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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/25 (Mon) 01:57:21

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No.30
2009/10/15 (Thu) 23:46:52

 額に深い皺を刻んだ、白髪のその男は、薄い唇を固く結んだ威厳のある顔をうつむき加減にして、一心に何かを祈っている。部屋のいたるところに並べられたロウソクの灯が、この男の顔を黄色く照らし、薄く開かれた男の眼をきらきら光らせている。

 真っ白な手術室。少年の白い体ののった手術台を取り囲む、医師たち。執刀医がメスを少年の鳩尾(みぞおち)に下ろすと、光沢のあるその刃の側面が鏡となって、鮮やかに少年の肌を映し出した。メスは少年の腹をまっすぐ下に切ってゆく――しかし血は出ない、まったく。マスクをした医者は眉を上げてかすかな驚きの表情を見せた。そして、少年の腹を開いたとき、医師たちはさらに驚愕した――ない、何もない! 少年の腹の中は、そこにあるべき内臓がひとつもなく、がらんどうだった。そのかわり、腹腔の内壁は、なにか玉ねぎの薄皮のようなものに覆われ、かさかさしたその皮は、ところどころはがれかかっていた。執刀医は悪夢でも見ているかのように慌てふためき、その何もない腹腔の内壁を、両手でぺたぺたと、何度も触ったのだった。
 腹を裂かれているその少年は、首をググ……と震えさせながら徐々に持ち上げて、猫のように冷たいその眼をあらん限りに見開いて、自分の腹の中を見回した。固く結んだ少年の薄い唇は、さきほどロウソクの並んだ部屋の中で祈っていた男のものと、まったく同じだった。

 額に深い皺の刻まれた、荘厳な顔つきの男が、一心に祈っている……その部屋の扉が、突然バタンと開いた。
 手術着の医師たちが、そこに立っていた。ぼそぼそと小さな声で話し始める。
「お気の毒ですが……私どもには治すことは……」

 白衣の医師たちが、病院の玄関前に居並び無表情に見送る中、白髪の、陰鬱なその男と、少年が帰ってゆく。男は少年を背負って、早朝の濃い霧の中へ、どこか遠くの世界へ――だんだんと、消えていった。重苦しい足音を残して……。

 若い医師はハッと目を覚ました。奇妙な夢を見た。腹の中ががらんどうの少年……一心に祈る老人……奇妙だが生々しい夢……。
 時計を見た。午前三時。喉が渇いたので、水をすこし飲んだ。その瞬間、彼は燃えるような腹痛を覚えた。腹の中で炎が燃えさかっているような、激痛!
 彼は救急車を呼んだ。まもなく、サイレンの音。
 若い医師が運び込まれたのは、彼が勤務する病院だった。彼の先輩医師が、治療に当たった。
 レントゲンが撮られた。それを見た先輩医師は、ただちに手術を行うことに決めた。

「わたしの病名は何なのですか」
 答えをためらう先輩医師。
「重いのでしょうか。癌でしょうか……わたしは本当のことを知りたいのです……お願いです」
「よろしい、正直に言おう」先輩医師は不安そうで、またイライラしていた。額から汗が流れていた。「君の腹を開いてみたよ……そこには……何もなかった! 腸も、胃も、肝臓も腎臓も、肺もなかった。心臓さえ、なかったんだ! 頭蓋は開いていないが、レントゲンで見る限り、君には脳すらないのだ! 君がなぜ腹痛を起こしたのかは、分からない。それどころか、君がなぜ生きていられるのかすら、さっぱり分からないのだ!」

 若い医師への治療は、鎮痛剤で痛みをとることしかできなかった。
 若い医師は、都会を離れた静かな土地で、静養することになった。鎮痛剤を服むより他に処置のしようがなかったので、入院の必要はないと判断されたのだった。


 ある日の午後、静養先の海岸に、その若い医師はいた。
 静かな木陰で彼が横になっていると、はるか水平線上に、小さな小さな、白い帆かけ船を見つけた。非常にゆっくりと、その船はこちらに近づいてくるようだった。若い医師は、それを眺めているうち、いつしか眠ってしまった。

 どのくらい眠ったか、目を覚ますと、すぐ目の前の岸辺に、その白い帆かけ船がすでに着いていた。白いシャツを着た男が、船を降り、こちらにやってくる。彼は言った。
「われわれの島に、重病人が出ました。島には、医者がおりません。先生、急な申し出で恐縮ですが、島に来てその病人を診ていただけないでしょうか」
 若い医師は承諾した。そして、その白い小船に乗って、離れ小島に向かっていった。
「重病人というのは、十一歳の少年です。非常な高熱を出して、苦しんでいます。その少年は、生まれてから一度も口をきいたことがありません。だから、どこがどう苦しいのか、他人にはわかりません」
 白いシャツの男が言った。
 若い医師はうなずいた。船にゆられ、潮風に吹かれながら、彼は憂鬱な顔をしていた。
   
 島に着き、若い医師は重病だという少年の家に案内された。
「わざわざおいでいただいて、ありがとうございます」少年の母親が、伏し目がちに言った。「こちらです」
 母親に案内されて、部屋に通された医師は、白いベッドで静かに眠っている少年を見た。色が白く、ほっそりした顔。薄い唇。茶色っぽい髪。
 その少年は、彼が燃えるような腹痛をおこした晩の夢で見た、手術を受けていたあの少年にどことなく似ていた。
 眠っていた少年が突然、目を開けた。あの目だ! 医師が夢で見た少年とまったく同じの、猫のような冷たい目。
 少年は若い医師を凝視していた。
 若い医師はすこし狼狽しながらも、自らの仕事にかかろうとした。
「では、診察いたしますので」
 医師は聴診器を少年の胸に当てた。
 聞こえない……心臓の音が聞こえない。
 医師は少年の顔を見た。少年も医師の目を見ていた。
 若い医師は軽いめまいを覚えた。やはりこの少年も、「あの病気」なのか……。
 「おじさん……おじさん」誰かが、若い医師の心の中に呼びかけた。「おじさん……僕だよ」
 医師は少年を見た。少年の薄い唇は閉じられたままだ。だが、この少年が呼びかけてきているに違いないと、医師は思った。
「おじさん……おじさんも、僕と同じなんだろう? お腹の中に、何も無いんだろう? 心臓も、肝臓も、胃も、腸も、無いんだろう?」
 医師は戦慄して立ちすくんでいた。少年の声が、引き続き彼の心の中に響いてくる。
「僕はこの病気のことは、よくわかっている……いや、これは病気なんかじゃないんだ。僕らの内臓は、海の神様に捧げられたんだ。海の神様は、人間の内臓が大好きなんだ。おじさんも僕も、こうして体の中ががらんどうになって、どうなるかというと、しまいには骨も皮も溶けて無くなっちゃうんだよ。そうしたら、何にも無くなっちゃう。体が、消え失せちゃうんだ」
 若い医師は、思わず自分の胸や腹を手でさすった。
「でも、心配しなくていいんだよ」再び少年の声。「僕らは、この窮屈な肉体から解放されるんだよ。それに、肉や内臓を海の神様にささげるっていうのは、とても名誉なことなんだ。何も怖がらなくていいんだよ」
 白い顔のその少年は、依然として固く唇を閉じたまま、冷たい猫のような目を若い医師にぐっと据えつけていた。そして彼の心への呼びかけは続く……。
「さあ、霧が晴れる前に出かけよう。どこか遠くで、二人で、この肉体を脱ぎ捨てよう」
 若い医師は、顔面蒼白になりながらも、少年の言葉に対し短くうなずいた。
 窓の外を見ると、少年の言うように、来るときは晴れていたのに、深い霧が立ち込めていた。
 若い医師は、少年を背負って、その家をあとにした。白い霧の中、二人の姿はゆっくりと消えていった。
 
 数日後、波打ち際で少年と医師の衣服が発見された。白衣や靴、少年のシャツが、寄せては返す波に洗われ、朝日にきらめいていた。島の大人たちは、さして驚きもせず、黙ってその遺留品を見下ろしていた。

 島にある海の神のひんやりした祠の前では、こどもたちがきゃっきゃと騒いで遊んでいる。大昔から、この祠の神が、生贄として人々の臓物や肉体を無言で奪い去っていることは、島ではこどもたちでも知っていた。日々の恵みを与えてくれるきらめく海、その神は、ごく当然の権利とでもいうように、そののちも人間の生贄を静かに静かに、海中へと呑み込んでいった。

(終)

(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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No.29
2009/10/15 (Thu) 23:44:58


「ラジオ体操の歌」
藤浦洸作詞・藤山一郎作曲

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足
この広い土に伸ばせよ
それ 一 二 三


2008年8月1日
今朝はやく、うちの団地の前の公園で大人たちが大勢集まって、そう、三百人はいたかな、ラジオ体操が始まったんだ。ぼくはTVのニュースでちらっと見たんだけど、なんとこれから十年間毎日、ラジオ体操をやるんだ! 集まった大人たちはみんな、十年間毎日通うつもりなんだって。それは「継続は力なり」って、学校の先生もよく言うけど、大人たちは僕ら子供にその手本を示すために、こうやって集まってくれてるんだ。すごいよ! 阪神の金本選手は1000試合連続フルイニング出場という記録を成し遂げたけど、これは他のどんな記録よりも立派なことなんだ、ホームランを500本打つのもすごいけど、みんなが見習わなきゃいけないのはこの金本選手のような記録なんだって、先生も言ってた。それはラジオ体操は誰でも出来る簡単なものだけど、雨の日もあれば雪の日もある、それを十年間毎日ってすごいじゃないか! お母さんは、あの大人たちの姿をしっかり覚えておきなさいって言ってた。本当に十年間毎日続くのかなぁ!

同8月2日
お父さんが、あのラジオ体操はちっとも立派なものじゃないって言った。十年間毎日続けられた人たちに、合計で十億円の賞金が出るんだそうだ。集まっている大人は、みんなそのお金が目当てなんだって。でも賞金が出ても、やっぱり十年間も続けられた人を見たらすごいと思うなって僕が言ったら、お父さんは、見ろ、大人たちのあのぎらぎらした目つきを。お父さんはいろいろな人を見てきたが、ああいう手合いは金の亡者っていうんだ、金のためだったら何でもするんだ、お前もしっかり見ておくんだなって、そう言った。僕にはただの元気はつらつとした大人に見えるけど……。

同9月1日
最初は三百人いた参加者が、だんだん減ってきたのが分かる。朝の六時半集合だから、たいていは仕事に差し障りがなく参加できるんだろうけど、ときには体調を崩す人もいるのだろう。あとお父さんも言ってたけど、徹夜で仕事しなきゃいけなかったり身内に不幸があったり、大人にはどうしても外せない用事ができるもんなんだって。十年間って思ったより大変なんだなぁ。

同12月6日
昨晩から降り続けた雪が積もって、今朝は一面の銀世界! でもラジオ体操の歌が聞こえてくるころになると、やっぱり大人たちは集まってくる。今は五十人ぐらいに減ってしまった。

2009年3月20日
二三日前まではとても寒かったけど、ようやく春の陽気が感じられるようになった。昨年末に五十人ぐらいにしぼられた大人たちはさすがにツワモノたちだったようで、今日までほとんど減ることなくラジオ体操を続けている。彼らは、最初よりも目がいっそうギラギラしている感じだ。近寄りがたいよ。「横曲げの運動、大きく、小さく!」ってあんな怖い顔でやるもんじゃないと思うけど……。お父さんは「このまま五十人でいったら、賞金の十億円を五十等分しなきゃならないだろ。ライバルがなかなか脱落しないから奴らはイライラしてるんだ」って言ってた。

同7月6日
大変だ! となりのK国と戦争が始まったんだ! 昨日の深夜お父さんに起こされて、TVのニュースで見た。これからK国の空襲もあるかも知れないんだって! この町は大丈夫かなぁ! 学校もとうぶんの間休みになるみたいだ。
でも朝六時半になると、やっぱり大人たちは集まってラジオ体操をやってた。

同8月27日
空襲警報がひんぱんに発せられるようになった。いつなんどき爆撃されるか分からないんだ。いまのうちに食料の確保をしなきゃって、みんなおおわらわだ。この騒ぎのために、ラジオ体操の大人たちは十五人ほどに減った。

同10月1日
今朝ちょうどラジオ体操の時分に、この町に空襲があった。体操している大人のうちの二人が、低空飛行してきた戦闘機の銃撃にあって死んだ。それでも残りの大人たちは気にせず体を大きく回したり跳躍したり、ラジオ体操第一を最後までやりきった。まったく金の亡者もここまでいくとすごいよ!

同12月28日
良かった! K国とわが国は一時的に休戦になったんだ。これで空襲にびくびくせず外を歩ける。年明けには学校も始まるんだ。みんなにも会えるんだ、うれしいなぁ! ラジオ体操の大人たちは頬をバラ色にそめて、いつもより嬉しそうに体操している。深呼吸を終えた彼らは、たがいに抱き合ったよ! 戦友って感じなんだろう。いま、残っている大人たちは十人だ。

2010年7月1日
戦争がそのまま終結して、平和な日々が続き今年もすでに前半が終った。ラジオ体操の大人たちは、ここまで戦い抜いてきた人たちだもの、いっこうに減らずに十人のままだ。再び彼らの目はぎらぎらと光り、殺伐とした雰囲気で体操するようになった。側屈のときわざと体を曲げる方向を間違えて、隣りの人の頭をハタくおじさんもいる。そういうときつかみ合いの喧嘩でも始まるのかって思うけど、体操を途中でやめたら失格になるから、いちおう最後までやりきってから喧嘩になる。こんなことがしょっちゅうで、最近このラジオ体操面白いよ。

同9月10日
きのう体操のおじさんの一人が事故で死んだんだ! ひき逃げに遇ったんだって! でも犯人はすぐに捕まった。体操に参加している別のおじさんだったんだ。いちばん元気そうなおじさんに目をつけて殺したのだろう。でもいちばん驚いたのはそのことじゃなくて、死んだおじさんの家族がその遺体をラジオ体操の場に運んできたことなんだ! 何が起こったと思う? その奥さんや子供たちは、文楽の人形でも動かすみたいにおじさんの死体にラジオ体操をさせ始めたんだ! これには大会の運営委員の人も慌てて止めに入った。でもその奥さんは「死体に参加資格がないとは大会の規則に書いてないわよ!」と叫びながら、頑固に死体を斜めにひねったり跳躍させたりしてた。ピアノの奏でるあの平和的な音楽には似合わない、殺伐とした場面だったよ! でも結局、死んだおじさんは参加資格がないことになって、家族はしぶしぶ引き上げていった。あの奥さんや子供たちは、大会が終るまでまだ八年近くあるのに、ずっと死体を持ってきて体操させるつもりだったのかなぁ! 人間って怖いよ!

2011年1月4日
たがいに殺しあう事件があといくつか続き、いま残っている参加者は三人だ。金のために殺しあう大人たち。公園を見下ろす団地の窓から、ラジオ体操の歌のとき「あーさーましーい朝が来た、陰謀の朝だー」という替え歌の大合唱が起こるようになった。でも参加者は平然と体操を続けた。神経のずぶとさも筋金入りなのだろう。

2015年8月1日
この大会が始まってまる七年が経過した。今年の三月に一人が病死。残りの参加者は二名。

2017年9月3日
大会の終了まで一年足らず。残った二人のうちの一人が、不治の病にかかり、それでも毎日参加してきていた。ガンらしかった。日に日にやせ細っていくのを、団地のみんなは毎朝見守っていたんだ。それで今朝の体操で、最後の深呼吸を終えたと同時に死んでしまった。

2018年7月1日
大会も残すところあと一か月! 残った一人のおじさんが最後まで乗り切れば、十億円は彼のものだ。今やこのおじさんの目にはギラギラしたところはなくなり、まるで悟りをひらいた仏さまのようだ。彼の手足の曲げ伸ばしや上体の回転は、とても優雅で、まるで経験豊かな老船頭が櫂をさばくようだよ! 彼こそラジオ体操の神様だ!

同7月31日
ついにこの日がやって来た! 今日でまる十年だよ! たくさんの人が朝四時ぐらいから公園の周りに集まって、奇跡の瞬間を自分の目で見ようとして興奮していた。テレビ局の車も何台か来ていた。時間になると、あのおじさんは特に気負った様子もなく、いつもどおり公園に現れた。そして淡々と体操をこなしていった。息をひそめて見つめていた観衆は、最後の深呼吸が終わったとき、大歓声を上げた。打ち上げ花火が上がった。こんな歴史的瞬間が見られたなんて、僕はなんて幸せなんだ! テレビ局のアナウンサーが、おじさんにインタビューを始めた。
「長かった十年間が終りました! やりましたね!」
「ありがとうございます」おじさんは穏やかな笑顔で答えた。
「十億円はあなたのものです!」
「じゅうおく、えん……何のことですか」
「またまたとぼけて! この大会の賞金ですよ!」
「はぁ、そんなものがありましたっけねえ。しかし私は、ラジオ体操を通して、もっとすばらしいものを得ました。十億円は貧しい人たちのために全額寄付します」
「おおー! 皆さんお聞きになりましたか!? で、ラジオ体操で得たすばらしいものとは何ですか」
おじさんはそれには答えず、すっと天を見上げた。ランニングシャツに短パンをはいた天使が五六人、ゆっくりと空から舞い降りてきた。天使たちはおじさんの手足をそっと支え、おじさんを連れて天に昇っていった。
「私は神様からお召しを受け、この地上を去らねばなりません。では皆さん、ごきげんよう」
おじさんはそう言うと微笑を浮かべつつ、人々に手を振った。
そのとき、突如ジェットの爆音が聞こえてきた。ダダダダ、ダダダ! 戦闘機がやって来て機銃掃射を始めたんだ! みんなラジオ体操大会どころではなくなって、散り散りに逃げていった。僕も命からがら団地の建物に逃げ込んだんだ。

その日の夕刊の一面の見出しは「K国の奇襲、戦争再開か?」だった。下にやや小さく「戦闘機、ラジオ体操優勝者と天使を撃墜」という見出しもあり、おじさんの顔写真が「亡くなった○○さん」というキャプションつきで出ていた。
なんでこうなるんだよ! 

(終)

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No.28
2009/10/15 (Thu) 23:42:43

 俺はS市市長選挙に立候補し、みごと当選した。
「市長選挙当選ばんざーい!!」万歳三唱。そのとき、選挙事務所に白いガスが流れ込んできたのを俺ははっきり覚えている。そのガスを吸った途端、俺は頭がくらくらして、気絶してしまった。

 目が覚めたのは、小さなホテルの一室だった。窓から外を見ると、見たこともない白い建物がたくさん並んでいて、チューリップ型の赤や青の奇妙な服装をした男女がたくさん歩いている。前輪の極端に大きな自転車が何台か走っていた。

「やあ、目を覚ましたな」部屋の中のどこかにあるらしいスピーカーから声が聞こえてきた。
「ここはどこだ」
「市だ」
「お前は誰だ」
「ナンバー2だ。ここの住民はすべて番号で呼ばれている」
「ナンバー1はどこだ」
「お前はナンバー6だ」
「番号なんかで呼ぶな。俺は自由な人間だ!」
「さて。お前はS市市長に当選したんだったな。市長としての研修で、むこう一年間ここへ住んでもらうことになった」
「そんな話は聞いていないぞ」
「それは残念」
「ここは何市だ」
「市長市さ」
「なんだそれは?」
自分が市長を務める市に住んでいない市長、その全員が住む場所だ。それ以外のものは住んではいけない。それが掟だ
「ここに住んでいるもの全員が市長なのか?」
「その通り。しばらくゆっくり過ごしたまえ」

 俺は外をぶらつき、人々を観察したが、みな白痴のようにへらへら笑っている。
 市長市? 馬鹿げてる。俺はここを脱出するぞ。
 俺は雑貨屋に入った。
「ここの地図がほしい」
「地図? 地図なんてどうなさるんで?」
「いいからはやく見せてくれ」
 その地図にはまんなかに「市長市」と大きく書いてあり、その他には大まかな地形図に「山」「海」「広場」という漠然とした名詞が書かれているだけだった。
「これじゃ、何にも分からん。もっと範囲の広い地図はないのか」
「地図はあまり売れないんですよ。あるのはこれだけです」
 俺は失望して、もといた部屋に戻った。玄関に「No.6」と書かれてあった。

 次の日の朝。スピーカーからナンバー2の声。
「ナンバー6、次の選挙に出てもらおう。市長市の市長の選挙だ」
「断る!」
 しかし俺はこの市の群集の力に負け、けっきょく立候補したのだ。

 市長市市長選挙

「ナンバー6、当選ばんざーい!」
「おめでとう、おめでとう」
「市長の中の市長、ナンバー6おめでとう!」
「いや、ありがとう、ありがとう」と言いながら俺は、こめかみに痛みを覚えた。
「ん……何かおかしいぞ……俺はここに住んでいる、ということは自分が市長を務める市に住んでいる市長だ。だからつまり、早くこの市を出なければ規則に反する! 規則! 規則! ぐわー、早く市の外へ!」
 俺は群集をかきわけ走っていった。
「これが市長市の境界線だ、早く出よう……いや、まてよ。出るには出たが、今度は俺は自分が市長を務める市に住んでいない市長だ、ということは市長市に住まなければならない! それが規則だ! それが掟だ! といっても市長市に住んでも矛盾が生じる、どうすりゃいいんだ!」

 俺はよろよろと浜辺をふらついていた。
「ぐわー、頭が割れそうだ! しかし例外のない規則はない! だから俺は市長市に住んでもいいはずだ。しかしこの『例外のない規則はない』という言葉も規則だ、だから例外のない規則も存在する!」

 俺はここから出たいが出られない、出られないが出たい! 
「オレンジ警報、オレンジ警報」
 そのとき、海の彼方から、不気味な白い風船が俺を襲ってきた……。

(終)

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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