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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
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No.29
2009/10/15 (Thu) 23:44:58


「ラジオ体操の歌」
藤浦洸作詞・藤山一郎作曲

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足
この広い土に伸ばせよ
それ 一 二 三


2008年8月1日
今朝はやく、うちの団地の前の公園で大人たちが大勢集まって、そう、三百人はいたかな、ラジオ体操が始まったんだ。ぼくはTVのニュースでちらっと見たんだけど、なんとこれから十年間毎日、ラジオ体操をやるんだ! 集まった大人たちはみんな、十年間毎日通うつもりなんだって。それは「継続は力なり」って、学校の先生もよく言うけど、大人たちは僕ら子供にその手本を示すために、こうやって集まってくれてるんだ。すごいよ! 阪神の金本選手は1000試合連続フルイニング出場という記録を成し遂げたけど、これは他のどんな記録よりも立派なことなんだ、ホームランを500本打つのもすごいけど、みんなが見習わなきゃいけないのはこの金本選手のような記録なんだって、先生も言ってた。それはラジオ体操は誰でも出来る簡単なものだけど、雨の日もあれば雪の日もある、それを十年間毎日ってすごいじゃないか! お母さんは、あの大人たちの姿をしっかり覚えておきなさいって言ってた。本当に十年間毎日続くのかなぁ!

同8月2日
お父さんが、あのラジオ体操はちっとも立派なものじゃないって言った。十年間毎日続けられた人たちに、合計で十億円の賞金が出るんだそうだ。集まっている大人は、みんなそのお金が目当てなんだって。でも賞金が出ても、やっぱり十年間も続けられた人を見たらすごいと思うなって僕が言ったら、お父さんは、見ろ、大人たちのあのぎらぎらした目つきを。お父さんはいろいろな人を見てきたが、ああいう手合いは金の亡者っていうんだ、金のためだったら何でもするんだ、お前もしっかり見ておくんだなって、そう言った。僕にはただの元気はつらつとした大人に見えるけど……。

同9月1日
最初は三百人いた参加者が、だんだん減ってきたのが分かる。朝の六時半集合だから、たいていは仕事に差し障りがなく参加できるんだろうけど、ときには体調を崩す人もいるのだろう。あとお父さんも言ってたけど、徹夜で仕事しなきゃいけなかったり身内に不幸があったり、大人にはどうしても外せない用事ができるもんなんだって。十年間って思ったより大変なんだなぁ。

同12月6日
昨晩から降り続けた雪が積もって、今朝は一面の銀世界! でもラジオ体操の歌が聞こえてくるころになると、やっぱり大人たちは集まってくる。今は五十人ぐらいに減ってしまった。

2009年3月20日
二三日前まではとても寒かったけど、ようやく春の陽気が感じられるようになった。昨年末に五十人ぐらいにしぼられた大人たちはさすがにツワモノたちだったようで、今日までほとんど減ることなくラジオ体操を続けている。彼らは、最初よりも目がいっそうギラギラしている感じだ。近寄りがたいよ。「横曲げの運動、大きく、小さく!」ってあんな怖い顔でやるもんじゃないと思うけど……。お父さんは「このまま五十人でいったら、賞金の十億円を五十等分しなきゃならないだろ。ライバルがなかなか脱落しないから奴らはイライラしてるんだ」って言ってた。

同7月6日
大変だ! となりのK国と戦争が始まったんだ! 昨日の深夜お父さんに起こされて、TVのニュースで見た。これからK国の空襲もあるかも知れないんだって! この町は大丈夫かなぁ! 学校もとうぶんの間休みになるみたいだ。
でも朝六時半になると、やっぱり大人たちは集まってラジオ体操をやってた。

同8月27日
空襲警報がひんぱんに発せられるようになった。いつなんどき爆撃されるか分からないんだ。いまのうちに食料の確保をしなきゃって、みんなおおわらわだ。この騒ぎのために、ラジオ体操の大人たちは十五人ほどに減った。

同10月1日
今朝ちょうどラジオ体操の時分に、この町に空襲があった。体操している大人のうちの二人が、低空飛行してきた戦闘機の銃撃にあって死んだ。それでも残りの大人たちは気にせず体を大きく回したり跳躍したり、ラジオ体操第一を最後までやりきった。まったく金の亡者もここまでいくとすごいよ!

同12月28日
良かった! K国とわが国は一時的に休戦になったんだ。これで空襲にびくびくせず外を歩ける。年明けには学校も始まるんだ。みんなにも会えるんだ、うれしいなぁ! ラジオ体操の大人たちは頬をバラ色にそめて、いつもより嬉しそうに体操している。深呼吸を終えた彼らは、たがいに抱き合ったよ! 戦友って感じなんだろう。いま、残っている大人たちは十人だ。

2010年7月1日
戦争がそのまま終結して、平和な日々が続き今年もすでに前半が終った。ラジオ体操の大人たちは、ここまで戦い抜いてきた人たちだもの、いっこうに減らずに十人のままだ。再び彼らの目はぎらぎらと光り、殺伐とした雰囲気で体操するようになった。側屈のときわざと体を曲げる方向を間違えて、隣りの人の頭をハタくおじさんもいる。そういうときつかみ合いの喧嘩でも始まるのかって思うけど、体操を途中でやめたら失格になるから、いちおう最後までやりきってから喧嘩になる。こんなことがしょっちゅうで、最近このラジオ体操面白いよ。

同9月10日
きのう体操のおじさんの一人が事故で死んだんだ! ひき逃げに遇ったんだって! でも犯人はすぐに捕まった。体操に参加している別のおじさんだったんだ。いちばん元気そうなおじさんに目をつけて殺したのだろう。でもいちばん驚いたのはそのことじゃなくて、死んだおじさんの家族がその遺体をラジオ体操の場に運んできたことなんだ! 何が起こったと思う? その奥さんや子供たちは、文楽の人形でも動かすみたいにおじさんの死体にラジオ体操をさせ始めたんだ! これには大会の運営委員の人も慌てて止めに入った。でもその奥さんは「死体に参加資格がないとは大会の規則に書いてないわよ!」と叫びながら、頑固に死体を斜めにひねったり跳躍させたりしてた。ピアノの奏でるあの平和的な音楽には似合わない、殺伐とした場面だったよ! でも結局、死んだおじさんは参加資格がないことになって、家族はしぶしぶ引き上げていった。あの奥さんや子供たちは、大会が終るまでまだ八年近くあるのに、ずっと死体を持ってきて体操させるつもりだったのかなぁ! 人間って怖いよ!

2011年1月4日
たがいに殺しあう事件があといくつか続き、いま残っている参加者は三人だ。金のために殺しあう大人たち。公園を見下ろす団地の窓から、ラジオ体操の歌のとき「あーさーましーい朝が来た、陰謀の朝だー」という替え歌の大合唱が起こるようになった。でも参加者は平然と体操を続けた。神経のずぶとさも筋金入りなのだろう。

2015年8月1日
この大会が始まってまる七年が経過した。今年の三月に一人が病死。残りの参加者は二名。

2017年9月3日
大会の終了まで一年足らず。残った二人のうちの一人が、不治の病にかかり、それでも毎日参加してきていた。ガンらしかった。日に日にやせ細っていくのを、団地のみんなは毎朝見守っていたんだ。それで今朝の体操で、最後の深呼吸を終えたと同時に死んでしまった。

2018年7月1日
大会も残すところあと一か月! 残った一人のおじさんが最後まで乗り切れば、十億円は彼のものだ。今やこのおじさんの目にはギラギラしたところはなくなり、まるで悟りをひらいた仏さまのようだ。彼の手足の曲げ伸ばしや上体の回転は、とても優雅で、まるで経験豊かな老船頭が櫂をさばくようだよ! 彼こそラジオ体操の神様だ!

同7月31日
ついにこの日がやって来た! 今日でまる十年だよ! たくさんの人が朝四時ぐらいから公園の周りに集まって、奇跡の瞬間を自分の目で見ようとして興奮していた。テレビ局の車も何台か来ていた。時間になると、あのおじさんは特に気負った様子もなく、いつもどおり公園に現れた。そして淡々と体操をこなしていった。息をひそめて見つめていた観衆は、最後の深呼吸が終わったとき、大歓声を上げた。打ち上げ花火が上がった。こんな歴史的瞬間が見られたなんて、僕はなんて幸せなんだ! テレビ局のアナウンサーが、おじさんにインタビューを始めた。
「長かった十年間が終りました! やりましたね!」
「ありがとうございます」おじさんは穏やかな笑顔で答えた。
「十億円はあなたのものです!」
「じゅうおく、えん……何のことですか」
「またまたとぼけて! この大会の賞金ですよ!」
「はぁ、そんなものがありましたっけねえ。しかし私は、ラジオ体操を通して、もっとすばらしいものを得ました。十億円は貧しい人たちのために全額寄付します」
「おおー! 皆さんお聞きになりましたか!? で、ラジオ体操で得たすばらしいものとは何ですか」
おじさんはそれには答えず、すっと天を見上げた。ランニングシャツに短パンをはいた天使が五六人、ゆっくりと空から舞い降りてきた。天使たちはおじさんの手足をそっと支え、おじさんを連れて天に昇っていった。
「私は神様からお召しを受け、この地上を去らねばなりません。では皆さん、ごきげんよう」
おじさんはそう言うと微笑を浮かべつつ、人々に手を振った。
そのとき、突如ジェットの爆音が聞こえてきた。ダダダダ、ダダダ! 戦闘機がやって来て機銃掃射を始めたんだ! みんなラジオ体操大会どころではなくなって、散り散りに逃げていった。僕も命からがら団地の建物に逃げ込んだんだ。

その日の夕刊の一面の見出しは「K国の奇襲、戦争再開か?」だった。下にやや小さく「戦闘機、ラジオ体操優勝者と天使を撃墜」という見出しもあり、おじさんの顔写真が「亡くなった○○さん」というキャプションつきで出ていた。
なんでこうなるんだよ! 

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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