『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.493
2011/11/06 (Sun) 21:42:05
小生の通勤最寄り駅はJR山手線の下町寄りだが、毎朝、跨線橋を渡るのに案外急な階段を昇降するのだが・・・
親の躾か本人の自覚か、はたまた学校の生活指導か、悩んでしまうのが昨今のアンクルソックス、いわゆる、くるぶしソックスの浸透が深刻なことである。
ジーンズやカーゴパンツでスニーカーなんぞで出かけられる方々は、職業上、何の問題もないとしても、スーツ姿のサラリーマンや中学、高校生らの諸君には「なぜ、そんなに足首を露出したいの?」と問答してみたくなる。
靴下という観念は一体、何処にあるのか?
などとは言うつもりもないけれど・・・。
中学のころ、生活指導の躾は大変やかましかった。
思い出すとアパレルにおけるブランドブームの創世記にあたっていたのではないか?昭和46,7年頃の話だ。
レナウンが当時出したプロ・ゴルファー、アーノルド・パーマーや、小杉が出した同じゴルファーのジャック・ニクラウスは、それぞれ前者はカラフルな傘、後者はゴールデン・ベアと呼ばれた金色のクマの刺繍がワンポイントとして、セーターやカーディガンなら胸、ソックスなら足首に付いていた。
小生の通った中学では色や柄、ワンポイントのソックスでさえ華美であるとの解釈のもとに着用を禁じていた。
生活指導の体育教師によく、注意をされたものだ。
裕福な同級生は確かにアーノルド・・・なんかのセーターを学生服の中に着こんでたが、そうでない小生などはソックスが精一杯のお洒落だった。
この当時のセーターやカーディガンの特徴は「パール編み」と呼ばれる(リンクスとか両頭と専門用語で呼んでいたが)独特の編み地を持ち、伸縮に優れた地が薄いニットが多かった。
他に一般向けで知られたブランドとしては今でこそアンダー・ウェアの隠れた国内ブランドだが「B.V.D.」がある。確かマークには二通りあって、メキシカンといわれたソンブレロを被ったしゃがんだ外人と、ナインティ・ホールで呼ばれた19番ホールの旗を刺繍のモチーフに使ったものとが存在したと思う。
のちに味気ないBVDのロゴだけに販売戦略上なっていって、やがてすたれてしまうのだが・・・。
この時代は国内ジーンズも群雄割拠の時代・・・江戸での勝利成功を祈願し、ロゴにあてこんだエドウイン、大戦で勝ちをさらわれた米国にこれ以上負けてたまるか!「ならボブに損をさせてやれ!」とばかりに生まれたボブソン、大物で通すというビッグジョンなど、岡山、広島での藍を扱う業者が旗揚げし、パパママストアの先駆となるジーンズショップへ販売攻勢をかけていたのもこの時代である。ビッグストーンなんていうのもあったな。
世界を席巻させた蒼の制服というような本まで出て、かのジョン・レノンやジョージ・ハリスンなどがジーンズ姿をアルバムのジャケットに出していた時代・・・これらは反戦、平和という願いの象徴がブルーデニムであり社会現象とまで成り得たからだろう。
小資本でも、町の萬やさんみたいな○×洋品店みたいな店でも「ヤングの集まる店」なんてキャッチ・フレーズを看板につけて出店や拡張を繰り返した。
もっとも「ヤングの集まる」、などと言っていて福助の足袋なんぞしか見当たらない店も結構あったはずだが・・・。
この項続く
☆ 索引 〜 昭和の憧憬 へ戻る
親の躾か本人の自覚か、はたまた学校の生活指導か、悩んでしまうのが昨今のアンクルソックス、いわゆる、くるぶしソックスの浸透が深刻なことである。
ジーンズやカーゴパンツでスニーカーなんぞで出かけられる方々は、職業上、何の問題もないとしても、スーツ姿のサラリーマンや中学、高校生らの諸君には「なぜ、そんなに足首を露出したいの?」と問答してみたくなる。
靴下という観念は一体、何処にあるのか?
などとは言うつもりもないけれど・・・。
中学のころ、生活指導の躾は大変やかましかった。
思い出すとアパレルにおけるブランドブームの創世記にあたっていたのではないか?昭和46,7年頃の話だ。
レナウンが当時出したプロ・ゴルファー、アーノルド・パーマーや、小杉が出した同じゴルファーのジャック・ニクラウスは、それぞれ前者はカラフルな傘、後者はゴールデン・ベアと呼ばれた金色のクマの刺繍がワンポイントとして、セーターやカーディガンなら胸、ソックスなら足首に付いていた。
小生の通った中学では色や柄、ワンポイントのソックスでさえ華美であるとの解釈のもとに着用を禁じていた。
生活指導の体育教師によく、注意をされたものだ。
裕福な同級生は確かにアーノルド・・・なんかのセーターを学生服の中に着こんでたが、そうでない小生などはソックスが精一杯のお洒落だった。
この当時のセーターやカーディガンの特徴は「パール編み」と呼ばれる(リンクスとか両頭と専門用語で呼んでいたが)独特の編み地を持ち、伸縮に優れた地が薄いニットが多かった。
他に一般向けで知られたブランドとしては今でこそアンダー・ウェアの隠れた国内ブランドだが「B.V.D.」がある。確かマークには二通りあって、メキシカンといわれたソンブレロを被ったしゃがんだ外人と、ナインティ・ホールで呼ばれた19番ホールの旗を刺繍のモチーフに使ったものとが存在したと思う。
のちに味気ないBVDのロゴだけに販売戦略上なっていって、やがてすたれてしまうのだが・・・。
この時代は国内ジーンズも群雄割拠の時代・・・江戸での勝利成功を祈願し、ロゴにあてこんだエドウイン、大戦で勝ちをさらわれた米国にこれ以上負けてたまるか!「ならボブに損をさせてやれ!」とばかりに生まれたボブソン、大物で通すというビッグジョンなど、岡山、広島での藍を扱う業者が旗揚げし、パパママストアの先駆となるジーンズショップへ販売攻勢をかけていたのもこの時代である。ビッグストーンなんていうのもあったな。
世界を席巻させた蒼の制服というような本まで出て、かのジョン・レノンやジョージ・ハリスンなどがジーンズ姿をアルバムのジャケットに出していた時代・・・これらは反戦、平和という願いの象徴がブルーデニムであり社会現象とまで成り得たからだろう。
小資本でも、町の萬やさんみたいな○×洋品店みたいな店でも「ヤングの集まる店」なんてキャッチ・フレーズを看板につけて出店や拡張を繰り返した。
もっとも「ヤングの集まる」、などと言っていて福助の足袋なんぞしか見当たらない店も結構あったはずだが・・・。
この項続く
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
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