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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 19:19:20

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No.25
2009/10/15 (Thu) 22:40:25

 人類が死滅して長い時がたち、時代は氷河期となっていた。かつて栄えた人類の機械文明のうち、ただ一つ、ある巨大な時計塔だけが以前と変わらず動き続けていた。寒冷な気候のもと、その時計塔の中だけは、時計の運動のために、少しではあるが暖かさを保っていた。この巨大な時計塔の中で、小さな甲虫たちが、暖かさに頼って棲んでいた。彼らは知能を持ち、言語を話したが、その時計塔でしか暮らせない。彼らは、時計塔の近くにわずかに生えるコケを食料にしていた。

 甲虫たちは時計の音をいつも聞いており、カッカッという音が六十回なるごとに微妙に違った音を鳴らし、三千六百回ごとにまた違った音を一回、八万六千四百回ごとにさらに違った音を一回ならすことを知っていた。しかし甲虫たちにとって時計は、規則正しい音を立てて運動し、温暖な環境を与えてくれる、という以上のものではなかった。彼らに時刻の観念はなかった。

 あるとき、時計塔の温度がわずかずつではあるが、上がり始めた。はじめは敏感な甲虫にしか気付かれなかったが、次第に多くの甲虫たちに意識され始め、ついには温度の上昇に耐えられず倒れてしまう者も出てきた。甲虫は今までにない環境の変化に、恐慌をきたした。時計の故障か? 神の怒りか? 甲虫たちは口々に言い合った。この世は終わりに近づいている、といった終末論をとなえる者も出てきた。温度の上昇はやがて耐え難いものになり、甲虫たちの間に絶望感がただよい始めた。
 長老たちは会議を開き、甲虫たちの中で熱さに強い体質を持った者を選んで、これまで温度が高くて危険とされてきた時計の中枢部に調査に赴かせることになった。ヘルヒという、耐熱性を持った特異体質の者が、その役目を負うことになった。

 甲虫たちの居住区は、時計の円柱形の機関部を取り囲むようにしてあった。ヘルヒは、そのオレンジ色の円柱の、禁断の扉の前に立った。普通の者なら、あっという間に焼け死んでしまうという機関部の中。自分に耐えられるだろうか? ヘルヒは勇気を起こして機関部に入っていった。長い階段を登っていくと、そこにはヘルヒの想像だにしなかった不思議な世界がひろがっていた。巨大な金色の歯車、中ぐらいの銀色の歯車、銅(あかがね)色の小さな歯車が、無数に組み立てられ、それぞれがゆっくり、あるいは速く回転していた。カツ、カツという音は耳をつんざくほどだった。ヘルヒは機関部をぐるりと回って歩いてみた。小さな階段を登って上のほうまで見て回った。上下する錘(おもり)や回転する歯車は七色に輝き、ヘルヒを感動させたが、温度上昇の原因は、機械に暗い彼にわかるはずもなかった。彼は何の成果もなく帰るほかなかった。

 温度の上昇はさらに続き、体の弱い年寄りや赤子の中に死ぬ者が次々と出てきた。生きられる可能性は少ないと知りながら、時計塔の外に新天地を求めて出て行くものも多かった。

 そんなある日、突然に古風な鐘の音が、ガーンガーンと鳴り始めた。それは甲虫たちの聞いたことのないものだった。色とりどりの灯火が、時計塔の外観を飾り始めた。青、赤、白、黄、オレンジなどのライトは、そびえたつ時計塔のここかしこに輝き、ゆっくりと点滅していた。時計塔の外へ旅立とうとしていた者がそれを見つけ、塔の中の者たちに知らせた。甲虫たちは寒さに凍えながらも続々と塔の周りに出て行き、変わり果てた塔の外観を見つめた。

 そして、時計の針が十二時を指したとき、金管の楽の音(ね)が勢いよく鳴り響き、花火が次々と打ちあがった。いずれも虫たちの見たことも聞いたこともないものだった。花火は大空に、青に緑に、あるいは金色に花開き、甲虫たちの目を射た。
「おめでとう、おめでとう! 千五百六回目の千年紀の幕開けです!」
 塔のライトアップも、花火も金管の楽の音も、千年に一度くりひろげられる時計塔の仕掛けだったのだ。温度の上昇もその仕掛けを用意するのに、時計塔がエネルギーをたくわえたために起こったことだった。しかし甲虫たちには、この現象が千年に一度のイベントであるということは理解できなかった。さきほどスピーカーから流れた声も、言葉がわからなかったからだ。

 その後、時計塔の温度は元に戻り、甲虫たちは前のような生活に戻ることが出来た。しかし彼らは知らなかった。自分たちの繁栄が百五十万年も先まで続くと思い込んでいた、人類というものの存在を。

(終)

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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