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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 18:14:19

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No.627
2013/01/24 (Thu) 14:06:43

 島杜夫(しま・もりお)は高校二年生だった。私立の学校で親には高い授業料を出してもらっているが、学校生活はまるで楽しくなかった。一年生のときはサッカー部に所属していたが、顧問の教師の体罰がひどく、嫌になって夏休み前に辞めてしまった。勉強も出来るほうではなく、教師たちは受験の話をたびたびしたが、杜夫はどうしても勉強に意欲がもてなかった。毎日が退屈そのもので、あさ遅刻することもだんだん多くなってきた。
 彼が通っているのは仏教系の学校で、杜夫のような遅刻の常習犯や授業態度の悪い者はしばしば呼び出され、罰として個室で般若心経を筆写させられた。一字でも間違えればやり直しさせられるし、もう経文など反吐が出るほど嫌になっていた。今までに三十回ぐらいは書かされたろうか。

 七月のある晴れた日の暮れ方。杜夫は今日も遅刻し、放課後に般若心経を六回書かされ、疲れて家に帰ってきた。ただいまも言わず自分の部屋に入り、そのまま横になって眠りに落ちる。
 夢の中で、杜夫は広い草原にいた。そこには一頭の栗毛の馬がたたずんでいる。その馬は杜夫の姿をみとめると、とことこと近づいてきた。杜夫は自分が手にりんごを持っているのに気づき、馬にやろうとした。するとその馬は突然高い声でいなないて、両前足で杜夫の胸を蹴飛ばしてきた。彼は後ろに吹っ飛ばされ、倒れて頭を打った。驚いて蹴られた胸のあたりに目をやると、自分の着ているティーシャツに般若心経がプリントされているのだった。馬の耳に念仏というが、馬はお経を見るのも嫌なのだろうか。そう思っていたら、その栗毛の馬はなおも杜夫に攻撃をしかけてくるようである。だから彼はティーシャツを脱いだが、その下にもティーシャツを着ていてやはり般若心経が書かれている。それを脱いでもまた般若心経のティーシャツ。いくら脱いでもきりがなかった。再び蹴りを加えるために後ろ足で立ち上がったその馬の胸には、くっきりと「廃仏派」という烙印が押されていた。

 そこで目が覚めた。母親に呼ばれ、夕食を食べに一階のリビングに下りていく。まだ七時過ぎだというのに、テレビでは父の好きな時代劇をやっていた。両親はすでに食べ始めていて、父はテレビを見ながら晩酌していた。
 もともと父は時代劇が好きだったが、このごろはそれを熱心に観る理由がもう一つあった。杜夫の兄・拷作(ごうさく)がしばしば出演するからである。ただ拷作はいつも名も無い端役、それもほとんどが斬られ役だった。その斬られたあとの派手な悶絶のしかたが世間ではちょっとした話題になっており、インターネットでも拷作の名をひんぱんに見かけるようになってきている。
 しかし杜夫は兄には冷淡な思いしか持っていなかった。杜夫が小学生のころに家を出て行ってしまったし、いっしょに遊んだ記憶もほとんどなく、むしろ杜夫から見て、拷作は冷たい意地の悪い人間という印象が強かった。勘当同然で出て行った兄と家族は何年も音信不通のままだが、俳優を目指していた彼がテレビに出るようになると、両親はあからさまにではないにしても、兄の活躍を喜んでいるようだった。
 今日も時代劇の殺陣の場面になると、名も無い敵役として拷作が登場した。そして型どおり主人公に斬られると、胸からシャワーのように勢いよく血を噴き出させて、口からは正体不明の黄色い液体を吹き出しながら死んでいった。テレビ局も拷作の評判を受け、近ごろは過剰演出になってきているようだ。そのうち彼は腸や肝臓を腹からリアルに垂れ流しながら死ぬようになるのではないか、と杜夫はぼんやりと思った。

 そのとき、電話が鳴った。母が出ると、その応対のしかたからただ事ではないと杜夫はすぐに思った。父が電話を代わった。どうも兄の身に何か起こったらしい。
「はい。弟は拷作と同じ血液型です。いまここにいます」
 父の話によると、兄は撮影所でひどい怪我を負ったそうだ。命にかかわるほどの大怪我で、すぐに輸血が必要だが、兄は非常に珍しい血液型であり、その血液が近くの病院にはないのだという。そして杜夫が兄と同じ血液型だったから、すぐに撮影所に来て治療に協力して欲しい、とのことだった。杜夫は兄を気遣う気持ちなどわいてこなかったが、そういうことならばしかたがない、と思った。そして両親とともにタクシーに乗って現場に急行した。

 撮影所に着いて分かったのは、兄は喉に深い傷を負い、すぐには動かすことが出来ないためまだ病院に搬送されていないとのことだった。兄の横たわっている周りには、撮影所のものらしい照明が何台か置かれ、それで患部を照らし医師が処置を行なっていた。杜夫はすぐに拷作の隣に横たえられ、腕に針を刺されて輸血が行なわれた。医師や撮影所のスタッフの会話から杜夫は知ったのだが、どういうわけか殺陣の稽古で真剣が使われ、主役の俳優が誤って拷作の喉を突いてしまったのだという。なぜそこに真剣があったのかという議論も耳に入ってきた。杜夫は疎遠な兄のことであるし、横になっているだけだから考えに余裕があったのか、もし兄がこれで死んだら斬られ役にふさわしい最期だろうな、などと考えた。
 血を多量に取られているためやがて頭がぼんやりしてきたが、どこか近くでテレビがついているのが分かった。意識が朦朧としてきたが杜夫の耳には不思議と音声が明瞭に伝わってきた。みのもんたの番組にもんたよしのりがゲストで出ているらしい。みのもんたがもんたよしのりの養子になったらもんたもんたになるのだろうか、などという下らない会話が続いたかと思うと、緊急ニュースが入ったらしくアナウンサーの声になり「犯人のもんたは……」などと言っていて、またもんたかと思っていたら「これがもんたのモンタージュ写真です。もんたはアメリカのモンタナ州で育ち、イブ・モンタンに憧れ……」とアナウンサーが続け、どこまでもんたが続くんだと思いながらいつしか杜夫は意識を失った。
 
 拷作はなんとか一命をとりとめた。杜夫と両親は彼の病室に見舞いに行ったが、拷作はまだ首をギブスで固定され声も出せないようだった。彼は杜夫が覚えているほどには冷淡な人間ではなくなっているようで、表情も柔和だったが、それでも杜夫にはあまり目を向けず、その輸血によって助かったことに感謝している様子もなかった。杜夫はやはり拷作のことは好きになれないと改めて思った。

 怪我が全快して復帰すると、拷作にだんだんよい役がつくようになった。役名もあれば台詞もあり、ドラマの主要な登場人物として出てくることも多くなった。とはいえそのご家族と会う機会のない状態が続き、杜夫にとって兄は依然として他人同然の存在だった。
 しかし杜夫が高校三年になった年の十二月のある日、突然兄から携帯に電話がかかってきた。これから梅田にこられないか、とのことだった。行ってみると拷作はいきなり
「もうすぐ受験だろう? これ、お守り」と言って小さな布袋を渡してきた。
「それからこれは……入学祝だ」
 茶封筒を渡された杜夫は「まだ受かってないよ」
「じゃあ前祝だ。受験に失敗したら残念賞ということにしておけ」
 そういうなり拷作は立ち去った。
 杜夫が兄の後姿をぼんやり見ていると、いつのまにか四、五人の野武士がそばに集まってきていた。
「その封筒の金子(きんす)をよこすんだ」片目のつぶれた野武士がすごみをきかせ、杜夫の胸ぐらをつかんだ。
「おい、何やってる!」と叫んで拷作が駆け戻ってきた。
「何だ、貴様は?」武士の一人が言った。「邪魔しようってんなら痛い目にあうぜ」
 しかし拷作は杜夫をつかまえている野武士を突き飛ばした。
「死にたいか」その野武士は刀を抜き、拷作の肩口から深々と斬りつけた。
「ぐあーっ」
 そのとき、パトカーのサイレンがわんわんと鳴り響いてきた。
「おい、ずらかれ!」野武士たちは逃げていった。
 拷作は救急車で病院に運ばれたが、今度の刀傷は致命傷だった。今度こそ本当に、斬られて死んでしまったのだ。

 翌年。杜夫は志望校の入試の日、兄の形見のお守りを身に付けて受験にのぞんだ。
 一時間目は国語だった。試験が始まると驚いたことに、問題用紙はなく、ほとんど白紙に近い解答用紙が一枚配られただけだった。しかもその端には問題文がただひと言、
「般若心経を書け。」
 杜夫は目を疑った。高校時代、何十回となく書いてきた般若心経、一言一句たりとも忘れるはずのない、目をつむってでも書ける般若心経。「兄さん、ありがとう」心の中でつぶやき、杜夫はお守りを握りしめた。


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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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