持ち前の負けん気の強さを取り戻して言った。
「新タナ居住地を探シに来タのダ。そレニシてもコノ星ノ空気はウマイ」そう言うとマスオの顔をしたハラハラ星人は、胸いっぱいに空気を吸い込み、満足そうに深呼吸した。
「嘘おっしゃい…地球の大気は放射能で汚れてるのよ」
「その放射能ガ、ワレワレにとってはマタトない好物ナノダ」
「ドウシタンダ、ジェームズ」円盤の奥から、もう一匹のハラハラ星人が出てきた。これもマスオの顔をした八本足だ。
「パパが二人いるです」タラちゃんが言った。
「オウ、かわイイ子供ダ。われわれハラハラ星人の幼生にヨク似ている。タラちゃんトカいったネ、こっちへオイデ」
 ジェームズと呼ばれたハラハラ星人は、四本の前肢を使ってタラちゃんを抱き上げた。
「きゃーっ、タラちゃんに触らないでちょうだい!」サザエが叫んだが、ジェームズはそれを無視して、
「タラちゃんの体はドウモ不完全のようダ。透視してミよう……ヤハリ肺がこの星に適応シテイナイ。手術してアゲヨウ」
 すると宇宙船内から金属製の箱がふわふわと浮いてひとりでにジェームズのもとにやって来た。その箱を開けると、きらきら輝く金色のナイフや錐(きり)のようなものがたくさん入っている。ジェームズは無造作にタラちゃんの胸にナイフを突きたて、切り始めた。
「なんてことするの!」サザエが止めに入ったが、ジェームズは別な腕で持った銃のようなものでサザエの動きを止めた。麻痺光線らしい。サザエは微動だに出来なくなった。
 タラちゃんの胸から肺が取り出され、ハラハラ星人の用意した緑色の新しい肺が埋め込まれた。そしてタラちゃんのわき腹に次々と穴が開けられ、新たに四本の手足が取り付けられた。ジェームズがスプレーのようなもので何か手術創に吹きかけると、すぐに血は止まって、なんの困難もなく手術は終わってしまった。
「ホウラ、コレデちょっトは人間らしくナッタ」ジェームズが満足げに言うと、八本足になったタラちゃんは
「ママ、僕どうなったですか?」と戸惑って尋ねた。
 サザエは麻痺から開放されたが、うううと泣き崩れた。
「姉さーん、タラちゃーん!」後ろから声が聞こえてきた。カツオの声だ。
「カツオ!?」サザエが振り向くと、そこにはカツオがいた。それは八本足のカツオだった。うきえもいるが、こちらは人間の姿をしている。
「ふふふ、カツオ君も手術させていただいたわ。サザエさん」
「ど、どうしてうきえさんがそんな真似を?」仰天したサザエが言った。
「私たちの地下施設は、表向きは核シェルターだけど、本当はハラハラ星人の基地なの。ハラハラ星人は地球人を手術して、この汚染された地表に適応させようという善意を施しているの。素晴らしいことだわ」
「何が素晴らしいもんですか……」
 すると泣き崩れたサザエのもとに、カツオが八本足でシャカシャカと近づいてきた。
「素晴らしいじゃないか、姉さん。姉さんもこの姿になってごらんよ、放射能が美味く感じられんだよ」
「あっち行って! あたしには八本足の兄弟なんていません!」
「姉さん、なに怒ってんのかしら」と、こちらも八本足のワカメ。
「サーザエー。サーザエー」遠くから、しわがれた男の声が聞こえてきた。
「その声は、お父さん!?」
 そう、落とし戸から顔をのぞかせたのは波平だった。しかしだんだん姿を現すにつれ、首から下は灰色のパイプのようなものが長く伸びていて、五体満足ではないことが分かった。波平の首を持っていたのは、花沢だった。黒縁の眼鏡をかけた白衣の花沢は、冷たい目をして言った。
「こんにちは、磯野さん。波平さんをお連れしました」
「で、でも、お父さん首だけじゃないの」
「私は医者なんですよ、磯野さん。私たちは放射能を摂取しても体内で無害化できる人工臓器の研究をしてまいりました。その栄えある実験台の第一号が波平さんです」
 そう言うと、頬のやせこけた青白い波平の首をぐいと突き出した。
「この人工臓器は今のところ五百平米の場所をとる大きなもので、地下に設置されています。でもご覧のように首だけは自由に移動できるんですよ。波平さん、波平さん。ご家族に会えて良かったですね」
 しかし波平は感情の回路が切れてでもいるかのように、うつろな目をして無表情に
「サーザエー、サーザエー」
と言うのみだった。
 そこへフネが現れた。
「サザエ。気をしっかり持ちなさい。とはいっても、私もこの世界で生きていくのはもう無理そうだけど」
 サザエが涙ににじんだ目をフネに向けると、フネは銀色に輝く拳銃を差し出した。
「私はまだ思い切りがつかないのだけど、サザエ、こんな世の中とはお別れしましょ。これで頭を撃ちぬくのよ」
 サザエは力なく拳銃を受け取ると、涙を拭きながら安全装置を外した。そしてのろのろと銃口をこめかみに持っていく……かに思えたが、銃口は花沢に向けられた。
「な、何するんですか、サザエさ」銃声が鳴り響き、花沢は眉間を撃ちぬかれてこときれた。
 サザエは涙をぬぐって、ハラハラ星人たちの頭も次々と撃ち抜いていった。
「姉さん、馬鹿な真似はよすんだ」
 しかし止めに入ったカツオも頭を撃たれてばったと倒れた。
「みんなみんな、死んじまえ……」
 弾をすべて撃ち尽くしたときには、地球人、ハラハラ星人のしかばねが辺りに散乱して風に吹かれ、もうサザエの邪魔をするものはいなかった。
「これからどうするの、サザエ」フネが力なく言った。
「決まってるわ、ハラハラ星に復讐に行くのよ」
 放射能の風が吹き荒れる大地を、サザエは雄雄しく踏みしめ、真っ赤な夕陽に照らされてその影を長くのばしていた。

(完)

(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
No.528
2011/12/26 (Mon) 12:28:12

 前の日記でLET IT BEが登場したので、ジョンと言えば確かにジョン・レノンかもしれないが今回は違う。

 古き名匠、ジョン・スタージェスとジョン・フランケンハイマーの名作を2遍。


 昨日はある都心の学校の現場に仕事で赴いた。
 打ち合わせ後の検査で各階を回るうちに、校内スピーカーからテストなのか鳴り響いたのは「荒野の7人」のテーマ。
 思わず、聴き入ってしまったのだが・・・。

 帰り道のJR線の車内で得た、ある結論。

 そうか・・・今の世には西部劇なんかないんだなと。

 ジョン・スタージェス監督のこの作品はマックイーンやブロンソンをスターダムに
押し上げただけでなく、週に何度かある民放各局の定番とも言うべき金字塔だ。
 黒澤の「七人の侍」をベースにした脚本は当時25ドルとか。
 だが、ユル・ブリンナーもコバーンもロバート・ヴォーンも誰もが個性的で逞しいし、哲学を持っている。

 劇中のセリフで、マックイーン扮するヴィンが「後悔なんかしないさ、そんときはそれでいいと思ってるのさ・・」という内海賢二氏の吹き替えは未だに耳から離れない。

             

 野盗の群れから平和な村を奪回した後には何人かの仲間は息絶えていた。
 だが「勝ったのは農民だ、土地を持って耕すあいつらのほうが偉いのさ」とばかりに、自らの渡世をはにかんで悟ったようにブリンナー扮するクリスと去っていく。

 そういえば「荒野の・・・」というのはこの時代に流行った言葉だ。
 映画にまつわるだけでも用心棒、1ドル金貨などたくさんある。
 少年ジャンプには「巨人の星」を書いた川崎のぼるが「荒野の少年イサム」なんて連載していた。

 粋な校内放送、マイクのテストかスピーカーのチェックか知らないけれど。
 洋画番組で断片を観始めた頃、すなわち小学校5、6年か中1あたりの給食の時間を思い出した。ホテルの厨房と言ったら言い過ぎだろうが、今のそんな給食室とは比較にならないくらい昔の給食なんて劣悪な環境で造られていた。

 焼きそばの中にキャベツの芯が入っていたり、食パンの角はいつも濡れていたり、口の中に入れても自我中毒で戻しそうになったことも何度かある。
 嫌嫌で飲みこんでから聞こえるのは、時に勇ましい西部劇のサントラ・・・それが
昼休みに流す学校放送だった。その代表格が「荒野の七人」であることは間違いない。都心のモデル校にもなるようなホテル並の厨房施設を備えた学校では、よもやキャベツの芯を・・・なんていうことはまずないだろうが。

             
             

 タイトルを知ってはいたが、きちんと見たのは確か21,2の頃の深夜の正月映画の特番だった。

 「グランプリ」当時は年代を問わず、走るフォーミュラ・1の映像なんて目にする機会はほとんどなかった。NHKの海外ダイジェスト報道とか、オイルやパーツメーカーのコマーシャルでしか見れなかった。

 60年代のホンダの世界進出を三船敏郎やジェームズ・ガーナー、イヴ・モンタンらを使い、当時のレースと世情やロマンを分割画面などを駆使して、今でも見応えたっぷりに仕上げているのは、とても40年以上も前の映画とは思えない。監督のジョン・スタージェスと言う人は、どのアングルでどのように撮れば迫力や怖さやスピードが観衆に伝わるかを知っているからだ。

 冒頭の、マフラーがアップになって排気と陽炎が立ち上る中、スターターが各ドライバーにアピールする5,4,3,2,1・・・の手と指の躍動、心臓がせり出しそうになる緊張と興奮は、ドライバーたちがグラブをはめるという単純な仕草からもう始まっている・・・なんという男らしい世界。レンチやプラグが生き物のような錯覚さえ覚える。。

 モナコの市街地コースで、前車のオイルや粉塵を浴びゴーグル以外は顔をすすで真っ黒にして走り抜ける男たち。劇中にはリアルな描写の男女の色恋も当然あるのだが、過剰過ぎて映画の本質を壊すなんて言うことはしていない。
 あくまでもリアリティに訴えかける。
 驚かされるのは、フィル・ヒル、ブルース・マクラーレン、グラハム・ヒルなどの本人たちが参加していることだ。だから劇中のサーティースやスチュワートに一層のリアリティが生じている。まさに、才人たちだ。

             

             

 中でも、「そろそろ落ち目」と言われてる下馬評を弾き返そうと、必死にジェームズ・ガーナーのホンダを追いかけるイヴ・モンタンのフェラーリの姿は泣けてしまう。
 伝説となったモンツァのバンクで疾走中に、前車の落したマフラーを避けようと
ステアリングを切りそこなった彼のフェラーリは真っ逆さまに転落、炎上してしまう。
 当時のF1は死亡率5割ともいう危険なモータースポーツだった。

             

             

 マックイーンの「栄光のルマン」などもそうだが、この時代に嘘っぽくない、安っぽくないレース映画を本気で撮ろうとしたからこそ、今見ても素晴らしい画像が残っている。
 たまたま、近所のヨドバシに出かけたら、そんな「グランプリ」のブルーレイが廉価で棚に置いてあった。すかさず・・とも思ったが、後でもう一度出かけて他にも探し物をして求めようと思った。

 いまどきのスリーディなんぞには興味も関心もない。
 映画は自分にとって奇をてらった見世物でも、小手先のインチキ芸でもなく、生身の人間が演じる様々な人間模様・・・いわば、人の人生を垣間見る疑似体験でもあるのだ。

 それにしても、昔の年末年始の深夜は改めて思いだすと、初詣前にいろんな楽しみがあったことをまざまざと照らし出す。
 
 ピートもヴィンもクリスもいない。

 下らぬ御笑い一辺倒やバラエティの総集編などもう少し絞って、あの時代の名画を・・・と思うのは自分ばかりかと。

 マシンも時代も違うからそこはそれなのか?
 歌は世につれ、世は歌につれてとは言うけれど。


 偶然ネットで見つけた伝説のモンツァのバンクの最近の画像だ。

             

             

 忘れ去られ哀愁を帯びて朽ちるモノに、最近、言葉にたとえられぬ愛着を感じる。



 (c)2011 Ronnie Ⅱ , all rights reserved.




 ☆ 索引 〜 昭和の憧憬  へ戻る
[25]  [26]  [27]  [28]  [29]  [30]  [31]  [32]  [33]  [34]  [35
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







文書館内検索
バーコード
忍者ブログ [PR]