『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.302
2010/05/17 (Mon) 01:37:11
いぜん相撲の放送でアナウンサーが「こぢからがある」という言葉を使っていた。小柄な力士に対してだったから、小柄な人が力のあるさまをいうのかな、変な言葉だと思っていたら違っていた。「こぢから」は「ちょっとした力。人並みよりは強い力」を意味するようだ。「こがね」と似たような「こ」の使い方だ。ところで「こがねざわ」という苗字があるが、それは「ちょっとした金のある沢」なのだろうか、それとも「ちょっとした金沢」なのだろうか。
「こばかにする」は「他人を見くびったような態度をとる」ことだが、「おおばかにする」という言葉はない。それは人をおおばかにできるほどの知力のある人なら、もはや人を馬鹿にする必要がないということではなかろうか。
いぜん時代劇に「大庭可門(おおば・かもん)」という名前の人が出てきたが、実在の人名だろうか。鎌倉時代には大庭景親(おおば・かげちか)という武将がいたようだ。しかし変換しようとすると「おお馬鹿げ地価」となったから、そう有名な武将ではないのかも知れない。
日本人の苗字で「おおしま」より「こじま」のほうがずっと多いのは、やはり大きな島より小さな島のほうが多いから、だろうか。
以前「ワーグナーと小島」という記事を書いたがまったく反響がなかったため削除した。
それは次のような内容だった。
ワーグナーと小島
「小島係長、九番にヴァルハラ電機のブリュンヒルデさんからです」
「お電話かわりました、小島です。あれ? 小林君、ちゃんと保留押した?」
「押しました」
「もしもし。もしもし。おかしいな。折り返すか……」
グラグラッ。
「地震か……電話、不通なの? 小島君、いまの、ヴァルハラのブリュンヒルデさんからだろう?」
「はい」
「直接行ったほうが早いな。じゃ小島君、悪いけど急ぎだから、ワルキューレのシリアルナンバーだけ知らせにヴァルハラまで行ってくれないかな」
「わかりました」
こうして小島係長のヴァルハラへの壮大な冒険の旅が幕を上げるのである!
(つづきは書きません)
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
「こばかにする」は「他人を見くびったような態度をとる」ことだが、「おおばかにする」という言葉はない。それは人をおおばかにできるほどの知力のある人なら、もはや人を馬鹿にする必要がないということではなかろうか。
いぜん時代劇に「大庭可門(おおば・かもん)」という名前の人が出てきたが、実在の人名だろうか。鎌倉時代には大庭景親(おおば・かげちか)という武将がいたようだ。しかし変換しようとすると「おお馬鹿げ地価」となったから、そう有名な武将ではないのかも知れない。
日本人の苗字で「おおしま」より「こじま」のほうがずっと多いのは、やはり大きな島より小さな島のほうが多いから、だろうか。
以前「ワーグナーと小島」という記事を書いたがまったく反響がなかったため削除した。
それは次のような内容だった。
ワーグナーと小島
「小島係長、九番にヴァルハラ電機のブリュンヒルデさんからです」
「お電話かわりました、小島です。あれ? 小林君、ちゃんと保留押した?」
「押しました」
「もしもし。もしもし。おかしいな。折り返すか……」
グラグラッ。
「地震か……電話、不通なの? 小島君、いまの、ヴァルハラのブリュンヒルデさんからだろう?」
「はい」
「直接行ったほうが早いな。じゃ小島君、悪いけど急ぎだから、ワルキューレのシリアルナンバーだけ知らせにヴァルハラまで行ってくれないかな」
「わかりました」
こうして小島係長のヴァルハラへの壮大な冒険の旅が幕を上げるのである!
(つづきは書きません)
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No.300
2010/05/16 (Sun) 14:22:31
そのころ毎日深夜まで残業が続いていた。その会社でコンピュータ・プログラマとして働き始めてから間もなく、激務と人間関係の疲れのために私は心の病を抱えるようになった。心療内科に通院し、処方された抗鬱剤を飲んで、私はなんとか毎日をやり過ごすようになった。しかしその数日の疲労困憊とそれによる抑鬱状態は、薬をもってしても回復できないものになりつつあった。
木曜日の朝。今日明日を切り抜ければ休日が来る。そう思ってなんとかいつもどおりの時刻に家を出た。雨がしとしと降っている。嫌な朝だ。磨り減った靴の底から雨水がしみてくる。駅のホームには、天気と同じように沈んだ面持ちのサラリーマンたちが列を作っていた。灰色に濡れたホームに、いちように黒い傘を持って電車を待つ、虚ろな目をした男たち。自分も恐らく同じような目をしていただろう。まだ早朝で、さほど多くない乗客の列に私は並んだ。
鉄色のコートを着た初老の男が列から離れてホームの端に立ち、咳をしていた。私が何となくその男を見ていると、突然シューッという大きな音がして、男の頭部が青白い炎に包まれ、体中がその青い炎で燃え出したかと思うと、ぐずぐずと男の体は崩れて黒い燃えかすだけがホームに残った。その光景を見ていた乗客たちは、何が起こったのか即座にはわかりかねて、軽い驚きの声を上げるだけだった。間もなく駅員がそれに気付いたのか、警笛を吹いて駆け寄り、あわてて駅構内の電話でどこかと連絡を取っていた。そこに電車が入ってきた。私は事件のことが気にならないでもなかったが、すぐに興味を失い電車に乗った。別にこれで仕事が休みになるわけじゃない。他の乗客の表情からも、同じような感情が読み取れたように思った。
私はひどく疲れ、仕事がほとんど手につかなかった。職場が忙しい時期で、休める場合ではないと知ってはいたが、思い切って次の日会社を休んだ。私はもう限界だった。そしてもう辞職しようと思うようになり、医師に診断書を出してもらって数日休み続けた。とくに体のどこが悪いわけでもない。ただ頭の中の回路が焼ききれたように仕事をする気力がまったく失せてしまったのだ。
そのころ仕事の終わりが早いと、よく駅の近くのCDショップに寄り、ジャズのアルバムを買ったものだった。酒を飲みながら夜それを聴くのが唯一の楽しみだった。それを思い出し、気晴らしにCDショップに行ってみることにした。電車で一駅のところに大きな店がある。その日は晴れていた。仕事を休んで遊ぶことに決めると気分が軽くなった。そういう気持ちもあってか、電車の車内で前に立っていた老婆に気分よく席を譲った。老婆は礼をいい、穏やかな顔をして座ろうとしたそのとき、また例の事件が起こった。老婆が青白い炎に突然包まれ、シューッという音とともに燃え尽きてしまったのである。異臭を放つ煙をまともに吸い込み、私は咳き込んだ。私は老婆の燃えかすを前にして思った。比較的気分が良かったとはいえ、やはり自分は疲れており、目の前でこうしたことが起こって警察や何かに取調べを受ける気にはとうていなれない。だから騒ぎが大きくなる前に次の停車駅でさっさと降り、人ごみの中にまぎれていった。
私は、つくづく会社員というものが嫌になっていた。上司との人間関係がいったん崩れると、会社という場所は地獄だった。たまたま大学時代の友人が高校で非常勤講師をしており、彼と飲みに行く機会があったのだが、彼の職場の話を聴くとそこはまるで天国のように思えた。その職場には小うるさい「上司」がいないらしいのである。それで私も教師になることに決めた。動機は不純だが、もう一度大学に通い、教員免許を取ることにした。
教員免許取得に際し、最大の山場は教育実習である。私はそれを思うと気分が重かった。自分はしつけの行き届いた私立の学校で講師をやるつもりだったのだが、教育実習では荒れた公立の母校に行かなければならなかった。行ってみると、たとえベテランの教師が授業している場合でも、生徒は勝手に立ち歩き、騒ぎ、授業の妨害をしていた。自分が教壇に立ってみると、さらに狂騒状態がひどくなるのがわかった。実習生に似合わしからぬ年かさの自分が気に入らなかったのか、悪童たちは容赦ない罵声を浴びせかけてきた。死ね、おっさん。死ね、カス。死ね、死ね、死ね。ある日の授業で、騒ぎは最高潮に達した。生徒たちは私の話をまったく聞かず、中学生のくせに全員が紙飛行機を飛ばしあい、教室を駆け回った。私はどうにでもなれと思った。好きにしろ。どうせあと一週間で貴様らとは縁が切れる。私は彼らをしばしぼんやり眺め、勝手に一人で授業を進めようと思った。そのときである。騒いでいた生徒の中の二人が、またしても体から青い炎を発し、シュ、シューッという音とともに派手にメラメラと燃え出したのである。生徒たちはそれを見ると急にシーンと静まり返った。めいめいが茫然自失の表情を浮かべている。ああ、いい気味だ。やっと教室が静かになった。私はほかの先生にこのことは報告しないことにして、授業を再開した。嘘のように静かになった教室で、私のチョークの音だけがカツカツと鳴り響いた。あんな悪童どもの一人や二人、死んだところでどうということはない。彼らだって私に死ねと言っていたではないか。
そういう訳で無事に教員免許を取得した私は、いま私立の学校で講師をしている。ときおり気に食わない生徒が目の前で炎を出して焼け死ぬが、それ以外は平凡で平穏な日常が続き今日に至っている。
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木曜日の朝。今日明日を切り抜ければ休日が来る。そう思ってなんとかいつもどおりの時刻に家を出た。雨がしとしと降っている。嫌な朝だ。磨り減った靴の底から雨水がしみてくる。駅のホームには、天気と同じように沈んだ面持ちのサラリーマンたちが列を作っていた。灰色に濡れたホームに、いちように黒い傘を持って電車を待つ、虚ろな目をした男たち。自分も恐らく同じような目をしていただろう。まだ早朝で、さほど多くない乗客の列に私は並んだ。
鉄色のコートを着た初老の男が列から離れてホームの端に立ち、咳をしていた。私が何となくその男を見ていると、突然シューッという大きな音がして、男の頭部が青白い炎に包まれ、体中がその青い炎で燃え出したかと思うと、ぐずぐずと男の体は崩れて黒い燃えかすだけがホームに残った。その光景を見ていた乗客たちは、何が起こったのか即座にはわかりかねて、軽い驚きの声を上げるだけだった。間もなく駅員がそれに気付いたのか、警笛を吹いて駆け寄り、あわてて駅構内の電話でどこかと連絡を取っていた。そこに電車が入ってきた。私は事件のことが気にならないでもなかったが、すぐに興味を失い電車に乗った。別にこれで仕事が休みになるわけじゃない。他の乗客の表情からも、同じような感情が読み取れたように思った。
私はひどく疲れ、仕事がほとんど手につかなかった。職場が忙しい時期で、休める場合ではないと知ってはいたが、思い切って次の日会社を休んだ。私はもう限界だった。そしてもう辞職しようと思うようになり、医師に診断書を出してもらって数日休み続けた。とくに体のどこが悪いわけでもない。ただ頭の中の回路が焼ききれたように仕事をする気力がまったく失せてしまったのだ。
そのころ仕事の終わりが早いと、よく駅の近くのCDショップに寄り、ジャズのアルバムを買ったものだった。酒を飲みながら夜それを聴くのが唯一の楽しみだった。それを思い出し、気晴らしにCDショップに行ってみることにした。電車で一駅のところに大きな店がある。その日は晴れていた。仕事を休んで遊ぶことに決めると気分が軽くなった。そういう気持ちもあってか、電車の車内で前に立っていた老婆に気分よく席を譲った。老婆は礼をいい、穏やかな顔をして座ろうとしたそのとき、また例の事件が起こった。老婆が青白い炎に突然包まれ、シューッという音とともに燃え尽きてしまったのである。異臭を放つ煙をまともに吸い込み、私は咳き込んだ。私は老婆の燃えかすを前にして思った。比較的気分が良かったとはいえ、やはり自分は疲れており、目の前でこうしたことが起こって警察や何かに取調べを受ける気にはとうていなれない。だから騒ぎが大きくなる前に次の停車駅でさっさと降り、人ごみの中にまぎれていった。
私は、つくづく会社員というものが嫌になっていた。上司との人間関係がいったん崩れると、会社という場所は地獄だった。たまたま大学時代の友人が高校で非常勤講師をしており、彼と飲みに行く機会があったのだが、彼の職場の話を聴くとそこはまるで天国のように思えた。その職場には小うるさい「上司」がいないらしいのである。それで私も教師になることに決めた。動機は不純だが、もう一度大学に通い、教員免許を取ることにした。
教員免許取得に際し、最大の山場は教育実習である。私はそれを思うと気分が重かった。自分はしつけの行き届いた私立の学校で講師をやるつもりだったのだが、教育実習では荒れた公立の母校に行かなければならなかった。行ってみると、たとえベテランの教師が授業している場合でも、生徒は勝手に立ち歩き、騒ぎ、授業の妨害をしていた。自分が教壇に立ってみると、さらに狂騒状態がひどくなるのがわかった。実習生に似合わしからぬ年かさの自分が気に入らなかったのか、悪童たちは容赦ない罵声を浴びせかけてきた。死ね、おっさん。死ね、カス。死ね、死ね、死ね。ある日の授業で、騒ぎは最高潮に達した。生徒たちは私の話をまったく聞かず、中学生のくせに全員が紙飛行機を飛ばしあい、教室を駆け回った。私はどうにでもなれと思った。好きにしろ。どうせあと一週間で貴様らとは縁が切れる。私は彼らをしばしぼんやり眺め、勝手に一人で授業を進めようと思った。そのときである。騒いでいた生徒の中の二人が、またしても体から青い炎を発し、シュ、シューッという音とともに派手にメラメラと燃え出したのである。生徒たちはそれを見ると急にシーンと静まり返った。めいめいが茫然自失の表情を浮かべている。ああ、いい気味だ。やっと教室が静かになった。私はほかの先生にこのことは報告しないことにして、授業を再開した。嘘のように静かになった教室で、私のチョークの音だけがカツカツと鳴り響いた。あんな悪童どもの一人や二人、死んだところでどうということはない。彼らだって私に死ねと言っていたではないか。
そういう訳で無事に教員免許を取得した私は、いま私立の学校で講師をしている。ときおり気に食わない生徒が目の前で炎を出して焼け死ぬが、それ以外は平凡で平穏な日常が続き今日に至っている。
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No.297
2010/05/15 (Sat) 09:14:40
モンスターは熊谷谷谷(くまがや・やつや)の弟子となり、ゾンビ狩りの手ほどきを受けることになった。熊谷の猛特訓で体中あざだらけになったモンスターは一人、伝授された技を磨くべく、古びた小屋で隙間風に吹かれながら座り込み、庖丁を片手に枯葉を目で追っていた。
「モンスター、今まで不死身だったからといって自惚れるなよ。お前なんか、早い話俺の手にかかれば、新聞紙一枚あれば簡単にあの世に送れるんだからな」モンスターは格闘技の特訓でこってりしぼられ、ダウンして天井を見上げながら熊谷のそんなセリフを何度となく聞いた。訓練を始めて一ヵ月が過ぎ、いまモンスターは眼光鋭く今までにない精悍な顔立ちになって、ちらちらと動く木の葉を見つめている。
シュタッ。庖丁が木の葉を射止めて床に突き刺さる。シュタッ、シュタッ。モンスターは何度もその訓練を繰り返す。
「モンスター、粥が出来たぜ」うどん屋の権爺(ごんじい)が小屋に入ってきた。権爺はすっかりモンスターと打ち解け、身の回りの世話を焼いてくれる。
「権爺、お師匠さんは見なかったか?」モンスターは尋ねた。
「熊谷さんかい。今朝ふらりと出て行ったぜ。こんな書置きを残してな」
書置きを見るとこんなことが書かれてあった。「モンスターよ、お前に教えることはもう何もない。わしは再び大空を天井とし大地をねぐらとする生活に戻るとしよう。ぞんぶんにゾンビと戦うがよい」
「お師匠さん!」モンスターは感に堪えず一つ目から涙をこぼしながら、あてどもなく走った。何度も転び、なおも走った。自分でもどこに向かっているのか皆目分からない。薄闇の中、朝日が昇り、モンスターの茶色い顔を照らした。俺はこれからどうすればいいんだ……モンスターは途方に暮れた。
そのとき、熊沢病院と丑寅病院の間の道路には、青白い顔をした数百のゾンビがぞろぞろとうごめいていた。ゾンビたちは毎日増えてくる。今までは安全だった権爺のうどん屋にも、窓からゾンビたちが侵入してこようとしてきた。
「この権爺、昔は爆弾屋として朝鮮で鳴らしたもんだ。最後の一花、咲かしてくれる!」権爺がもろ肌脱ぐと、その胴や胸には無数のダイナマイトが縛り付けられ、導火線は一斉に火を吹いていた。「うはははは、この宿場はこの権爺とともに滅ぶのよ!」彼がそう叫ぶと、宿場全体が一瞬白く輝いた。
モンスターは背後で轟音が鳴り響いたのに気付き、はっとして振り向いた。宿場からキノコ雲が上がっているではないか。そう、ゾンビたち……俺の戦うべき相手、俺の宿敵どもはどうなったのだろう? モンスターが呆然としていると、宿場のほうから足を引きずりながら、痩せた男がゆっくりと歩いてきた。手には拳銃を持っている。熊沢の卯之介だ。
「おい、モンスター! よくも俺たちをコケにしてくれたな! もう宿場はくろこげで熊沢も丑寅もゾンビも何もありゃしねぇ。だが大金を巻き上げ何も仕事をせずずらかろうとするお前を、俺は許しちゃおけねえ。最後の勝負だ!」
「……どうしてもやるのか。やればどっちか死ぬだけだ。つまらねえぜ」
「やる! やらなきゃ俺の気がすまねえ」
「そうか。じゃ、やろう」
二人が至近距離で沈黙し向かい合っていると、遠くから若い男の声が聞こえてきた。
「モンスターさーん。そこにいらっしゃいますかーっ? IR鉄道のものです! あなたの解雇は取り消しになりました! IRの鉄道員に戻っていただきたいのです!」
突然の朗報だったが、モンスターは「そこで待ってろ! こいつとの勝負が先だ」と決然と言った。
再び沈黙。重苦しい空気が二人の間に流れた。
卯之介が拳銃を抜く。と同時にモンスターの短刀が光り、卯之介の腕を切り捨てた。次いで繰り出されたモンスターの一突きが卯之介の心臓を切り裂き、驚くほどの血しぶきが吹き出た。卯之介の拳銃を持った腕は宙を舞い、空しく弾丸を発射した。
IRの若手社員は茫然としてこの決闘を見つめていた。平凡な鉄道会社の社員がこのような光景を目の当たりにすることはまずあるまい。
モンスターは刀を納め、さっさと立ち去っていく。
「モンスターさん……」IRの若者は何か言葉をかけようとしたが、モンスターは
「てめえは首でもくくりな!」と訳の分からないことを叫んだ。
長めの棒を拾い、宙に放り投げる。さて次に行くべき道は、東か西か。
モンスターは、やはり天性の風来坊だったのだ。
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「モンスター、今まで不死身だったからといって自惚れるなよ。お前なんか、早い話俺の手にかかれば、新聞紙一枚あれば簡単にあの世に送れるんだからな」モンスターは格闘技の特訓でこってりしぼられ、ダウンして天井を見上げながら熊谷のそんなセリフを何度となく聞いた。訓練を始めて一ヵ月が過ぎ、いまモンスターは眼光鋭く今までにない精悍な顔立ちになって、ちらちらと動く木の葉を見つめている。
シュタッ。庖丁が木の葉を射止めて床に突き刺さる。シュタッ、シュタッ。モンスターは何度もその訓練を繰り返す。
「モンスター、粥が出来たぜ」うどん屋の権爺(ごんじい)が小屋に入ってきた。権爺はすっかりモンスターと打ち解け、身の回りの世話を焼いてくれる。
「権爺、お師匠さんは見なかったか?」モンスターは尋ねた。
「熊谷さんかい。今朝ふらりと出て行ったぜ。こんな書置きを残してな」
書置きを見るとこんなことが書かれてあった。「モンスターよ、お前に教えることはもう何もない。わしは再び大空を天井とし大地をねぐらとする生活に戻るとしよう。ぞんぶんにゾンビと戦うがよい」
「お師匠さん!」モンスターは感に堪えず一つ目から涙をこぼしながら、あてどもなく走った。何度も転び、なおも走った。自分でもどこに向かっているのか皆目分からない。薄闇の中、朝日が昇り、モンスターの茶色い顔を照らした。俺はこれからどうすればいいんだ……モンスターは途方に暮れた。
そのとき、熊沢病院と丑寅病院の間の道路には、青白い顔をした数百のゾンビがぞろぞろとうごめいていた。ゾンビたちは毎日増えてくる。今までは安全だった権爺のうどん屋にも、窓からゾンビたちが侵入してこようとしてきた。
「この権爺、昔は爆弾屋として朝鮮で鳴らしたもんだ。最後の一花、咲かしてくれる!」権爺がもろ肌脱ぐと、その胴や胸には無数のダイナマイトが縛り付けられ、導火線は一斉に火を吹いていた。「うはははは、この宿場はこの権爺とともに滅ぶのよ!」彼がそう叫ぶと、宿場全体が一瞬白く輝いた。
モンスターは背後で轟音が鳴り響いたのに気付き、はっとして振り向いた。宿場からキノコ雲が上がっているではないか。そう、ゾンビたち……俺の戦うべき相手、俺の宿敵どもはどうなったのだろう? モンスターが呆然としていると、宿場のほうから足を引きずりながら、痩せた男がゆっくりと歩いてきた。手には拳銃を持っている。熊沢の卯之介だ。
「おい、モンスター! よくも俺たちをコケにしてくれたな! もう宿場はくろこげで熊沢も丑寅もゾンビも何もありゃしねぇ。だが大金を巻き上げ何も仕事をせずずらかろうとするお前を、俺は許しちゃおけねえ。最後の勝負だ!」
「……どうしてもやるのか。やればどっちか死ぬだけだ。つまらねえぜ」
「やる! やらなきゃ俺の気がすまねえ」
「そうか。じゃ、やろう」
二人が至近距離で沈黙し向かい合っていると、遠くから若い男の声が聞こえてきた。
「モンスターさーん。そこにいらっしゃいますかーっ? IR鉄道のものです! あなたの解雇は取り消しになりました! IRの鉄道員に戻っていただきたいのです!」
突然の朗報だったが、モンスターは「そこで待ってろ! こいつとの勝負が先だ」と決然と言った。
再び沈黙。重苦しい空気が二人の間に流れた。
卯之介が拳銃を抜く。と同時にモンスターの短刀が光り、卯之介の腕を切り捨てた。次いで繰り出されたモンスターの一突きが卯之介の心臓を切り裂き、驚くほどの血しぶきが吹き出た。卯之介の拳銃を持った腕は宙を舞い、空しく弾丸を発射した。
IRの若手社員は茫然としてこの決闘を見つめていた。平凡な鉄道会社の社員がこのような光景を目の当たりにすることはまずあるまい。
モンスターは刀を納め、さっさと立ち去っていく。
「モンスターさん……」IRの若者は何か言葉をかけようとしたが、モンスターは
「てめえは首でもくくりな!」と訳の分からないことを叫んだ。
長めの棒を拾い、宙に放り投げる。さて次に行くべき道は、東か西か。
モンスターは、やはり天性の風来坊だったのだ。
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
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✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
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主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
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