『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.45
2009/10/16 (Fri) 01:05:50
セバスチャンが第九実験室の扉を開けた。
「お嬢様、お茶が入りました」
「あ、セバスチャン。ご免なさい、お茶はもう要らないわ」
「お嬢様? どこにいらっしゃるのですか?」
「ここよ、ここ」
「はて……」
「机の上を見なさい」
見ると、複雑な工作機械の上で、背たけが三センチほどの小さなアデラインが小さな机に座り、バーナーを使って作業していた。
「お嬢様、いったいどうなさったので」
「依頼があった医療用の極小ロボットを造ってるの。これ、組み立てるのにまず小さな工作機械を作り、それでさらに小さな工作機械を作り、それを使ってもう一段階小さな工作機械を作って、そのミニ機械でロボットを作ってたんだけど、それが故障しちゃって。面倒だからこの前の物質縮小装置で自分を小さくして、細かい作業をやることにしたの」
「しかしお嬢様、そのサイズでは周りの工具が倒れてきたりすると大変に危険です。どこかから這いこんできた虫に襲われるかも知れません」
「大丈夫だって。あたしも注意しながらやってるんだから」
「それに、物質縮小装置は人間の精神に変調を起こすのではありませんか」
「うん、それも改良したわ」
「しかし、わたくし、お嬢様が心配で目が離せません」
「じゃあ、そこにずっといて頂戴。でもむやみに話しかけないでね」
何時間もアデラインの慎重な作業が続き、いつしかアデラインは机の上で眠りこけ、セバスチャンはタオルの端を切り取って作った小さな毛布を、彼女の上にかけてやった。
彼女がスヤスヤ眠っていると、セバスチャンが声をかけた。
「お嬢様、起きてください」
小鳥がちゅんちゅん鳴いていた。もう朝だ。
「ウォルトン氏という方からお電話です。何でも亡くなったおじい様のことで重要なお話があるとか」
「うん……むにゃむにゃ……え、おじいちゃまの話?」アデラインは眠い目をこすりながら言った。
「じゃ、すぐ出るわ……っと、その前にあたしを元のサイズにして頂戴。そこに装置があるから」
セバスチャンが金色の小箱をアデラインに向け、光線を放つとみるみるうちに彼女は大きくなった。
「よっと」机から飛び降りたアデラインは、スタスタと実験室を出て行った。
「ウォルトン氏はなんと仰っていましたか?」
「うん、なんでも彼はおじいちゃまが亡くなったとき、共同で難破した宇宙船の財宝を探してたって言うの。大量のプラチナらしいわ。でも、それを発見した直後におじいちゃまの船が事故に遭って、亡くなってしまったの。その船からはプラチナは見つからなかった。ウォルトン氏はおじいちゃまの遺品を回収したけど、あたしたち遺族には内緒にしていた。遺品の中にプラチナのありかの手がかりがあるかも知れないってことでね。あたしたちには大変申し訳ないことをしたって言ってたわ。それで、今度その遺品を持ってくるから、何かおじいちゃまの遺言のようなものが隠されていないか見てほしいって言うのよ」
「ロジャーおじいさまが最後にそのような仕事をなさっておいでとは、聞き及んでいませんでした」
「あたしもよ。おじいちゃまは一匹狼のパイロットとして、危険な仕事、秘密の仕事をたくさんしてたしね」
翌日、ウォルトン氏がアデライン邸に現れた。背の低いがっしりした体つきで、四角い顔をした五十ぐらいの男だった。彼は名刺を差し出し、アデラインと一通りのあいさつを終えると、事情を話し始めた。
「亡くなったおじい様は、いわば私どもとチームを組んで仕事をしていたのです。私は、小さな宇宙船のリース会社を営んでいます。私が宇宙船をお貸しし必要経費を負担するかわりに、おじい様は難破船のプラチナを探索に行く。おじい様はそれを発見したらしい。百トンにも及ぶプラチナです。しかし土星付近で流星の被害に遭い、おじいさまは帰らぬ人となられました」
「そうだったんですか。わたくしどもも土星付近で難破したという事だけ存じておりました」
「おじいさまの見つけられたプラチナ、もちろん半分はおじいさまの物ですからご遺族にお返しします。しかしもう半分は、出資者たる私のものです。そのような契約でした。それで、ここにおじいさまの船から回収した遺品を持参してまいりました」
ウォルトン氏は黒いスーツケースを開けた。中には祖父ロジャーの腕時計やシガレット・ケース、ナイフ、指輪などの遺品が十数点収められていた。
「本来なら、おじいさまが亡くなられた後すぐにお返しするべきでした。しかし当時私どもの会社は経営の危機にあり、一刻も早くプラチナを見つけ出す必要があったのです。ご遺族の方には、遺品は何もなかったとお伝えしましたが、大変申し訳ないことをしました」
「ご丁寧に有り難うございます……わたくし、この遺品をじっくり調べてみますから、少しお時間いただけませんでしょうか。そう……一週間以内にはご連絡差し上げられると思います」
「結構ですとも。では、何か分かりましたら名刺にあります電話番号へご連絡ください」
アデラインは遺品の中から、直径五センチほどの円い金属板をつまみあげ、ふんふんと鼻歌を歌いながら客間から出て行った。第十五実験室に入ろうとするアデラインに、セバスチャンが尋ねた。
「お嬢様、その金属板に手がかりがあるのでございますか」
「そうよ。あなたも入ってようすを見ているといいわ」
アデラインが大きなスクリーンのついた装置に向かい、スロットに金属板を入れて幾つかのスイッチを入れると、画面には、多少画像が乱れてはいるが、髪の長い少女の顔が映し出された。
「驚いた? 十二歳のときのあたしよ」
画面の中の小さなアデラインが話しはじめた。
「どう? おじいちゃま、装置の付け心地は……うっとうしくない?」
「いや、まるで邪魔にならないよ。しかしこれで、本当にわしの体験がすべて記録されるのかね?」
「もう記録は始まってるのよ。おじいちゃまが今見ているあたしの顔、あたしの声、全部その機械の丸い板の中に収められてるのよ」
「わしが考えたこと、感じたことも全てかい?」
「ええ」アデラインがニコニコとあどけない笑顔を見せて答えた。
「お嬢様、この映像は……?」スクリーンを観ていたセバスチャンが言った。
「あたしが十二歳の頃ね、おじいちゃまがふと言ったの。自分は宇宙パイロットとして、何十年にもわたってさまざまな仕事をしてきた。危険な仕事、世にも珍しい体験も数多くしてきた。それを何とか記録に残したいが、自分には自叙伝などを作っている暇はなさそうだ……ってね。それであたしが、人間の見聞きしたこと、思ったこと感じたことをすべて記録する装置を考案して、おじいちゃまにプレゼントしたってわけ。自分で自叙伝を書いたり口述筆記させなくても、体験を思い出すだけでこのディスクに記録されるから、時間のないおじいちゃまにも人生の記録が残せるはずよって言ったら、おじいちゃますごく喜んでいたわ」
「では、今映っているのは、ロジャーおじいさまが初めてその装置をつけたときの映像ですか」
「そうよ。だから例の最後の冒険のときの映像を見れば、プラチナのありかも分かる」
「……お嬢様、差し出がましいようですが、一度その映像を止めていただけませんか」
「なぜ?」
「もし、プラチナがおじいさまの手によって何らかの処分をされたのなら、それはおじいさまのご遺志です。お嬢様といえども、勝手に覗き見るというのは如何なものでしょうか」
「うーん……」アデラインはしばし頬づえをついて考え込んだ。
「言われてみればその通りかも知れないわ。あたしも、大好きなおじいちゃまの頭の中を好き勝手に覗き込むのはなんだか気が進まない。じゃ、こうしたらどうかしら。このディスクには、おじいちゃまの記憶やものの感じ方が収められている。このディスクを頭脳回路に組み込んだロボットを作れば、おじいちゃまそっくりの記憶と考え方を持つはずだわ。そのロボットにプラチナのことを尋ねてみるっていうのはどう? 彼が答えたくなければ、きっと答えないでしょうし」
「そのロボットはおじいさまとほぼ同じ人格を持っているわけでございますね」
「まあそうね」
「ただ、そうやってロボットとして蘇ったおじいさまに、ただプラチナのありかをきくためだけに生き返らせられたと感じさせるのは残酷かと存じます。生前のおじいさまに対するのと同じような敬慕を持って接していただきたいものです」
「まあ、いやにロボットの肩を持つのね」
「わたくしもアンドロイドですから」
下手に人間に似せたロボットとしてロジャー祖父を蘇らせるのは、かえって残酷かもしれない……そう思ってアデラインは、黒い箱型の、上部にセンサーのついたシンプルな形のボディにディスクを組み込んだ。移動は車輪で行う。
「おじいちゃま、おじいちゃま」ロボットの電源を入れたアデラインが、恐るおそる話しかけた。
「ん、うむ……ここはどこだ? わしはバウンティ号のブリッジにいたはずだが」
「バウンティ号は大破したの。ここは地球よ」
「む……思い出した……右舷からの流星をよけきれずに、船は致命的な損傷を負った。わしは助かったのか?」
「それが言いにくいんだけど……おじいちゃまはそのとき死んでしまったの。今、記録ディスクを使って意識を取り戻したのよ……」
「まだ状況がよく飲みこめん……しかし、お前さんは誰だ?」
「アデラインよ」
「孫娘のアデラインか? もっと幼かったはずだが……」
「バウンティ号の事故があってから、もう七年たっているのよ。今あたしは十九歳」
「そうなのか? 七年も……しかし、お前にまた会えるとは夢のようだ。美しく成長したな。見違えたぞ」
アデラインは、七年前に体験記録装置をロジャー祖父にプレゼントし、それによって以後のロジャーの記憶感情がディスクに収められ、こうして意識を取り戻したのだ……と、もういちど祖父に説明した。ロジャー祖父は理解したようだった。
「しかし、七年か……世間はどれぐらい変わったものかな。アデライン、もっとお前ともいっしょに過ごしたかったよ」
「セバスチャン、アルバムを持ってきて」アデラインは優しげに微笑み、一瞬十二歳の少女に戻ったような無邪気な笑顔になって言った。
セバスチャンが持ってきた古風な紙のアルバムを、アデラインは祖父に開いて見せた。
「ね、これが赤ちゃんのときのあたし。おじいちゃまも写ってる、とっても嬉しそうなお顔……。これはあたしが十一歳で学位をとったときの写真。おじいちゃまがプレゼントに綺麗な手鏡を贈ってくれたわね。お前も勉強ばかりしてないで、これからは身なりにも気を遣いなさいって。そしてこれが十四歳のときのあたし……」
アデラインは嬉々として、祖父が生前見られなかった自分の成長の記録をひもとき、思い出話を語っていった。
「……そしてこれが、十九歳の誕生日の写真。そしてこれが……ん、何これ!?」
アルバムの最後のページに、実験室の机の上で、ピースサインをしながら小さな陶器の入れ物に入っているらしきアデラインの写真があった。
「セバスチャン、この写真は何?」
「お嬢様が極小ロボットを作るために、ご自分を縮小された晩に写したものです。覚えていらっしゃいませんか?」
「全然覚えていないわ」
「お嬢様はお疲れになったとのことで、東洋製の陶器の入れ物にお湯を入れて持ってこいと言われました。持って行きますとお嬢様は突然服を脱がれ、ポチャンとお湯につかり『きゃー、おちょこのお風呂よ! せっかくだからカメラを持ってきてあたしを撮りなさい!』とのことで」
「あたしが? 嘘……というか、あたし、あなたの前で服を脱いだの?」
「ええ。やはり物質縮小装置は精神に変調をきたすようでございますね。お嬢様の場合は極端に開放的になるのではと思われます」
「信じられない……それに何よこの写真、バカまる出しじゃない……満面の笑みを浮かべてピースまでして」
アデラインが眉をひそめていると、ロジャー祖父が笑いながら言った。
「いやいや、可愛いではないか。お前は小さなときからマセておったからな、こんな写真を見ると安心するぞ」
楽しい団欒のひと時を過ごしたあと、アデラインが少し改まって言った。
「おじいちゃま、実はウォルトンという人から頼まれたのだけど、おじいちゃまがウォルトンさんと共同で見つけ出したプラチナのありかを知らないか、心当たりがあれば教えてくれって……」
「その件か……わしが最後に仕事をしたのがウォルトンとの財宝探しだったんだな。難破した政府の宇宙船が積んでいたプラチナだ。最初、それが見つかれば折半するという約束だったのだが、出発間際にウォルトンと部下のものが話すのが偶然耳に入ってな。早い話が、わしがプラチナを見つけてきたら、わしを殺して独り占めしようという相談だったのだ。ハハ、わしは昔から地獄耳だったからな」
「ウォルトンって人、そんなに悪い人だったのね。で、どうしたの?」
「わしはプラチナを長年の勘で探し当てた。しかし殺されてはつまらないから、ウォルトンには黙って、プラチナをある場所に隠したのだ」
「でも、ウォルトンさん、おじいちゃまがプラチナを見つけたって知ってたような口ぶりだったわよ」
「やつは勘が鋭いからな。最後の交信のときの声の調子で、わしがプラチナを隠したことに気付いたのかも知れん。だが、隠し場所までは分からなかったろう。その隠し場所というのは……」
(つづく)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
「お嬢様、お茶が入りました」
「あ、セバスチャン。ご免なさい、お茶はもう要らないわ」
「お嬢様? どこにいらっしゃるのですか?」
「ここよ、ここ」
「はて……」
「机の上を見なさい」
見ると、複雑な工作機械の上で、背たけが三センチほどの小さなアデラインが小さな机に座り、バーナーを使って作業していた。
「お嬢様、いったいどうなさったので」
「依頼があった医療用の極小ロボットを造ってるの。これ、組み立てるのにまず小さな工作機械を作り、それでさらに小さな工作機械を作り、それを使ってもう一段階小さな工作機械を作って、そのミニ機械でロボットを作ってたんだけど、それが故障しちゃって。面倒だからこの前の物質縮小装置で自分を小さくして、細かい作業をやることにしたの」
「しかしお嬢様、そのサイズでは周りの工具が倒れてきたりすると大変に危険です。どこかから這いこんできた虫に襲われるかも知れません」
「大丈夫だって。あたしも注意しながらやってるんだから」
「それに、物質縮小装置は人間の精神に変調を起こすのではありませんか」
「うん、それも改良したわ」
「しかし、わたくし、お嬢様が心配で目が離せません」
「じゃあ、そこにずっといて頂戴。でもむやみに話しかけないでね」
何時間もアデラインの慎重な作業が続き、いつしかアデラインは机の上で眠りこけ、セバスチャンはタオルの端を切り取って作った小さな毛布を、彼女の上にかけてやった。
彼女がスヤスヤ眠っていると、セバスチャンが声をかけた。
「お嬢様、起きてください」
小鳥がちゅんちゅん鳴いていた。もう朝だ。
「ウォルトン氏という方からお電話です。何でも亡くなったおじい様のことで重要なお話があるとか」
「うん……むにゃむにゃ……え、おじいちゃまの話?」アデラインは眠い目をこすりながら言った。
「じゃ、すぐ出るわ……っと、その前にあたしを元のサイズにして頂戴。そこに装置があるから」
セバスチャンが金色の小箱をアデラインに向け、光線を放つとみるみるうちに彼女は大きくなった。
「よっと」机から飛び降りたアデラインは、スタスタと実験室を出て行った。
「ウォルトン氏はなんと仰っていましたか?」
「うん、なんでも彼はおじいちゃまが亡くなったとき、共同で難破した宇宙船の財宝を探してたって言うの。大量のプラチナらしいわ。でも、それを発見した直後におじいちゃまの船が事故に遭って、亡くなってしまったの。その船からはプラチナは見つからなかった。ウォルトン氏はおじいちゃまの遺品を回収したけど、あたしたち遺族には内緒にしていた。遺品の中にプラチナのありかの手がかりがあるかも知れないってことでね。あたしたちには大変申し訳ないことをしたって言ってたわ。それで、今度その遺品を持ってくるから、何かおじいちゃまの遺言のようなものが隠されていないか見てほしいって言うのよ」
「ロジャーおじいさまが最後にそのような仕事をなさっておいでとは、聞き及んでいませんでした」
「あたしもよ。おじいちゃまは一匹狼のパイロットとして、危険な仕事、秘密の仕事をたくさんしてたしね」
翌日、ウォルトン氏がアデライン邸に現れた。背の低いがっしりした体つきで、四角い顔をした五十ぐらいの男だった。彼は名刺を差し出し、アデラインと一通りのあいさつを終えると、事情を話し始めた。
「亡くなったおじい様は、いわば私どもとチームを組んで仕事をしていたのです。私は、小さな宇宙船のリース会社を営んでいます。私が宇宙船をお貸しし必要経費を負担するかわりに、おじい様は難破船のプラチナを探索に行く。おじい様はそれを発見したらしい。百トンにも及ぶプラチナです。しかし土星付近で流星の被害に遭い、おじいさまは帰らぬ人となられました」
「そうだったんですか。わたくしどもも土星付近で難破したという事だけ存じておりました」
「おじいさまの見つけられたプラチナ、もちろん半分はおじいさまの物ですからご遺族にお返しします。しかしもう半分は、出資者たる私のものです。そのような契約でした。それで、ここにおじいさまの船から回収した遺品を持参してまいりました」
ウォルトン氏は黒いスーツケースを開けた。中には祖父ロジャーの腕時計やシガレット・ケース、ナイフ、指輪などの遺品が十数点収められていた。
「本来なら、おじいさまが亡くなられた後すぐにお返しするべきでした。しかし当時私どもの会社は経営の危機にあり、一刻も早くプラチナを見つけ出す必要があったのです。ご遺族の方には、遺品は何もなかったとお伝えしましたが、大変申し訳ないことをしました」
「ご丁寧に有り難うございます……わたくし、この遺品をじっくり調べてみますから、少しお時間いただけませんでしょうか。そう……一週間以内にはご連絡差し上げられると思います」
「結構ですとも。では、何か分かりましたら名刺にあります電話番号へご連絡ください」
アデラインは遺品の中から、直径五センチほどの円い金属板をつまみあげ、ふんふんと鼻歌を歌いながら客間から出て行った。第十五実験室に入ろうとするアデラインに、セバスチャンが尋ねた。
「お嬢様、その金属板に手がかりがあるのでございますか」
「そうよ。あなたも入ってようすを見ているといいわ」
アデラインが大きなスクリーンのついた装置に向かい、スロットに金属板を入れて幾つかのスイッチを入れると、画面には、多少画像が乱れてはいるが、髪の長い少女の顔が映し出された。
「驚いた? 十二歳のときのあたしよ」
画面の中の小さなアデラインが話しはじめた。
「どう? おじいちゃま、装置の付け心地は……うっとうしくない?」
「いや、まるで邪魔にならないよ。しかしこれで、本当にわしの体験がすべて記録されるのかね?」
「もう記録は始まってるのよ。おじいちゃまが今見ているあたしの顔、あたしの声、全部その機械の丸い板の中に収められてるのよ」
「わしが考えたこと、感じたことも全てかい?」
「ええ」アデラインがニコニコとあどけない笑顔を見せて答えた。
「お嬢様、この映像は……?」スクリーンを観ていたセバスチャンが言った。
「あたしが十二歳の頃ね、おじいちゃまがふと言ったの。自分は宇宙パイロットとして、何十年にもわたってさまざまな仕事をしてきた。危険な仕事、世にも珍しい体験も数多くしてきた。それを何とか記録に残したいが、自分には自叙伝などを作っている暇はなさそうだ……ってね。それであたしが、人間の見聞きしたこと、思ったこと感じたことをすべて記録する装置を考案して、おじいちゃまにプレゼントしたってわけ。自分で自叙伝を書いたり口述筆記させなくても、体験を思い出すだけでこのディスクに記録されるから、時間のないおじいちゃまにも人生の記録が残せるはずよって言ったら、おじいちゃますごく喜んでいたわ」
「では、今映っているのは、ロジャーおじいさまが初めてその装置をつけたときの映像ですか」
「そうよ。だから例の最後の冒険のときの映像を見れば、プラチナのありかも分かる」
「……お嬢様、差し出がましいようですが、一度その映像を止めていただけませんか」
「なぜ?」
「もし、プラチナがおじいさまの手によって何らかの処分をされたのなら、それはおじいさまのご遺志です。お嬢様といえども、勝手に覗き見るというのは如何なものでしょうか」
「うーん……」アデラインはしばし頬づえをついて考え込んだ。
「言われてみればその通りかも知れないわ。あたしも、大好きなおじいちゃまの頭の中を好き勝手に覗き込むのはなんだか気が進まない。じゃ、こうしたらどうかしら。このディスクには、おじいちゃまの記憶やものの感じ方が収められている。このディスクを頭脳回路に組み込んだロボットを作れば、おじいちゃまそっくりの記憶と考え方を持つはずだわ。そのロボットにプラチナのことを尋ねてみるっていうのはどう? 彼が答えたくなければ、きっと答えないでしょうし」
「そのロボットはおじいさまとほぼ同じ人格を持っているわけでございますね」
「まあそうね」
「ただ、そうやってロボットとして蘇ったおじいさまに、ただプラチナのありかをきくためだけに生き返らせられたと感じさせるのは残酷かと存じます。生前のおじいさまに対するのと同じような敬慕を持って接していただきたいものです」
「まあ、いやにロボットの肩を持つのね」
「わたくしもアンドロイドですから」
下手に人間に似せたロボットとしてロジャー祖父を蘇らせるのは、かえって残酷かもしれない……そう思ってアデラインは、黒い箱型の、上部にセンサーのついたシンプルな形のボディにディスクを組み込んだ。移動は車輪で行う。
「おじいちゃま、おじいちゃま」ロボットの電源を入れたアデラインが、恐るおそる話しかけた。
「ん、うむ……ここはどこだ? わしはバウンティ号のブリッジにいたはずだが」
「バウンティ号は大破したの。ここは地球よ」
「む……思い出した……右舷からの流星をよけきれずに、船は致命的な損傷を負った。わしは助かったのか?」
「それが言いにくいんだけど……おじいちゃまはそのとき死んでしまったの。今、記録ディスクを使って意識を取り戻したのよ……」
「まだ状況がよく飲みこめん……しかし、お前さんは誰だ?」
「アデラインよ」
「孫娘のアデラインか? もっと幼かったはずだが……」
「バウンティ号の事故があってから、もう七年たっているのよ。今あたしは十九歳」
「そうなのか? 七年も……しかし、お前にまた会えるとは夢のようだ。美しく成長したな。見違えたぞ」
アデラインは、七年前に体験記録装置をロジャー祖父にプレゼントし、それによって以後のロジャーの記憶感情がディスクに収められ、こうして意識を取り戻したのだ……と、もういちど祖父に説明した。ロジャー祖父は理解したようだった。
「しかし、七年か……世間はどれぐらい変わったものかな。アデライン、もっとお前ともいっしょに過ごしたかったよ」
「セバスチャン、アルバムを持ってきて」アデラインは優しげに微笑み、一瞬十二歳の少女に戻ったような無邪気な笑顔になって言った。
セバスチャンが持ってきた古風な紙のアルバムを、アデラインは祖父に開いて見せた。
「ね、これが赤ちゃんのときのあたし。おじいちゃまも写ってる、とっても嬉しそうなお顔……。これはあたしが十一歳で学位をとったときの写真。おじいちゃまがプレゼントに綺麗な手鏡を贈ってくれたわね。お前も勉強ばかりしてないで、これからは身なりにも気を遣いなさいって。そしてこれが十四歳のときのあたし……」
アデラインは嬉々として、祖父が生前見られなかった自分の成長の記録をひもとき、思い出話を語っていった。
「……そしてこれが、十九歳の誕生日の写真。そしてこれが……ん、何これ!?」
アルバムの最後のページに、実験室の机の上で、ピースサインをしながら小さな陶器の入れ物に入っているらしきアデラインの写真があった。
「セバスチャン、この写真は何?」
「お嬢様が極小ロボットを作るために、ご自分を縮小された晩に写したものです。覚えていらっしゃいませんか?」
「全然覚えていないわ」
「お嬢様はお疲れになったとのことで、東洋製の陶器の入れ物にお湯を入れて持ってこいと言われました。持って行きますとお嬢様は突然服を脱がれ、ポチャンとお湯につかり『きゃー、おちょこのお風呂よ! せっかくだからカメラを持ってきてあたしを撮りなさい!』とのことで」
「あたしが? 嘘……というか、あたし、あなたの前で服を脱いだの?」
「ええ。やはり物質縮小装置は精神に変調をきたすようでございますね。お嬢様の場合は極端に開放的になるのではと思われます」
「信じられない……それに何よこの写真、バカまる出しじゃない……満面の笑みを浮かべてピースまでして」
アデラインが眉をひそめていると、ロジャー祖父が笑いながら言った。
「いやいや、可愛いではないか。お前は小さなときからマセておったからな、こんな写真を見ると安心するぞ」
楽しい団欒のひと時を過ごしたあと、アデラインが少し改まって言った。
「おじいちゃま、実はウォルトンという人から頼まれたのだけど、おじいちゃまがウォルトンさんと共同で見つけ出したプラチナのありかを知らないか、心当たりがあれば教えてくれって……」
「その件か……わしが最後に仕事をしたのがウォルトンとの財宝探しだったんだな。難破した政府の宇宙船が積んでいたプラチナだ。最初、それが見つかれば折半するという約束だったのだが、出発間際にウォルトンと部下のものが話すのが偶然耳に入ってな。早い話が、わしがプラチナを見つけてきたら、わしを殺して独り占めしようという相談だったのだ。ハハ、わしは昔から地獄耳だったからな」
「ウォルトンって人、そんなに悪い人だったのね。で、どうしたの?」
「わしはプラチナを長年の勘で探し当てた。しかし殺されてはつまらないから、ウォルトンには黙って、プラチナをある場所に隠したのだ」
「でも、ウォルトンさん、おじいちゃまがプラチナを見つけたって知ってたような口ぶりだったわよ」
「やつは勘が鋭いからな。最後の交信のときの声の調子で、わしがプラチナを隠したことに気付いたのかも知れん。だが、隠し場所までは分からなかったろう。その隠し場所というのは……」
(つづく)
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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