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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:45:00

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No.13
2009/10/15 (Thu) 21:57:29

 友達としゃべって盛り上がっているときなど、急な用事ができて、さて用事を済ませて戻ってきてみると、さほどしゃべりたい気持ちは互いになくなっていて、残念な思いをすることがたまにある。急な用事ができたときに、しゃべっている相手を「一時停止」し、用事を済ませたあと「一時停止」を解除できれば、盛り上がっている雰囲気そのままに、おしゃべりを続けることができる。そんな「一時停止装置」があれば便利ではないか。
 大学生のジュン君は、発明家の兄からその「一時停止装置」を譲りうけた。
「あまり濫用するなよ」
 兄は言った。しかしジュン君は濫用する気だったのである。
 たとえば授業中眠くなってくると、教室全体を「一時停止」し、仮眠をとってから停止を解除する。いつもすっきりした気分で授業が受けられるわけだ。
 自動車教習所でも、所内での技能教習の時間中に教習所全体を「一時停止」し、一人で思うさま運転の練習をしたあと、停止を解除する。教官からすると、ジュン君は驚くほど上達の早い生徒に見えた。
 ジュン君は大学で同級のユリに恋をしていた。そしてあるとき、おずおずと自分の気持ちを打ち明けた。するとユリもジュン君のことを好きだと言った。ジュン君は天にも昇る気持ちだった。二人はそれからデートを重ねた。
 ジュン君は、ユリには「一時停止装置」を使わなかった。なんとなく失礼になると思ったからだ。しかしあるときジュン君は不安になった。ユリが自分を好きでいてくれる気持ちが、いつまでも続くのかどうか。ジュン君は、自分がときどき人から「頼りない」と思われているような気がしていた。こんな頼りない自分のままでは……とてもユリとは結婚できまい。そこである日のデートの待ち合わせのとき、ユリを待たせておいて、彼女に「一時停止」をかけた。
 それからジュン君はがむしゃらに働いた。自分で会社を作り、必死に事業を拡大した。ジュン君は成功し、結構な年商をあげられるようになった。そこで彼はユリの一時停止を解こうと思った。
 ジュン君は高級車に乗って、デートの待ち合わせ場所に行った。

「ジュン、あなた、変わってしまったわ。まるで金の亡者じゃない」
 一時停止を解かれたユリが言う。
「でも、僕は君のために頑張ったんだ」
「でもあなたはもう、わたしの好きになったジュン君じゃない。もう、お別れね」
 そしてユリは去っていった……。
 
 ジュン君は車の中でそんな場面を想像して不安にかられた。やっぱり、ユリの一時停止を解くのはもう少し先にのばそうか?
 しかし、ぐずぐずしていても始まらない。ジュン君は高級車の中からユリに装置を向けて、一時停止を解いた。
 車から出てくるジュン君を見てユリは目をまるくした。
「すごいわ、ジュン。これ誰の車?」
「僕の車だよ」
「でも……」
「僕は君の知らない間に、一所懸命に働いたんだ。実は、会社の社長なんだ」
「知らなかった! あなたって、努力家なのね」
 それから楽しいデートが始まった。一流のレストランで食事をとり、またジュンは彼女に一流ブランドの服やバッグを買ってあげた。ユリはそれを素直に喜んだ。
 そして、二人は結婚した。ユリの気持ちが離れるかもしれないというジュンの気持ちは杞憂に終わったようだった。ユリは裕福な生活を楽しんでいるようだった。

 ある晩、二人はレストランで食事をとっていた。しばらく仕事が忙しくてユリと過ごす時間を持てず、ジュンは彼女との関係が冷えてしまうのを恐れてきたが、その夜は楽しい会話が尽きなかった。食事も美味しかった。ジュンは、美しいユリの姿をつくづく眺めた。白い肌。うるんだような瞳。栗色の髪。彼女は優しい微笑を浮かべていた。
 急に、彼女の表情がまじめになった。また、彼女のお腹が急に大きく膨らんだ。
「ジュン、まず謝らなければならないわ。わたし、じっくり考えてみたの。とんとん拍子に幸せになったけれど、しばらくあなたが忙しくて孤独な時間が増えたとき、本当にこれでよかったのかなって。そしてある日、あなたの机の引出しから、奇妙な機械を見つけたの。なんでも一時的に止められる、便利な道具だったわ。そして、このレストランで食事しているとき、その装置をあなたに対して使いました。そして、改めてあなたとの生活を考え直してみたの。本当にこの人でよかったのかなって。裕福さだけが幸せなのかなって、思った。わたし、もっと別なかたちの幸せを求めていたんじゃなかったかって……そんな時、ある男性に出会いました。その人は、わたしの悩みを百パーセント理解してくれたわ。わたし、その人こそ自分にふさわしいんじゃないかって思った。今、お腹にいる子供は、その人の子供です。その男性は今そこにいるの」
 ユリはレストランの入り口の方を振り返った。ジュンもそっちを見ると、背の高いきちんとした身なりの男が、深々と一礼した。
「あなたには急な話でショックでしょうけど、わたしたちのこと、わかってね」
 ジュンは唖然とした。自分が幸福の絶頂から不幸のどん底に落ちてしまった事に、まだ実感がわかなかった。実感を持てようはずがなかった。
 そしてユリの大きくなったお腹を、ただ呆然と、いつまでも見つめ続けていた。

(終)

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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