『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.396
2011/01/05 (Wed) 21:22:14
淀川河川敷にある中学生野球チーム・バイアンズの練習場で、ピッチャー・剃度場(ぞるどば)の腹から出てきたエイリアンの幼生が、どこかへ行方をくらました。
すぐに成長したエイリアンは、口から発する強力な酸を武器に、河川敷に住む浮浪者たちを次々と襲った。犠牲者はたいてい四肢がもぎ取られ、頭蓋がゲル状に溶かされて、見るも無残な遺骸を残していた。
もとはといえばバイアンズから発生した事態だったから、モンスターは責任を感じ、バイアンズのメンバーとエイリアン捕獲作戦に乗り出したのである。
「エイリアンをおびき寄せて落とし穴に落とすんだ。エイリアンは口から強い酸を出すが、それはアルカリ性の物質によって中和させればいいと思う」
モンスターは作戦を指示した。しかし彼の化学の知識はうろ覚えだったから、エイリアンの酸に対抗しうる強いアルカリ性溶液を作ることなど到底出来なかった。彼らの知恵で出来たのは、アルカリ乾電池を大量に集めることだけだった。
ある日の深夜。
モンスターとバイアンズのメンバーは、エイリアンの徘徊地域で、茂みに隠れて待ち伏せていた。
やがて不気味な呼吸音とともに、エイリアンの引きずるような足音が聞こえてきた。その長細い頭が月に照らされ、コンクリートの堤防に影を落とした。
「アルカリ爆弾、行け!」
モンスターが命令すると、バイアンズの中学生たちはいっせいに単一のアルカリ乾電池をエイリアンに投げつけた。
エイリアンは頭に大きな電池をぶつけられて一瞬ひるんだが、アルカリの効能などあるはずもなく、すぐに戦闘体制に入った。大きな口を開け、中から第二のアゴが飛び出し、バイアンズのサード、斬仁(ざんにん)の喉もとに喰らいついた。
「ぎゃーっ」
斬仁の頸動脈から鮮血が噴水のように飛び出し、あっという間に彼の頭部の三分の二が酸によって溶かされた。痙攣する斬仁の体を鋭い爪で串刺しにし、その脳味噌をぐちゅぐちゅとむさぼり食うエイリアン。
「ちくしょう!」
ファーストの火戸羅(ひどら)が金属バットでエイリアンの頭を殴った。エイリアンは「シーッ」と威嚇するような声を上げた。
「よし、関心を引いたぞ。落とし穴におびき寄せろ!」
モンスターはバイアンズのメンバーに指示を与えながら後ずさった。しかし前に気を取られすぎたのか、モンスター自身が落とし穴に転げ落ちてしまった。
「ぐぁーっ」
「監督、大丈夫ですか! おい、どうすりゃいいんだ」バイアンズのメンバーはリーダーを失い、混乱した。
「構わん、エイリアンもこの穴に落とせ! もう死なばもろともだ」モンスターは叫んだ。選手たちはその指示通り、エイリアンを落とし穴に突き落とした。
深い穴の底でもみあうモンスターとエイリアン。バイアンズのメンバーは手に汗を握って戦況を見守っていた。
「監督、勝ってくれ! ……とはいうものの、モンスターが負けそうだな」
「モンスターは死なばもろともって言ってたぞ」
「よし、二人の上から岩を落とそう」
衆議一決し、必死で戦うモンスターとエイリアンの上から巨大な岩が落とされた。
ぐしゃ、という音がして土ぼこりが上がり、急に辺りはひっそりとなった。虫の声だけが聞こえる。
「死んだかな」
「監督もエイリアンもつぶれちまったろう」
バイアンズの選手たちは警察に通報し、事態はひとまず一件落着した。
IR鉄道株式会社本部の社長室に、バイアンズのメンバーたちが招かれた。
「いや、このたびは大手柄だった。みんな、ありがとう」社長は一堂を見回し、満足げに言った。「エイリアンはわがIR鉄道が地球に誤って侵入させたものだからな。本来ならわれわれの手で退治すべきだったが、君たちも筋金入りの戦士だ。立派だぞ。モンスター君もそう思うだろう?」
右手と左足にギブスをはめ、包帯で頭を巻いたモンスターがうなずいた。
「バイアンズのメンバーは、本当に素晴らしい戦士に育ちましたよ。まあ私も一時は死ぬかと思いましたが、こんなことでくたばってはいられません。彼らには、まだ私のような指導者が必要なんです。ところで、落とし穴に岩を落とした件だが」モンスターはバイアンズの面々を見渡した。「最初に言い出したのは誰だ?」
「愚呂(ぐろ)です」メンバーの誰かが言った。
「そうか。愚呂、頼もしいぞ。貴様はなかなか心臓が強いな」モンスターはそう言うや否や「どんな心臓か見てやる!」
モンスターは愚呂の胸に左手を突っ込み心臓をつかみ出した。社長室の壁や天井が、吹き出した大量の血しぶきで真っ赤に汚れた。
IR鉄道の社長は、顔についた愚呂の鮮血をハンカチでぬぐいながら
「ところでモンスター君。きみとバイアンズにはまだ使命が残っている。土星の衛星群におもむき、エイリアンの棲む世界の生態系を調査するんだ」
モンスターとバイアンズのメンバーの前には、まだまだ苦難が待ちうけている。勇猛果敢な毒々軍団、いざ土星へ。
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
すぐに成長したエイリアンは、口から発する強力な酸を武器に、河川敷に住む浮浪者たちを次々と襲った。犠牲者はたいてい四肢がもぎ取られ、頭蓋がゲル状に溶かされて、見るも無残な遺骸を残していた。
もとはといえばバイアンズから発生した事態だったから、モンスターは責任を感じ、バイアンズのメンバーとエイリアン捕獲作戦に乗り出したのである。
「エイリアンをおびき寄せて落とし穴に落とすんだ。エイリアンは口から強い酸を出すが、それはアルカリ性の物質によって中和させればいいと思う」
モンスターは作戦を指示した。しかし彼の化学の知識はうろ覚えだったから、エイリアンの酸に対抗しうる強いアルカリ性溶液を作ることなど到底出来なかった。彼らの知恵で出来たのは、アルカリ乾電池を大量に集めることだけだった。
ある日の深夜。
モンスターとバイアンズのメンバーは、エイリアンの徘徊地域で、茂みに隠れて待ち伏せていた。
やがて不気味な呼吸音とともに、エイリアンの引きずるような足音が聞こえてきた。その長細い頭が月に照らされ、コンクリートの堤防に影を落とした。
「アルカリ爆弾、行け!」
モンスターが命令すると、バイアンズの中学生たちはいっせいに単一のアルカリ乾電池をエイリアンに投げつけた。
エイリアンは頭に大きな電池をぶつけられて一瞬ひるんだが、アルカリの効能などあるはずもなく、すぐに戦闘体制に入った。大きな口を開け、中から第二のアゴが飛び出し、バイアンズのサード、斬仁(ざんにん)の喉もとに喰らいついた。
「ぎゃーっ」
斬仁の頸動脈から鮮血が噴水のように飛び出し、あっという間に彼の頭部の三分の二が酸によって溶かされた。痙攣する斬仁の体を鋭い爪で串刺しにし、その脳味噌をぐちゅぐちゅとむさぼり食うエイリアン。
「ちくしょう!」
ファーストの火戸羅(ひどら)が金属バットでエイリアンの頭を殴った。エイリアンは「シーッ」と威嚇するような声を上げた。
「よし、関心を引いたぞ。落とし穴におびき寄せろ!」
モンスターはバイアンズのメンバーに指示を与えながら後ずさった。しかし前に気を取られすぎたのか、モンスター自身が落とし穴に転げ落ちてしまった。
「ぐぁーっ」
「監督、大丈夫ですか! おい、どうすりゃいいんだ」バイアンズのメンバーはリーダーを失い、混乱した。
「構わん、エイリアンもこの穴に落とせ! もう死なばもろともだ」モンスターは叫んだ。選手たちはその指示通り、エイリアンを落とし穴に突き落とした。
深い穴の底でもみあうモンスターとエイリアン。バイアンズのメンバーは手に汗を握って戦況を見守っていた。
「監督、勝ってくれ! ……とはいうものの、モンスターが負けそうだな」
「モンスターは死なばもろともって言ってたぞ」
「よし、二人の上から岩を落とそう」
衆議一決し、必死で戦うモンスターとエイリアンの上から巨大な岩が落とされた。
ぐしゃ、という音がして土ぼこりが上がり、急に辺りはひっそりとなった。虫の声だけが聞こえる。
「死んだかな」
「監督もエイリアンもつぶれちまったろう」
バイアンズの選手たちは警察に通報し、事態はひとまず一件落着した。
IR鉄道株式会社本部の社長室に、バイアンズのメンバーたちが招かれた。
「いや、このたびは大手柄だった。みんな、ありがとう」社長は一堂を見回し、満足げに言った。「エイリアンはわがIR鉄道が地球に誤って侵入させたものだからな。本来ならわれわれの手で退治すべきだったが、君たちも筋金入りの戦士だ。立派だぞ。モンスター君もそう思うだろう?」
右手と左足にギブスをはめ、包帯で頭を巻いたモンスターがうなずいた。
「バイアンズのメンバーは、本当に素晴らしい戦士に育ちましたよ。まあ私も一時は死ぬかと思いましたが、こんなことでくたばってはいられません。彼らには、まだ私のような指導者が必要なんです。ところで、落とし穴に岩を落とした件だが」モンスターはバイアンズの面々を見渡した。「最初に言い出したのは誰だ?」
「愚呂(ぐろ)です」メンバーの誰かが言った。
「そうか。愚呂、頼もしいぞ。貴様はなかなか心臓が強いな」モンスターはそう言うや否や「どんな心臓か見てやる!」
モンスターは愚呂の胸に左手を突っ込み心臓をつかみ出した。社長室の壁や天井が、吹き出した大量の血しぶきで真っ赤に汚れた。
IR鉄道の社長は、顔についた愚呂の鮮血をハンカチでぬぐいながら
「ところでモンスター君。きみとバイアンズにはまだ使命が残っている。土星の衛星群におもむき、エイリアンの棲む世界の生態系を調査するんだ」
モンスターとバイアンズのメンバーの前には、まだまだ苦難が待ちうけている。勇猛果敢な毒々軍団、いざ土星へ。
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No.374
2010/11/28 (Sun) 22:56:59
わたしはその夜、電気をつけっぱなしで眠っていた。真夜中ごろのことである。寝苦しくなって、目を覚ますと、なにか黒くて大きなものが、宙に浮いているのが見えた。よく見るとそれは人間で、顔面蒼白、額から頬にかけて血が流れ、憎悪でギラギラ光る目をした、武士だった。武士であることは、さかやきの頭、黒い着物、そして右手で振りかざした刀からわかる。その武士は、こちらに躍りかかるような格好で、体を下に向けて、つまり寝ているわたしと向かい合って、空中に静止しているのだった。
わたしはその武士を認識した瞬間、心臓が止まりそうになった。しかし、すぐに目をつぶり、冷静になろうとして、なんとか深呼吸をした。最近ではよくあることなのだ、それがたまたま、今ここで起こっただけなのだと、わたしは自分を納得させようとした。ところが心臓は早鐘のように打ち続けていて、わたしは、自分が心臓麻痺で死ぬのではないかと、本気で不安になった。
だいぶ長い間、目を閉じたまま静かに深呼吸を続け、動悸が完全に落ち着くのを待った。そして、なんとか動けるようになると、やはり武士を見ないように目をつぶったまま、体をゆっくりと起こした。わたしは、左胸にまだ鈍い痛みを感じていたので、細心の注意を払って体を動かし、静かにベッドから降りた。そして、寝室の外にある電話のところへ行った。あの宙に浮いた着物の男から常に目をそむけながら。わたしは受話器をとり、タイム・パトロールを呼び出した。
「もしもし……あの、うちに出ました。住所は……」
しばらくして、三、四名のパトロール員がやってきた。
「ああ、これはびっくりなさったでしょう……」青い制服のパトロール員が、目を丸くして言った。職業柄、そういうものに見慣れているはずの彼らも、この武士には驚いた様子だった。「武士そのものは、それほど珍しくはないんですが、この現れ方がね……」
わたしは、パトロール員のくれた心臓の薬を飲んで、だいぶ落ち着いてきたので――彼らは、今日のわたしのような事態に備えて、常にその薬を携帯していた――この武士をもう一度よく見てみよう、という気になった。
「何者でしょうか」
「さあ。とにかくこの部屋に機械を持ち込んで、こいつを消してしまいますから、別の部屋で休んでいてください」
その現象は、十年ほど前から、世界のあちこちで起こるようになった。それは、過去の世界の、ある瞬間における空間の一部分が、忽然と現代に姿を現すという現象だった。原因は不明。現れるのは人物の場合もあるし、物体の場合もある。むしろ物体のことのほうが多いが、それは、建物のひさしの一部分のようなものや、塀の一部、木の枝、石ころ、川の水(固体状になって現れる)というようにさまざまで、あらゆるものが出現しうるといってよかった。また、人間の首だけとか足だけ、犬の体の前半分だけが現れる、ということもある。またまれに未来から、わけの分からぬ物体が出現することもあった。要するに、別な時代の、ある瞬間の空間が無差別に切り取られ、現在に出現するのだ。それも、何のまえぶれもなしに。
この現象が起こり始めたころは、もちろん大変な騒ぎになった。道を歩いていて、目の前に突然女の生首が出現し、ショックで死亡した人がいた。ある人は車を運転していて、突如、前方に戦車――それは後ろのほうが少し欠けた戦車だった――が現れ、それに衝突して大事故を起こした。
しかし、はじめは謎だらけだったこの奇妙な現象も、各研究機関により、しだいにその発生のメカニズムが解明されていった。同時に、出現した物体のおのおのについて、それがいつの時代のどの時点からやってきたものなのか、正確にわかるようになった。そして、その物体のもと居た場所は、つねに、現在出現しているのと同じ地点である――つまりその物体は、「時間の旅」に際し、地球上の位置を変えないということがわかった。そして今では、この現象を未然に防止することはできないまでも、出現した過去の物体を消去してしまうことはできるようになった。この「消去」を専門に行っているのが、現在活躍しているタイム・パトロール隊である。
あの不気味な武士を消す作業が終わり、寝室に戻ってきたわたしは、武士がいつの時代からやってきたのかをパトロール員にたずねた。
「一七三九年三月十四日、午後十一時三十二分ですね」と、パトロール員は、機械のメーターの表示を見て、教えてくれた。
「あの……彼がどういう人物なのか、わかりませんか。名前とか」わたしは、ショックがおさまってから、ふと好奇心を起こして尋ねた。
パトロール員は、笑いながらかぶりを振って、「それはわかりません」と言った。無理な質問だったらしい。
わたしは、最初にあの武士を目にした時の衝撃からは立ち直りつつあったが、あの顔の不気味な印象を意識からぬぐい去ることができなかった。あの汗ばんだ青白い顔。鮮血が額から流れ出ていて、それは鼻の両側に分かれて頬を濡らしていた。その目はわたしを見ていた。おそらく、ちょうどわたしの居た場所に、彼が斬りかかろうとしていた相手が居たのだろう。彼は、親の仇を討とうとしていたのだろうか。あるいは、友にひどく裏切られたのだろうか。
わたしは翌日図書館に行って、あの武士について調べてみる気になった。まずわたしの今住んでいる場所は、一七三九年当時、河原だったことがわかった。とすると、彼はその日、夜の十一時半に河原にいたことになる。
わたしはそのあと、一七三九年三月十四日に、その河原で殺人か、または傷害事件がなかったかどうか調べ始めた。しかし、これについては、何の記録も見出すことはできなかった。あの武士の凄絶な顔を思い出すと、彼はその日とてつもなく陰惨な事件を起こしているに違いない、と思えてくるのだったが。
わたしは自宅に着いて、玄関のドアを開けた。そして、慄然とした。
そこに、武士の生首があったのだ。きのう現れたあの武士の首だった。その首は、粗末な木の台の上に置かれ、両脇を小石で支えられていた。この武士は、打ち首獄門の刑にあったのだろうか。その青白い首は、落ち武者のように髪を左右にたらし、無念というよりは憎悪の形相を浮かべていた。
わたしは、昨夜ほどのショックは受けなかったが、薄暗い玄関に置かれた獄門台は、やはり不気味であった。
わたしはまたタイムパトロールに電話をかけた。しかしいつまでたっても相手は出なかった。プープーという発信音だけが聞こえ続ける。
テレビをつけてみたが、どの局も放送していなかった。
これは異常だ。わたしは外の様子を見ようと、玄関の扉を開けた。
そこには白いもやが立ち込め、また見慣れた都会の風景は姿を消し、林が広がっていた。下を見ると鎧兜を身につけた武士たちの亡骸が、折り重なるように、無数に、遥かかなたまで横たわっていた。遠くから、ほら貝が吹き鳴らされる音がかすかに聞こえてくる。そしてときおり、うなるような矢の飛び交う音、馬が駆け去っていくひづめの音。
事態を飲み込むのにそう時間はかからなかった。わたしの家が、戦国時代に移動してしまったのである。
わたしは扉を閉じ、茫然と椅子に腰を下ろした。
悪い夢を見ているのかも知れない。きっとそうだ。わたしはそう期待して、ベッドにもぐりこんで眠ることにした。
(終)
(筆者による文芸社刊『無限ホテル』所収の「武士」を改作)
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
わたしはその武士を認識した瞬間、心臓が止まりそうになった。しかし、すぐに目をつぶり、冷静になろうとして、なんとか深呼吸をした。最近ではよくあることなのだ、それがたまたま、今ここで起こっただけなのだと、わたしは自分を納得させようとした。ところが心臓は早鐘のように打ち続けていて、わたしは、自分が心臓麻痺で死ぬのではないかと、本気で不安になった。
だいぶ長い間、目を閉じたまま静かに深呼吸を続け、動悸が完全に落ち着くのを待った。そして、なんとか動けるようになると、やはり武士を見ないように目をつぶったまま、体をゆっくりと起こした。わたしは、左胸にまだ鈍い痛みを感じていたので、細心の注意を払って体を動かし、静かにベッドから降りた。そして、寝室の外にある電話のところへ行った。あの宙に浮いた着物の男から常に目をそむけながら。わたしは受話器をとり、タイム・パトロールを呼び出した。
「もしもし……あの、うちに出ました。住所は……」
しばらくして、三、四名のパトロール員がやってきた。
「ああ、これはびっくりなさったでしょう……」青い制服のパトロール員が、目を丸くして言った。職業柄、そういうものに見慣れているはずの彼らも、この武士には驚いた様子だった。「武士そのものは、それほど珍しくはないんですが、この現れ方がね……」
わたしは、パトロール員のくれた心臓の薬を飲んで、だいぶ落ち着いてきたので――彼らは、今日のわたしのような事態に備えて、常にその薬を携帯していた――この武士をもう一度よく見てみよう、という気になった。
「何者でしょうか」
「さあ。とにかくこの部屋に機械を持ち込んで、こいつを消してしまいますから、別の部屋で休んでいてください」
その現象は、十年ほど前から、世界のあちこちで起こるようになった。それは、過去の世界の、ある瞬間における空間の一部分が、忽然と現代に姿を現すという現象だった。原因は不明。現れるのは人物の場合もあるし、物体の場合もある。むしろ物体のことのほうが多いが、それは、建物のひさしの一部分のようなものや、塀の一部、木の枝、石ころ、川の水(固体状になって現れる)というようにさまざまで、あらゆるものが出現しうるといってよかった。また、人間の首だけとか足だけ、犬の体の前半分だけが現れる、ということもある。またまれに未来から、わけの分からぬ物体が出現することもあった。要するに、別な時代の、ある瞬間の空間が無差別に切り取られ、現在に出現するのだ。それも、何のまえぶれもなしに。
この現象が起こり始めたころは、もちろん大変な騒ぎになった。道を歩いていて、目の前に突然女の生首が出現し、ショックで死亡した人がいた。ある人は車を運転していて、突如、前方に戦車――それは後ろのほうが少し欠けた戦車だった――が現れ、それに衝突して大事故を起こした。
しかし、はじめは謎だらけだったこの奇妙な現象も、各研究機関により、しだいにその発生のメカニズムが解明されていった。同時に、出現した物体のおのおのについて、それがいつの時代のどの時点からやってきたものなのか、正確にわかるようになった。そして、その物体のもと居た場所は、つねに、現在出現しているのと同じ地点である――つまりその物体は、「時間の旅」に際し、地球上の位置を変えないということがわかった。そして今では、この現象を未然に防止することはできないまでも、出現した過去の物体を消去してしまうことはできるようになった。この「消去」を専門に行っているのが、現在活躍しているタイム・パトロール隊である。
あの不気味な武士を消す作業が終わり、寝室に戻ってきたわたしは、武士がいつの時代からやってきたのかをパトロール員にたずねた。
「一七三九年三月十四日、午後十一時三十二分ですね」と、パトロール員は、機械のメーターの表示を見て、教えてくれた。
「あの……彼がどういう人物なのか、わかりませんか。名前とか」わたしは、ショックがおさまってから、ふと好奇心を起こして尋ねた。
パトロール員は、笑いながらかぶりを振って、「それはわかりません」と言った。無理な質問だったらしい。
わたしは、最初にあの武士を目にした時の衝撃からは立ち直りつつあったが、あの顔の不気味な印象を意識からぬぐい去ることができなかった。あの汗ばんだ青白い顔。鮮血が額から流れ出ていて、それは鼻の両側に分かれて頬を濡らしていた。その目はわたしを見ていた。おそらく、ちょうどわたしの居た場所に、彼が斬りかかろうとしていた相手が居たのだろう。彼は、親の仇を討とうとしていたのだろうか。あるいは、友にひどく裏切られたのだろうか。
わたしは翌日図書館に行って、あの武士について調べてみる気になった。まずわたしの今住んでいる場所は、一七三九年当時、河原だったことがわかった。とすると、彼はその日、夜の十一時半に河原にいたことになる。
わたしはそのあと、一七三九年三月十四日に、その河原で殺人か、または傷害事件がなかったかどうか調べ始めた。しかし、これについては、何の記録も見出すことはできなかった。あの武士の凄絶な顔を思い出すと、彼はその日とてつもなく陰惨な事件を起こしているに違いない、と思えてくるのだったが。
わたしは自宅に着いて、玄関のドアを開けた。そして、慄然とした。
そこに、武士の生首があったのだ。きのう現れたあの武士の首だった。その首は、粗末な木の台の上に置かれ、両脇を小石で支えられていた。この武士は、打ち首獄門の刑にあったのだろうか。その青白い首は、落ち武者のように髪を左右にたらし、無念というよりは憎悪の形相を浮かべていた。
わたしは、昨夜ほどのショックは受けなかったが、薄暗い玄関に置かれた獄門台は、やはり不気味であった。
わたしはまたタイムパトロールに電話をかけた。しかしいつまでたっても相手は出なかった。プープーという発信音だけが聞こえ続ける。
テレビをつけてみたが、どの局も放送していなかった。
これは異常だ。わたしは外の様子を見ようと、玄関の扉を開けた。
そこには白いもやが立ち込め、また見慣れた都会の風景は姿を消し、林が広がっていた。下を見ると鎧兜を身につけた武士たちの亡骸が、折り重なるように、無数に、遥かかなたまで横たわっていた。遠くから、ほら貝が吹き鳴らされる音がかすかに聞こえてくる。そしてときおり、うなるような矢の飛び交う音、馬が駆け去っていくひづめの音。
事態を飲み込むのにそう時間はかからなかった。わたしの家が、戦国時代に移動してしまったのである。
わたしは扉を閉じ、茫然と椅子に腰を下ろした。
悪い夢を見ているのかも知れない。きっとそうだ。わたしはそう期待して、ベッドにもぐりこんで眠ることにした。
(終)
(筆者による文芸社刊『無限ホテル』所収の「武士」を改作)
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
No.372
2010/11/26 (Fri) 21:21:22
太陽系の居住可能な惑星・衛星に多くの人類が暮らす時代。火星、金星および大惑星の衛星群からなる惑星連合と、地球との間に軋轢が生じていた。惑星連合の星々では、当時の工業にとって不可欠な水銀・鉛・ウラニウムといった重金属がほとんど手に入らず、それらを地球からの輸入に負っていた。そんな折、月の内部にそうした重金属が豊富に存在することが地球の科学者によって証明され、それが惑星連合にも知られるようになった。月は地球の管轄地であったが、惑星連合はその資源を求め、地球はそれを与えまいとした。双方の緊張が高まるなか、月基地の天文台から情報が漏れている形跡が認められ、惑星連合のスパイがその職員の中にまぎれこんでいることは確実だった。
地球から月天文台へ派遣されたサドラーは、表向きは会計士だったが、実は惑星連合側のスパイを発見する使命を帯びていた。そんな折、月天文台からの観測で超新星が発見され、世紀の大発見と天文台は興奮状態になる。星に興味のなかったサドラーも、ドラコニス新星と名づけられたその超新星を望遠鏡で観たり、観測用の機械類の説明を受けるなどするうち、天文台のメンバーに自然ととけ込んでいった。しかし、いつまで経ってもスパイは見つからなかった。
とうとう、惑星連合の戦闘用宇宙船が月を攻撃してきた。地球側も新兵器で応戦し、結局勝敗は決まらなかった。打撃を受けた惑星連合の宇宙船の乗組員が、地球の旅客用宇宙船によって救われたことは、戦後の和平を大きく前進させた。けっきょく月は共和国として独立し、地球と惑星連合に対し中立の立場をとりつつ資源を提供するようになった。
スパイが誰だったかサドラーには分からずじまいで事件は決着してしまったが、彼は個人的興味からその謎をときたいと思い続ける。そして三十年後、サドラーはついにスパイを発見し、機密を惑星連合に送るのに使った思いもよらぬ方法の説明を受ける。
とても読みやすかった。月で起こる奇妙な現象の物理的説明も好奇心をそそる。最後の謎解きも興味深いものだった。アポロ11号が月に到達する以前に書かれたとは思えない、クラークならではの緻密な科学考証に脱帽。
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地球から月天文台へ派遣されたサドラーは、表向きは会計士だったが、実は惑星連合側のスパイを発見する使命を帯びていた。そんな折、月天文台からの観測で超新星が発見され、世紀の大発見と天文台は興奮状態になる。星に興味のなかったサドラーも、ドラコニス新星と名づけられたその超新星を望遠鏡で観たり、観測用の機械類の説明を受けるなどするうち、天文台のメンバーに自然ととけ込んでいった。しかし、いつまで経ってもスパイは見つからなかった。
とうとう、惑星連合の戦闘用宇宙船が月を攻撃してきた。地球側も新兵器で応戦し、結局勝敗は決まらなかった。打撃を受けた惑星連合の宇宙船の乗組員が、地球の旅客用宇宙船によって救われたことは、戦後の和平を大きく前進させた。けっきょく月は共和国として独立し、地球と惑星連合に対し中立の立場をとりつつ資源を提供するようになった。
スパイが誰だったかサドラーには分からずじまいで事件は決着してしまったが、彼は個人的興味からその謎をときたいと思い続ける。そして三十年後、サドラーはついにスパイを発見し、機密を惑星連合に送るのに使った思いもよらぬ方法の説明を受ける。
とても読みやすかった。月で起こる奇妙な現象の物理的説明も好奇心をそそる。最後の謎解きも興味深いものだった。アポロ11号が月に到達する以前に書かれたとは思えない、クラークならではの緻密な科学考証に脱帽。
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
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