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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:38:50

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No.142
2009/11/26 (Thu) 05:55:25

いつのころからか、キャベツから人間が生れるようになった。遥か以前、人類は男性が労働し女性が子供を産み育てるという役割を分担していたが、そういう性の区別は不合理として疎んじられ、結果極端に少子化し、試行錯誤のうえ出産がキャベツに任せられるようになったのである。

キャベツから生れた人間に父母の概念はなく、子供はすべて家族ではなく政府によって育てられた。だから彼らの呼び名に姓はなく「ラルフ124C41」とか「ハル9100」などという名前になった。いちおうまだ男女の別はあったが、人間の脳天の中心には種が八つないし九つ入っており、死ぬとそれが摘出されキャベツ畑に植えられ、それが新たな生命を生むのである。政府は優生学にもとづいて、すべての人間を職能・専門に分けて交配・誕生させていた。

その日、数学専門家の和明197M83は、次世代コンピュータを見学するため計算機科学中央研究所に向けて車を走らせていた。走りなれた道だったが、工事中の迂回路に入ったとき無個性な白いビル群に目を欺かれ、美術館の駐車場に入ってしまった。
数学専門家はふつう美術館になど足を運ばない。和明も興味はなかったが、魅力的なヒップをした若い女の後ろ姿につい心を奪われ、あとについて館内に入っていった。
その女は栗色の長髪で、和明にはよく分からない抽象的なリトグラフの前に立ち止まり、茶色い瞳を作品に向けていた。
「いい作品だね、シチズン」と、平凡な文句で和明は女に話しかけた。
「どこがどう良いというの、シチズン?」女は冷たい眼を向けて言った。胸には「478A37」というバッジをつけていた。美学科学生だ。
「楕円の中心、つまり重心から極端にずれたところを下から三角形が支えているだろう。この不安定な感じが、目をひきつけて離さないんだ。優生学政策への不安を表してるんじゃないかな」
「何も知らないのね。これ、ストルガトトンディの立体作品『七転八倒』へのオマージュなのよ」
「そう、七転八倒。ぴったりの題だね。七転と八倒が微妙な均衡を保っているよね」
女はくすくすと笑った。「あなた、面白い人ね。数学科学生? 私は美学科ガラス工芸専攻の瑞穂478A37」
「僕は数学科代数幾何専攻の和明197M83。どこかで座って何か飲まない?」
「いいわよ」
瑞穂478A37は発展的な女だった。和明と瑞穂はその夜のうちに肉体関係を結んだ。それはこの時代において重罪とされていた。専門が違うもの同士の場合はなおさらだった。よほど特別な直感が二人を引き付けあったのだろうか。その夜をさかいに、二人の運命は大きく狂っていく。

軍人の銅介816Mi11は、部下に命じて、一週間前に地下で発見されたある巨大カボチャを、極秘裏に引き上げさせているところだった。銅介の額は汗ばんでいた。クレーンで引き上げられていく巨大カボチャの中から、かすかに鼓動の音が聞こえる。これはただのカボチャではない。太古、最終兵器として開発された火を吐く巨大な兵士、すなわち巨人兵の卵だったのである。
ドクドク、ドクドク、ドクドク。
巨人兵の心音を聞きながら、銅介816Mi11は薄気味悪い笑みをもらした。
「うだつのあがらねえ万年少佐に終るか、地球をぶんどって王者になるか。一か八かの大バクチってところだ」

和明197M83と瑞穂478A37がベッドをともにし銅介816Mi11が巨大カボチャを引き上げていたころ、直径約8000kmの巨大隕石が太陽系に向かって急接近してきていた。体積にして地球の約半分。国立天文台の鱈彦774Co92が巨大望遠鏡で最初に発見した。計算によって、このまま行けばあと一年でこの隕石は地球に衝突することがわかった。そうなれば地球はこっぱみじんだ。この隕石は「ゴロス」と名づけられ、ただちに国境を越えた「ゴロス対策委員会」が組織された。
「この委員会の使命は」委員長の五郎230G34が言った。「もちろんゴロスとの衝突を避ける最も有効な方法を見つけ、それを実行することにある。まず、ゴロスを破壊することが現代の地球の科学力で可能かどうか、冷静に見極めなければならない」
ゴロスの化学組成のデータをもとに、ゴロスを破壊するに足る量・威力の核ミサイルが作れるかどうかが検討された。地球の資源、また残された一年という時間を考えると、それは非常に難しいことがわかった。科学者たちは結局ゴロスに対し手も足も出ないというデータを手に委員会に集まるしかなかった。
「われわれが地球を捨てて逃げるしかないという事になるのか」
「それこそ不可能だ。100億の人口をどうやって地球から脱出させるんだ」

キャベツ人間にとっては禁断の受胎をしてしまった瑞穂478A37、いまにも生れようとする巨人兵、そして迫り来る大隕石ゴロス。鬼が出るか蛇が出るか、地球滅亡まであと367日。


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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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