『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.314
2010/06/12 (Sat) 09:14:16
登場人物
アデライン 天才科学者にして絶世の美女。十九歳。
セバスチャン アデラインの執事。彼女によって造られたアンドロイド。
アデラインとダイヤモンド争奪戦
ジグラ薬品社長の子息で、同社の専務を務めるヴィンス・ジグラ氏が、アデラインに突如求婚した。求婚というと言い過ぎかも知れない。結婚を視野に入れたお付き合いを、という申し出が、アデラインの父マクス氏のもとに届いたのである。ヴィンスはまだ二十六歳。十九歳のアデラインとは若干年が離れているが、つりあわないということはない。
「まったく父親の元に結婚の申し込みだなんて、いったい何百年昔の習慣なのよ? それに彼とはパーティで二三回顔を合わしただけ。どれだけ自惚れ屋さんなのかしら! それにお父さんもお父さんよ! 大会社の子息というだけで『アデライン、ぜひお付き合いなさい』だって!」
アデラインが憤慨していると、執事のアンドロイド、セバスチャンが穏やかに言った。
「とはいえお嬢様はヴィンス様のことをよくご存じないのでしょう? 一度や二度お付き合いしても、損はないのではないでしょうか。聞けばヴィンス様はただの御曹司というだけでなく、仕事面でも大変な努力家だとか」
「はーあ。とにかく今度の日曜はうちの親たちもヴィンスの両親もこの家に来るんだって! もううんざりしちゃうわ」
日曜日。アデラインの両親とヴィンスの両親はなごやかにうちとけて会話し、アデラインもヴィンスもときどき楽しげに口をはさんで、良いお見合いのムードとなっていた。
「アデライン、その辺を散歩しない? 見ればこの辺りはバラの花がたくさんあってきれいじゃないか」
「ええ、それにいいお天気だしね」
二人が出て行くのを、家族たちはやさしく見送った。
いっぽうセバスチャンは給仕に余念がなかったが、請われてアデラインのアルバムを取りに彼女の部屋に入っていった。
ピーヒョロロ、ピコーンピコーン、とテレビゲームの音が聞こえてきた。
見るとアデラインはベッドに横になって、あくびをしながらゲームをしているのだった。
「お嬢様、ヴィンス様とお出かけになったのでは!?」
「ああ、あれはあたしそっくりのアンドロイドよ。お見合いなんてかったるいから、最初っからあのアデラインは替え玉よ。だいじょうぶ、あのアンドロイドの知能回路は上等だから粗相することはないわ」
「お嬢様、このような結構な会合を無駄にしてしまってよいものでしょうか。お嬢様はまだお若いですが、いずれはご結婚なさるのでしょう。こんな機会でもなければ研究研究で忙しい毎日を送っておられますし」
「あのね、セバスチャン」アデラインは身を起こして真面目な顔で言った。「私は幸福というのは自分の手でつかまえるものだと思うの。誰かのお蔭で転がり込んできた幸福なんて、きっと身の丈に合わなくて、すぐに崩れてしまうんだわ。今回の件は、私がこれまで自分の手で得てきた幸せとは、わけが違う。最初っから、ずっとそれが気に食わなかったのよ」
「ふむ……」セバスチャンはしばし考え込んだ。「お嬢様が言われることも、分かる気がします」そういって彼は黙って部屋から出て行こうとしたが、ふと振り返り
「これはヴィンス様の細かな履歴を記したものです。いちおう目を通されてはいかがでしょうか」
「ふん? ああそう……ヴィンス・ジグラ。2×38年9月1日生まれ、二十六歳。父ジャック・ジグラはジグラ薬品工業創業者、祖父は鉱物学者サイモン・ジグラで……現住所はガーズ市ゾウホート通り281番……ヴィンスは大学卒業後父の会社に就職しまず開発部門で研究を重ね……ん!? ちょっと待って」アデラインは急に背筋を伸ばし、目を丸くした。そして脱兎のごとく部屋から駆け出し「ちょっとヴィンスのところに行ってくる!」
アデラインがアンドロイドと連れ立って歩いているヴィンスに、息をはあはあ切らしながら追いついたのは、ちょうどバラ園の入り口あたりだった。
「あれ? アデライン! でもこっちは……」ヴィンスがうろたえていると、アデラインは替え玉をはねのけ「こ、これはアンドロイドなのよ。ご免なさい、急にお腹が痛くなったものだから、お散歩を代わってもらったの……わあ、見てみて、この黄色いバラきれい!」
「あ、ああ、きれいだね」ヴィンスはまだ目をぱちくりさせながらも、アデラインに腕を取られてバラ園の中へどんどん入っていった。
「すてきね。それにとてもいい匂い。ここは広場になってるの……ねえねえ、バドミントンやらない?」
セバスチャンが持ってきたラケットと羽根で、二人はバドミントンを始めた。はじめ狐につままれたような顔をしていたヴィンスも、アデラインの勢いにのせられ、懸命に羽根を追いかけ、ゲームを楽しんだ。
日が傾き、そろそろ夕刻という頃。
「今日はもうおいとましなきゃならない。アデライン、また会えるね?」
「ええ、またお会いしましょうね。あ、それから」アデラインはスカートのポケットに手を突っ込んで、何かの種らしきものを取り出した。「これは幸せの木の種なの。私のうちには雌株が植わってて、これは雄株。あなたの家の庭にこれを植えれば、あなたとわたしはすえながく仲良くいられるのよ」といって彼女は微笑んだ。
「ふーん、幸せの木か。うん、きっと植えるよ」
ヴィンスは種を受け取り、二人は別れを告げた。
「お嬢様、今日はどうなさったのですか。ヴィンス様の資料をご覧になったとたんにお気が変わられたようですが」とセバスチャン。
フンフンフン、と鼻歌を歌いつつポットからお茶を注ぎながら、アデラインは「うん、運命のひらめきっていうのかしら。それだけ」
数日間アデラインはなぜか天気ばかり気にしていたが、ある晩急に白い作業服にライト付のヘルメット、といういでたちで「ちょっと出かけてくるから」と言ってひょいと庭に消えていったのを、セバスチャンはきょとんとして見送った。
彼女の行き先は、庭に生えているくねくねした妙な木の根元で、そこにぽっかり開いた大きな穴にライトをつけてもぐりこんで行った。最初は四つん這いになって進んでいったアデラインだったが、だんだんと穴は大きくなり、それとともに通り道は横に横に伸びていった。やがて彼女がまっすぐ立って歩けるほどになり、それは立派な地下道といえた。アデラインはスコップを肩にかついで、ランランランと歌を口ずさみながら進んでいった。
「もうすぐジグラ家の地下ね。ヴィンス、あの種をどこに植えたのかな」
暗闇の向うに、人が立っていた。そしてその人物は
「やあ、アデライン」と声をかけてきた。ヴィンスだった。黒っぽい石を、手でもてあそんでいる。
「あなた、なんでここにいるの!? というか、知ってたの?」
「ああ、知ってたさ。僕はこれでも大学では植物学を専攻していたからね。あの種は幸せの木なんかじゃない。すぐに分かったさ。あれはレケレケの木、学名をピヌス・レケレケンシス、世にも珍しい地下道を作る木さ。この木の雄株はいちばん近い雌株をさがして根を伸ばす。そして中が空洞になった根で互いにつながるんだ。なんで君がこんなものを僕に渡すのかって思ったよ。そしたら、土の中からこんな石が出てくるじゃないか。調べてみたら、これはダイヤモンドの原石だったよ。君はここにダイヤの鉱脈があるって知ってたんだね。僕もここで穴を掘るまで気付かなかったというのに」
「え、ダイヤ? なんのこと? ……ってごまかそうとしてももう遅そうね。そう、実はダイヤを掘りたかったの。うちにはいろんな鉱物を探す特殊な機械があるのよ。あなたの住所の近辺には前から興味があったの。でも人の地所だし、勝手に掘れないでしょ。ね、このことが公になったらダイヤを掘っても政府に税金をたっぷり取られるんだし、二人だけの内緒にして、二人のものにしない?」
「さて、どうするかな……実は、この原石からこんなものを作ったんだ」と言って、ヴィンスはきらりと光るものを取り出した。ダイヤの指環だった。「これは婚約指環。アデライン、僕は君がますます好きになったよ。可愛らしくって賢くって。これを受け取ってくれたらダイヤは半分あげる」
「え……それとこれとは話が別でしょ、それにあたしはあなたをだまそうとしたのよ」
「そこがいいんだよ」
二人が指環を間に向かい合っていると、暗闇からにゅっと手が突き出てきて、その指環をつまみあげた。
「これはわしのじゃ」闇から現れたのは、背の低い、白髪と白ひげがぼうぼうに伸びた、汚いなりをした老人だった。
「お爺ちゃん!」ヴィンスが叫んだ。
「というと、鉱物学者のサイモン・ジグラさん?」とアデライン。
「でも、お爺ちゃんは二十年前に死んだはず……」
「おお、地下で鉱物採集をしてたら地盤が急に崩れおってな。だがわしは死にはしなかった。そのまま地下で珍しい鉱物を探している間に、このダイヤの鉱脈にぶつかったのだ。しかしここの岩盤では原石の採掘は困難での。しかし、鉱脈を見つけたのはわしだ。だからこれはわしのものだ。ここのダイヤはすべてわしのものだ。わしの邪魔をするものは誰であろうと容赦はせん」といってサイモン氏は拳銃をふところからとりだし、二人に突きつけた。そしてカッカと笑いながら立ち去ろうとした。
「あのサイモンさん、ちょっと話し合いましょ! ねえサイモンさん!」アデラインが叫んだが
「わしからダイヤを分捕ろうと思っても無駄だよ、お嬢ちゃん」そしてふたたびケケケと笑い暗闇に消えていった。
数日後。アデラインからヴィンスにメールが届いた。
「私のところに、特殊な酸を使って素早くダイヤを採掘する装置があります。これでサイモンさんにご協力できるとヴィンスさんからお話してもらえないでしょうか」
ヴィンスから返信。
「祖父は何十年も地下で暮らし、他人が信用できなくなっているようです。そして、祖父が生きていると分かった以上、この地所は祖父のものです。残念ながら法的にもダイヤはすべて祖父のもの、ということになりそうです。しかし拳銃を片手に地下で頑張っていられると、われわれも手が出せませんね」
アデラインから返信。
「お爺さんは人間の愛情に飢えているのだと思います。いちどお二人で我が家においでになって、夕食をご一緒しませんか。お爺さんも聞いてもらいたい話がたくさんあるのではないでしょうか。そして採掘装置の実物もご覧に入れ、詳しくご説明します。ご都合いかがでしょうか」
ヴィンスから返信。
「祖父を地下から連れ出すなんて、難しいと思いますが……でもアデラインさんはやはりお優しい方ですね。いちど採掘装置のことを話してみます。興味を示すかもしれません」
しかし意外なことにサイモン・ジグラ氏は招待を受け、日曜日の晩ヴィンスとともにアデライン邸にやってきた。サイモン氏はシチューを美味そうにたいらげ、鉱物のさまざまな話を夢中になって語った。そして食後のワインを飲みながら、三人は実験室にある採掘装置を見に行った。
「このノズルから高速で強い酸を射出することで、もろい岩盤の中からでも目的の鉱物をあっという間に取り出すことが出来るんです」アデラインは説明した。
「あっという間というと、あの鉱脈全体からダイヤを取り出すのにどれぐらいかかるだろうか」サイモン氏が尋ねると、
「おそらく三、四時間でしょうね」
サイモン氏は目を丸くした。「それはすばらしい! アデラインさん、あなたは本当の才能の持ち主だ。こんなお嬢さんの手からこんな凄い機械が生み出されるとは! 後世畏るべしとはこのことだ」
「いえいえ、この発明も……もとはといえばドイツのジーゲル博士の研究に負っているところが多くて……ふわぁ……なんだか眠くなってきました、飲みすぎたのかしら」
やがてアデラインは研究室の椅子にこしかけ、グラスを落としテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
三時間後。
「あれ? あたしいつの間に……」とアデラインはつぶやいて、時計を見た。そして研究室から採掘機がなくなっているのに気づき、飛び上がらんばかりに驚いた。「なんてこと! セバスチャン、セバスチャン!」
「いかがなさいました」
「わたしの採掘機は? サイモンとヴィンスはどこに行ったの?」
「お嬢様が眠っておいでの間に、サイモン氏はお嬢様から借りたのだとおっしゃって、採掘機を持っていかれましたが」
「ちょっと待って!」アデラインは走って庭のレケレケの木のところに行き、ジグラ邸の地下を大急ぎで見に行った。ダイヤの鉱脈はあちこちに穴が開けられ、ダイヤが残らず採掘されているのが見て取れた。
ドレスを泥だらけにして、アデラインは自宅に戻ってきた。
「わたし、サイモンのグラスに眠り薬を入れておいたのよ」
「そのようですね」とセバスチャン。
「そのようですねって、だったらこれはどうしたわけ? なんであたしが眠りこけてたのよ?」
「サイモン氏がグラスをそっと取り替えられたのですよ」
「は? なんでわたしに教えてくれなかったのよ!」
「お嬢様はおっしゃいました。誰かのお蔭で転がり込んできた幸福など、身の丈に合わなくてすぐに崩れてしまうものだ、と。もっともでございます。そしてそれならば、サイモン氏がグラスを取り替えたのに気付かなかったお嬢様には、今回のダイヤモンドによる富も、身の丈に合わないものだと申せましょう」
「もう! セバスチャンなんか大っ嫌い!」アデラインは叫んで、いつまでもドンドンとテーブルを叩き続けていた。
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
アデライン 天才科学者にして絶世の美女。十九歳。
セバスチャン アデラインの執事。彼女によって造られたアンドロイド。
アデラインとダイヤモンド争奪戦
ジグラ薬品社長の子息で、同社の専務を務めるヴィンス・ジグラ氏が、アデラインに突如求婚した。求婚というと言い過ぎかも知れない。結婚を視野に入れたお付き合いを、という申し出が、アデラインの父マクス氏のもとに届いたのである。ヴィンスはまだ二十六歳。十九歳のアデラインとは若干年が離れているが、つりあわないということはない。
「まったく父親の元に結婚の申し込みだなんて、いったい何百年昔の習慣なのよ? それに彼とはパーティで二三回顔を合わしただけ。どれだけ自惚れ屋さんなのかしら! それにお父さんもお父さんよ! 大会社の子息というだけで『アデライン、ぜひお付き合いなさい』だって!」
アデラインが憤慨していると、執事のアンドロイド、セバスチャンが穏やかに言った。
「とはいえお嬢様はヴィンス様のことをよくご存じないのでしょう? 一度や二度お付き合いしても、損はないのではないでしょうか。聞けばヴィンス様はただの御曹司というだけでなく、仕事面でも大変な努力家だとか」
「はーあ。とにかく今度の日曜はうちの親たちもヴィンスの両親もこの家に来るんだって! もううんざりしちゃうわ」
日曜日。アデラインの両親とヴィンスの両親はなごやかにうちとけて会話し、アデラインもヴィンスもときどき楽しげに口をはさんで、良いお見合いのムードとなっていた。
「アデライン、その辺を散歩しない? 見ればこの辺りはバラの花がたくさんあってきれいじゃないか」
「ええ、それにいいお天気だしね」
二人が出て行くのを、家族たちはやさしく見送った。
いっぽうセバスチャンは給仕に余念がなかったが、請われてアデラインのアルバムを取りに彼女の部屋に入っていった。
ピーヒョロロ、ピコーンピコーン、とテレビゲームの音が聞こえてきた。
見るとアデラインはベッドに横になって、あくびをしながらゲームをしているのだった。
「お嬢様、ヴィンス様とお出かけになったのでは!?」
「ああ、あれはあたしそっくりのアンドロイドよ。お見合いなんてかったるいから、最初っからあのアデラインは替え玉よ。だいじょうぶ、あのアンドロイドの知能回路は上等だから粗相することはないわ」
「お嬢様、このような結構な会合を無駄にしてしまってよいものでしょうか。お嬢様はまだお若いですが、いずれはご結婚なさるのでしょう。こんな機会でもなければ研究研究で忙しい毎日を送っておられますし」
「あのね、セバスチャン」アデラインは身を起こして真面目な顔で言った。「私は幸福というのは自分の手でつかまえるものだと思うの。誰かのお蔭で転がり込んできた幸福なんて、きっと身の丈に合わなくて、すぐに崩れてしまうんだわ。今回の件は、私がこれまで自分の手で得てきた幸せとは、わけが違う。最初っから、ずっとそれが気に食わなかったのよ」
「ふむ……」セバスチャンはしばし考え込んだ。「お嬢様が言われることも、分かる気がします」そういって彼は黙って部屋から出て行こうとしたが、ふと振り返り
「これはヴィンス様の細かな履歴を記したものです。いちおう目を通されてはいかがでしょうか」
「ふん? ああそう……ヴィンス・ジグラ。2×38年9月1日生まれ、二十六歳。父ジャック・ジグラはジグラ薬品工業創業者、祖父は鉱物学者サイモン・ジグラで……現住所はガーズ市ゾウホート通り281番……ヴィンスは大学卒業後父の会社に就職しまず開発部門で研究を重ね……ん!? ちょっと待って」アデラインは急に背筋を伸ばし、目を丸くした。そして脱兎のごとく部屋から駆け出し「ちょっとヴィンスのところに行ってくる!」
アデラインがアンドロイドと連れ立って歩いているヴィンスに、息をはあはあ切らしながら追いついたのは、ちょうどバラ園の入り口あたりだった。
「あれ? アデライン! でもこっちは……」ヴィンスがうろたえていると、アデラインは替え玉をはねのけ「こ、これはアンドロイドなのよ。ご免なさい、急にお腹が痛くなったものだから、お散歩を代わってもらったの……わあ、見てみて、この黄色いバラきれい!」
「あ、ああ、きれいだね」ヴィンスはまだ目をぱちくりさせながらも、アデラインに腕を取られてバラ園の中へどんどん入っていった。
「すてきね。それにとてもいい匂い。ここは広場になってるの……ねえねえ、バドミントンやらない?」
セバスチャンが持ってきたラケットと羽根で、二人はバドミントンを始めた。はじめ狐につままれたような顔をしていたヴィンスも、アデラインの勢いにのせられ、懸命に羽根を追いかけ、ゲームを楽しんだ。
日が傾き、そろそろ夕刻という頃。
「今日はもうおいとましなきゃならない。アデライン、また会えるね?」
「ええ、またお会いしましょうね。あ、それから」アデラインはスカートのポケットに手を突っ込んで、何かの種らしきものを取り出した。「これは幸せの木の種なの。私のうちには雌株が植わってて、これは雄株。あなたの家の庭にこれを植えれば、あなたとわたしはすえながく仲良くいられるのよ」といって彼女は微笑んだ。
「ふーん、幸せの木か。うん、きっと植えるよ」
ヴィンスは種を受け取り、二人は別れを告げた。
「お嬢様、今日はどうなさったのですか。ヴィンス様の資料をご覧になったとたんにお気が変わられたようですが」とセバスチャン。
フンフンフン、と鼻歌を歌いつつポットからお茶を注ぎながら、アデラインは「うん、運命のひらめきっていうのかしら。それだけ」
数日間アデラインはなぜか天気ばかり気にしていたが、ある晩急に白い作業服にライト付のヘルメット、といういでたちで「ちょっと出かけてくるから」と言ってひょいと庭に消えていったのを、セバスチャンはきょとんとして見送った。
彼女の行き先は、庭に生えているくねくねした妙な木の根元で、そこにぽっかり開いた大きな穴にライトをつけてもぐりこんで行った。最初は四つん這いになって進んでいったアデラインだったが、だんだんと穴は大きくなり、それとともに通り道は横に横に伸びていった。やがて彼女がまっすぐ立って歩けるほどになり、それは立派な地下道といえた。アデラインはスコップを肩にかついで、ランランランと歌を口ずさみながら進んでいった。
「もうすぐジグラ家の地下ね。ヴィンス、あの種をどこに植えたのかな」
暗闇の向うに、人が立っていた。そしてその人物は
「やあ、アデライン」と声をかけてきた。ヴィンスだった。黒っぽい石を、手でもてあそんでいる。
「あなた、なんでここにいるの!? というか、知ってたの?」
「ああ、知ってたさ。僕はこれでも大学では植物学を専攻していたからね。あの種は幸せの木なんかじゃない。すぐに分かったさ。あれはレケレケの木、学名をピヌス・レケレケンシス、世にも珍しい地下道を作る木さ。この木の雄株はいちばん近い雌株をさがして根を伸ばす。そして中が空洞になった根で互いにつながるんだ。なんで君がこんなものを僕に渡すのかって思ったよ。そしたら、土の中からこんな石が出てくるじゃないか。調べてみたら、これはダイヤモンドの原石だったよ。君はここにダイヤの鉱脈があるって知ってたんだね。僕もここで穴を掘るまで気付かなかったというのに」
「え、ダイヤ? なんのこと? ……ってごまかそうとしてももう遅そうね。そう、実はダイヤを掘りたかったの。うちにはいろんな鉱物を探す特殊な機械があるのよ。あなたの住所の近辺には前から興味があったの。でも人の地所だし、勝手に掘れないでしょ。ね、このことが公になったらダイヤを掘っても政府に税金をたっぷり取られるんだし、二人だけの内緒にして、二人のものにしない?」
「さて、どうするかな……実は、この原石からこんなものを作ったんだ」と言って、ヴィンスはきらりと光るものを取り出した。ダイヤの指環だった。「これは婚約指環。アデライン、僕は君がますます好きになったよ。可愛らしくって賢くって。これを受け取ってくれたらダイヤは半分あげる」
「え……それとこれとは話が別でしょ、それにあたしはあなたをだまそうとしたのよ」
「そこがいいんだよ」
二人が指環を間に向かい合っていると、暗闇からにゅっと手が突き出てきて、その指環をつまみあげた。
「これはわしのじゃ」闇から現れたのは、背の低い、白髪と白ひげがぼうぼうに伸びた、汚いなりをした老人だった。
「お爺ちゃん!」ヴィンスが叫んだ。
「というと、鉱物学者のサイモン・ジグラさん?」とアデライン。
「でも、お爺ちゃんは二十年前に死んだはず……」
「おお、地下で鉱物採集をしてたら地盤が急に崩れおってな。だがわしは死にはしなかった。そのまま地下で珍しい鉱物を探している間に、このダイヤの鉱脈にぶつかったのだ。しかしここの岩盤では原石の採掘は困難での。しかし、鉱脈を見つけたのはわしだ。だからこれはわしのものだ。ここのダイヤはすべてわしのものだ。わしの邪魔をするものは誰であろうと容赦はせん」といってサイモン氏は拳銃をふところからとりだし、二人に突きつけた。そしてカッカと笑いながら立ち去ろうとした。
「あのサイモンさん、ちょっと話し合いましょ! ねえサイモンさん!」アデラインが叫んだが
「わしからダイヤを分捕ろうと思っても無駄だよ、お嬢ちゃん」そしてふたたびケケケと笑い暗闇に消えていった。
数日後。アデラインからヴィンスにメールが届いた。
「私のところに、特殊な酸を使って素早くダイヤを採掘する装置があります。これでサイモンさんにご協力できるとヴィンスさんからお話してもらえないでしょうか」
ヴィンスから返信。
「祖父は何十年も地下で暮らし、他人が信用できなくなっているようです。そして、祖父が生きていると分かった以上、この地所は祖父のものです。残念ながら法的にもダイヤはすべて祖父のもの、ということになりそうです。しかし拳銃を片手に地下で頑張っていられると、われわれも手が出せませんね」
アデラインから返信。
「お爺さんは人間の愛情に飢えているのだと思います。いちどお二人で我が家においでになって、夕食をご一緒しませんか。お爺さんも聞いてもらいたい話がたくさんあるのではないでしょうか。そして採掘装置の実物もご覧に入れ、詳しくご説明します。ご都合いかがでしょうか」
ヴィンスから返信。
「祖父を地下から連れ出すなんて、難しいと思いますが……でもアデラインさんはやはりお優しい方ですね。いちど採掘装置のことを話してみます。興味を示すかもしれません」
しかし意外なことにサイモン・ジグラ氏は招待を受け、日曜日の晩ヴィンスとともにアデライン邸にやってきた。サイモン氏はシチューを美味そうにたいらげ、鉱物のさまざまな話を夢中になって語った。そして食後のワインを飲みながら、三人は実験室にある採掘装置を見に行った。
「このノズルから高速で強い酸を射出することで、もろい岩盤の中からでも目的の鉱物をあっという間に取り出すことが出来るんです」アデラインは説明した。
「あっという間というと、あの鉱脈全体からダイヤを取り出すのにどれぐらいかかるだろうか」サイモン氏が尋ねると、
「おそらく三、四時間でしょうね」
サイモン氏は目を丸くした。「それはすばらしい! アデラインさん、あなたは本当の才能の持ち主だ。こんなお嬢さんの手からこんな凄い機械が生み出されるとは! 後世畏るべしとはこのことだ」
「いえいえ、この発明も……もとはといえばドイツのジーゲル博士の研究に負っているところが多くて……ふわぁ……なんだか眠くなってきました、飲みすぎたのかしら」
やがてアデラインは研究室の椅子にこしかけ、グラスを落としテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
三時間後。
「あれ? あたしいつの間に……」とアデラインはつぶやいて、時計を見た。そして研究室から採掘機がなくなっているのに気づき、飛び上がらんばかりに驚いた。「なんてこと! セバスチャン、セバスチャン!」
「いかがなさいました」
「わたしの採掘機は? サイモンとヴィンスはどこに行ったの?」
「お嬢様が眠っておいでの間に、サイモン氏はお嬢様から借りたのだとおっしゃって、採掘機を持っていかれましたが」
「ちょっと待って!」アデラインは走って庭のレケレケの木のところに行き、ジグラ邸の地下を大急ぎで見に行った。ダイヤの鉱脈はあちこちに穴が開けられ、ダイヤが残らず採掘されているのが見て取れた。
ドレスを泥だらけにして、アデラインは自宅に戻ってきた。
「わたし、サイモンのグラスに眠り薬を入れておいたのよ」
「そのようですね」とセバスチャン。
「そのようですねって、だったらこれはどうしたわけ? なんであたしが眠りこけてたのよ?」
「サイモン氏がグラスをそっと取り替えられたのですよ」
「は? なんでわたしに教えてくれなかったのよ!」
「お嬢様はおっしゃいました。誰かのお蔭で転がり込んできた幸福など、身の丈に合わなくてすぐに崩れてしまうものだ、と。もっともでございます。そしてそれならば、サイモン氏がグラスを取り替えたのに気付かなかったお嬢様には、今回のダイヤモンドによる富も、身の丈に合わないものだと申せましょう」
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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