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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 19:17:28

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No.27
2009/10/15 (Thu) 23:37:17

 わたしは、古くからの知り合いであるCに会いに、ある田園都市にある彼の家をはじめて訪れた。Cと会うのは七年ぶりで、彼はわたしと最後に会ったときからまもなく、莫大な遺産をうけつぎ、現在の家に移り住んだそうだ。彼は宏壮な邸宅に住み、仕事もしていないと聞いていた。使用人も数人いるようだが、それを除けば一人で暮らしているとのことだった。

「本当に久しぶりだねえ」応接間で、Cは快活に言った。小肥(こぶとり)の彼の、血色のいい顔が、ツヤツヤ光っていた。「二、三日、泊まっていってくれるんだろう」
「ああ、ここは環境もきれいだしね」わたしは、ぜひ泊まっていってくれという彼の手紙の言葉に甘えて、そこで休暇をすごすことにしたのだ。
 Cは、ここ数年の間に集めた絵画のコレクションを見せてくれたり、また自分で描いた絵なども披露した。コレクションのほうはみごとだったが、彼の絵のほうは、静物画にしても風景画にしても、未完成のものが多く、完成しているものも――こう言っては悪いが――みな中途半端な感じがして、あまり面白味がなかった。
 ある部屋で、バイオリンのケースが置いてあるのが、わたしの目にとまった。
「君はバイオリンもやるのかい」とわたしは尋ねた。
「ああ……すこしだけどね」彼はすこし照れくさそうに言った。「しばらく触ってないんだ。技術も中途半端だし、人に聞かせられるような腕じゃない」
 しかしわたしが、そんなこと言わずに弾いてみてくれよ、とせがむと、彼は内心乗り気な様子で、一曲演奏してくれた。ところが……その腕前は、彼の言ったとおり、なにか中途半端なもので、聞き終わって拍手喝采というふうにはいかなかった。わたしは、もっと上手いか、あるいはもっと下手くそな腕前を予想していたので、どう反応すべきかすこし困った。

 その後、彼の図書室を見せてもらった。そこには、文学全集や、化学や数学、天文学などの学術書が、数千冊収められていた。
「君、こんなにも一人で読めないだろう……専門的な本も多いし」
「うん……いろんな勉強を始めてみるんだけどね、すぐ飽きて、ほっぽり出してしまう。結局、かき集めた書籍だけがここに残る……」
 彼は無表情に、ポツリとそう言った。しかし、すぐににこやかな表情に戻り、次はコインのコレクションを見せてやるといって、わたしをまた別の部屋に引っぱっていった。
 わたしは思った。Cはこんな生活をしていて空しくないのか? 彼はいろんな方面に才能を持っているが、一つのことに打ち込むことはできず、何をやっても中途半端に終わっている……これでは無駄に過ごしているのと同じだ。彼はそれに気付かぬでもあるまいに……。

 そのとき、突然「ダセーッ、コノオ!」という大きな声が、家のどこかから聞こえてきた。
「なんだ、今の声は?」わたしは驚いて言った。
「何も聞こえなかったが」とCは答えたが、そのとたんに、また「アーッ」という声が響いてきた。
「ほら、声がしてるじゃないか! あっちのほうだ」わたしは、声のする方へ、Cの手を引っぱっていった。
 ある廊下の、突き当りのドアの奥から、その声が聞こえてくることがわかった。その廊下の片側は庭に面していて、窓が並んでおり、そこから陽が差し込んで明るく、見た目に異様な感じはない。
 わたしが問題のドアを開けようとすると、Cはわたしの手をつかんで、
「いいからほっとけよ」と言った。
 しかし、わたしはそれを無視してドアを開いた。
 中は、真っ暗だ。
「しょうがないな」Cはため息をつきながら、中に入って、電気をつけた。明るくなり、ドアの向こうは、また細い廊下が続いているのがわかった。左右の壁には、それぞれ五個ずつ、灰色の鉄の扉がついていた。奥は、行き止まりになっている。
 わたしは、いろんな声が、いくつかの鉄の扉の奥から聞こえてくるのに気がついた。
「アア、オレハジカンヲムダニ……」とか「チキショウ……チキショウ……」とか、「モウ三ジダ……」とか……。
「のぞいてみるかね」と、Cは言って、一番手前の扉の、のぞき窓らしい横に長細い穴を指した。「本当はこんなものは見せたくなかったんだが」
 わたしは、Cに促されて、そののぞき穴をのぞいてみた。中では、グレーの薄い布でできた、粗末なシャツとズボンを身につけた、背の高い男が、何かつぶやきながら、狭い部屋の中を行ったり来たりしている。その部屋には、白い、簡単なベッドと、銀色の置時計ののった小さなテーブルがあった。
 耳をすませると、男は「オレは時間を無駄にしている……オレは時間を無駄にしている……」と、何度も何度もつぶやいていることがわかった。
「その男は無気力なのだ」Cは言った。「自分がなんにもせず、時を無駄にしているとわかっていて、それが嫌なくせに、やはり何もしないで、部屋の中を歩きまわっているだけだ」
「この男は、誰なんだ? どこから連れてきた」
 Cは、ニヤリと笑った。「街で見つけてきた。そして、俺が食わせてやっている」
「しかし、なぜそんなことを……」
「俺は、そんな奴を見ていると、スッとする。俺という人間は、なるほど何をやっても長続きしない、つまらない奴だ……しかし、こんな男よりはましなのだ」
「じゃ、君は自分がいい気持ちになるためだけに、この男をここに閉じ込めているのか?」
 わたしはあきれて言った。
「そいつは、自ら望んでここにいるんだよ」Cは、わたしをキッとにらんで言った。「ここでは安楽に暮らせる。そいつは、それを望んでいる……ここにはあと九人いるが、みんなそんな奴だ」
 わたしは、他の扉の穴ものぞいてみた。中にいる男の服も、部屋の内部も、さっきの部屋と同じだった。この部屋の男は、壁に、誰かの顔を描いた絵を貼り付け、その絵を、ペンで何度も突き刺していた。その絵は、Cの顔を描いたものだった。
「この男は、君を恨んでいるようだが……」わたしはCを見た。
「ん……ああ、どうってことないよ、こいつは。他にやることがないから、俺に恨みをぶつけて時間をつぶしているだけだ。感情が高ぶっていれば、自分のすることがないのに気がつかない、というわけだ」
 そのとき、「出セ、コノ!」という叫び声が、ひとつの扉から聞こえてきた。中の男が体当たりしているのか、扉がドシン、ドシンと音をたてて、衝撃に震えている。
「おい、出たがってるじゃないか」わたしはCを責めて、言った。
「ん……だがそいつは、出してやってもすぐ戻ってくるんだ。やっぱりここに住みたいって言ってね」
 わたしは悲しくなった……ここにいる連中も、Cにこんな風に扱われなければ、普通に暮らせるかもしれないのに……。
 わたしはたまらなくなり、扉のひとつを思いきり引っぱった。その中の男を出してやろうと思って……。
「わかったよ。わかった」Cは、腹立たしいことになぜか笑いながら、持っていた鍵でそれぞれの扉を開けていった。
 扉が開いても、しばらくは誰も出てこなかった。息をのんで待っていると、突然それぞれの部屋から、全員同時に、一歩踏み出して出てきた。そしてなぜか、全員首から、部屋にあった銀の置時計を、ひもでぶら下げている。
「三時十一分二十秒。……三時十一分二十五秒。……三時十一分三十秒」
 Cの「囚人」たちは、一様に無表情な顔で、五秒ごとに時刻を口にし続けた。呪文のように……。わたしは唖然とした。
「だから言ったろう。こいつらは徹頭徹尾なんのやる気も起こさない、時間を数えるだけが能の穀つぶしどもなのだ」

 それから数年がたった。いろんなことがあった。
 わたしは今、Cの邸宅に住んでいる。例の「監獄」の住人として……。わたしはあの、怠け者の囚人どもの仲間入りをしたのだ。
 なぜ? 発端はわたしの勤めていた会社が倒産したことだった。わたしはどこへ行っても雇ってもらえず、とうとうCのこの邸宅に落ち着いてしまったのだ。
「フン」Cはわたしを、見さげはてた奴という目で見た。
 わたしは初め、自分は他の「囚人」どものように、時を数えるだけの怠け者にはなるまい、と思った。しかし、この「監獄」にただよう淀んだ空気のせいだろうか、まもなくわたしの感情は鈍磨し、気力は徐々に失われていった。それまで毎日つけていた日記も、ほとんど書かなくなってしまった。久しぶりに鏡に向かい、目には光がなく、不潔で、なんの魅力もなくなっている自分の顔をみたとき、驚きはしたものの、すぐにどうでもよくなってしまった。
 一日中、窓のそばに座り、外を眺めている日も多かった。薄暗い早朝の冷たい空気の中では気持ちが高ぶり、今日はすこしは有意義に過ごそうと考えるのだが、日が高く昇って、外の人々が働いているであろう時間になると、自分のすることのないのにイライラしだし、苦痛に頭ものぼせ上って、日没になると失望と空しさを感じ、夜になるとすこし落ち着くのだった。しかし明日も同じような日が続くのかと思うと、またも気分が沈んでしまうのである。
 別の「囚人」と顔を合わせることもあったが、言葉は交わさなかった。彼らの無気力な目を見ると、自分も同類であることを忘れてむかついた。いや、自分が同類だからよけいにむかついたのかもしれない。

 ときおり、何の意味もなく邸宅の庭を歩き回ることもあった。そんなとき、よくわたしはうわの空になりながら、小石を蹴りながら歩いていた。別に面白くはないが、石を蹴りながら庭を歩くのが、まもなく日課となった。
 ある日、庭に出て、いつものように蹴るのにちょうどいい小石を探していたのだが、なかなか見つからない。それで、いつもは通らない建物と建物の隙間の小道に入り込んだ。左の建物に厨房があり、窓からその中を見ることができた。
 夕方だったので、使用人たちがCやわれわれ囚人たちの夕食の準備をしているところだった。夕食には、いつもスープがついてくる。一人の使用人が、大鍋でスープを作っているのが見えた。わたしがなんとなく見ていると、その使用人は、茶色いビンをもってきて、中の白い液体をドボドボとスープの中に注ぎだした。わたしはその光景をなんとなく奇妙に思った。そのビンと中の液体は、料理には似つかわしくない、まるで化学薬品のそれのように感じられたからだ。
 わたしはその日の夕食のとき、スープが気味悪く思えたので、それを飲まずに窓から捨てた。
 次の日の夕方も、わたしはこっそり厨房の中をのぞきに行った。やはり使用人は白い液体をスープの大鍋に注いでいる。あの液体は毎日スープに入れられているのかもしれない。わたしは夕食のスープはもう飲まないことにした。
 数日がたったころ、わたしは自分の体調に変化が表れているのに気が付いた。なんとなく、気力が体に満ちてきているのを感じたのだ。その感覚は日増しに強くなっていった。以前のような、無精で無気力な自分ではなくなってきていた。思考力もはっきりとし、日記もつけ、久しく剃らなかったひげも毎日剃るようになった。それもこれも、あのスープを飲まなくなってからだ。以前わたしを支配していた、無気力でうつうつとした感覚が、スープに注がれていたあの白い液体によるものと考えるのは不自然な推理ではあるまい、と思われた。

 わたしはこの邸宅を出て行こうと思うようになった。外の社会は大変だろうが、新たに湧いてきたこの気力があれば、なんとかやっていけるだろう。
 わたしはCの部屋を訪れ、出て行きたい旨をCに伝えた。
「そ、そりゃあ残念だねえ」Cは非常に驚いた様子で言った。「ここの暮らしに不満があるのかい」
「いつまでも厄介になってるわけにはいかないさ……ところで」わたしは言った。「僕は料理をしているところを見たんだが、スープに入れているあの白い液体は、いったい何なんだい」
 Cは目を見開いて、まじまじと僕の目を見つめて言った。
「ただの調味料だろう。僕は知らないさ」
 Cの表情から、それは嘘だと思ったが、わたしは何も言わなかった。

 翌日、わたしは荷物をまとめて部屋を出た。邸宅の庭で、Cが薪割りをしていた。斧を振り下ろしたCは、わたしに気が付き、額の汗をぬぐって言った。
「やあ、出て行くんだね」
「薪割りなんか、使用人にやらせればいいじゃないか」とわたし。
「なに、運動のためさ」とC。
「とにかく、長いこと世話になった。ありがとう」
「いやいや。しかし、ここを出て行くなんて、君は骨のある男だねえ。他の連中にも見習ってもらいたいよ。まったくあの連中の無気力なことといったら……」
 あの連中とは他の囚人たちのことだ。わたしはCに対して急に腹が立ってきた。
「お前が変な薬を飲ませているからみんな無気力なんじゃないか!」
 わたしはCの手から斧を奪い取り、Cの胴体を真っ二つに叩き斬ると、囚人たちの部屋をすべて開け放って意気揚々と邸宅をあとにした。

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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