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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 17:53:36

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No.44
2009/10/16 (Fri) 01:02:13

 グレーのスーツを着た男がチャイムを鳴らすと、玄関からアデラインが姿を現した。白いTシャツに黒のショートパンツというラフな格好。
「どなた?」
「ndr博愛協会の者です。今回は、車椅子用斥力車を公共施設に寄付するため、皆様のお力添えをと思いまして」
「まあ、北ドイツ放送交響楽団のかた?」
「そのNDRではございません。博愛協会です。これをご覧になってください。『愛のフキン』です。たったの2000クレジットでございます」
「でも、そういうの間に合ってますし」
「ただのフキンではございません。陽電子を帯びた特別な糸で縫ってございまして、どんな汚れも簡単に落とすことができます」
「うーん、そうね……あ、ちょっとお上がりになりません? 立ち話もなんですし」
「いえいえ、ここで結構でございます」
「そんなこと仰らずに。あなたお名前は何と仰るの」
「ジェイムズ・ライトです」
「じゃ、ジェイムズ。いいこと、うちに上がってお茶を召し上がってくださいな。そのフキン、何枚でも買ってもいいかなって、そんな気分になるかも知れなくてよ」
「いや、急ぐのですが……いや、そんなに仰るのなら」
「お座りになって、ジェイムズ。ネクタイをお外しになったら。たくましい胸……そんな腕に抱かれる女性が羨ましいわ。わたし、胸がどきどきしてきちゃった。確かめてみる?」
「ああ、お嬢さん!」とジェイムズが言って手を伸ばすと、アデラインはするりと身をかわし、背を向けながらも思わせぶりな流し目で、
「女のあたしからこんなこと言うの、はしたないんだけど……あたしのベッドルームに来る勇気、おありになって?」
「お嬢さん!」ジェイムズがアデラインに抱きつこうとすると、手がすり抜け、彼はその場に派手に転んだ。
このアデラインは立体映像だったのだ。

「アハハハハ! 馬鹿な男!」屋敷の奥のモニター室で、一部始終を見ていたアデラインがケラケラと笑った。
「お嬢様、いい加減に男心をもてあそぶのはおやめになっては」セバスチャンが言った。
「だって、あのセールスマン、しつこいのよ。慈善事業だとか言って、まるで押し売りみたい。ちょっとは痛い目を見るがいいわ」

 そのとき、ガラガラという大音響とともに天井が割れ、大小の石材が二人の上に降りかかってきた。
「きゃーっ!」
 床に伏せ、どうやら軽症にとどまったらしいアデラインが叫んだ。
「何事!? セバスチャン、何が起こったの?」
「どうやら何者かが屋根から侵入した模様です」大きなコンクリートの下敷きになって、砂埃にまみれながらも表情一つ変えずセバスチャンが言った。
「やあ! 久しぶりだねえ、アデラインにセバスチャン」金髪に青白い顔をした少年が、開いたパラシュートを背に現れた。
「ジェローム!」アデラインが叫んだ。
「やあやあ、可愛い従弟が遊びに来てやったよ。アデライン、また一段と綺麗になったなあ」
「それどころじゃないわ! なんで天井を突き破って入ってくるのよ! あたしに恨みでもあるの!?」
「とんでもない、お姉さま。たまたま着地したところがここだったというだけで、他意はないのさ」
「セバスチャンはアンドロイドだから良かったものの、普通なら死んでたわよ!」
「いやいや、私は何ともございませんので」セバスチャンは、コンクリートの塊を難なくはねのけて立ち上がり、体の埃を払った。「お久しゅうございます、ジェローム坊ちゃま」
「おう、セバスチャン、元気だったかい? じゃ、喉が渇いたからアイスコーヒーでも飲ませてもらおうか」
「ちょっと、それよりあんた、どこから降ってきたのよ」
「ああ、寄宿舎の連中とね、ちょっとアルプスあたりに旅行に行こうかっていうんで、飛行機に乗ってたんだよ。でも俺、急に気が変わってさ。パラシュート背負って途中で降りてきたってわけ」
「あんたってほんと移り気ねえ。飛行機に乗ってて急にいなくなったら、みんな心配するわよ」
「だと思うよ。操縦してたのは俺だから」
「セバスチャン! すぐ助けに行って!」
「は!」セバスチャンは脱兎のごとく部屋を飛び出し、小型ジェット噴射機を背負ってあっという間に空のかなたに消えていった。
「はああ、さすがアデラインの造ったアンドロイドだ、俊敏だねえ……」
「感心してる場合じゃないわよ! あんた自分のやった事がわかってるの!?」
「はいはい、承知しておりますとも。一族きっての才媛アデラインにひきかえ、出来の悪い従弟のジェロームはどうせ馬鹿ばっかりやりますですよ」
 そのとき、アデラインの腕時計がビーッビーッという発信音を鳴らした。
「はい、あ、セバスチャン? ジェロームの飛行機に無事乗り移ったのね? みんなに怪我はない? 良かった……じゃ、あんたが操縦してみんなを帰してあげてね」
 アデラインはホッと胸をなでおろした。
「まったくもう……あんたにはほとほと呆れたわ」

 夜になってセバスチャンが戻り、アデラインとジェロームの食事の用意をした。
 ジェロームはスプーンでシチューをかき混ぜながら、
「なあ、アデライン、小遣いくれよ。10万クレジットぐらいでいいから」と、昼間大騒動を起こしたにも関わらず、図々しく言った。もっとも、アデラインも後には引きずらない性質だから、そんな言葉もケロリと受け流した。
「駄目よ。あんたももう十八でしょ。いつまでもお小遣いなんかねだるもんじゃないわ」
「儲けてるんだろ。この間も宇宙ハイジャックを捕まえてだいぶ褒美をもらったって、ニュースで言ってたぜ」
「自分で何とかしなさいって言ってるのよ。そのほうがあんたのためだわ」
「小遣いくれないって言うんなら、あの事みんなにバラしてもいいんだぜ。マスメディアもアデラインのゴシップとなれば、きっと放っておかないな」
 アデラインは少し頬を赤らめつつも、
「べ、別にいいわよ。もう何年も前のことだし」
「へー」ジェロームはワインをぐいと飲み干してから、話題を変えた。
「ときにアデライン、最近はどんな研究をやってるんだい」
「話せることはあまりないけど……そうね、政府の専有になったんだけど、空に広告を描く技術ってのを最近までやってたわ」
「なんだいそりゃ」
「災害情報とか、国民投票の告示とか、大事な情報を誰もが見るように、空に表示するのよ」
「へえ、そんなことが出来るもんかな」
「特殊な軽いワイヤーの入った、安定した霧のスクリーンを空に張るの。そこにいろんな文字を投射するのよ。空に大きく目立つ文字で書かれるんだから、嫌でも誰の目にも入るってわけ」

 その夜、ジェロームはアデライン邸に泊まった。午前三時ごろのこと。
「お嬢様、起きてください」
「ん、うーん……何、セバスチャン。何があったって言うの」
「何者かがこの屋敷に忍び込みました。黒い人影を見ましたが、取り逃がしました……面目ございません」
「え……警報装置はどうしたのよ」
「それが、昼間ジェローム坊ちゃまが天井を突き破ったとき、回路に故障が生じたものと思われます」
「何か盗まれたかしら?」
「それが何とも……」
「いいわ、あたしが確かめる」
 パジャマの上にカーディガンを羽織ったアデラインが、十五ある実験室を一つひとつ確かめていった。
「あ……空中広告投射機の試作品がひとつ無くなってる」
「被害はそれだけでございますか」
「どうもそのようだわ……危険な機械ではないけれど、政府が買い上げた特別なものだし、ちょっと困ったことになったわね」

 翌日の午後、北の空にピンク色の大きな文字で次のような文面が浮かんでいたものだから、アデラインはもちろん、街中の人々が驚きの声を上げた。

 LGS百貨店、この金・土・日はお客様感謝デー!! 
 全品30%~50% OFF !!!

「投射機を盗んだのはあそこだったのね……盗みを働いてまでこの三日間の売り上げをのばそうとは、太い根性だわ。セバスチャン、行くわよ!」
 二人はエア・カーを飛ばしてLGS百貨店へ行き、投射機を設置していると見られる屋上階に昇ろうとした。しかし地上五十階の屋上に対し、四十五階より上は立ち入り禁止、電磁バリヤーまで張ってあるという念の入りようだった。
「責任者と話をつけてくるわ」アデラインは百貨店の支配人に掛け合ったが、相手は「あの広告はうちの発明品です」の一点張り。
「投射機を見ればわたしの家から盗まれたものかどうか分かるわ」と言っても、逆に「当店の企業秘密です」と断られてしまった。

 作戦を練り直そうと、うらめしげに空の広告を振り返りながらアデラインが引き上げようとすると、彼女の腕時計から着信音が鳴った。
「どなた?」
「ジェロームだよ。今、空の広告を消してみせるから空を見てな」
 アデラインが見上げると、みるみるうちにピンク色の空の広告が消えていった。
「ジェローム、いったいどうやったの?」
「いや、友達の親父がLGS百貨店の大株主でね、そのコネを使って屋上に上がらせてもらって、隙を見て投射機のスイッチを切ったのさ」
「あなた、その投射機をそこから運び出せる? 四十五階まで来てくれたらこっちで何とかするわ」
「そいつはご褒美しだいだね」
「昨日のお小遣いの話? いいわ、10万クレジットぐらいの価値は十分にある働きだもの」
「いやいや、こいつは100万クレジットはもらわないとね。この装置を取り返さないと君の信用問題になるんだろ」
「100万って、そんなお金ないわ」
「嘘だろ。100万もらうまでここを動かないぞ。それとも、あの事みんなにバラそうか?」
「う……30万でどうかしら」
「アデラインは意外とケチなんだな」
「50万では?」
「もういいさ。空を見てみるんだな」
 百貨店の上空には、真っ赤な文字ででかでかと、次のような文字が浮かんでいた。

 アデラインは、十六歳のとき植物と話す装置を発明し、らっきょと意気投合し、ついには結婚を申し込んだ
 彼女のラブレターに曰く、ああらっきょさん、らっきょさん、あなたはなぜらっきょなの?
  

 がたがた肩を震わせているアデラインに、セバスチャンは恐るおそる話しかけた。
「ジェローム坊ちゃまの口座に100万クレジット振り込みましょうか?」
「好きにするがいいわ……ジェローム、覚えてらっしゃい」
 セバスチャンは、去っていくアデラインの、いつもよりちっぽけに見える背中を眺めやり、事態の後始末をどうつけようかとしばし考え込んでいた。

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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