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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:35:52

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No.12
2009/10/15 (Thu) 21:53:19

「行動履歴自動記録装置」というものが出来た。すなわち、その装置を身につけている人物は、その行動が逐一装置に記録され、あとで「行動表」というボタンを押すと、時刻と行動を記した紙がシュルシュルと出てくるのである。
 責任ある立場の人物、たとえば政治家や医者などがつけると最適である。政治家がつければまさに「ガラス張りの政治」が出来るわけだし、医者がつければ、診察や手術でどのような行為が行われたか明らかになり、医療ミスなどが起こればたちまちことは明らかになるのである。もっとも、医者も政治家もこの装置をつけたがらなかった。別に装置をつけることは義務ではなかったのである。
 この装置は通称「リレキ」と呼ばれた。「リレキ」が静かな社会問題となったのは、夫婦が互いにこの装置をつけあうかどうかでもめることが増えてきたことである。男の嫉妬は醜く、女のやきもちはどこかに微笑ましさをただよわせている。そういうわけで「リレキ」は夫が妻に付けるよりは、妻が夫に付けるほうが圧倒的に多かった。はじめは、互いに信頼している夫婦は「リレキ」を付け合わなかったが、だんだんと、妻が夫にこの装置をつけることが常識化してきた。
「リレキ」を付けていれば、夫はいかがわしい遊びなどはできないし、浮気が出来ないのは無論のことである。

 妻のヨウコは、夫のサトルの「リレキ」を毎晩チェックしていた。別にヨウコは、夫を管理しようとか、嫉妬深かったりしたわけではない。妻が夫の「リレキ」を毎晩見ておくことは、いわばこの時代の風潮だったのである。
「六月十四日。午前八時七分の**線急行列車に乗る。八時八分席に座り雑誌を読む。あなた、この雑誌ってどんなの?」
 ヨウコは行動履歴を読み上げるのを中断して、サトルに尋ねた。
「これだよ」
 サトルは漫画雑誌を鞄(かばん)から取り出して、妻に渡した。妻は履歴を読むのを続けた。
「八時四十分、電車を下車。八時四十五分、徒歩にて会社に到着。八時四十七分、出勤簿に判を押す……午後六時半、退社。今日も別段変わったこともないわね」
 妻は「リレキ」を読むという儀式を終えると、夫にキスをした。
「今日もおつかれさま」

 ある日のことである。ヨウコはサトルの「リレキ」にすこし変わった記録を見出した。
「あなた。この午後五時半、動物園に入るっていうのは?」
 記録では、約一時間後に動物園を出たとある。
「ん……いや、ただの気晴らしさ」
 しかし、サトルの動物園通いは毎日続いた。彼は問いただされると、
「ただの気晴らし」
 の一点張りである。動物園の中で何をしたという記録もない。ヨウコは少しあやぶみだした。もしや、動物園で誰か他の女と会っているのでは……? 誰かに会ったなら「誰それと会った」と「リレキ」の記録に残るはずなのだが、夫は、何かうまく装置をごまかしているのかも知れない。
 夫は毎日きっかり五時半に動物園に入っている。妻は夫が動物園で何をしているのか、この目で確かめようと思った。ヨウコは次の日の夕方五時半過ぎに、動物園に入っていった。夫を見逃すまいと、目を皿のようにして見回るヨウコ。
 人気者のパンダの檻の前の人だかり、みやげ物の売店の前。なかなかサトルは見つからない。
 やがて、猿の檻のところまできた。その檻は異常に静かだった。猿山の猿たちが、スケッチブックを持って、熱心に鉛筆を動かしている。何かを写生しているらしい。
「猿も絵が描けるんだ……」
と、ヨウコが猿の視線の先に目をやると、そこにサトルがいた。
 檻の中のサトルは、パンツ一枚で、力こぶを作り、ボディビルダーのようにポーズをとっていた。猿に観察される人間。よく小学生が動物園で写生をするが、あれとは立場が逆だ。
「あなた、何やってるの?」
「あっヨウコ。お前何しに来たんだ」
「あなたの行動がおかしいから、こうやってつけてきたんじゃない」
 サトルは金網のところまでやってきた。モデルが動いたので、猿たちはきいきい鳴き出した。
「ここでは、知能の高い猿たちの教育のために、絵を描かせているんだ。僕はアルバイトで、モデルをやってるんだ」
「なぜ、わたしに黙っていたの?」
「なぜって、もうすぐ結婚五周年だろう? プレゼントにペンダントを買ってやろうと思ったのさ。そうじゃなかったら、こんな馬鹿なこと、やるもんか」
「ああ、あなた、うれしいわ」
 二人は金網越しにキスをした。
 夫婦の間にも、やはり内緒ごとは必要なのであった。

(終)


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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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