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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:42:01

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No.133
2009/11/11 (Wed) 18:11:54

竹里館  王維

獨坐幽篁裏
彈琴復長嘯
深林人不知
明月來相照

深い竹やぶの中に、私はただ一人すわって、
琴を弾じ、また声長くうたう。
深い林に包まれたこの楽しい世界を、人は知らないが、
しかし明月は私を照らしてくれる。

(前野直彬訳)

満月の夜、私がいつものように深林で琴を調べ歌っていると、空気が澄んだためか月がひときわ強く輝きだした。かなたに光る白い月から、雲に乗って、桃色の羅衣を身にまとい美しい黒髪を結い上げた、天女と思しき女がすーっと飛んできた。
「すがしき琴の音だこと……もっと弾いてたもれ」
私は夢を見ているのではないかと思いながら、得意の曲をもう一つ弾じた。
「そなたはまさに天の巧を奪う楽人。この笛をそちにとらそう」
「あいにく笛の心得はございませんので」
「よいよい。何か困ったことがあれば吹くがよい。ところでそなたは富者か」
「いえ、この近くの草堂で粗末な暮らしをしております」
「明日からはきっと良いこともあろう。ではわたくしは月に帰ろう。今日は本当に楽しかった。さようなら」
といって天女の乗った雲は月に帰りかけたが、天女はふと思いついたように振り返り、じっと私を見つめた。そして戻ってきて言うには
「本当に困ったときは、この箱を開けなさい」
私は天女から黒い箱を賜った。私が茫然としていると、天女は来たときのようにすーっと月に帰っていった。

翌日。私は月の光の下、林の中でやはり琴を弾いていた。冷たい月光に照らされて琴を弾くのは私の何よりの楽しみだ。
しかしある曲の佳境に入ったころ、林のそこここからうめくような人声が聞こえてきた。そして驚くまいことか、地面からたくさんの人間が這い出してきたではないか。顔は灰色だったり土色だったりで、腐って骨が露出している者もいる。
私は恐怖のあまり琴を弾く手を止めた。そのとき、心の中に天女の声がこだました。琴を弾き続けるのじゃ、と。
私は夢中になって琴を弾いた。すると、襲いかかってくるかに見えた死人の群れはピタリと動きを止め、落ち窪んだうつろな目で私をじっと見た。
長い曲をなんとか弾き終えると、死人たちは顔を見合わせ、ぞろぞろと私のほうに向かってきた。私はその動きを止めようとまた琴を弾こうとした。すると、死人たちは懐から取り出した金貨を、ぽいぽいと私に放るではないか。私の前には金貨の山ができた。
これが天女の言っていた「良いこと」なのか。私は最初ゾンビどもが恐ろしかったが、大変な額の金を目にし、翌日以降もこの林に来て琴を弾こうと思った。

そして毎日ゾンビたちは地面から這い出してきて、私の音楽に聞きほれ、金貨を与えた。毎日同じような曲では飽きられるから、古典的な曲だけでなく、長渕剛やポルノグラフィティなども弾き語りした。いつもゾンビたちはふらふら頭をゆらして、音楽の調子を楽しんでいるようだった。頑張った甲斐あってか、毎日同じように金貨を受け取ることができた。
しかしある日のこと。「春の海」の佳境に入ったとき、琴糸が三四本いちどにぶつんと切れてしまった。曲は急に中断した。突然の沈黙に、死人たちは不思議そうに顔を見合わせた。そしてやおら手を前に突き出し、私のほうに近づいてくる。ゾンビの一人は、私の肩に噛み付こうとした。私は慌ててそれを払いのけ、琴の残った弦でなんとか音楽らしきものを奏でた。貧弱な音だったが、それで死人たちの動きは止まった。なんとか弾きつづけなければならない。なんとか……。しかし、私の苦境をあざ笑うかのように、琴の残りの糸が全部ぶつんと切れてしまったのだ。ふたたび動き出すゾンビ。
そのとき、私は懐に笛が入っているのを思い出した。何か困ったことがあれば吹くがよい、と天女は言った。よしこれだ、と思いそれを口にあてがい、思い切り吹いた。フーッ。音が出ない。フーッ。不良品か、これではどうしようもない! ゾンビどもが汚い顔を近づけ、私の二の腕や太腿にいっせいに噛み付こうとしたとき、懐に黒い小箱が入っているのに気がついた。天女は「本当に困ったとき開けなさい」と言った。これだ! 私は急いでその小箱をあけると、中に白い紙が一枚。そこには肉太の毛筆で「にんげんだもの」と書かれていた。
「こんな格言、こんなときに役に立つか!!」と叫びながら、私はゾンビに八つ裂きにされてしまった。


(c) 2009 ntr ,all rights reserved.

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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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