『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.42
2009/10/16 (Fri) 00:15:50
(これは、作者が mixi日記にてお題を募集し、「ショッピングモール」「バルカン」「ビール」の三語をいただいて三題噺にしたものです。)
航星日誌・宇宙暦0402.3075。われわれエンタープライズ号は、科学士官であるミス・文子(あやこ)の父にして高名な東洋学者・沼波成行(ぬまなみ・しげゆき)氏をお迎えし、惑星ハイドラ4号へお送りする使命を帯びていたが、航程に余裕があるため娯楽施設として名高い惑星エトセラに立ち寄ることになった。
―*―*―*―*―*―*―*―*
「惑星エトセラはなんでも星全体が巨大なショッピングモールのようなものだそうだね」船医であるドクター・マッコイが言うと、カーク船長は
「ああ、中には映画館や遊園地もあって娯楽にはことかかないらしい」と応じた。
「あの頑固なおやじさんが果して喜んでくれるかね」マッコイが渋面を作りながら言った。さすがのマッコイも、沼波博士の扱いには困り果てていたのである。
「磁気嵐が多少吹き荒れていますが、上陸には問題ないでしょう」バルカン人のスポックが言った。何よりも論理を重んじ、感情の表出を極度に嫌うバルカン星人の彼も、心なしかマッコイの困った様子をすこし面白がっている風があった。
転送ビームで、カーク、スポック、マッコイ、そして沼波博士と娘のミス・文子が惑星エトセラに上陸した。その広場では、子供たちがぬいぐるみを抱えて走ったり一輪車に乗って遊んでいた。
「ほほう、人間味にあふれた場所じゃないか。子供というのはそもそも遊ぶべきもので、机に縛り付けて学問させたってロクなもんになりゃしないよ」沼波博士は言った。
「気に入っていただいて来た甲斐があるというものです。何かご希望の娯楽はありますか?」
「川で魚が釣りたい」
「釣りですか。たしか自然公園があります。そう遠くないようですね」
「みんなでぞろぞろ行くには当るまい。それに文子は釣りなんかつまらないだろう、どこかで買い物でもしておいで。スポックとやら、お前はちっとも笑わんから、釣りの面白さを教えてやる。ついてきなさい」
というわけで、沼波博士とスポックは釣り、カークとマッコイと文子はショッピングに出かけることになった。
しかし沼波博士はそこらで遊んでいる子供たちに興味津津で、何度も立ち止まった。
「君は何をしているね」
「おはじき! でもつまんないや」
「おけらめ。たかがおはじきといって軽んじてはいけない、人間どんな小さな遊びごとでも全力を尽くし勝たずんばやまずの心がけが必要だ。闘鶏においても負け癖のついたものを下鳥(したどり)と言って人はこれをはなはだ忌む。それ、おじちゃんが相手だ」
「釣りに行くのではないのですか」とスポックが言うと
「おお、そうだ。ところで君のとがった耳は秀でた知性をよく表しているな。反面瞳の小ささは情愛の薄さを表している。太公望はなるほど智者だったが、それだけでは八十を過ぎたって登用されるはずはない、君も人間の情愛というものをもっと……」
「川に着きました。道具もあるようです」
「よし、釣具の扱い方を教えてやろう。いったい釣竿にもピンからキリまであって、その上等なものとなると好事家は土左衛門の手からでも奪い取るものだ、そこに釣りという趣味の魔力、業の深さが……」
「釣れました」
「なんだ、立派なマスじゃないか、やったな」
「はあ」
「もっと嬉しそうな顔をしろ! 人間の根本は情だ、いくら理において優れても成功の喜びを分かち合うことなしに社会の存立は有り得ない、禽獣が今なお穴居羽衣の状を呈する一方で人類が進歩発展してきた由縁はなんだと思う」
「バルカン人は感情を表にあらわしませんので」
「ならばバルカン人は渇虎餓狼がごとき狂態を呈して滅び去ると断言しよう」
そのときである。川から半魚人のような化け物たちがぞろぞろと姿を現した。するどい牙をむき、シーッシーッという声を発して今にも襲い掛かってきそうである。
「なんだこいつらは!」沼波博士は叫んだ。
「とにかく逃げて!」スポックが博士の手を引いて潅木の茂みに隠れようとすると、沼波博士は一歩も動かずに
「見れば君らは人間と同じに二本足で立っている。人間がこのような立派な建物を建てて日々孜々として努力し今日の発展を見ているというのに、貴様らは十年一日のごとく川底でナマズかなんぞを食ってその日暮しを続けているのであろう、汝らも二本足の人類の端くれならば我らのごとく造化の妙に参与してささやかなりとも文明の端緒を築いても良かろうものを、そのきたならしい、いじけた魚のようなエラを後生大事に生やして生き恥をさらし続ける外道めら、汝らに人の恥が万分の一でも残っているならば己が巣窟に帰って自らに憤り発奮して、善美なる心の陶冶にこれ努めよ」
すると凶悪な顔をした半魚人たちは、しょぼんとしてうなだれ、ぞろぞろともと来た川へ引き返していった。
沼波博士とスポックは広場に戻ってきて、カーク船長らと落ち合った。
「みんな、スポック先生が鱒を釣ったぞ。今夜はこれを焼いて祝杯だ」
「ちょうどよかったわ、ビールを買ってきてるのよ」と文子が言った。
そこらにいくらでもレストランがあるというのに、薪で鱒を焼いて食べるというのはいかにも沼波博士流だった。
皆が酒盛りしていると、暗闇の中から先ほどの半魚人がひとり現れ、気味の悪い蟹の干物のようなものをぽい、と放り出して去っていった。
「なんでしょうか」
「我らに対する礼儀のつもりなのだろう」といって沼波博士はその干物をむしゃむしゃ食べた。「何でも食ってみなきゃ味は分からないよ」
その後、半魚人たちはどうなるのだろうか。幸せに発展するのか、あるいは人類に逆襲を企てるのか、それは神のみぞ知ることである。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
航星日誌・宇宙暦0402.3075。われわれエンタープライズ号は、科学士官であるミス・文子(あやこ)の父にして高名な東洋学者・沼波成行(ぬまなみ・しげゆき)氏をお迎えし、惑星ハイドラ4号へお送りする使命を帯びていたが、航程に余裕があるため娯楽施設として名高い惑星エトセラに立ち寄ることになった。
―*―*―*―*―*―*―*―*
「惑星エトセラはなんでも星全体が巨大なショッピングモールのようなものだそうだね」船医であるドクター・マッコイが言うと、カーク船長は
「ああ、中には映画館や遊園地もあって娯楽にはことかかないらしい」と応じた。
「あの頑固なおやじさんが果して喜んでくれるかね」マッコイが渋面を作りながら言った。さすがのマッコイも、沼波博士の扱いには困り果てていたのである。
「磁気嵐が多少吹き荒れていますが、上陸には問題ないでしょう」バルカン人のスポックが言った。何よりも論理を重んじ、感情の表出を極度に嫌うバルカン星人の彼も、心なしかマッコイの困った様子をすこし面白がっている風があった。
転送ビームで、カーク、スポック、マッコイ、そして沼波博士と娘のミス・文子が惑星エトセラに上陸した。その広場では、子供たちがぬいぐるみを抱えて走ったり一輪車に乗って遊んでいた。
「ほほう、人間味にあふれた場所じゃないか。子供というのはそもそも遊ぶべきもので、机に縛り付けて学問させたってロクなもんになりゃしないよ」沼波博士は言った。
「気に入っていただいて来た甲斐があるというものです。何かご希望の娯楽はありますか?」
「川で魚が釣りたい」
「釣りですか。たしか自然公園があります。そう遠くないようですね」
「みんなでぞろぞろ行くには当るまい。それに文子は釣りなんかつまらないだろう、どこかで買い物でもしておいで。スポックとやら、お前はちっとも笑わんから、釣りの面白さを教えてやる。ついてきなさい」
というわけで、沼波博士とスポックは釣り、カークとマッコイと文子はショッピングに出かけることになった。
しかし沼波博士はそこらで遊んでいる子供たちに興味津津で、何度も立ち止まった。
「君は何をしているね」
「おはじき! でもつまんないや」
「おけらめ。たかがおはじきといって軽んじてはいけない、人間どんな小さな遊びごとでも全力を尽くし勝たずんばやまずの心がけが必要だ。闘鶏においても負け癖のついたものを下鳥(したどり)と言って人はこれをはなはだ忌む。それ、おじちゃんが相手だ」
「釣りに行くのではないのですか」とスポックが言うと
「おお、そうだ。ところで君のとがった耳は秀でた知性をよく表しているな。反面瞳の小ささは情愛の薄さを表している。太公望はなるほど智者だったが、それだけでは八十を過ぎたって登用されるはずはない、君も人間の情愛というものをもっと……」
「川に着きました。道具もあるようです」
「よし、釣具の扱い方を教えてやろう。いったい釣竿にもピンからキリまであって、その上等なものとなると好事家は土左衛門の手からでも奪い取るものだ、そこに釣りという趣味の魔力、業の深さが……」
「釣れました」
「なんだ、立派なマスじゃないか、やったな」
「はあ」
「もっと嬉しそうな顔をしろ! 人間の根本は情だ、いくら理において優れても成功の喜びを分かち合うことなしに社会の存立は有り得ない、禽獣が今なお穴居羽衣の状を呈する一方で人類が進歩発展してきた由縁はなんだと思う」
「バルカン人は感情を表にあらわしませんので」
「ならばバルカン人は渇虎餓狼がごとき狂態を呈して滅び去ると断言しよう」
そのときである。川から半魚人のような化け物たちがぞろぞろと姿を現した。するどい牙をむき、シーッシーッという声を発して今にも襲い掛かってきそうである。
「なんだこいつらは!」沼波博士は叫んだ。
「とにかく逃げて!」スポックが博士の手を引いて潅木の茂みに隠れようとすると、沼波博士は一歩も動かずに
「見れば君らは人間と同じに二本足で立っている。人間がこのような立派な建物を建てて日々孜々として努力し今日の発展を見ているというのに、貴様らは十年一日のごとく川底でナマズかなんぞを食ってその日暮しを続けているのであろう、汝らも二本足の人類の端くれならば我らのごとく造化の妙に参与してささやかなりとも文明の端緒を築いても良かろうものを、そのきたならしい、いじけた魚のようなエラを後生大事に生やして生き恥をさらし続ける外道めら、汝らに人の恥が万分の一でも残っているならば己が巣窟に帰って自らに憤り発奮して、善美なる心の陶冶にこれ努めよ」
すると凶悪な顔をした半魚人たちは、しょぼんとしてうなだれ、ぞろぞろともと来た川へ引き返していった。
沼波博士とスポックは広場に戻ってきて、カーク船長らと落ち合った。
「みんな、スポック先生が鱒を釣ったぞ。今夜はこれを焼いて祝杯だ」
「ちょうどよかったわ、ビールを買ってきてるのよ」と文子が言った。
そこらにいくらでもレストランがあるというのに、薪で鱒を焼いて食べるというのはいかにも沼波博士流だった。
皆が酒盛りしていると、暗闇の中から先ほどの半魚人がひとり現れ、気味の悪い蟹の干物のようなものをぽい、と放り出して去っていった。
「なんでしょうか」
「我らに対する礼儀のつもりなのだろう」といって沼波博士はその干物をむしゃむしゃ食べた。「何でも食ってみなきゃ味は分からないよ」
その後、半魚人たちはどうなるのだろうか。幸せに発展するのか、あるいは人類に逆襲を企てるのか、それは神のみぞ知ることである。
(終)
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No.41
2009/10/16 (Fri) 00:12:54
「よう、これからどうする?」
おれの名前はアレックス。それにおれのドルーグたち三人――ピートにジョージーにディムだ。おれたちはコロバ・ミルクバーに腰をすえて、今晩これから何やらかそうって、相談してたとこ。コロバ・ミルクバーってのは、ミルクにプラス何かって場所で、つまりはベロセットとかシンセメスクとかドレンクロムなんてものをモロコに入れて飲んじゃう。そうすると、ものすごくハラショーな時間が楽しめるってわけ。けっこう有名な芸能人もお忍びで来てて、さっきも日本の何とかピーってやつが「マンモスらりピー!」とか叫んで踊り狂ってたっけ。
でも俺たち、ポケットに金がもういっぱいで、どっかの金持のバアさんをトルチョックして血の池に泳がせといて強盗するとか、そんなことしなくていいんだ。若い女の子を襲ってみんなでインアウトするのにも飽きちゃったしなぁ。ビリー・ボーイ一派もこのあいだの喧嘩でみんな病院送りになって、喧嘩の相手もいないってわけだ。この若いエネルギーをどうやって発散すればいいっていうんだい、兄弟?
「よう、これからどうする?」
「あれの続き、やらねえか?」
「あれか。あれ、結構おもしれえもんな。よし、ジョージー、顕微鏡持ってきたか? ピートはピンセット一式。ディムは部品だ」
--------------
アレックスが言うと、ジョージーとピートは道具を取り出し、ディムはものすごく小さな歯車や心棒などの部品を無数にテーブルに並べた。アレックスは顕微鏡を覗き、ピンセットでこれらの部品を慎重に組み立て始めた。
「上手くいきそうか、兄弟?」
「うるせえ、手元が狂うじゃねえか」
そう、アレックス一味の間では、いまアナログ時計の組み立てが流行っていたのである。
コロバ・ミルクバーの夜はふけてゆく……。
(終)
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おれの名前はアレックス。それにおれのドルーグたち三人――ピートにジョージーにディムだ。おれたちはコロバ・ミルクバーに腰をすえて、今晩これから何やらかそうって、相談してたとこ。コロバ・ミルクバーってのは、ミルクにプラス何かって場所で、つまりはベロセットとかシンセメスクとかドレンクロムなんてものをモロコに入れて飲んじゃう。そうすると、ものすごくハラショーな時間が楽しめるってわけ。けっこう有名な芸能人もお忍びで来てて、さっきも日本の何とかピーってやつが「マンモスらりピー!」とか叫んで踊り狂ってたっけ。
でも俺たち、ポケットに金がもういっぱいで、どっかの金持のバアさんをトルチョックして血の池に泳がせといて強盗するとか、そんなことしなくていいんだ。若い女の子を襲ってみんなでインアウトするのにも飽きちゃったしなぁ。ビリー・ボーイ一派もこのあいだの喧嘩でみんな病院送りになって、喧嘩の相手もいないってわけだ。この若いエネルギーをどうやって発散すればいいっていうんだい、兄弟?
「よう、これからどうする?」
「あれの続き、やらねえか?」
「あれか。あれ、結構おもしれえもんな。よし、ジョージー、顕微鏡持ってきたか? ピートはピンセット一式。ディムは部品だ」
--------------
アレックスが言うと、ジョージーとピートは道具を取り出し、ディムはものすごく小さな歯車や心棒などの部品を無数にテーブルに並べた。アレックスは顕微鏡を覗き、ピンセットでこれらの部品を慎重に組み立て始めた。
「上手くいきそうか、兄弟?」
「うるせえ、手元が狂うじゃねえか」
そう、アレックス一味の間では、いまアナログ時計の組み立てが流行っていたのである。
コロバ・ミルクバーの夜はふけてゆく……。
(終)
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No.40
2009/10/16 (Fri) 00:11:26
「私に双子の姉がいたなんて!」景浦家の令嬢、麗子が叫んだ。
「はい。法子お嬢様といいまして、お生まれになった直後に大叔父様がひきとられ、その後出来たベルリンの壁に隔てられてお会いすることが叶わなかったのでございます」
「で、お姉さまは今、チューリッヒにいらっしゃるのね!? すぐ行くわ。秀じい、車を廻して!」
「僕も行こう」と、麗子の婚約者、鏡隆一郎が言った。
法子はホテルをチェックアウトして空港へ向かうところだった。そこに自分と容貌のそっくりな女が現れたものだから、法子は大いに驚いた。
「お姉さま、法子お姉さま。わたし、あなたの双子の妹の麗子と申します。長く生き別れになっていました」
「まあ……じゃ、私が双子だというのは本当だったのね! 私、自分の赤ん坊のころの写真で、もう一人の女の子と一緒に抱かれているのを見たわ。でも叔父様に尋ねても答えてくださらなかった。あなたが、あなたが私の妹なのね」法子は涙ぐんで言った。
「よかったね、麗子さん」と、彼女の婚約者が言った。
「あら! ひょっとして、ひょっとして、あなたは鏡隆一郎さんじゃなくて?」法子が言った。
「どうして法子お姉さまが隆一郎さんをご存知なの?」
「だって、だって隆一郎さんは十年前に船が難破して離れ離れになった私のいいなずけなんですもの」
「なんですって!」
「法子さん、本当に法子さんなのかい? てっきりあのとき君は死んでしまったものと思っていたんだ」隆一郎は言った。
「私、私、あなたからもらった銀のペンダントをまだ持っているわ。ほら」法子はそれを見せた。
「しかし法子さん、いま僕は麗子さんと婚約してるんだ。すまない、許してくれ」
「でも、でもあなたは私と先に婚約したのよ! こっちの方が正当性があるはずよ」法子は麗子をキッとにらんだ。「弁護士の先生もきっとそう仰るわ」
そのときである。ちょうど獅子座流星群のまっただ中にあった地球に、流星のかけら、すなわち隕石がチューリッヒ上空に飛来し、法子の頭を直撃した。昏倒する法子。
「法子さん、しっかりするんだ! 気を確かに! 秀じい、救急車を!」
救急車の中で、昏睡状態にある法子をみまもる隆一郎と麗子。
「すぐに輸血が必要だが、この血液型は、用意がない……」救急隊員が言った。
「血液型は何ですの?」
「O型、RHマイナス」
「わたしと同じだわ」麗子は言った。「さ、わたしの血で法子お姉さまを助けてあげて」
法子は昏睡状態の中でこの会話を聞いたのか、一粒の涙が彼女の眼からこぼれ落ちた。恋人を争う私を助けてくれるなんて……。
病院に着くと、法子はすぐに集中治療室に運ばれた。若い女医が、てきぱきと法子の心拍や脈搏、脳波などを検査した。「頭蓋が陥没して脳を圧迫しています」レントゲン写真を片手に女医が言った。「頭蓋を修復して神経を整復しなければなりません。すぐに手術に入ります」
チクタク、チクタク。手術室のランプがともり、長い時間が過ぎた。麗子と隆一郎は手を取り合い、固唾をのんで待った。三時間、四時間。神経の疲れた麗子はいつしかウトウトとして、そしてハッと目を覚ました。手術室のランプが消えて、女医が出てきたところだった。
「ひとまず手術は成功です。でも、今夜が山ですね」そう言って、女医はマスクをはずした。
女医の顔を見た麗子と隆一郎は驚いた。彼女は、麗子と法子に生き写しの顔をしていた。
「私は速水涼子。しかし本当は景浦家の三つ子の長女。ふふ、こんな所で二人の妹に会えるとはね」女医は言って、そして鏡隆一郎のほうに向き直った。「隆一郎さん。私もあなたのことがずっと好きだったわ。思えば十五年前から……私は今はこの病院の院長、速水賢太郎の娘。私と結婚すれば巨万の富が手に入るわ。どう、私と結婚なさらない?」
「そんなことは無理よ! 私や法子お姉さまは正式に隆一郎さんと婚約してるんですからね!」
「そんなものね」涼子は煙草をふかして言った。「お金の力でどうにでもなるものなのよ」
「隆一郎さん、何とか言って!」麗子は叫んだ。
隆一郎は、額から汗を流し、苦悩の表情を浮かべた。彼の頭から、湯気のようなものが立ち昇っている。
「こうなっては、僕も本当の事を言おう。本物の鏡隆一郎は二十年前に死んでいる」
「ええっ!!」
「麗子、覚えているかい。二十年前、僕が誤ってクレーン車に挟まれたときのことを。僕はあのとき死んだのだ。そのとき父の親友であるロボット工学者の天馬博士が、僕とそっくりのロボットを造り上げた。それが僕さ」
「そんな、信じられない」麗子と涼子は声をそろえて言った。
「ごらん、僕のお腹の中を」隆一郎が自分の腹についた扉を開けると、そこには電気回路がびっしりと詰まり、無数の歯車が回転していた。
「しかし僕は、こんなところでぼやぼやしてはいられない。僕が天馬博士から託された本当の使命は、未知の宇宙空域の調査にあるのだ。ベントラー、ベントラー。これからアルタイル星系に向かわねば」
すると病院の窓から、オレンジ色に光る円盤が飛来するのが見えた。
「では、さようなら!! 地球の皆さんによろしく!!」
隆一郎が靴底からジェットを噴射して飛びたち、円盤に吸い込まれていくのを、麗子と涼子はぼんやりと眺めているだけだった。
(終)
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「はい。法子お嬢様といいまして、お生まれになった直後に大叔父様がひきとられ、その後出来たベルリンの壁に隔てられてお会いすることが叶わなかったのでございます」
「で、お姉さまは今、チューリッヒにいらっしゃるのね!? すぐ行くわ。秀じい、車を廻して!」
「僕も行こう」と、麗子の婚約者、鏡隆一郎が言った。
法子はホテルをチェックアウトして空港へ向かうところだった。そこに自分と容貌のそっくりな女が現れたものだから、法子は大いに驚いた。
「お姉さま、法子お姉さま。わたし、あなたの双子の妹の麗子と申します。長く生き別れになっていました」
「まあ……じゃ、私が双子だというのは本当だったのね! 私、自分の赤ん坊のころの写真で、もう一人の女の子と一緒に抱かれているのを見たわ。でも叔父様に尋ねても答えてくださらなかった。あなたが、あなたが私の妹なのね」法子は涙ぐんで言った。
「よかったね、麗子さん」と、彼女の婚約者が言った。
「あら! ひょっとして、ひょっとして、あなたは鏡隆一郎さんじゃなくて?」法子が言った。
「どうして法子お姉さまが隆一郎さんをご存知なの?」
「だって、だって隆一郎さんは十年前に船が難破して離れ離れになった私のいいなずけなんですもの」
「なんですって!」
「法子さん、本当に法子さんなのかい? てっきりあのとき君は死んでしまったものと思っていたんだ」隆一郎は言った。
「私、私、あなたからもらった銀のペンダントをまだ持っているわ。ほら」法子はそれを見せた。
「しかし法子さん、いま僕は麗子さんと婚約してるんだ。すまない、許してくれ」
「でも、でもあなたは私と先に婚約したのよ! こっちの方が正当性があるはずよ」法子は麗子をキッとにらんだ。「弁護士の先生もきっとそう仰るわ」
そのときである。ちょうど獅子座流星群のまっただ中にあった地球に、流星のかけら、すなわち隕石がチューリッヒ上空に飛来し、法子の頭を直撃した。昏倒する法子。
「法子さん、しっかりするんだ! 気を確かに! 秀じい、救急車を!」
救急車の中で、昏睡状態にある法子をみまもる隆一郎と麗子。
「すぐに輸血が必要だが、この血液型は、用意がない……」救急隊員が言った。
「血液型は何ですの?」
「O型、RHマイナス」
「わたしと同じだわ」麗子は言った。「さ、わたしの血で法子お姉さまを助けてあげて」
法子は昏睡状態の中でこの会話を聞いたのか、一粒の涙が彼女の眼からこぼれ落ちた。恋人を争う私を助けてくれるなんて……。
病院に着くと、法子はすぐに集中治療室に運ばれた。若い女医が、てきぱきと法子の心拍や脈搏、脳波などを検査した。「頭蓋が陥没して脳を圧迫しています」レントゲン写真を片手に女医が言った。「頭蓋を修復して神経を整復しなければなりません。すぐに手術に入ります」
チクタク、チクタク。手術室のランプがともり、長い時間が過ぎた。麗子と隆一郎は手を取り合い、固唾をのんで待った。三時間、四時間。神経の疲れた麗子はいつしかウトウトとして、そしてハッと目を覚ました。手術室のランプが消えて、女医が出てきたところだった。
「ひとまず手術は成功です。でも、今夜が山ですね」そう言って、女医はマスクをはずした。
女医の顔を見た麗子と隆一郎は驚いた。彼女は、麗子と法子に生き写しの顔をしていた。
「私は速水涼子。しかし本当は景浦家の三つ子の長女。ふふ、こんな所で二人の妹に会えるとはね」女医は言って、そして鏡隆一郎のほうに向き直った。「隆一郎さん。私もあなたのことがずっと好きだったわ。思えば十五年前から……私は今はこの病院の院長、速水賢太郎の娘。私と結婚すれば巨万の富が手に入るわ。どう、私と結婚なさらない?」
「そんなことは無理よ! 私や法子お姉さまは正式に隆一郎さんと婚約してるんですからね!」
「そんなものね」涼子は煙草をふかして言った。「お金の力でどうにでもなるものなのよ」
「隆一郎さん、何とか言って!」麗子は叫んだ。
隆一郎は、額から汗を流し、苦悩の表情を浮かべた。彼の頭から、湯気のようなものが立ち昇っている。
「こうなっては、僕も本当の事を言おう。本物の鏡隆一郎は二十年前に死んでいる」
「ええっ!!」
「麗子、覚えているかい。二十年前、僕が誤ってクレーン車に挟まれたときのことを。僕はあのとき死んだのだ。そのとき父の親友であるロボット工学者の天馬博士が、僕とそっくりのロボットを造り上げた。それが僕さ」
「そんな、信じられない」麗子と涼子は声をそろえて言った。
「ごらん、僕のお腹の中を」隆一郎が自分の腹についた扉を開けると、そこには電気回路がびっしりと詰まり、無数の歯車が回転していた。
「しかし僕は、こんなところでぼやぼやしてはいられない。僕が天馬博士から託された本当の使命は、未知の宇宙空域の調査にあるのだ。ベントラー、ベントラー。これからアルタイル星系に向かわねば」
すると病院の窓から、オレンジ色に光る円盤が飛来するのが見えた。
「では、さようなら!! 地球の皆さんによろしく!!」
隆一郎が靴底からジェットを噴射して飛びたち、円盤に吸い込まれていくのを、麗子と涼子はぼんやりと眺めているだけだった。
(終)
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
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✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
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我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
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