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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 18:18:50

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No.21
2009/10/15 (Thu) 22:26:15

光市母子殺害事件のニュースから着想。


夢の終り

「ただいまー」二十六歳になったのび太は、二階の自分の部屋に入るとどっかと腰を下ろした。
「のび太くん、ママが探してたぜ」新聞を眺めながらドラえもんが言った。
「あー無視無視。それよりよ、ジャイ子がよ、またお盛んだぜ。今度の相手は誰だと思う? けけけ」
 のび太は煙草に火をつけながら言った。
「のび太くん、もうハローワークには行かないのかい」ドラえもんは新聞から目を離さず、ため息まじりに言った。
「うるせえな、ママみたいなこと言うんじゃねえよ」のび太はごろりと横になった。
「みんな働いてるんだぜ。ジャイアンだってスネ夫だって。出来杉くんなんて今や財務官僚だぜ」
「あいつは出来が違うんだよ」
 天井をぼんやり見つめながら、ふっと煙を吹き出すのび太。無精ひげが、日頃の怠惰を物語っていた。窓から差し込む夕陽が、彼の部屋を赤く染めている。もう何年も同じように繰り返されてきた、ドラえもんとの空しい会話。
「きみが大学をあきらめるって言ってから、もう五年だよね。言いたかないけど、パパやママだってもう年なんだぜ。いつまで親のすねをかじってりゃ気が済むんだい」
「うるせえ」
 寝返りを打ったのび太の目はうつろだった。淀んだ空気。ドラえもんが道具を出さなくなった三年ほど前から、のび太の体中から発散する駄目人間の空気が、いっそう澱のように彼の部屋に堆積していった。
「おおそうだ。ドラえもん、お土産」
 のび太は茶色い紙袋を、ポンと猫型ロボットに投げてよこした。
「どういう風の吹き回しだい」
「食えよ。どら焼きだぜ」あぐらをかいたのび太は、無表情に言った。
「のび太くん、何があった」
「……まあ食えよ。お茶いれてこようか」
 立ち上がったのび太を、ドラえもんが引き止めた。
「何があったんだ」
「何でもないさ」
「なんにも無いのにきみがどら焼きを買ってくるわけがないだろう。話してみな」
「いや、まあ何、ちょっと言いにくいんだけどよぉ……俺さあ、けけ、ちょっと、人を、人を殺しちゃってさぁ……けけ、うけけ」
 冗談ごとのように無理に軽く言おうとするところが、かえってその真実であることを告げていた。
「おい、いま何て言った。のび太くん、のび太!」ドラえもんは相手の両肩を強くゆすぶった。
「おい、そんなマジになるなよぉ。大したことないんだから」
「詳しく話せ。はじめっから」
「そんな怖い顔するなよ、いま話すからよぉ。昨日さあ、たまたま会った人なんだけど、赤ちゃんを抱いた若い女だったよ。それがさあ、しずかちゃんによく似てたんだよ。前に俺、しずかちゃんをレイプしたじゃない。あんときゃドラえもんがしずちゃんの記憶を消してもみ消してくれたけどさ、また俺、しずちゃんとやりてえやりてえと思ってたところだったんだよ。そこにあの女だろ。それでさあ……」
 ドラえもんはのび太の殺人の一部始終を聞いた。のび太は罪深きことに、母親はおろか赤ん坊まで殺していた。強姦殺人。ドラえもんは、これ以上ないというぐらい陰鬱な気分になった。もう終りだ、のび太も……。
「今、空き地に死体を隠してあるんだよ。それでさぁ、おりいって頼みがあるんだけど」のび太はドラえもんににじり寄った。「久しぶりに道具を出して、この件をもみ消してくれない?」
 ドラえもんは開いた口がふさがらなかった。のび太は続けて言う。
「ドラえもんがこれを何とかしてくれたら、俺、今度こそ真人間になる。本気で働くよ。ママが勧めてくれたみたいに、自衛隊にだって行くさ。ほら俺、射撃が得意だろ。絶対向いてると思うんだよ、やれば出来るんだよ、俺。だからさぁ」
「駄目だ!」ドラえもんが一喝すると、のび太はぎょっとして一瞬口をつぐんだ。
「何もそんな大きな声だすことないじゃないか」
「とうとう来るところまで来てしまったね、のび太くん。今度こそ真人間になる? 今までそのセリフを何回言った? そのたびに僕が、未来の道具できみの尻ぬぐいをしてきたよね。その後きみは真人間になるどころか、もとの極楽とんぼ、いやもっとひどくなっていったじゃないか。僕はきみが本当に自立できるよう、もう道具は出すまいと思った。しばらくきみは大人しくしてた。パパもママも、いつかはきみが目を覚ますと期待し続けてたんだ。それを、それを……」
「わかってるよ。わかってるさ。だから、これが最後だからさ、本当に最後だからさ、助けてくれよ」
「いいやきみは何にも分かっちゃいない。僕は何度もきみに言ったはずだ、きみの自立のために、こんりんざい道具は出さないって。どんな困ったことがあっても未来の道具でちょちょいのちょいと何とかしてしまう、これがまさにきみの自立を妨げてきたんだ。今度という今度は絶対に道具を出さないぞ。のび太くん、これが最後のチャンスだ、この機会に本当の自立とは何かよく考えてみるんだ」
「本当の自立って……最後のチャンスって……道具なしでかい」のび太はドラえもんの真意をはかりかね、キョトンとしていた。
「簡単なことだ。世の中の普通の人がするように、きみもすればいいんだ。きみは自分の足で、警察に歩いていって自首する。きみは自分の手をついて、土下座してご遺族の方に謝るんだ。すべては道具なしで出来ることだ」
「な、何いってるんだい、自首だって。殺人罪だぜ、テレビのニュースにも出るんだぜ。まさか本気じゃないだろ」
「本気だとも。自分のやったことは自分で責任を取る。これが自立だ。だからこれが最後のチャンスだというんだ」
「やだよ……やだ。ドラえもんは自分が何を言ってるのか分かってやしないんだ」
「分かってないのはきみの方だ」ドラえもんは冷然とのび太を見下ろした。
「うわぁー、そんな馬鹿な、そんな馬鹿な」のび太は泣きじゃくった。畳に、ぽたぽたと涙がしたたり落ちた。「おれ、俺だって自立したいと思ってきたんだぜ。小学生のときから、ずっと、ずっと! それをドラえもんが甘やかすから、まともな人間になれなかったんだ。ドラえもんが悪いんだぜ、そうじゃないとは言わせないぞ」
「そうだ。責任の一端は僕にある」ドラえもんは暗澹たる表情で言った。「何でも未来の道具で何とかできるっていう、傲慢さが僕にもあったのかも知れない。その点は謝るよ。ごめんよ、のび太……さあ、警察に行こう。一緒に行ってやるから」
 ドラえもんはのび太の手を引っ張った。のび太も泣きながら力なく立ち上がった。
 家を出て、とぼとぼと歩いていく二人。脱力したのび太がつぶやいた。
「なあ、ドラえもん。俺、刑務所に行くんだよなあ」
「……」
「それとも、死刑かな。何とか言えよ……」
「……」
「なあドラえもん。死ぬときは一緒だぜ」
「わかってるさ」
 夕陽に、二人の影が長く長くのびていた。

(終)

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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

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主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

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