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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/24 (Sun) 21:36:00

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No.57
2009/10/16 (Fri) 01:30:09

藩にはびこる汚職の弊をのぞこうという九人の若者の意見書を、城代家老の七田(ななつだ)は「いちばん悪い奴はとんでもない所にいる。危ない危ない」と言いつつ破いてしまった。
失望した伊瀬地(いせじ)ら九人は、大目付の菊田に相談を持ちかけ、その夜神社の堂で会合を持つことになった。しかし話を立ち聞きした椿三十円の介(つばきさんじゅうえんのすけ)が見抜いたとおり、本当の黒幕は菊田のほうだった。

三十円の介は普段から立ち聞きや盗み見に異常な熱意を示している変態であった。馬鹿だったから菊田が黒幕だというのはまぐれ当たりだった。堂に菊田の手勢が押しかけてきたときは内心どうやって逃げようかと思ったのだが、若者の一人のふところに大枚の小判がのぞいているのを見て気が変わった。どの若者も裕福そうで、たかればきっといい金になる。三十円の介は金がかかるとすぐに人格が変わるのであり、小判の束ほしさの一念であっという間に二十数人の手勢を片付けてしまった。
目の鋭い敵方の男が感嘆して「仕官の望みあらば大目付の役宅まで訪ねて来い。俺の名は室怒半太郎(むろどはんたろう)!」と言ったのを潮に菊田の手勢は引き上げて行った。

正座して深々と頭を下げる九人の若者に「礼なんかいいから金くれねえか」と言った三十円の介は、伊勢地が差し出した紙入れを覗いて「なんだこれっぽっちか。てめえらも有り金全部だしな!」と一同をにらみつけた。手にした大金を見て彼は満足そうに「今後もよろしく頼むぜ。生きるも死ぬもわれわれ十人!」と、勝手に若者たちの仲間になってしまった。

菊田の手勢が占拠する城代家老の屋敷から、城代の奥方と娘をみごとに救出した三十円の介と仲間たち。家老七田はどこかに連れ去られていて見つからなかったが、とりあえず奥方と娘を連れて馬草小屋に隠れた。

「すると大目付の口上は、城代に汚職の疑いあり、証拠隠滅を防ぐための非常の措置として伯父の身柄を拘束した、と、こうなんですね」城代の甥にあたる伊勢地が言った。
奥方はうなずいてから「私こんなに走ったの初めて。もう少し休んでからでないと動けませんよ」と、おっとりした口調で言った。
「なるほど、菊田のやつ考えやがったな」と三十円の介。
「このお方は……?」奥方が尋ねると、伊勢地は、
「はい、一口では言えませんが、不思議な縁でわれわれの仲間になったお方です。われわれの恩人です。そしてこれほどお金に汚い侍もめずらしい、と付け加えておきましょう」
「まあ、それはそれは」奥方が頭を下げると、三十円の介は、
「いや、はは、それほどでも」
「ところで、見張りの一人を捕まえた、あとの二人が戻ってきませんね。どうしたのかな」伊勢地はそう言って小屋の外を見た。
「私、この馬草小屋に入ったの初めて。干し草がいい匂いだこと」と奥方。
「私よくここに入るんですよ。卑織(ひおり)さまと一緒に。ね、卑織さま」娘の千鳩(ちばと)が、伊勢地を見て言った。
伊勢地はばつが悪そうに下を向いてから、「二人の様子を見てきます」と外に出て行った。
「ここは昼間でも静かだし、この干し草の匂いにつつまれていると、うっとりとなって夢心地になるの。それに大好きな卑織さまとご一緒でしょ。彼に抱きしめられてこの干し草の山に横たわるの……こうやって彼の手が私の腰に回り『千鳩、好きだよ』って耳元でささやかれながら、甘い気持ちをたっぷりと味わうの。一度なんか、卑織様の腕をまくらに、本当に眠ってしまったんですよ」
「まあ、お行儀の悪い」
「……」
「……」
盗み聞きが趣味の三十円の介はひどく興味を引かれ、熱心に千鳩の話に聞き入っていたが、話が終ったらしいのに気づくと急にイラついた表情になった。
「なんだ、それでおしまいかよ! おめえら恋人同士だろ? まだ続きがあるだろうが。まぐわいの話をしろよ、まぐわいの!!」と叫んで、千鳩の胸ぐらをつかんで揺さぶった。
揺さぶられて首をぐらんぐらんさせながら、千鳩はあまりのことに「あわわわわわわお母さん私デパスデパスデパス」
「あわわわおお母さんも胸が胸が。二、ニトログリセリンがきんちゃくに入ってるから取ってちょうだい」
伊勢地が戻ってきて「無茶はよしてください! 千鳩も伯母も病気なんですよ!」
「はっ。そんなもん赤チン塗っときゃ治らあ。ところで捕まえた見張りから何か聞き出せたか」
両脇から捕らえられていた見張りの男は「何も知らん! 知ってても言うもんか!」
「こいつ、どうしますか」
「ツラを見られたんだ、叩き斬るほかねえな」と三十円の介。
「いけませんよ、そんな」と奥方。「他の見張りの人を斬ったのもあなたでしょう? 助けられてこんな事いうのは何ですけど、すぐに人を斬るのは悪い癖ですよ……あなたは何だかギラギラしすぎてますね」
「ギラギラ?」
「あなたはさやに入っていない抜き身のような方。とってもよく切れます。でも本当に良い刀は、さやに入ってるもんですよ」
「さや? 抜き身?……よくわからねえな、そのたとえ。ちょっと待ってくれ……ん、ああ、あのことか。つまり何だ、男女の営みのことだろ? 抜き身が良くねえってんなら、いいサヤをあてがって貰おうじゃねえか」と言って三十円の介はまた千鳩に襲いかかった。
「きゃーっ」
「無茶はよしてください!」若者たちは必死に三十円の介を制止した。
「なんでえ」
「あなた、その解釈は違います、違うのです」と奥方。「それにしてもあなた、よくそんな非常識でこれまで生きてこれましたね」
「違うのか? 抜き身とサヤって言ったらそれしか思い浮かばねえよ」
「あなた、もっと想像力を豊かに」
「豊か?」
「そうです。私はあなたの目を見れば分かります。あなたのご両親はあなたに立派な情操教育をお授けになっています」
「情操? なんだそりゃ……ああ、ひょっとしてあれか? いま流行りの『ゆとり教育』ってやつか」
「ん……一部はそれとも重なってまいりますわね、そう、少年の心を保っている本当のあなたは、きっと欲望にがつがつしない、ひろびろとした心の持ち主のはずです」
「ひろびろ?」
「そう、とっても広いお心」
「というと、4LDKぐらいか」
「ん……ちょっと数値では表しづらいですわね」
「それじゃよく分からねえ」
「もっとイメージを膨らませて」
「イメージ?」
いらいらした伊勢地が叫んだ。「二人とものんびり会話してる場合じゃない! 早くここを抜け出さなくては! 行き先は平田の家だ」
平田は九人の若者のひとりで、敵の一人である具呂藤(ぐろふじ)の隣りに住んでいたが、「灯台もと暗し」ということでそこが集合場所になったのだ。

屋敷の土塀のそばまで一同は走ってきて、男たちはそこを登ったが、奥方と千鳩は
「そんな、殿方は大丈夫ですけど、あたしたちには無理ですよ」
「ねえ」
「ええい、何をぐずぐず!」三十円の介は叫んで、塀のそばで四つん這いになった。
「さ、俺を踏み台にしてくれ」
「そんな、いけませんよ」と奥方。
「それに、この人に触ったら、わたし犯されそう」と千鳩。
「そんなことしやしねえよ、状況を考えろ、状況を! ぐずぐずしてるとまた人を斬らなきゃいけなくなるんだぜ」
「でも……」
「やっぱり無理よ」
追っ手の声が迫ってきた。
「ええい、やっぱり斬らなきゃならねえか!」
しかし三十円の介が向かってきた追っ手に対し刀を抜こうとすると、奥方が
「いけませんったら!」と叫んで三十円の介を後ろから羽交い絞めにした。両腕の自由を奪われた三十円の介の腹に、敵は三方から刀を突き刺した。
「ぎゃーっ」
「さ、今のうちに逃げましょ!」奥方と千鳩は三十円の介をほったらかしにして、ぴょんぴょんと軽々塀をとび越えて逃げていった。

(つづく)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.

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No.56
2009/10/16 (Fri) 01:28:05

「石黒博士? この吐屠郎の首がそのはずですが?」毒島が言った。
「吐屠郎の顔はタケやんだよ。石黒博士がそんなアホ面なもんか」姦太が応じた。
 吐屠郎は身振りで、石黒博士の首に何か話させようと提案しているようだった。
「ふむ……石黒博士にこの状況の打開策を尋ねようというのか。首を蘇生させるんだな。設備も揃っているし、あるいは成功するかも知れん……毒島博士、手伝ってくれ」
 西神博士はそう言って、石黒博士の首を持って手術室に向かった。
「あ、その前に、言いそびれていたのですが」毒島は西神に小声で言った。「この姦太という少年が、腕をゾンビに噛まれています。放っておくと彼もゾンビになってしまいますが」
 さっそく姦太の血液が検査された。「これはいかん」西神はうめいた。
「どうしたの? おれ、体が悪いんですか」
「姦太君、実はね……気を確かに持って聞くんだよ」毒島は姦太の体に今後起こることを説明した。「つらいだろうが、君も最後まで人間として生きたいだろう……あんな薄気味悪いゾンビなんかになりたくないだろう。よく考えて、そして自分の手で始末をつけてほしい」
 毒島は一丁の拳銃をずしりと、姦太の前に置いた。
「そんな……姦太君に自殺しろっていうの!? 無茶だわ、治せるはずよ」殺気は叫んだ。
「もう手遅れなんだよ。姦太君には自分で頭を撃ち抜いてもらうしかない」
「うぁー」殺気は泣いた。
 姦太はぶるぶる震えながら黒い拳銃を見つめていた。

 手術室では、西神と毒島が石黒博士の頭部の手術にかかっていた。
「さて、人工心肺装置もある。電気刺激で博士の意識を呼び起こせるかどうか……脳がネクロージスを起こしていないかが心配だな」西神はそう言って、てきばきと蘇生の準備を進めた。
 様々な管が頸部につながれ、電気刺激を与えられて、やがてその青白い頭部のまぶたや口元の皮膚が、ぴくぴくと痙攣しだした。

 そのとき草壁は、まだ病院にはたどり着けず、霧の立ち込める砂利道を恐るおそる北へ向かって歩いていた。南から三四人のゾンビが、ふらふらと向かってくる。白目をむいて泡を吹いている、不気味なその青白い顔、顔、顔……。
 そのときパン、パン、パンと銃声が続けざまに鳴りひびいた。ゾンビたちはその場に倒れた。「大丈夫かね?」小柄で精悍な顔をした五十がらみの男が草壁に話しかけた。
「あ、ありがとうございます。命拾いしました」
「ここは危険だ。それに、島の外部と早く連絡を取らねば」
「あなたは?」
「私は喪漏(もろう)というものだ。この騒ぎの責任はすべて私にある……あなたは武器を持っていないようだから、私と来るといい。少し危険だが、サイバネティックス研究所に行って無線で本土と連絡を取ろうと思う」

 姦太はわなわなと肩を震わせていた。
「おれ……おれ、殺気のことが好きだったよ。模型飛行機も見せたかったし、自転車の三角乗りも見せたかった。でも、男だもんな。最後は潔く元気よく! う、うう、うひ、うひ、うひひひひ、あっるっこー、あっるっこー、歩くの、大好きー」ずぎゅーん!!
 姦太は自分の頭を撃ち抜いてこと切れた。
「姦太君!」
「姦太兄ちゃん!」冥も叫んだ。

「さあ、石黒博士が意識を取り戻したぞ。みんな、こっちへ来い」
 博士の首は、そこから出ている何本もの管が機械につながれ、うつろな目でゆっくりと周囲を見回していた。
「石黒博士、分かりますか? 聞こえますか?」
「き、聞こえる」
「なんといったらいいか……緊急事態なのです。呼び覚ましてしまって大変申し訳ありません」
「き、緊急事態とは、なんだ」
「ことの始まりは、喪漏博士がここにいる吐屠郎という人造人間を造ろうとしたことでした。そしてその際使用したゲルジウム・ガスが漏れてしまい、島中に広がってしまったのです。ゲルジウム・ガスは死者を蘇らせる作用があります。そのため今、獄門島はゾンビだらけなのです」
「そのガスの組成を教えてくれ」
 毒島はゲルジウム・ガスの化学組成を伝えた。
「うむ、少し考えさせてくれ……主成分のトライオキシン235の過剰な重酸素のためにガス中のウラニウム塩が容易にヒトの延髄に沈着し……その刺激によって視床と神経的に分離された頭頂葉が不随意筋の動作を可能にし……同時に放射性を帯びたリンパ液が人体の半永久的な運動を……つまりこの生ける死体の活動を休止させるには、活性化した神経の許容を超える放射線を被曝させる必要がある……一秒あたり約8000ミリシーベルトの放射線が必要だろう」
「ということは……」
「普通の人間が一瞬で死んでしまうような放射能で獄門島を一気に焼き尽くす必要があるということだ」

 喪漏博士と草壁は、なんとかサイバネッティクス研究所にたどり着き、無線で本土の防衛庁を呼び出した。オペレーターは初め態度がぞんざいだったが、喪漏が「喉切島と関わりのある件だ」というと途端に緊張して「担当将校につなぎます」との返事だった。
「化学兵器対策室の佐藤というものです。通報に感謝します。まずそちらの正確な位置をお知らせください……はい。いつからですか? 一週間前……で、その獄門島の面積はどのくらい? で、何人ぐらい蘇りました? ……ではその墓地の面積は? ふむ」
 佐藤という将校はてきぱきと質問し「至急作戦行動をとります。折り返し連絡しますからそのままでお待ちください」
 佐藤は無電を切ると、ミサイル将校に直通の緊急用ホットラインを呼び出した。
「“ツチノコ”が目を覚ました。目標は獄門島」

「しかし石黒博士、ゾンビを倒すためには我々も共倒れになるしか方法がないとは……もっと有効な弱点はゾンビにはないのですか?」西神が言った。
「死にたくなければさっさと逃げることだ。いや、もう政府は核ミサイルを使った事態の鎮圧に動いてるかも知れん。喉切島の前例があるという事だし……いや、ちょっと待て、今日は何日だ?」
「十一月の七日です」
「いかん、獄門島はもうすぐ海に沈む」
「ええっ」一同は驚いた。
「私は死ぬ前日に南からまっすぐ走るひび割れを海岸で見た。それはニューギニア西方沖から続き、ユーラシアプレート全域を揺るがす地殻変動の予兆なのだ」
 石黒博士が言い終わると、ごごごご……という轟音が沖から響いてきた。みしみしと建物が揺れだし、外を見ると南方から巨大な津波が押し寄せてくるのが見えた。
「この島は、もう海に沈んじゃうの!? すぐに?」不安な顔で殺気が尋ねた。
「そうだ」石黒博士が断言した。
 ごごごご……がががが……かつて威容を誇った七酷山病院は、土台から崩れさった。

 かつて獄門島があった海域には、陸地は跡形もなく、青々とした海が広がっていた。かん高い少女の叫び声が聞こえる。
「ウシシ、ウシシ、美味そうなすけとうだら~~!」
 冥が黄色味がかった赤黒い目をぐりぐりさせて、魚類とたわむれていた。
 そこへ、白い大きな汽船が通りかかった。
「見ろ、あそこで子どもが溺れているぞ!!」
「ロープと浮き輪を投げろ!」
 冥は、大人たちによって汽船に運び上げられた。甲板で、立派なあごひげをした白衣の男が冥を抱きしめて言った。
「お嬢ちゃん、もう心配は要らないよ。おじさんたちとイソダストリアに行こうね」
「うききききー!!」

(おわり)

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No.55
2009/10/16 (Fri) 01:25:59

 毒島(ぶすじま)をまじえて、殺気(さつき)、冥(めい)、姦太(かんた)、それから鬼婆は、階段でデパートの上の階へ向かった。殺気と冥は缶詰など食料品を集めにかかった。
「毒島さん、みんな、ちょっとこっちに来て! 屋上にヘリコプターがある」姦太が非常口から手招きした。
 皆は屋上に向かった。そこには五人は充分に乗れそうな黄色いヘリコプターがあった。
「燃料は入っているようだな」毒島は言った。
「毒島さん、操縦できる?」殺気が聞いた。
「いや、残念ながら出来ない」
「はぁ、ぬか喜びだったか」姦太がつぶやいた。
「しかたねえの、わしが操縦すっか」鬼婆はそういうと、懐から取り出したサングラスをかけ、操縦席についた。
「婆ちゃん、操縦できるの!?」姦太が驚いて言った。
「お婆ちゃん、すごーい!!」殺気と冥が叫んだ。
「むかしSWAT部隊にいたからの」
 皆はすっかりヘリコプターに乗り込んだ。
「テイク・オフぞな」鬼婆はヘリを離陸させた。地上を見おろすと、どこもかしこもゾンビの群れがのろのろ歩き回っていた。
「ひどいわ……お父さん、どこにいるんだろう」殺気が心細げに言った。
「ちょっと姦太くん、その腕どうしたんだい」毒島が尋ねた。
 姦太の二の腕に、噛まれたような化膿しかかった傷があった。
「殺気のうちでゾンビと戦ったときに噛まれたんだ。どうってことないよ」
「そうか……」
「……そろそろ病院が見えてきたわ。屋上にヘリ、着陸できそうじゃない、お婆ちゃん?」殺気が言うと鬼婆は首を振った。
「もう病院も危ねえ、近寄らんほうがええわ。獄門島はもう駄目だ、このまま逃げちまったほうがええ」
「いやよそんなの! 病院にはお母さんがいるのよ。お母さんとお父さん、みんないっしょでなきゃ嫌!」
「そげなこと言ってもなぁ……じゃ、病院に降りるから三十分以内に戻ってきな。三十分たったら婆ちゃん独りで逃げちまうからの」

 鬼婆を除く四人は病院の屋上でヘリを降り、無事に生きている人間を慎重に探した。さいわい最上階にはゾンビの姿は見当たらなかった。
「誰だ」角を曲がろうとした姦太のこめかみに銃が突きつけられた。
「ぼ、僕はゾンビじゃありません、怪しい者でもありません」
「西神先生!」殺気が叫んだ。そう、そこにいたのは、母の主治医の西神博士だった。
「お母さんを探してるんです、お母さんは無事なんですか!?」
「なんだ、草壁さんのお嬢さんか。いや……いきなりゾンビの大群に襲われたもんで、できるかぎり多くの患者をこの最上階に上げて階下を封鎖したんだが……草壁さんの奥さんはどうも見当たらないんだ」
「そんな、そんな」
「あたしが下に行ってお母さん探してこようか」冥が拳銃を両手に持って言った。
「いや、いくら人間離れした冥ちゃんでも危険だ」
「おお、ここにいたのか」病院内を手分けして探っていたので、はぐれていた毒島が来た。
「こちらは?」西神が聞いた。
「毒島といいます」
「たしか喪漏博士(もろうはかせ)の助手も毒島といったが……」
「はい……博士の助手です」毒島は少し決まり悪そうに言った。この騒ぎの責任は、間違いなく喪漏博士と自分にあったからだった。しかし皆はまだそのことを知らない。
「喪漏博士なら、この騒ぎを静める効果的な方法を知っているかも知れない、と思っていたのだが」
「いや……何もかも白状します。隠したって仕方がない」
 毒島は、ゲルジウム・ガスで人造人間吐屠郎を生み出し、その過程でガスが漏れ、この騒ぎにつながった、という一部始終を語った。
 冷然と毒島を見おろす西神博士。しかしやがて
「起こってしまったことはしょうがない。事態の収拾策を考えよう。そうしたガスについて詳しそうな人物といえば、喪漏博士と、あとこの島では石黒博士……いや、石黒さんは死んだんだっけな」
 石黒博士は、無実の罪で処刑されたのだった。
「……いや、実は石黒博士の首というのが……」毒島が言いかけたとき、姦太が叫んだ。
「あれを見ろ。ヘリコプターが!」
 皆がいる場所の窓から、ちょうどヘリポートが見えたが、今しもヘリが飛び立とうとしていた。しかし驚くべきはそのことではなく、白衣の医者や患者らしき大勢の男たちが、ヘリになんとか乗ろうとしてしがみつき、機体が大きくバランスを崩しかけていたことだった。
「危ない! 婆ちゃん、離陸をやめろ!」
 姦太が必死に叫んだが、ヘリの爆音もあり聞こえるはずもなく、鬼婆は必死でヘリを飛び立たせようとしていた。操縦席から乗り出して、機体につかまっている大勢の男たちに向けて銃を撃ちまくっている。サングラスをした鬼婆は、物凄い形相でなにやら悪態をついているようだった。
「まるで蜘蛛の糸にむらがる亡者の群れだ。まさに地獄だ」西神博士はつぶやいた。
 ヘリコプターはついに亡者たちの重みに耐えかね、炎上しながら地上に墜落していった。多くの者を巻き添えにしながら……。
「お婆ちゃん!!」
「ああいう死に方はしたくないものだ……この状況の中、いずれ死ぬにしても」西神は言った。

 ドン!……ドン!……封鎖している非常口の扉が、何者かによって衝撃を受けていた。
「ゾンビが大群で襲ってきたのか!?」西神博士は銃を構えた。
「ウォ、ウォ、ウォー! ウォ、ウォ、ウォー!」
「と、と、ろ……吐屠郎の声だ!!」冥が叫んだ。
「吐屠郎は味方と思っていいのか?」西神が言うと、殺気と冥は声をそろえて
「もちろん味方よ!」と叫んだ。

 吐屠郎は迎え入れられた。青白い顔を神経質に引きつらせている。その毛むくじゃらの手には風呂敷包みをぶらさげていた。
「吐屠郎、それ何?」冥が尋ねると、吐屠郎はバリケード用に廊下に出された机の一つに包みを載せ、開いてみせた。
「それは、人間の首……!?」一同は驚いた。
「待て、それは石黒博士の首じゃないか? そんなものをどうして……」西神が言った。

(つづく)
 
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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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