『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.137
2009/11/16 (Mon) 20:25:48
ある夏の日の朝、国内線041便がさいきん開港された獄門空港に降り立つと、コクピットのインジケーターに滑走路の異常が示しだされた。
「管制塔、滑走路に異物が認められるが?」
「さきほどの突風で木の枝が飛んだようだ。危険はない」
タラップ車が近づき、乗客が飛行機を降り始めた。
「ぎゃー」
「どうした?」
「へ、蛇に咬まれた」
「大丈夫か? しかし、あたり一面蛇だらけじゃないか!」
空港の滑走路には、無数の蛇がのたうっていた。
「これはハブらしいぞ」
「猛毒だ、助けてくれ」咬まれた男は叫んだ。とりあえず引き裂いたタオルで足首を強く縛って、男は再び飛行機の中へ助け入れられた。
パイロットは異常を知ると、再び管制塔に連絡を取ろうとした。
「管制塔、滑走路に大量のハブがいるが?」
「……」返答がない。
「咬まれた乗客がいる。救急車を寄こしてくれないか」
「……」依然として返答なし。
「管制塔の様子がおかしい。とにかく、乗客の中に医師がいたら助けを頼もう」
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」スチュワーデスは客席に呼びかけた。
「私は医者だが」初老の大柄な男が立ち上がった。
「ハブに咬まれたお客様がいるんです。治療をお願いしたいのですが」
「久しぶりに獄門島に帰ってきたというのにえらい騒ぎだね、父ちゃん」冥(めい)が父親である考古学者の草壁に言った。
「ああ。滑走路に散らばっているのは、どうやらハブの大群らしいぞ」
「ハブって?」と草壁のもう一人の娘、殺気(さつき)が言った。
「おもに沖縄に生息する毒ヘビだ。しかしなんだって滑走路に……」
「お客様の中にRH-ゼータ六型の血液型の方はいらっしゃいませんか」と再びスチュワーデス。
「私の娘がそうですが?」草壁は、冥を指し示しながら言った。
「ハブに咬まれた方の治療にご協力願えませんでしょうか。お医者様が仰るのには、RH-ゼータ六型の血液からハブ毒の血清が作れるそうなんです」
「そうですか。冥、行ってあげよう」
毒のために汗みどろになって苦悶する患者が、客席後部のカーテンで仕切られたスペースに横たえられていた。医師に草壁が
「この子がRH-ゼータ六型の血液型ですが」
というと、冥はとたんによだれを垂らしながら
「ウシシ、美味そうな傷あと~!!」
と狂喜して患者の足首に噛み付き、血を吸い始めた。
「冥、やめなさい!」草壁があわてて引き離そうとすると患者が
「いや……楽になってきた……もっと、もっと吸ってくれ!!」と叫んだ。みるみる表情が安楽になっていく。
「ごらんなさい。体温が正常に戻った。血圧も正常値です」医師が言った。
「どういうことでしょうか」
「お嬢ちゃんが毒を吸ってしまったのかも知れません。私もRH-ゼータ六型の血液の人間がハブ毒に有効だと文献で読んだだけだったのですが、まさかこういう意味で有効だったとは……」医師は驚きながら言った。
「でも、お客様が治ってよかったですわ」スチュワーデスが言うと
「ええ、お嬢ちゃんがいなかったら助からなかったでしょうな」と医師は安堵して答えた。「やれやれです。医者はハブ毒の血清なんてふつう携行していませんからな。それに」
「ウシシ、美味そうな医者~!!」突然、冥がこんどは医師の首に噛み付いた。鮮血が飛び散る。
「ぎゃーっ!」医師は断末魔の叫び声を上げてあっという間にこと切れた。血みどろになって、医者の首の肉をむさぼり食う冥。
スチュワーデスはわなわな震えながら客席へあとずさっていった。
「きゃ、客席後部に、吸血鬼がいます。お、お客様、客席の前方に移動してください。ゆっくりと、落ち着いて!」
乗客たちはざわめきながらも、比較的スムーズに客席前部に移動した。
「通して! 通してください! その吸血鬼は私の妹なんです」殺気が言って、客席後部に駆けていった。殺気は、医師の頭蓋に噛み付いている冥に向かって
「ばか冥! 行く先々で心配かけるんだから!」殺気は叱りつけながらも、しかしその声には優しさもこもっていた。吸血鬼であっても、彼女には妹がいとおしかった。
そのとき、「さーつきー!」という声が遠くから聞こえてきた。殺気の同級生、姦太(かんた)が大人用の自転車を三角乗りして滑走路まで駆けつけてきたのだ。
「本家に電話があって、冥ちゃんが吸血鬼に噛まれたって聞いてきたんだ」
「違うわ、その逆よ」殺気は医師の遺骸をむさぼり食う冥を横目で見て、苦笑いして言った。
「なーんだ。一時はどうなることかと思った。ところで殺気のお父さんは?」
「お父さん? ああ、あそこね」
草壁は子供たちが問題を起こすといつもそうするように、隅っこでヒロポンの錠剤を続けざまに飲んで恍惚としていた。もう現実のはるか彼方に逃避してしまっていた。
「婆ちゃんがご馳走を用意して待ってる。早く行こうよ」と姦太。
「でも、滑走路一面にハブがいるのよ。どうやって出て行くの?」
「そうか。婆ちゃんにヘリで迎えに来てもらおう」姦太はポケットから携帯を出して、鬼婆に連絡を取った。
「あっるっこー、あっるっこー。わたっしは元気ぃー」一同は鬼婆の操縦するヘリコプターの中で、陽気に歌い、これからの獄門島での楽しいひと夏を予感して、皆ワクワクしていた。
しかしまさにそのとき、獄門島のあちこちの地面から、ゾンビの群れがうめき声を上げて這い出してきていた。獄門島の今後やいかに……?
(拙作「となりの吐屠郎」の番外編でした)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
「管制塔、滑走路に異物が認められるが?」
「さきほどの突風で木の枝が飛んだようだ。危険はない」
タラップ車が近づき、乗客が飛行機を降り始めた。
「ぎゃー」
「どうした?」
「へ、蛇に咬まれた」
「大丈夫か? しかし、あたり一面蛇だらけじゃないか!」
空港の滑走路には、無数の蛇がのたうっていた。
「これはハブらしいぞ」
「猛毒だ、助けてくれ」咬まれた男は叫んだ。とりあえず引き裂いたタオルで足首を強く縛って、男は再び飛行機の中へ助け入れられた。
パイロットは異常を知ると、再び管制塔に連絡を取ろうとした。
「管制塔、滑走路に大量のハブがいるが?」
「……」返答がない。
「咬まれた乗客がいる。救急車を寄こしてくれないか」
「……」依然として返答なし。
「管制塔の様子がおかしい。とにかく、乗客の中に医師がいたら助けを頼もう」
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」スチュワーデスは客席に呼びかけた。
「私は医者だが」初老の大柄な男が立ち上がった。
「ハブに咬まれたお客様がいるんです。治療をお願いしたいのですが」
「久しぶりに獄門島に帰ってきたというのにえらい騒ぎだね、父ちゃん」冥(めい)が父親である考古学者の草壁に言った。
「ああ。滑走路に散らばっているのは、どうやらハブの大群らしいぞ」
「ハブって?」と草壁のもう一人の娘、殺気(さつき)が言った。
「おもに沖縄に生息する毒ヘビだ。しかしなんだって滑走路に……」
「お客様の中にRH-ゼータ六型の血液型の方はいらっしゃいませんか」と再びスチュワーデス。
「私の娘がそうですが?」草壁は、冥を指し示しながら言った。
「ハブに咬まれた方の治療にご協力願えませんでしょうか。お医者様が仰るのには、RH-ゼータ六型の血液からハブ毒の血清が作れるそうなんです」
「そうですか。冥、行ってあげよう」
毒のために汗みどろになって苦悶する患者が、客席後部のカーテンで仕切られたスペースに横たえられていた。医師に草壁が
「この子がRH-ゼータ六型の血液型ですが」
というと、冥はとたんによだれを垂らしながら
「ウシシ、美味そうな傷あと~!!」
と狂喜して患者の足首に噛み付き、血を吸い始めた。
「冥、やめなさい!」草壁があわてて引き離そうとすると患者が
「いや……楽になってきた……もっと、もっと吸ってくれ!!」と叫んだ。みるみる表情が安楽になっていく。
「ごらんなさい。体温が正常に戻った。血圧も正常値です」医師が言った。
「どういうことでしょうか」
「お嬢ちゃんが毒を吸ってしまったのかも知れません。私もRH-ゼータ六型の血液の人間がハブ毒に有効だと文献で読んだだけだったのですが、まさかこういう意味で有効だったとは……」医師は驚きながら言った。
「でも、お客様が治ってよかったですわ」スチュワーデスが言うと
「ええ、お嬢ちゃんがいなかったら助からなかったでしょうな」と医師は安堵して答えた。「やれやれです。医者はハブ毒の血清なんてふつう携行していませんからな。それに」
「ウシシ、美味そうな医者~!!」突然、冥がこんどは医師の首に噛み付いた。鮮血が飛び散る。
「ぎゃーっ!」医師は断末魔の叫び声を上げてあっという間にこと切れた。血みどろになって、医者の首の肉をむさぼり食う冥。
スチュワーデスはわなわな震えながら客席へあとずさっていった。
「きゃ、客席後部に、吸血鬼がいます。お、お客様、客席の前方に移動してください。ゆっくりと、落ち着いて!」
乗客たちはざわめきながらも、比較的スムーズに客席前部に移動した。
「通して! 通してください! その吸血鬼は私の妹なんです」殺気が言って、客席後部に駆けていった。殺気は、医師の頭蓋に噛み付いている冥に向かって
「ばか冥! 行く先々で心配かけるんだから!」殺気は叱りつけながらも、しかしその声には優しさもこもっていた。吸血鬼であっても、彼女には妹がいとおしかった。
そのとき、「さーつきー!」という声が遠くから聞こえてきた。殺気の同級生、姦太(かんた)が大人用の自転車を三角乗りして滑走路まで駆けつけてきたのだ。
「本家に電話があって、冥ちゃんが吸血鬼に噛まれたって聞いてきたんだ」
「違うわ、その逆よ」殺気は医師の遺骸をむさぼり食う冥を横目で見て、苦笑いして言った。
「なーんだ。一時はどうなることかと思った。ところで殺気のお父さんは?」
「お父さん? ああ、あそこね」
草壁は子供たちが問題を起こすといつもそうするように、隅っこでヒロポンの錠剤を続けざまに飲んで恍惚としていた。もう現実のはるか彼方に逃避してしまっていた。
「婆ちゃんがご馳走を用意して待ってる。早く行こうよ」と姦太。
「でも、滑走路一面にハブがいるのよ。どうやって出て行くの?」
「そうか。婆ちゃんにヘリで迎えに来てもらおう」姦太はポケットから携帯を出して、鬼婆に連絡を取った。
「あっるっこー、あっるっこー。わたっしは元気ぃー」一同は鬼婆の操縦するヘリコプターの中で、陽気に歌い、これからの獄門島での楽しいひと夏を予感して、皆ワクワクしていた。
しかしまさにそのとき、獄門島のあちこちの地面から、ゾンビの群れがうめき声を上げて這い出してきていた。獄門島の今後やいかに……?
(拙作「となりの吐屠郎」の番外編でした)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
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