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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 18:18:43

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No.480
2011/10/16 (Sun) 09:09:25

 ある大型テーマパークで、役者を募集していることを知った。ゾンビの群れがテーマパークを徘徊するという趣向らしく、そのゾンビを演じるアルバイトだった。私はまだ役者の卵といったところで、映画やドラマなどでときおり端役がもらえるに過ぎなかったから、こうしたアルバイトはよくやる。この仕事を紹介してくれた木村という男も役者で、私と彼とはゾンビ役を演じるためにそのテーマパークに赴いた。
 契約期間は一ヶ月で、その間は一日七時間ゾンビを演じることになった。契約書にサインしたあと、すぐに仕事にかかった。ゾンビのメイクをして服をぼろぼろのものに着替え、それで準備は終りかと思ったら、先ほど契約を交わしたマネージャーが私と木村を別室に呼び寄せた。そこには白衣を着たもう一人の若い男がおり、注射器の点検をしている。
「演技ではなく完全なゾンビになってもらいたい」マネージャーが言った。「ゾンビは頭を破壊される以外の攻撃に対しては不死身だ。テーマパーク内で君たちが客から攻撃された場合、素に戻って痛がってしまっては興ざめだろう。だからある特殊な薬品によって、痛みを感じない人間になってもらう。またその薬品は人間の動きを遅くし、君たちはよりゾンビらしい動きが出来るようになるんだ」
「契約にはそんな内容は含まれてなかったぞ?」木村が言った。「そんなおかしな薬を打たれてたまるか」
「契約書の第四条第二項のd にこうある」マネージャーが応じた。「当テーマパークは、契約期間中、被雇用者が充分な内容の労働を全うするために医学的援助を行なう権利・義務を有する。つまりリアルなゾンビになってもらうための注射を打ってもよいわけだ。いや、何も心配はないさ。注射の効力は一日の勤務時間と同じくかっきり七時間だ。七時間すれば体はもとの状態に戻る」

 という訳で、われわれはその不可思議な注射を打たれることになった。しばらくすると体が重くなり、きわめてゆっくりとしか動けなくなった。私は自分と同様に注射を打たれた木村を見て、内心ぞっとした。目がうつろで、意思を持たない本当のゾンビに見えたからだ。きっと自分もそのように見えていることだろう。
 白昼のにぎやかなテーマパークに、われわれは出て行った。人々はぎょっとして後ずさりしたり、小さな悲鳴を上げたりするが、別段攻撃を加えてくる様子はない。これでは注射を受けなくてもよかったではないか、と思いながら、私は重い足を引きずってあてどもなく徘徊した。
 テーマパーク内の時計が午後二時を知らせた。休憩時間だ。あらかじめ知らされていたゾンビ役者専用の「食堂」に行ってみた。そこは通常の食堂ではなかった。金網で閉ざされ、三方はコンクリートの壁になった部屋で、中は薄暗い。われわれにあてがわれたのはある種の肉だったが、どう加工したのか人間の手足そっくりだった。トマトケチャップが塗りたくってあり、ナイフもフォークもないからそれにかぶりつくしかなかった。鶏肉を加工したもののようで、美味かったが、他人から見ればゾンビが屍肉を食らっているようにしか見えないだろう。事実、金網の前を通りかかった客たちは、おぞましいものを見るようにわれわれを凝視した。

 ときどき、パン、パンという銃声のようなものが聞こえてくる。そうだ、思い出した。このテーマパークは三つのゾーンに分かれており、一つはわれわれのゾンビのゾーン、一つは西部劇のゾーン、もう一つは時代劇のゾーンだった。実は西部劇のゾーンではカウボーイ役、時代劇のゾーンでは武士の役のアルバイトがあったのだが、なぜかゾンビ役だけが破格の高給だったため、私はゾンビを選んだのだった。
 さて昼食の時間が終り、私とゾンビ仲間の男女数十名が、金網からぞろぞろゆっくりと出て行った。と、そのとき、群集がどよめき、人波に裂け目が出来るのが見えた。そうして出来た道を、白い馬が走ってくる。それをカウボーイが手綱で操っている。その馬は食堂から出てくるわれわれの前まで駆けてきて、止まった。
「てめぇらか、かたぎの人間を脅して回っている生ける屍ってのは」
 カウボーイが言った。しかしわれわれゾンビ役は注射のために喉に力が入らず、誰も口がきけなかった。
「何か言えってんだ」カウボーイは銃を抜くと、一番近くにいたゾンビ役の頭を撃った。その頭は派手に割れ、脳髄のかけらを飛び散らせた。実弾だ! カウボーイはもう一人のゾンビ役の頭も撃ちぬいた。観客は一瞬の沈黙ののち、これもアトラクションの一つだと理解したのか、盛大な拍手を送った。
 これはどうしたことだろう? なぜテーマパークの俳優に過ぎないカウボーイが本物の銃を持っている? こんなことが許されているとしたら、動きの鈍いわれわれゾンビは皆殺しにされてしまうではないか!
 しかし私が心中で焦っているのをよそに、観客たちはやんやの歓声を上げている。
 カウボーイは次々にゾンビの頭を破壊していった。木村も殺(や)られてしまった。あたりはすでに血の海だ。吹き上がる血しぶきが客たちをより興奮させるらしく、群集の狂騒に拍車がかかった。私はたまらず食堂の奥に逃げようとし、後ずさりした。すると
「おっと、逃がしゃしねぇぜ」と言ったカウボーイは、私の脇腹に銃弾を見舞った。
 脇腹に穴が開いて血が吹き出たが、しかしゾンビ注射の影響か、まったく痛くなかった。
 私は食堂の横に小さな出入り口を見つけ、そこから脱出した。なるべく物陰に隠れて移動し、できればテーマパークを脱出したかったが、門は遠く、周囲は高い塀になっており、脱出は困難に思えた。私は自分の鈍い動きを呪った! 思考は普段と同じに出来るのに、体が考えについていかないのだ。
 足を引きずり木陰を歩いていると、思いがけず出くわした若いカップルが「ぎゃ、ゾンビ!」と叫んだ。すると今度は黒い馬に乗った別のカウボーイがやってきて、すっと銃を向けてきた。私は木の幹に隠れようとしたが、今度は胸を撃たれてしまった。すぐにカウボーイは去っていったが、私は口から血を吐き、呼吸が困難になってきた。しかし全く苦しくはなかった。これも注射のおかげだろうか。私は胸から折れた肋骨や肺の一部が飛び出しているのを見て悲しくなった。背中に血の滴るのを感じたから、銃弾は私の体を突き抜けたのだろう。
 私はだんだんやけになってきた。いっそのこと本当のゾンビのように人間に襲いかかろうか。そうだ、あそこを行く若い女だ。あいつの肉なら美味そうだ! 
 私は暗闇からその女につかみかかった。絹を裂くような悲鳴。だがそんなことにはお構いなく、女のもっちりした白い肩の肉に噛み付いてみた。私は女の肉を引きちぎり、むさぼり食う。そのなんと美味いこと! さっきまでの憂鬱な気分が吹っ飛ぶようだった。
 と、後ろから男の声がした。
「婦女子を犯す下郎の生ける屍、貴様のような化け物の血で刀を汚すのは気が進まぬが、この際しかたあるまい」
 ふりむくと、黒い着物を着た細身の侍が立っていた。テーマパークの時代劇のゾーンからやってきたのだろう。
 侍が刀に手をかけたかと思うと、一瞬きらりと刃がひらめき、すぐにそれはさやに収められた。侍はそのまますたすたと去っていった。そして私はようやく自分の腹が斬られたのに気がついた。薄い線のような傷跡から血が滲み出したかと思うと、私の腹はいきなりぱっくりと割れ、中からピンク色をした腸などの臓器がずるずると大量に出てきた。痛みもないし、まるで悪い夢を見ている気分だ。
 だしぬけに、テーマパークの時計が午後五時の鐘を鳴らした。
 それはテーマパークの閉館時間であると同時に、私に打たれたゾンビ注射の効力が消える時間でもあった。


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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

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