『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.434
2011/05/23 (Mon) 23:39:48
いつの間にか五月となり、毎日学校に行って窓から新緑の見える教室でのどかに授業していると、あれだけ心を奪われていた震災のことも、ここ関西にあっては頭から離れがちになって、身も心も日常に埋没していくようである。
東電が被災者に対しどのように賠償するかが報道されている。しかし原発事故の傷跡は恐らくこのさき長く残るもので、仮に何年か経って放射能がもとで癌になった人が出だしたとき、東電はその責任を負ってくれるのだろうか。心配なところだ。そのとき彼らは「百パーセント放射能が原因とはいえない」などと言を左右にしないだろうか。
昭和初期に二三子堂書店から刊行された『レツグ博士英譯 論語』をぱらぱらめくっていると、面白く、英語の勉強にもなりそうだ。
その泰伯第八から。
子曰く、恭にして礼なければ則ち労す、慎にして礼なければ則ち葸(おそ)る、勇にして礼なければ則ち乱る、直にして礼なければ則ち絞す。
The Master said, “Respectfulness, without the rules of propriety, becomes laborious bustle; carefulness, without the rules of propriety, becomes timidity; boldness, without the rules of propriety, becomes insubordination; straightforwardness, without the rules of propriety, becomes rudeness.
恭にして礼なければ則ち労す……敬意を表そうにも礼によらなければ、ぎこちなくせかせかするばかり(laborious bustle)だ。この「労」の訳は感じが出ていて面白い。
最後、「絞」を rudeness「粗雑」と訳しているけれども、自分は「窮屈だ」という意味だと思っていた。率直であっても礼によらなければ(絞められたように)窮屈になる。岩波文庫の金谷治訳注『論語』でもそういう解釈になっている。しかし率直であっても礼儀を欠いていると粗雑な人間と思われる、というのも真理だろう。
曾子曰く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く、犯せども校(はか)らず、昔者(むかし)吾が友嘗て斯に従えり。
The philosopher Tsang said, “Gifted with ability, and yet putting questions to those who were not so; possessed of much, and yet putting questions to those possessed of little; having, as though he had not; full, and yet counting himself as empty; offended against, and yet entering into no altercation; formerly I had a friend who pursued this style of conduct.”
岩波文庫版では「犯されて校(むく)いず」と訓じていて、この方が理解はしやすい。上の英訳は「感情を害されても(offended against)口論しない」ということだろうか。
同じく岩波文庫版では、この曾子の「吾友」は顔回のことだとしている。
有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く。日本など論語が読まれた文化圏では、謙虚さの形容としてよく使われたものだろうか。もののある器にはものは入らない。分かってはいてもその心持を維持するのはなかなか難しい。ただ自分は神社に詣でたり何かに祈る際には、そのような心持を作るよう努めることが多い。自分の無力さを感じていなければ、祈るという行為自体が無意味なものになってしまうからである。
以前持っていた古語辞典を高校生の甥に譲ったのだが、また少しずつ日本の古典を読んでいきたいと思うようになった。万葉集からの和歌、俳諧、物語でいえば西鶴や馬琴など、なんでも。
それでまた古語辞典を買おうと思うけれども、お詳しい方、どの辞典がよいのかご教示いただければ幸いです。
スタートレック宇宙大作戦のDVD-BOX(シーズン1)を買った。TOSの大ファンの僕としては、遅すぎるぐらいだった。毎日仕事から帰ると、ビールを飲みながらカーク船長やミスター・スポックの活躍に見入っている。
60年代のTVシリーズだが、下敷きにあるのは当時のSF小説、つまりその頃までに充分な発達を遂げていたハードSFやセンス・オブ・ワンダーの世界であり、いま観ても一向に古びていない内容である。ただ内容はそうなのだが、いまの人はこのドラマにおける特撮技術の未発達が気になるかも知れない。そういう人はスタートレックでももっぱらネクスト・ジェネレーション(TNG)以降のシリーズを観るようである。
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
東電が被災者に対しどのように賠償するかが報道されている。しかし原発事故の傷跡は恐らくこのさき長く残るもので、仮に何年か経って放射能がもとで癌になった人が出だしたとき、東電はその責任を負ってくれるのだろうか。心配なところだ。そのとき彼らは「百パーセント放射能が原因とはいえない」などと言を左右にしないだろうか。
昭和初期に二三子堂書店から刊行された『レツグ博士英譯 論語』をぱらぱらめくっていると、面白く、英語の勉強にもなりそうだ。
その泰伯第八から。
子曰く、恭にして礼なければ則ち労す、慎にして礼なければ則ち葸(おそ)る、勇にして礼なければ則ち乱る、直にして礼なければ則ち絞す。
The Master said, “Respectfulness, without the rules of propriety, becomes laborious bustle; carefulness, without the rules of propriety, becomes timidity; boldness, without the rules of propriety, becomes insubordination; straightforwardness, without the rules of propriety, becomes rudeness.
恭にして礼なければ則ち労す……敬意を表そうにも礼によらなければ、ぎこちなくせかせかするばかり(laborious bustle)だ。この「労」の訳は感じが出ていて面白い。
最後、「絞」を rudeness「粗雑」と訳しているけれども、自分は「窮屈だ」という意味だと思っていた。率直であっても礼によらなければ(絞められたように)窮屈になる。岩波文庫の金谷治訳注『論語』でもそういう解釈になっている。しかし率直であっても礼儀を欠いていると粗雑な人間と思われる、というのも真理だろう。
曾子曰く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く、犯せども校(はか)らず、昔者(むかし)吾が友嘗て斯に従えり。
The philosopher Tsang said, “Gifted with ability, and yet putting questions to those who were not so; possessed of much, and yet putting questions to those possessed of little; having, as though he had not; full, and yet counting himself as empty; offended against, and yet entering into no altercation; formerly I had a friend who pursued this style of conduct.”
岩波文庫版では「犯されて校(むく)いず」と訓じていて、この方が理解はしやすい。上の英訳は「感情を害されても(offended against)口論しない」ということだろうか。
同じく岩波文庫版では、この曾子の「吾友」は顔回のことだとしている。
有れども無きが若く、実つれども虚しきが若く。日本など論語が読まれた文化圏では、謙虚さの形容としてよく使われたものだろうか。もののある器にはものは入らない。分かってはいてもその心持を維持するのはなかなか難しい。ただ自分は神社に詣でたり何かに祈る際には、そのような心持を作るよう努めることが多い。自分の無力さを感じていなければ、祈るという行為自体が無意味なものになってしまうからである。
以前持っていた古語辞典を高校生の甥に譲ったのだが、また少しずつ日本の古典を読んでいきたいと思うようになった。万葉集からの和歌、俳諧、物語でいえば西鶴や馬琴など、なんでも。
それでまた古語辞典を買おうと思うけれども、お詳しい方、どの辞典がよいのかご教示いただければ幸いです。
スタートレック宇宙大作戦のDVD-BOX(シーズン1)を買った。TOSの大ファンの僕としては、遅すぎるぐらいだった。毎日仕事から帰ると、ビールを飲みながらカーク船長やミスター・スポックの活躍に見入っている。
60年代のTVシリーズだが、下敷きにあるのは当時のSF小説、つまりその頃までに充分な発達を遂げていたハードSFやセンス・オブ・ワンダーの世界であり、いま観ても一向に古びていない内容である。ただ内容はそうなのだが、いまの人はこのドラマにおける特撮技術の未発達が気になるかも知れない。そういう人はスタートレックでももっぱらネクスト・ジェネレーション(TNG)以降のシリーズを観るようである。
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No.433
2011/05/23 (Mon) 23:29:47
陛下 「柔道は骨が折れますか」
柔道家 「よく骨折しますね」
陛下 「あ、そう。脳外科医は骨が折れますか」
脳外科医 「骨を折るというより、頭蓋骨に穴を開けることは多いですね。頭蓋が陥没骨折していた場合なども、早めに処置しなければ脳圧が亢進して患者が苦しみますから」
陛下 「あ、そう。左官は骨が折れますか」
左官 「ええ、急ぎの仕事でね、大きな壁を塗っていて二の腕を疲労骨折したことがありますよ」
陛下 「あ、そう。八百屋は骨が折れますか」
八百屋 「まあ滅多に無いことですがね、一昨年お化けみたいなかぼちゃを仕入れたんですが、それを誤って足の上に落としてつま先を骨折しましたね」
陛下 「あ、そう。時計職人は骨が折れますか」
時計職人 「ずっと座って仕事してますんで、そう骨が折れるはずはないのですが、近頃の若い連中は腰が弱くて坐骨を折ることはままありますね」
陛下 「あ、そう。身投げすると骨は折れますか」
亡霊 「そうですね、まあビルの十五階から飛び降りれば全身が複雑骨折しますね」
陛下 「朕も骨が折りたいぞ」
しかし陛下は昨年全身の骨を高強度のグラスファイバーと取り替えたところだったから、その骨はそう簡単に折れる代物ではなかった。
往来に出てダンプカーにぶつかってみると、ダンプのほうが大破し、陛下の体に別状は無かった。東京タワーの脚部を蹴飛ばしてみると、轟音を立ててタワーが崩れ去った。高層ビルの柱を殴ると鉄筋コンクリートが見事に崩れ去り、ビルは瓦解した。
悲観した陛下は「朕はこの頭を割るぞ」といって百階建てのビルの屋上から、頭を下にして飛び降りた。結果は地球が割れて人類が滅び去った。
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柔道家 「よく骨折しますね」
陛下 「あ、そう。脳外科医は骨が折れますか」
脳外科医 「骨を折るというより、頭蓋骨に穴を開けることは多いですね。頭蓋が陥没骨折していた場合なども、早めに処置しなければ脳圧が亢進して患者が苦しみますから」
陛下 「あ、そう。左官は骨が折れますか」
左官 「ええ、急ぎの仕事でね、大きな壁を塗っていて二の腕を疲労骨折したことがありますよ」
陛下 「あ、そう。八百屋は骨が折れますか」
八百屋 「まあ滅多に無いことですがね、一昨年お化けみたいなかぼちゃを仕入れたんですが、それを誤って足の上に落としてつま先を骨折しましたね」
陛下 「あ、そう。時計職人は骨が折れますか」
時計職人 「ずっと座って仕事してますんで、そう骨が折れるはずはないのですが、近頃の若い連中は腰が弱くて坐骨を折ることはままありますね」
陛下 「あ、そう。身投げすると骨は折れますか」
亡霊 「そうですね、まあビルの十五階から飛び降りれば全身が複雑骨折しますね」
陛下 「朕も骨が折りたいぞ」
しかし陛下は昨年全身の骨を高強度のグラスファイバーと取り替えたところだったから、その骨はそう簡単に折れる代物ではなかった。
往来に出てダンプカーにぶつかってみると、ダンプのほうが大破し、陛下の体に別状は無かった。東京タワーの脚部を蹴飛ばしてみると、轟音を立ててタワーが崩れ去った。高層ビルの柱を殴ると鉄筋コンクリートが見事に崩れ去り、ビルは瓦解した。
悲観した陛下は「朕はこの頭を割るぞ」といって百階建てのビルの屋上から、頭を下にして飛び降りた。結果は地球が割れて人類が滅び去った。
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No.429
2011/04/09 (Sat) 20:15:35
深夜。
ベッドに横たわる青白い顔の少年は、ぐっしょりと汗をかき、数時間前から激しいあえぎ声を上げて苦しんでいた。緑川蘭三だった。
「血が、血が足りない! もっと血が欲しい! ちくしょう、俺の体はどうなっちまったんだ? これまでは上手くやってきたのに! 内臓がちくちく痛みやがる、骨がぎりぎりと今にも砕けそうだ、もっと血が欲しい! 俺はきっと成長期なんだ」
蘭三の母は彼の手をしっかり握ってやることしか出来なかった。彼の苦痛をやわらげる術を知らなかった。
ふいに蘭三は落ち着いた声で言った。
「母さん。僕には仲間がいることを知ってるだろう……母さんも、そろそろ仲間に入りなよ」と言うなり蘭三は母親の頸動脈に牙を立てた。
血の気を失いぐったりした緑川の母と蘭三の前に、人影が現れた。
「蘭三。とうとうやってしまったな」そこには蘭三の父親が立っていた。その手にはライフル銃が握られている。
河合虎児郎(かわい・こじろう)刑事は、緑川邸の裏手に車を止めて、蘭三の様子をうかがっていた。不可解な苦痛のうめき声がずっと続き、河合刑事も何事かが起こればすぐに行動に移れるよう身構えていた。助手席には部下の村松がいたが、同じように緊張した面持ちだった。そのとき、大きな銃声が緑川邸から聞こえてきた。
「村松、行くぞ!」河合刑事は緑川邸の玄関の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。カーテンで閉め切られていたリビングのガラス戸の一部を石で壊し、そこから二人の刑事は侵入した。しばらく辺りを見回していると、二階から緑川家の主人・哲郎氏がライフルを持って、階段を転げ落ちてきた。
「どうしたんです?」河合が尋ねると、哲郎氏は息も絶え絶えに
「家内も吸血鬼になってしまった……息子と家内は二階の窓から出て行った……息子は危険だ……息子は、私の息子は、殺してしまわなきゃならん」
「村松、救急車を呼べ。俺は逃げた二人を車で追いかける」
河合刑事は車にサイレンを取り付け、それを鳴らしてアクセルを踏んだ。
そのとき体育教師の藤堂は、学校から近い自宅アパートで、大きないびきをかいて眠っていた。蒸し暑い夜で、玄関の扉を開け放っていた。無用心だが、この辺で起こる物騒な殺人事件はすべて藤堂が関係していたから、別に怖いものは無いと思っていた。
そこへ、緑川蘭三と、若い吸血鬼仲間五、六人が忍び込んできた。
「藤堂先生」緑川が抑揚のない声で言った。「藤堂先生」
藤堂がまぶたをこすって眼を開けると、そこに数人の人影が見えた。みな手にバットなどの棒状のものを持っているらしい。
「先生にも仲間になってもらわなきゃ」蘭三は言った。「言ってること判る? これまでの関係はもうおしまいだ。先生にも吸血鬼になってもらうよ」
若者たちは藤堂の体を押さえつけようとしたが、藤堂は枕元に横たえてあった日本刀で抵抗した。
「藤堂、無駄だよ。吸血鬼に太刀打ちしようだなんて」緑川は顔に血しぶきを浴び、微笑みながら言った。「無駄だってば」
河合刑事は、道のあちこちで血を吸い取られた死体を見つけた。吸血鬼どもは、大々的に人間への攻撃を始めたのだ。河合は警察本部に応援を要請した。しかし救援のパトカーのサイレンは、いつまで経っても聞こえてこない。河合はその不思議さと、いつもと違うこの町の雰囲気を感じ取っていた。暗闇からいつ魔物が出てきてもおかしくないような、血の匂いの混じった殺気だった空気。
耳を澄ませていると、男の野太い叫び声が遠くから聞こえてきた。
斬獄学園のベテラン体育教師・富沢は、なんとなく寝付かれず、ビールを飲みながらテレビの深夜番組を見ていた。妻と二人の子供は、奥の部屋で寝静まっている。
玄関のチャイムが鳴った。「富沢先生、緑川です。急用です。開けてください」
富沢がドアを開け、門の外にいる人影に対し「おい、うちには来るなと言ってあるだろう」と話しかけると、スイカぐらいの大きさのものが彼の胸元にどさっと投げつけられた。
富沢が受け止めると、表面がぬらぬらしており、玄関の明かりで自分のパジャマがみるみる赤く染まっていくのがわかった。
「富沢先生、それが何か判る? 藤堂の首だよ。そいつ、仲間にしようと思ったんだが、刀で抵抗したんでね。首をちょん切ったよ。先生もそうなりたくなかったら、おとなしく俺たちの仲間に入るんだね」
富沢はしばらく無言で立ち尽くした。そして家の奥に戻ると、名刀正宗を持って表に出てきた。その目は吸血鬼に負けず劣らず殺気に燃え、蒼白な顔に微笑さえ浮かべていた。
「蘭三、この先生も歯向かう気だぜ」
富沢は乱杭歯をむき出し、押し殺したような声で言った。
「緑川、こうなったら何もかもおしまいだ。俺にはもう地位も名誉もない。むしろさっぱりした気分だ」そして深く息を吐き「これだ……これだよ……この生きるか死ぬかの緊張感がたまらんのだ」と言いつつさやを払い、白刃をきらめかせて蘭三たちの人影に斬り込んでいった。
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ベッドに横たわる青白い顔の少年は、ぐっしょりと汗をかき、数時間前から激しいあえぎ声を上げて苦しんでいた。緑川蘭三だった。
「血が、血が足りない! もっと血が欲しい! ちくしょう、俺の体はどうなっちまったんだ? これまでは上手くやってきたのに! 内臓がちくちく痛みやがる、骨がぎりぎりと今にも砕けそうだ、もっと血が欲しい! 俺はきっと成長期なんだ」
蘭三の母は彼の手をしっかり握ってやることしか出来なかった。彼の苦痛をやわらげる術を知らなかった。
ふいに蘭三は落ち着いた声で言った。
「母さん。僕には仲間がいることを知ってるだろう……母さんも、そろそろ仲間に入りなよ」と言うなり蘭三は母親の頸動脈に牙を立てた。
血の気を失いぐったりした緑川の母と蘭三の前に、人影が現れた。
「蘭三。とうとうやってしまったな」そこには蘭三の父親が立っていた。その手にはライフル銃が握られている。
河合虎児郎(かわい・こじろう)刑事は、緑川邸の裏手に車を止めて、蘭三の様子をうかがっていた。不可解な苦痛のうめき声がずっと続き、河合刑事も何事かが起こればすぐに行動に移れるよう身構えていた。助手席には部下の村松がいたが、同じように緊張した面持ちだった。そのとき、大きな銃声が緑川邸から聞こえてきた。
「村松、行くぞ!」河合刑事は緑川邸の玄関の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。カーテンで閉め切られていたリビングのガラス戸の一部を石で壊し、そこから二人の刑事は侵入した。しばらく辺りを見回していると、二階から緑川家の主人・哲郎氏がライフルを持って、階段を転げ落ちてきた。
「どうしたんです?」河合が尋ねると、哲郎氏は息も絶え絶えに
「家内も吸血鬼になってしまった……息子と家内は二階の窓から出て行った……息子は危険だ……息子は、私の息子は、殺してしまわなきゃならん」
「村松、救急車を呼べ。俺は逃げた二人を車で追いかける」
河合刑事は車にサイレンを取り付け、それを鳴らしてアクセルを踏んだ。
そのとき体育教師の藤堂は、学校から近い自宅アパートで、大きないびきをかいて眠っていた。蒸し暑い夜で、玄関の扉を開け放っていた。無用心だが、この辺で起こる物騒な殺人事件はすべて藤堂が関係していたから、別に怖いものは無いと思っていた。
そこへ、緑川蘭三と、若い吸血鬼仲間五、六人が忍び込んできた。
「藤堂先生」緑川が抑揚のない声で言った。「藤堂先生」
藤堂がまぶたをこすって眼を開けると、そこに数人の人影が見えた。みな手にバットなどの棒状のものを持っているらしい。
「先生にも仲間になってもらわなきゃ」蘭三は言った。「言ってること判る? これまでの関係はもうおしまいだ。先生にも吸血鬼になってもらうよ」
若者たちは藤堂の体を押さえつけようとしたが、藤堂は枕元に横たえてあった日本刀で抵抗した。
「藤堂、無駄だよ。吸血鬼に太刀打ちしようだなんて」緑川は顔に血しぶきを浴び、微笑みながら言った。「無駄だってば」
河合刑事は、道のあちこちで血を吸い取られた死体を見つけた。吸血鬼どもは、大々的に人間への攻撃を始めたのだ。河合は警察本部に応援を要請した。しかし救援のパトカーのサイレンは、いつまで経っても聞こえてこない。河合はその不思議さと、いつもと違うこの町の雰囲気を感じ取っていた。暗闇からいつ魔物が出てきてもおかしくないような、血の匂いの混じった殺気だった空気。
耳を澄ませていると、男の野太い叫び声が遠くから聞こえてきた。
斬獄学園のベテラン体育教師・富沢は、なんとなく寝付かれず、ビールを飲みながらテレビの深夜番組を見ていた。妻と二人の子供は、奥の部屋で寝静まっている。
玄関のチャイムが鳴った。「富沢先生、緑川です。急用です。開けてください」
富沢がドアを開け、門の外にいる人影に対し「おい、うちには来るなと言ってあるだろう」と話しかけると、スイカぐらいの大きさのものが彼の胸元にどさっと投げつけられた。
富沢が受け止めると、表面がぬらぬらしており、玄関の明かりで自分のパジャマがみるみる赤く染まっていくのがわかった。
「富沢先生、それが何か判る? 藤堂の首だよ。そいつ、仲間にしようと思ったんだが、刀で抵抗したんでね。首をちょん切ったよ。先生もそうなりたくなかったら、おとなしく俺たちの仲間に入るんだね」
富沢はしばらく無言で立ち尽くした。そして家の奥に戻ると、名刀正宗を持って表に出てきた。その目は吸血鬼に負けず劣らず殺気に燃え、蒼白な顔に微笑さえ浮かべていた。
「蘭三、この先生も歯向かう気だぜ」
富沢は乱杭歯をむき出し、押し殺したような声で言った。
「緑川、こうなったら何もかもおしまいだ。俺にはもう地位も名誉もない。むしろさっぱりした気分だ」そして深く息を吐き「これだ……これだよ……この生きるか死ぬかの緊張感がたまらんのだ」と言いつつさやを払い、白刃をきらめかせて蘭三たちの人影に斬り込んでいった。
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
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セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
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