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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 18:16:30

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No.438
2011/06/25 (Sat) 01:54:05

 大地震により日本各地のシェルターは甚大な被害をこうむった。磯野家の住むS地区は大規模な落盤があり、ライフラインは絶たれ、ほとんどの住民が死に絶えるか、行方不明になった。磯野家の人々は幸い生き残ったが、もはやここには住めないと判断し、どこへ続くか誰も知らぬ、暗く細い通路を通って西へと旅立った。
 波平、フネ、サザエ、カツオ、ワカメ、タラちゃんの六人は手を握り合って進んだ。片足を食料に差出した波平は義足のため歩行が不自由だったが、家長として先頭に立ち、懐中電灯で辺りを照らしながら歩く。これがどういう通路でどこに向かっているのか皆目分からなかった。どこかで行き止まりになったら、もう彼らに行く場所はない。
 ぽたり、ぽたりと水滴の落ちる音がした。
「水脈があるのかも知れんぞ」と波平。
 カツオが水をなめてみると「げえ、これ塩水だよ」
「ずいぶん歩いたからな。ひょっとしたらここは海の下かも知れん」
「道が分かれてるわよ」
 サザエが指摘したとおり、前方で道が三つに分かれていた。どれも同じような道だ。
「どこを通っていくの?」とワカメ。
「どれが安全な道か分からん。三つのグループに分かれて進もう」波平が答えた。
「ここでみんな別れるの? いやよ」
「いや、三時間歩いたらここに戻ってこよう。その上で居住区に通じていそうな道を改めて進もう」

 カツオとワカメは右の道、波平とフネは真ん中の道、サザエとタラちゃんは左の道を進んだ。

 カツオとワカメは、二時間ほど歩くと、前方が明るい開けた場所になっているのを発見した。真っ白なフロアがあって、そこは明らかに無事に生きながらえているシェルターだった。自動扉と思しきものがあって、エレベーター・ホールのようだった。
「おーい、誰かいますか」
 カツオが叫ぶと、自動扉が開いた。他に何の反応もないので、二人は恐る恐るその扉の中に入った。それは案の定エレベーターで、二人が乗ると静かに上昇を始めた。二分ほどするとそれは停止し、扉が開いた。そこには若い女性が立っていて目を丸くしていた。
「カツオ君にワカメちゃん!」
「うきえさん!」
 なんという奇遇だろう。うきえら伊佐坂家の人々も地下道を探検し、このシェルターにたどり着いていたのだ。
「他の磯野家の人たちは? それに二人ともひどくやつれているわ。こっちへ来て。食べ物をあげるから」
「わたしは、食べ物よりも、ヤクが……ヤクが切れてつらいの」ワカメが言った。
「ヤクもあるわよ」うきえはにっこりして言った。
「僕は早く何か食べたい」とカツオ。
 清潔なうきえの部屋で、ワカメはヤクの注射を受け、カツオはパンとチーズを腹いっぱい食べた。牛乳を飲んで一息し、やっと人心地がついたカツオが言った。
「ここは天国のようだね。S地区よりも設備が立派そうだし」
「ここには地下に楽園を作ろうと理想に燃えた人たちが世界中から集まっているの。立派な指導者がいるから、団結力が強いのよ」
「ところでうきえさん」カツオはヤクの快感で気絶したワカメを横目に見て言った。「ちょっと言いにくいんだけど、僕……」
「わかってるわ。溜まってるのね」うきえはいきり立ったカツオの股間を見て言った。その股間をズボンの上から手で軽くひと撫でして、うきえはにっこり笑った。「先にシャワー浴びてくるわね。それまでイっちゃ駄目よ」

 波平とフネは、一時間ほど歩いたところで前方から薄暗い光がもれているのに気がついた。開けたところに、プレハブの建物が建っている。
「すみません、誰かいませんか」波平が言った。すると建物の扉が開き、白い服を着た若い男が出てきた。
「ああ、旅のかたですね。どうぞこちらへ、さぞお疲れでしょう」男は波平たちの汚れた服を見て、同情して言った。二人は建物に入ると、椅子をすすめられた。
「さ、お茶です」男は二人にコップを差し出した。
「ご親切にありがとうございます」波平とフネは深々と頭を下げた。「ところでここはどこなんでしょうか」
「ここは核戦争以前から続く医科大学の地下施設でしてね。今でも医学生を教育してるんですよ」
「それはいいところに来た。なあフネ」波平は感心して言った。
「まあ物資も不足していますし、医術もあの戦争以前のような万全なものとはいきませんがね」
「そうでしょうなあ」
「それより、お腹がすいてらっしゃるでしょう。食堂にご案内しましょう」
 白衣の若い男に連れられ、波平とフネは古めかしい廊下を歩いていった。
「どうも疲れたのか、足が痺れてきました。年でしょうか、いけませんなあ」波平が言うと「私も」とフネも膝を押さえながら言った。
 男はそれを無視して、廊下の突き当たりの大きな扉を開いた。
「さ、お入りください」
 そこはすり鉢状の大きな講堂で、若い白衣の男女たちが大勢席についていた。
「ここは何ですか。食堂じゃないみたいだが」
「おばさんはそこにかけてください。ご主人はここに横になって」
 波平は何か言おうとしたが、舌も痺れてきて声にならなかった。また体が言うことをきかず、男に促されるままにベッドに横になるほかなかった。看護婦と思しき二人の若い女が、素早く波平の服を脱がせる。
「さあ、医学生諸君。久しく手に入らなかった解剖の標本だ。近くに来てよく観たまえ」
 すると若い男女たちは、ノートを手にベッドの周囲に集まってきた。
「なんですって、解剖? それはいったいどういう……」フネが言ったが、誰もその言葉には応じなかった。
「まずみぞおちから正中切開」白衣の男は、無造作に波平の腹をメスで切り開いた。
「観たまえ。君たちが勉強している図版では肝臓はきれいなピンク色だが、飲酒の習慣がある場合、肝臓はこのように黒ずんでいる」
 学生たちは熱心にノートを取っている。
「この男は幸い長時間なにも食べていないから、胃を切り開いてみよう。観たまえ。これが実際の胃潰瘍だ。昔は胃カメラで簡単に観られたが、今はこういう機会はあまりないから、よく観ておくように」
「先生、わたし脳が観たいです」一人の女子学生が言った。それはかつてカツオの同級生だった花沢だった。
「は……花沢さん! どうか主人を助けて!」体が痺れて動けないフネが、必死に叫んだ。しかし花沢は冷たい一瞥をくれながら、黒縁の眼鏡をずり上げただけだった。
「ああ、花沢君は脳外科が志望だったね。道具はそろってるから実地に頭蓋を開けてみたまえ」
 すると花沢はドリルと線ノコを使って頭蓋骨を取り外しにかかった。ギシギシという音を立てて、しだいに頭蓋骨が削られていく。波平は目を白黒させて手足を痙攣させていたが、やがて頭蓋が取り外され、ぶよぶよした大脳が露出した。
「先生、右脳と左脳を完全に切り離したら、人間はどうなるんですか」と花沢。
「ものは試し、やってみたまえ」
 花沢はメスを無造作に脳の中に突っ込み、次々神経を切り離していった。
「ぎゃーっ」何本目かの神経を切り離したとき、波平は目を飛び出さんばかりにして叫んだ。

 いっぽうサザエとタラちゃんは、三時間ほど道を進むと、行き止まりにぶつかった。しかし辺りを調べてみると、天井に落とし戸があるのに気がついた。マンホールの蓋のようなもので、相当に重かったが、なんとか開けることができた。
 そこは何年ぶりかで見る、地上の風景だった。二人は放射能を恐れて、ハンカチを口に当てた。空は青く、空気は澄んでいた。初夏の太陽が、さんさんと照っている。やや離れたところに、見慣れぬ円盤状の物体が見えた。二人が近づいてみると、それはゆうに直径二十メートルはあろうかという大きなものだった。そして不思議なことに、円盤は何の支えもなく地上三メートルぐらいのところに浮かんでいた。
 しばらくすると、円盤の下の面の中央から、タラップのようなものが滑り出してきた。そこから人間が降りてきた。
 サザエはその人物を見ると、恐怖のあまり気も狂わんばかりになって叫んだ。
「ぎゃーっ!」

(つづく)

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執筆陣
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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

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 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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