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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:53:24

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No.24
2009/10/15 (Thu) 22:37:48

 カチ、カチ、カチ。時計の音。静かな夜。時計の音だけが、いやに耳につく。
 眠れない。アリタ氏は寝返りをうった。背中が痛い。彼は時計を見なかったが、零時を過ぎてずいぶんと経っているだろう。
 明日の朝は早い。すぐにも眠らなければ……と焦れば焦るほど目が冴えてくる。
 しばらくして、アリタ氏は、自分がうとうとしかけてきているのを感じた。いや、より正確には、心ははっきりと目覚めているのだが、肉体だけがぐったりとしている感じだ。手を動かそうと思っても動かない。膝を持ち上げようとしても上がらない。金縛りというやつだ。
 そのとき、アリタ氏は、小さなささやき声が聞こえてくるのに気が付いた。耳をすますと、それは二人の人間の会話のごとく思われた。しかし、この部屋には、アリタ氏の他、誰もいない。ラジオもつけていない。
 どこか遠くで、誰かが話しているのだろうか? いや。その声は、アリタ氏のすぐ近くで、何か小人がささやきあっているような感じで聞こえてきた。他に、ガチャガチャというガラスのぶつかり合うような音、ガヤガヤという喧騒も聞こえる。アリタ氏はその小さな音に意識を集中した。だんだんと、二人の話の内容が聞き取れるようになってきた……。

「あー、今日はすっかり酔ったね…・・・さおりちゃん、遅くまで御免ね」
「あ、いえ」
「さっきからウーロン茶しか飲んでないじゃない。もっと飲みなよ」
「失礼します、当店ラストオーダーの時間でございます」
「ラストオーダーだってよ。最後に一杯だけ飲んだら」
「いえ、結構です」
「あっそ。じゃ、俺、巨峰チューハイね。あ、これ持ってって」
 ガチャガチャガチャ。
「ねえ、この後もう一軒飲みに行かない?」
「あたし、もう終電ですから」
「んな硬いこというなよー。タクシー代だすからさあ」
 ガサガサガサ。パリポリパリ。
「家の人が心配するんで……」
「じゃ、電話かければいいじゃない。いま友達の家にいます、泊まってくってさあ」
「え、泊まって?」
「いや、泊まるとは言わなくてもいいけどさあ」
「あたし帰ります」
「待ってよお、さおりちゃん」
 ずるずるずる。
「手を離してください! 離して……離してったら!」
 ガチャン。
「いて、いてててて。ああ血だ、血が出た、わ、どうしよう。止まらない! さおりちゃん、助けて」
「知らないわよ。自分で救急車呼んだら? 友だちからあなたの悪い噂、ぜんぶ聞いてるのよ。色魔だって」
 どたどたどた。
「お客さん、お客さん。起きてください! 聞こえますか」
「聞こえるかってんだ。色魔の最期。べーべろべろべー、とくりゃあ」
 ガラガラガラ。コツコツコツ……。

 それでその場の音は聞こえなくなった。しかし金縛りは相変わらず続き、耳の中で、まるでチューニングしているラジオのような奇妙な音がしていた。一体なんだろう? 金縛りの時には、聴覚が異常に鋭敏になることがあると聞いたことがあるが、そういう現象だろうか。やがて、先ほどの居酒屋の喧騒とは違った、静かな部屋らしい場所での、二人の男の声が聞こえてきた。

「ああ、もう立番しなくていいよ。どうだい、初出勤はどんな感じだった」
「いや、意外と何も起こらないもんですね……せいぜい道案内するぐらいで、喧嘩や酔っ払いのトラブルなんかもなかったし」
「そうだな……今日はとくべつ静かな日だったな。でも、明日からも気を引き締めろよ」
「ハイ」
「とくに危ないのは、満月の夜だ。喧嘩、強盗、強姦と、いろんな事件が続発する。まあ殺人は滅多にないけどな」
「はあ、満月の夜って、本当に事件が多いものなんですか」
「そうだよ。これは日本中どこでもそうだ……いや、それにしても静かだね」
「静かですね」
「退屈だとは思わないか?」
「いえ、自分は特に」
「俺は退屈だねえ。いっちょギャンブルをやらねえか」
「え、オイチョカブか何かですか」
「まあそれもいいけどよ。この派出所に伝わる警官ならではのギャンブルってのがあるんだよ」
「何ですか」
「コレだよ」
「えっ……ちょっと、銃を抜いちゃまずいでしょ」
「知らないの? ロシアン・ルーレット」
「いや、まさか、それをやろうっていうんじゃ」
「そのまさかだよ。この命がかかってるっていうスリル、たまんねえよ。いちどハマッたらやめられねえ」
「いやいやいや。冗談でしょ」
「冗談なものか……そら、弾を一発だけこめてっと。じゃ、最初は千円から賭けようか」
「いや、僕やりませんから」
「大丈夫だって。弾なんてそう滅多に出るもんじゃないんだから。お前は知らないだろうけど、こんな遊び、どこの派出所でもやってるんだぞ……よーし、お前が怖いんなら、俺が手本を見せてやる。そのかわりお前も絶対にやるんだぞ。テレビとかで見て知ってるだろうけど、こうやってこめかみに当てて、引き金を引」
 パン!
「先輩! 先輩! だからやめようって……」


 そこでまた、その場面の音は聞こえなくなった。今度はラジオのチューニング音が、長く続いた。そして今度アリタ氏の耳に聞こえてきたのは、海の波の音だった。そして、ギーッギーッという船か何かの木材のきしむ音とともに、二人の若い男の声が聞こえてきた。

「鮫だろうか?」
「かも知れない。違うかも知れない」
「こう暗くては、何を見ても、危険なものに思えてしまう。せめてこの船が、朝まで沈まずにいてくれれば……」
「また何か船にぶつかったぞ」
「完全に沈むまで、あとどれぐらいだろう」
「一、二時間というところだろう」
「あ、飛行機だ。信号弾はまだあるか」
「もうすべて打ちつくしてしまった」
「畜生……しかしあんな高いところを飛んでいるんだ、信号弾があっても、気付いてもらえるかどうか」
 しばしの沈黙。
「俺たち、死ぬんだろうか」
「……」
「おい、小さいとき、何になりたかった?」
「え? そうだなあ……考古学者っていうのに興味があったなあ」
「考古学者か、いいね。今度沈没船の財宝探しにでも行くか」
「アハ、機会があったらな。君は小さいころ何になりたかった?」
「宇宙飛行士だな」
「今からだってなれるさ」
「アハ、もう遅い」
「……しかし、お互い独身でよかったな」
「ああ、こういう状況になったんだものな」
「今まで聞いたことがなかったけど、好きな人はいるのかい」
「……いるよ」
「すまん、よけいなことを訊いてしまった」
「いや、いいよ」
 ギーッ。ゴトゴトゴトゴト。
「こんなところまで水が。もう九分九厘沈んだな」
「もっと舳先(へさき)のほうに来い」
 しばしの沈黙。
「俺たち、もう駄目だなあ」
「……」
「陽が昇ってきたぞ……きれいな朝焼けだなあ」
「……俺、寂しいよ。誰かに死ぬところを見届けてもらいたいんだ」
「元気出せよ」
 ギーッ。ギギギーッ。
「もう最後だな」
「ああ。誰にも聞こえないだろうけど、お母さん、お父さん、ありがとう! さよなら!」
「さよなら!」


 そのとき、アリタ氏は窓から白々とした朝の光がさしこんできているのに気が付いた。
 とたんに緊張状態が解け、体の自由が利くようになった。アリタ氏はバッと上体を起こした。もう、誰の声も聞こえない。
 アリタ氏はベランダに出て、東の空を眺めやった。今しも、山の端(は)から金色に輝く太陽が昇りはじめたところである。
 幻聴だったのだろうか? いや、自分はすべて本当にあったことを聞いたような気がする。俺は本当の居酒屋、本当の交番、本当の難破船の物音を聞いていたのだ……アリタ氏は不思議な感慨にひたりながら、いつまでも朝日を眺めていた。


(終)

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執筆陣
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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

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