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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:29:36

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No.350
2010/09/12 (Sun) 21:21:03

塞下曲 其二  李白

天兵下北荒 胡馬欲南飮
横戈從百戰 直爲銜恩甚
握雪海上餐 拂沙隴頭寢
何當破月氏 然後方高枕

天子の軍隊は北方の荒地へ出動し、
えびすの馬は南に水を飲みに来ようとして衝突する。
戈(ほこ)をかまえて百回の戦闘に参加するのは、
ただ天子の恩を深く心にきざんでいるためだ。
湖のほとりでは、雪を握って食べ、
ゴビの砂漠のあたりでは、砂をかぶって寝る。
いつになったら月氏を破り、
そうしてはじめて、枕を高くして眠ることができよう。

(武部利男訳)

われわれが蘇将軍にひきいられ、西北方の外敵である月氏の討伐に出発したのは秋の初めごろだった。玉門関を出て石や砂だけの荒地をひたすら行軍し、幾日たったころだろうか。ある霧深い夕暮れ、突然巨大な老婆の顔がゆく手に現れた。
「いますぐ立ち去れ、さもなくば全員命を落とすことになるぞ、手遅れにならぬうちに立ち去るのじゃ」
白髪をふり乱し青白く光る老婆の顔には、おどろおどろしいものがあった。
「なんだ、今のは」馬を止めた将軍がつぶやいた。兵員の多くは悪霊に取りつかれたような顔をして、怖気づいたようだった。ただ一人、副官の李岳(りがく)というものが平然として言った。
「こういう霧の日には、ごくたまに今のような幻影が見えることがある。光の加減で婆さんの顔が大うつしに霧に反射しただけのことだ」
「そうか。では進むぞ」蘇将軍が号令をかけ、一行はふたたび前進し始めた。
と、そのとき、シュッという鋭い音がしたかと思うと、あろうことか先頭を行く将軍の体がばらばらになって吹き飛んでしまった。首や四肢や胴体が、人形のそれのようにあちこちに散らばるのを見て、あまりのことに一同はしばらく口が聞けなかった。と、ある者が急に震えだし悲鳴を上げ、逃げ去ろうとした。動揺が皆に広がる。
「うろたえるな!」副官の李岳が叫んだ。「これはかまいたちという現象だ。つむじ風が起きたとき、いっしゅん周囲が真空になって、人間の体を切り裂くことがあるのだ」
副官はわれわれを睨みつけ「今からわしがこの軍の指揮をとる。予定通り行軍を続けるのだ」と言った。しかたなくわれわれはとぼとぼと歩き出した。
「ぎゃーっ」兵士の一人が叫び、そいつの首が吹き飛んだ。熱い血しぶきが皆の顔にふりかかる。
「副官、これもかまいたちですか!?」一同はざわついた。
私はそのとき、遠い岩陰に、青い服を着た小さな男が隠れるのを見た。そのことを李副官に告げると、
「ひょっとするとこれは月氏の新兵器かも知れん。青い服の男を見たらしとめるのだ。弓の用意だ」
するとほどなく岩陰から青いこびとが姿を現し、大きなひょうたんのような物をわれわれに向けた。一斉に矢が放たれたが、こびとにはまったく当らず、ひょうたんからシュッという音がしたかと思うと、またもや二名の兵士の体がばらばらになって吹き飛んだ。
「岩陰に隠れろ!」副官が叫び、われわれは必死に岩かげに飛び込んだ。
青い服のこびとは、今度は砂利のようなものを地面にたたきつけた。すると、地面のそこここから白い骸骨が姿を現した。手には長剣を持っており、それでわれわれに襲い掛かってきた。
必死に応戦したが、なにせ相手は骨だけの体だから、少々斬っても突いてもいっこうにこたえない。わたしは相手になった骸骨の首をはねることに成功した。するとそいつはこちらが見えぬらしく、見当違いのところを斬りつけるばかりだった。わたしは他の仲間に加勢し、一体また一体と敵の骸骨を倒していった。ようやく骸骨軍団を全員倒したときには、みな息も絶え絶えだった。味方の多くも骸骨兵士に殺されてしまい、あちこちに死体が転がっていた。
「副官どの、われわれは化け物を相手に戦っています。今のうちに退却したほうが得策ではないでしょうか」
「この世に化け物などいてたまるか」現実主義者の李岳は吐き捨てるように言った。「はるか西方には大秦国という大国があるそうだ。きっとそこでは科学が大いに発達し、それが月氏にも伝わっているのだろう。今の骸骨兵士も、高度なからくり人形に違いない。みんな、怖気づくな」
そのとき遠くで戦況を見ていた青い服のこびとが、青い頭巾をかぶって両手をあげるのが見えた。するとオレンジ色に輝く円盤がはるかかなたから猛スピードで飛んできて、黄色い光線であっというまにこびとを吸い上げ、円盤内に収めた。
「見てください!」私は円盤を指さした。
円盤は垂直に上昇し、いったん停止すると、雷のようなものを数条、機体から発した。そして来たときと同様、猛スピードで北方の空に消えていった。
みな唖然としてそれを見つめていた。ややあって、雨が降り出した。不思議に熱い雨だった。
「副官、いかがなさいますか」
李副官は何も答えない。呆然と雨に打たれるばかりである。
「ウ……ウウ……」どこからか、不気味に低いうめき声が聞こえてきた。あたりに横たわるいくつかの味方の遺体から、その声は発せられていた。心臓をえぐられ、あるいははらわたを露出させて血の海に横たわっているその者たちは、誰がどう見ても死んでいた。それが、うめき声を上げて四肢を動かし、起き上がろうとしている。
「死体が、死体が!」みな半狂乱になって叫んだ。
幾人かの死人が立ち上がり、目はよく見えぬようだったが、生きた仲間を見つけると咬みつき始めた。
「ぎゃーっ」肩やふくらはぎの肉を死人に食いちぎられ、絶叫する兵士。
われわれはそれを見るともう耐え切れなくなり、もと来た東のほうへいっせいに逃げ出した。
「待て、逃げるな!」李副官は叫んだが、誰も戻ろうとする者はいない。やがて四五名の生ける死人に取り押さえられ、はらわたや四肢の肉をむさぼり食われていたのが、李副官を見た最後だった。

われわれ兵士たちは、ひたすら故郷の中原に向かって歩いた。ほうほうのていで逃げてきたわれわれは、装備を置いてきてしまい、砂漠を何日も水なしで歩かなければならなかった。しかし故郷に戻ったところで、われわれのした怪異な体験を皆に信じてもらえるかどうか? 敵前逃亡と見なされ、極刑に処されるかも知れない。しかしそうはいっても、他に行くところはない。
飢えと渇きが極限に達しようかというとき、かなたに玉門関の関所が見えてきた。
とりあえず、助かった。みな安堵のため息を漏らした。
「われわれは月氏の討伐軍の者です……蘇将軍は戦死なさいました」
関所の重い扉が開いた。
「とりあえず、水をいただけないでしょうか」仲間の一人が言うと、関所の役人が奥から姿を現した。その役人は異様に青白い顔をし、白い目をして、服の胸のあたりが血だらけだった。屍臭がむっと迫ってくる。
「こいつも、死んでいる!」
仲間の一人は、歯をむき出した関所の役人にあっという間に肩の肉を食いちぎられた。
すると関所の扉の奥から生ける死人の大群がわっと現れ、われわれに襲い掛かってきた。

(おわり)

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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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