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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:41:52

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No.38
2009/10/16 (Fri) 00:04:48

岳滅鬼(がくめき)  広瀬淡窓

杳杳又冥冥
唯疑入大隧
奔泉心暫醒
危石足頻躓
密林一路無朝昏
群蛭吮人殷血痕
忽然白日翻衣上
樹杪拆処天如盆

どこまでも暗く 何も見えず
てっきり大きな隧道に入ってしまったのかといぶかるばかり
勢いよく流れ落ちる滝に肝を冷やしたり
そそり立つ岩にしばしば足がすくむ
密林は果てしなく続いて 朝なのか夕暮れなのかも分からず
群がる蛭(ひる)は私の血を吸い放題に吸って どこも血の痕だらけ
そのうち思いがけなく太陽の光が私の着物の上で翻り
ふと見上げると樹木のこずえがぽっかり開いたところに 皿のように小さく丸い青空


宮廷からの帰途、裏門から出て通ったことのない山道を進んだら、どんどん道が細くなって、鬱蒼と茂る木々のために辺りは真っ暗になっていった。そして湿気の多い道を進んでいるうち、気がつくと蛭に体中をかまれて血だらけになっていた。宮殿の近くにこのような場所があったとは思ってもみなかったが、しばらく行くと小川があったからそこで傷口を洗うことにした。すると血の匂いをかぎつけたピラニアと思しき魚が群れを成して襲ってきた。わたしは足を無数のピラニアに咬まれ、あっという間に膝の下の白骨がむき出しになった。私は命からがら密林を抜け出したが、そのころはとっぷり日が暮れていた。暗くてよく見えなかったが、辺り一帯は腐臭を放つ泥土がどこまでも広がっているらしかった。自由が利かなくなった下半身を引きずって、両腕で這っていく私。とりあえず星明りでぼんやりと見える巨木を目標に進んでいった。耐え難い腐臭が鼻をつき、私は自分の両足がどうなってしまうのか心配だった。二三時間這って進むと、巨木の根元にどうやらたどり着いた。そこには人がゆうに入れるぐらいの大きな穴があいており、中は乾いて快適そうだったから中に入っていった。私はおそるおそる自分の下半身に触ってみた。私の体はへそ辺りまでとっくに擦り切れ、もう上半身だけの人間になっていた。ところが不思議と気分が滅入ることはなかった。ふと思いついて、中空になった巨木の中の、固い蔦をつたわって私は上へ上へと昇っていった。何がそうさせたのかはよく分からない。まもなく私は木の落とし戸に触れた。ここは人家なのだろうか。それを何とか押し上げて、階上に登ると、巨木の大きな節穴から月明かりがさしていた。そこには大きな書架が見え、黴臭い革表紙の古い書物がたくさん並んでいた。夜が明け、朝日が節穴から差し込んできてもそこを立ち去る気にはなれなかった。それらの書物は魔術的な力で私の好奇心を捉えてしまっていたのである。アラム文字やヘブライ文字で書かれたそれらの書物は、はじめはちんぷんかんぷんだったが、読み解く時間はいくらでもあった。私はやがてアッシリアの魔術に通暁するようになり、巨木の周辺に棲む虎やライオンを子猫同様に手なずけ、不思議な香木から生命力を得る術を身につけた。天を摩する巨木からは、ときおり天の雷の力を得て、そういう時は雨に打たれながら浩然の気をいっそう養った。私はさらに多くの魔術書に読みふけり、やがて尻から糸を吐くようになった。そして大木の枝から枝へと巣を張って鳥や獣を捕らえては食べた。
私はやがて、自分の身につけた術を自分一個のために役立てるだけでは満足できなくなった。私は長年住み慣れた巨木を離れ、人里を求めてさまよった。ある夜、荒野に一軒建つ古い城館から灯りが漏れ、若い男女の歓声が聞こえてくるのに気がついた。私はためらわずに城館に入っていった。とたんに絹を引き裂くような叫び声が起こった。そこに集っていたと思われた男女は実はいたちの集団であった。いたちの分際で音楽をかき鳴らしワインを傾けていたのである。いたちは私を見て、慌てふためいて逃げまどった。私は彼らを蹴散らし、広間に入っていった。そこにはすでに誰もおらず、大きな姿見があるだけだった。そして蝋燭に照らされた鏡面に写っていたのは大きな毒蜘蛛であった。私はいつの間にか、大きな黒い毒蜘蛛になってしまっていたのである。しかし私は悲観しなかった。多年の魔術修行によって、自分の外見にとらわれるがごとき小さな心はとっくに滅していたのである。私はその城館に、蜘蛛男爵と名乗って住まうことにした。その地方ではなかなかの名士として今も暮らしている。

(終)

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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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