『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.24
2009/10/15 (Thu) 22:37:48
カチ、カチ、カチ。時計の音。静かな夜。時計の音だけが、いやに耳につく。
眠れない。アリタ氏は寝返りをうった。背中が痛い。彼は時計を見なかったが、零時を過ぎてずいぶんと経っているだろう。
明日の朝は早い。すぐにも眠らなければ……と焦れば焦るほど目が冴えてくる。
しばらくして、アリタ氏は、自分がうとうとしかけてきているのを感じた。いや、より正確には、心ははっきりと目覚めているのだが、肉体だけがぐったりとしている感じだ。手を動かそうと思っても動かない。膝を持ち上げようとしても上がらない。金縛りというやつだ。
そのとき、アリタ氏は、小さなささやき声が聞こえてくるのに気が付いた。耳をすますと、それは二人の人間の会話のごとく思われた。しかし、この部屋には、アリタ氏の他、誰もいない。ラジオもつけていない。
どこか遠くで、誰かが話しているのだろうか? いや。その声は、アリタ氏のすぐ近くで、何か小人がささやきあっているような感じで聞こえてきた。他に、ガチャガチャというガラスのぶつかり合うような音、ガヤガヤという喧騒も聞こえる。アリタ氏はその小さな音に意識を集中した。だんだんと、二人の話の内容が聞き取れるようになってきた……。
「あー、今日はすっかり酔ったね…・・・さおりちゃん、遅くまで御免ね」
「あ、いえ」
「さっきからウーロン茶しか飲んでないじゃない。もっと飲みなよ」
「失礼します、当店ラストオーダーの時間でございます」
「ラストオーダーだってよ。最後に一杯だけ飲んだら」
「いえ、結構です」
「あっそ。じゃ、俺、巨峰チューハイね。あ、これ持ってって」
ガチャガチャガチャ。
「ねえ、この後もう一軒飲みに行かない?」
「あたし、もう終電ですから」
「んな硬いこというなよー。タクシー代だすからさあ」
ガサガサガサ。パリポリパリ。
「家の人が心配するんで……」
「じゃ、電話かければいいじゃない。いま友達の家にいます、泊まってくってさあ」
「え、泊まって?」
「いや、泊まるとは言わなくてもいいけどさあ」
「あたし帰ります」
「待ってよお、さおりちゃん」
ずるずるずる。
「手を離してください! 離して……離してったら!」
ガチャン。
「いて、いてててて。ああ血だ、血が出た、わ、どうしよう。止まらない! さおりちゃん、助けて」
「知らないわよ。自分で救急車呼んだら? 友だちからあなたの悪い噂、ぜんぶ聞いてるのよ。色魔だって」
どたどたどた。
「お客さん、お客さん。起きてください! 聞こえますか」
「聞こえるかってんだ。色魔の最期。べーべろべろべー、とくりゃあ」
ガラガラガラ。コツコツコツ……。
それでその場の音は聞こえなくなった。しかし金縛りは相変わらず続き、耳の中で、まるでチューニングしているラジオのような奇妙な音がしていた。一体なんだろう? 金縛りの時には、聴覚が異常に鋭敏になることがあると聞いたことがあるが、そういう現象だろうか。やがて、先ほどの居酒屋の喧騒とは違った、静かな部屋らしい場所での、二人の男の声が聞こえてきた。
「ああ、もう立番しなくていいよ。どうだい、初出勤はどんな感じだった」
「いや、意外と何も起こらないもんですね……せいぜい道案内するぐらいで、喧嘩や酔っ払いのトラブルなんかもなかったし」
「そうだな……今日はとくべつ静かな日だったな。でも、明日からも気を引き締めろよ」
「ハイ」
「とくに危ないのは、満月の夜だ。喧嘩、強盗、強姦と、いろんな事件が続発する。まあ殺人は滅多にないけどな」
「はあ、満月の夜って、本当に事件が多いものなんですか」
「そうだよ。これは日本中どこでもそうだ……いや、それにしても静かだね」
「静かですね」
「退屈だとは思わないか?」
「いえ、自分は特に」
「俺は退屈だねえ。いっちょギャンブルをやらねえか」
「え、オイチョカブか何かですか」
「まあそれもいいけどよ。この派出所に伝わる警官ならではのギャンブルってのがあるんだよ」
「何ですか」
「コレだよ」
「えっ……ちょっと、銃を抜いちゃまずいでしょ」
「知らないの? ロシアン・ルーレット」
「いや、まさか、それをやろうっていうんじゃ」
「そのまさかだよ。この命がかかってるっていうスリル、たまんねえよ。いちどハマッたらやめられねえ」
「いやいやいや。冗談でしょ」
「冗談なものか……そら、弾を一発だけこめてっと。じゃ、最初は千円から賭けようか」
「いや、僕やりませんから」
「大丈夫だって。弾なんてそう滅多に出るもんじゃないんだから。お前は知らないだろうけど、こんな遊び、どこの派出所でもやってるんだぞ……よーし、お前が怖いんなら、俺が手本を見せてやる。そのかわりお前も絶対にやるんだぞ。テレビとかで見て知ってるだろうけど、こうやってこめかみに当てて、引き金を引」
パン!
「先輩! 先輩! だからやめようって……」
そこでまた、その場面の音は聞こえなくなった。今度はラジオのチューニング音が、長く続いた。そして今度アリタ氏の耳に聞こえてきたのは、海の波の音だった。そして、ギーッギーッという船か何かの木材のきしむ音とともに、二人の若い男の声が聞こえてきた。
「鮫だろうか?」
「かも知れない。違うかも知れない」
「こう暗くては、何を見ても、危険なものに思えてしまう。せめてこの船が、朝まで沈まずにいてくれれば……」
「また何か船にぶつかったぞ」
「完全に沈むまで、あとどれぐらいだろう」
「一、二時間というところだろう」
「あ、飛行機だ。信号弾はまだあるか」
「もうすべて打ちつくしてしまった」
「畜生……しかしあんな高いところを飛んでいるんだ、信号弾があっても、気付いてもらえるかどうか」
しばしの沈黙。
「俺たち、死ぬんだろうか」
「……」
「おい、小さいとき、何になりたかった?」
「え? そうだなあ……考古学者っていうのに興味があったなあ」
「考古学者か、いいね。今度沈没船の財宝探しにでも行くか」
「アハ、機会があったらな。君は小さいころ何になりたかった?」
「宇宙飛行士だな」
「今からだってなれるさ」
「アハ、もう遅い」
「……しかし、お互い独身でよかったな」
「ああ、こういう状況になったんだものな」
「今まで聞いたことがなかったけど、好きな人はいるのかい」
「……いるよ」
「すまん、よけいなことを訊いてしまった」
「いや、いいよ」
ギーッ。ゴトゴトゴトゴト。
「こんなところまで水が。もう九分九厘沈んだな」
「もっと舳先(へさき)のほうに来い」
しばしの沈黙。
「俺たち、もう駄目だなあ」
「……」
「陽が昇ってきたぞ……きれいな朝焼けだなあ」
「……俺、寂しいよ。誰かに死ぬところを見届けてもらいたいんだ」
「元気出せよ」
ギーッ。ギギギーッ。
「もう最後だな」
「ああ。誰にも聞こえないだろうけど、お母さん、お父さん、ありがとう! さよなら!」
「さよなら!」
そのとき、アリタ氏は窓から白々とした朝の光がさしこんできているのに気が付いた。
とたんに緊張状態が解け、体の自由が利くようになった。アリタ氏はバッと上体を起こした。もう、誰の声も聞こえない。
アリタ氏はベランダに出て、東の空を眺めやった。今しも、山の端(は)から金色に輝く太陽が昇りはじめたところである。
幻聴だったのだろうか? いや、自分はすべて本当にあったことを聞いたような気がする。俺は本当の居酒屋、本当の交番、本当の難破船の物音を聞いていたのだ……アリタ氏は不思議な感慨にひたりながら、いつまでも朝日を眺めていた。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
眠れない。アリタ氏は寝返りをうった。背中が痛い。彼は時計を見なかったが、零時を過ぎてずいぶんと経っているだろう。
明日の朝は早い。すぐにも眠らなければ……と焦れば焦るほど目が冴えてくる。
しばらくして、アリタ氏は、自分がうとうとしかけてきているのを感じた。いや、より正確には、心ははっきりと目覚めているのだが、肉体だけがぐったりとしている感じだ。手を動かそうと思っても動かない。膝を持ち上げようとしても上がらない。金縛りというやつだ。
そのとき、アリタ氏は、小さなささやき声が聞こえてくるのに気が付いた。耳をすますと、それは二人の人間の会話のごとく思われた。しかし、この部屋には、アリタ氏の他、誰もいない。ラジオもつけていない。
どこか遠くで、誰かが話しているのだろうか? いや。その声は、アリタ氏のすぐ近くで、何か小人がささやきあっているような感じで聞こえてきた。他に、ガチャガチャというガラスのぶつかり合うような音、ガヤガヤという喧騒も聞こえる。アリタ氏はその小さな音に意識を集中した。だんだんと、二人の話の内容が聞き取れるようになってきた……。
「あー、今日はすっかり酔ったね…・・・さおりちゃん、遅くまで御免ね」
「あ、いえ」
「さっきからウーロン茶しか飲んでないじゃない。もっと飲みなよ」
「失礼します、当店ラストオーダーの時間でございます」
「ラストオーダーだってよ。最後に一杯だけ飲んだら」
「いえ、結構です」
「あっそ。じゃ、俺、巨峰チューハイね。あ、これ持ってって」
ガチャガチャガチャ。
「ねえ、この後もう一軒飲みに行かない?」
「あたし、もう終電ですから」
「んな硬いこというなよー。タクシー代だすからさあ」
ガサガサガサ。パリポリパリ。
「家の人が心配するんで……」
「じゃ、電話かければいいじゃない。いま友達の家にいます、泊まってくってさあ」
「え、泊まって?」
「いや、泊まるとは言わなくてもいいけどさあ」
「あたし帰ります」
「待ってよお、さおりちゃん」
ずるずるずる。
「手を離してください! 離して……離してったら!」
ガチャン。
「いて、いてててて。ああ血だ、血が出た、わ、どうしよう。止まらない! さおりちゃん、助けて」
「知らないわよ。自分で救急車呼んだら? 友だちからあなたの悪い噂、ぜんぶ聞いてるのよ。色魔だって」
どたどたどた。
「お客さん、お客さん。起きてください! 聞こえますか」
「聞こえるかってんだ。色魔の最期。べーべろべろべー、とくりゃあ」
ガラガラガラ。コツコツコツ……。
それでその場の音は聞こえなくなった。しかし金縛りは相変わらず続き、耳の中で、まるでチューニングしているラジオのような奇妙な音がしていた。一体なんだろう? 金縛りの時には、聴覚が異常に鋭敏になることがあると聞いたことがあるが、そういう現象だろうか。やがて、先ほどの居酒屋の喧騒とは違った、静かな部屋らしい場所での、二人の男の声が聞こえてきた。
「ああ、もう立番しなくていいよ。どうだい、初出勤はどんな感じだった」
「いや、意外と何も起こらないもんですね……せいぜい道案内するぐらいで、喧嘩や酔っ払いのトラブルなんかもなかったし」
「そうだな……今日はとくべつ静かな日だったな。でも、明日からも気を引き締めろよ」
「ハイ」
「とくに危ないのは、満月の夜だ。喧嘩、強盗、強姦と、いろんな事件が続発する。まあ殺人は滅多にないけどな」
「はあ、満月の夜って、本当に事件が多いものなんですか」
「そうだよ。これは日本中どこでもそうだ……いや、それにしても静かだね」
「静かですね」
「退屈だとは思わないか?」
「いえ、自分は特に」
「俺は退屈だねえ。いっちょギャンブルをやらねえか」
「え、オイチョカブか何かですか」
「まあそれもいいけどよ。この派出所に伝わる警官ならではのギャンブルってのがあるんだよ」
「何ですか」
「コレだよ」
「えっ……ちょっと、銃を抜いちゃまずいでしょ」
「知らないの? ロシアン・ルーレット」
「いや、まさか、それをやろうっていうんじゃ」
「そのまさかだよ。この命がかかってるっていうスリル、たまんねえよ。いちどハマッたらやめられねえ」
「いやいやいや。冗談でしょ」
「冗談なものか……そら、弾を一発だけこめてっと。じゃ、最初は千円から賭けようか」
「いや、僕やりませんから」
「大丈夫だって。弾なんてそう滅多に出るもんじゃないんだから。お前は知らないだろうけど、こんな遊び、どこの派出所でもやってるんだぞ……よーし、お前が怖いんなら、俺が手本を見せてやる。そのかわりお前も絶対にやるんだぞ。テレビとかで見て知ってるだろうけど、こうやってこめかみに当てて、引き金を引」
パン!
「先輩! 先輩! だからやめようって……」
そこでまた、その場面の音は聞こえなくなった。今度はラジオのチューニング音が、長く続いた。そして今度アリタ氏の耳に聞こえてきたのは、海の波の音だった。そして、ギーッギーッという船か何かの木材のきしむ音とともに、二人の若い男の声が聞こえてきた。
「鮫だろうか?」
「かも知れない。違うかも知れない」
「こう暗くては、何を見ても、危険なものに思えてしまう。せめてこの船が、朝まで沈まずにいてくれれば……」
「また何か船にぶつかったぞ」
「完全に沈むまで、あとどれぐらいだろう」
「一、二時間というところだろう」
「あ、飛行機だ。信号弾はまだあるか」
「もうすべて打ちつくしてしまった」
「畜生……しかしあんな高いところを飛んでいるんだ、信号弾があっても、気付いてもらえるかどうか」
しばしの沈黙。
「俺たち、死ぬんだろうか」
「……」
「おい、小さいとき、何になりたかった?」
「え? そうだなあ……考古学者っていうのに興味があったなあ」
「考古学者か、いいね。今度沈没船の財宝探しにでも行くか」
「アハ、機会があったらな。君は小さいころ何になりたかった?」
「宇宙飛行士だな」
「今からだってなれるさ」
「アハ、もう遅い」
「……しかし、お互い独身でよかったな」
「ああ、こういう状況になったんだものな」
「今まで聞いたことがなかったけど、好きな人はいるのかい」
「……いるよ」
「すまん、よけいなことを訊いてしまった」
「いや、いいよ」
ギーッ。ゴトゴトゴトゴト。
「こんなところまで水が。もう九分九厘沈んだな」
「もっと舳先(へさき)のほうに来い」
しばしの沈黙。
「俺たち、もう駄目だなあ」
「……」
「陽が昇ってきたぞ……きれいな朝焼けだなあ」
「……俺、寂しいよ。誰かに死ぬところを見届けてもらいたいんだ」
「元気出せよ」
ギーッ。ギギギーッ。
「もう最後だな」
「ああ。誰にも聞こえないだろうけど、お母さん、お父さん、ありがとう! さよなら!」
「さよなら!」
そのとき、アリタ氏は窓から白々とした朝の光がさしこんできているのに気が付いた。
とたんに緊張状態が解け、体の自由が利くようになった。アリタ氏はバッと上体を起こした。もう、誰の声も聞こえない。
アリタ氏はベランダに出て、東の空を眺めやった。今しも、山の端(は)から金色に輝く太陽が昇りはじめたところである。
幻聴だったのだろうか? いや、自分はすべて本当にあったことを聞いたような気がする。俺は本当の居酒屋、本当の交番、本当の難破船の物音を聞いていたのだ……アリタ氏は不思議な感慨にひたりながら、いつまでも朝日を眺めていた。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
PR
No.23
2009/10/15 (Thu) 22:35:44
取調室にて。ある敏腕刑事の取調べの様子をここに紹介しよう。
刑事 さあ、容疑者のAさん! これから素晴らしいセッションが始まります! あなたが容疑をかけられている強盗の罪について、あなたから自白を取るなどということは実に瑣末な問題に過ぎません! あなたはこれから世界の実相について知るのです。用意はいいですか?
容疑者 ……俺は何も喋らないよ。
刑事 用意はいいですかと尋ねているのです! でもあなたは私の話を聴いているようですね! なら準備は出来ているのです! さきほども言いましたように、あなたの犯罪がどうこうなどというのは、実は大した問題ではないのです。わたしはそんなことにはこれっぽっちも興味を持っていません。なぜならあなたはわたしの同志なのですから! いや分身と言ってもいいかも知れません。そのわけは、このセッションを通じておいおいと分かってくることでしょう! では第一問! 「意識」とはいったい何でしょう?
容疑者 何だい、こりゃ訊問なのかい? 意識ってつまり、人間が心の中で思っていることとか感じていることのこったろ。
刑事 ブーッ!! でございます! 意識は人間だけが持つものではありません。生きとし生けるもの、いや生きていないものも含めて、世の中に存在するもの全てが意識を持っているのです! 物体が起こす物理現象は、すべて意識と呼んでいいのです。ただわれわれの慣習上、生体の脳の中で起こる物理現象に限って「意識」と呼ぶことが多いのですが、まず生物と無生物というカキネをとっぱらって考えてください! とっぱらってください! 意識とは、物体が物理法則にしたがって時々刻々と状態を遷移させていく「過程」に他なりません。だんだん話が難しくなってきましたね!
容疑者 いったい何なんだ、ここはいったい警察なのかい?
刑事 まず意識というものの大雑把なイメージをつかんでもらうために、目を細めて辺りを見回してください! ほら、目を細めて!! ほーら、周囲の物がだんだんぼやけて来たでしょう。わたしやドアのところに立っている警官、机、椅子、なんでも輪郭がぼやけてきて、もしかしたら二つのものがくっついて見えるかもしれません。意識とは、そんなふうに物体をぼんやりと取り巻いている「気」のようなものと考えると、視覚的に分かりやすいでしょう。さあ、目をパッチリと開いて! では第二問! 「自分」とはいったい何でしょう?
容疑者 さあ……自分って、自分だろ。俺が俺であると思っているものだよ。
刑事 では「他人」とは?
容疑者 そりゃ、俺じゃない奴のことだろ。
刑事 またまたブーッでございます!! こういうと酷かも知れませんが、あなたそういう風に考えているから孤独なのでございます! でも心配ご無用! このセッションがあなたを覚醒させるのです! あなたは生まれ変わるのです! まず、他人を「自分でないもの」と考えては「自分」が特別なものとしてこの世界から浮き上がってしまうのです。ここがセッションの第一の山場ですからよく聞いて! あなた、ご自分の肉体にご自分の意識がなぜ宿っているのか説明がおできですか? あなたの肉体には、他の誰かの自意識が宿っていてもよかったのではありませんか? なぜそこにあるのが「あなたの」自意識でなければならないのですか? よーく考えてください。どうしても説明がつかないでしょう! 結論から言いましょう。あなたは、わたしなのです。ほら、言ってご覧なさい。あなたは、わたし。
容疑者 なんなんだよ……言えばいいんだろ。あなたは、わたし。
刑事 よく出来たでございます! 要するに、あなたもわたしも、世界中の人間ぜーんぶ、一つの意識なのです。いや世界中の生き物、いや宇宙の全ての物体が、一つの同じ意識を共有しているのです! だから「他人」などはじめからいはしないのです! だから、あなたもわたしも同じ「自分」なのです。ほらこの机も! 椅子も! ぜーんぶ自分。ではもう少しこの「自分」というものを一般的見地から見てみましょう。では第三問、この世界は何次元で出来ているでしょう?
容疑者 えーと、三次元、いや四次元かな。
刑事 正解です~おめでとうございます! そう四次元なのです! 縦、横、高さ、それから時間という四つの次元からこの世界は出来ているわけでございますね。だから四次元時空などとも申します。しかしわれわれの世界は、空間的にも時間的にも無限の広がりを持っているわけではございません。有限なのでございます。数学でいうところの四次元空間は、四方向に無限の広がりを持っていますが、われわれの世界はちょうどそこから、有限なかたまりを切り抜いてきたような物なのでございます。しかし滅茶苦茶に切り抜かれたのではありません。われわれが物理法則と呼んでいるものが常に成り立つような形に、みごとに切り抜かれているのでございます。こうして切り抜かれたわれわれの世界、われわれの四次元時空が、われわれそのものなのです! あなたなのです! わたしなのです! 原始仏典で言う「アートマン」がそれに近いかも知れませんですね。あなたと、他の人を分け隔てするものは何もないのでございます。
容疑者 じゃ、刑事さん、俺が他人と同じって事は、俺が他人から物を盗ってもかまわないってことになりませんか?
刑事 大間違いでございます!! あなたが「物を盗ろう」と考えている時点で、あなたはその相手を「自分とは違う他人」と考えているのでございます。だからこっそり見つからないように空き巣に入ったり、包丁で脅して無理やり奪い取ったりするのでございます。あなたがその相手と「同じ自分」であるなら、どうして堂々と欲しいものを下さいと言えませんか。ここでセッションの次の段階に入りましょう! 先ほど、われわれの四次元時空は、物理法則が成り立つように切り抜かれていると申し上げました。その物理法則の中には、「不定形の物体はなるべく表面積を小さくしようとする」という法則があるのでございます。テーブルにこぼれたたくさんの水滴が、徐々にひとつに固まっていくのをご覧になったことがあるでしょう。ああやって一つに固まれば、表面積は最小になれるのでございます。われわれの意識も同じことでございます。あなたとわたしの意識は結局はひとつながりのものなのですが、あなたの意識はあなたの場所に、わたしのは私の場所に、不定形ながら濃い固まりをなして存在しているのです。しかし肉体的・精神的にあなたとわたしの距離が縮まれば、意識の固まりも近づきあい、ついには一体になって表面積を最小にしようとするのです。そうなればわたしとあなたは、猜疑心のない、真に親しい関係を築いたことになるのです。一体であることを実感できるのです。ですから、もし他人の物が欲しいとなったら、あなたはその人物と親しい関係を築き、意識を一体化させればよいのです。そうなれば、その物は、もう相手と自分どちらの所有物であろうと問題ではなくなります。そうしたとき、あるいはその物品があなたの所有物となるかも知れません。そのように、人間の意識はなるべくひとかたまりになって、丸く固まって表面積を小さくしようとするのです。これがこの宇宙の摂理です。だから孤独でいることはつらいことなのです。男と女が惹かれあうのは、意識が一つに固まるのみならず、いずれは新しい生命が誕生してさらに球形に近いまるっこい固まりを生ずることが可能だからです。あなたは人とのつながりというものを誤解していたのではありませんか? 猜疑心や不平不満は、すべての意識が一つにつながっているという事実から目をそむけさせます。うそをつくことも、自ら相手との間に障壁を作り一体化を妨げ、自分の首を絞めることにつながります。あなたは皆の意識との一体化、宇宙との一体化の喜びを知らないで生きてきたのではありませんか。さあ、こころを開くのです。めくるめく四次元時空のはるかな広がりと高みがあなたを待っています!
容疑者 う、うう……俺が間違ってたよ。強盗をやったのは俺だよ……。
刑事 そう、つらかったですね。でも、これであなたと他者との障壁はまずは消え去ったのです! あなたは大いなる未来へ羽ばたくのです! あ、それから、この宇宙には「慣性の法則」というものがあります。あなたはこれからも、以前強盗を働いたのと同じ境遇になったら、また同じことを繰り返してしまう、これが慣性の法則です! あなたはこれから刑務所に行って、その不幸な慣性をすっかりぬぐいとらなくてはなりません! でも忘れないで下さい、塀の中にいてもあなたは、世界と、そして宇宙と一体なのです!
容疑者 け、刑事さん、ありがとう……俺、目が覚めたよ……。
刑事 さあ行こう、いざ刑務所へ!
警視庁の夜は今日も更けていく……。
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
刑事 さあ、容疑者のAさん! これから素晴らしいセッションが始まります! あなたが容疑をかけられている強盗の罪について、あなたから自白を取るなどということは実に瑣末な問題に過ぎません! あなたはこれから世界の実相について知るのです。用意はいいですか?
容疑者 ……俺は何も喋らないよ。
刑事 用意はいいですかと尋ねているのです! でもあなたは私の話を聴いているようですね! なら準備は出来ているのです! さきほども言いましたように、あなたの犯罪がどうこうなどというのは、実は大した問題ではないのです。わたしはそんなことにはこれっぽっちも興味を持っていません。なぜならあなたはわたしの同志なのですから! いや分身と言ってもいいかも知れません。そのわけは、このセッションを通じておいおいと分かってくることでしょう! では第一問! 「意識」とはいったい何でしょう?
容疑者 何だい、こりゃ訊問なのかい? 意識ってつまり、人間が心の中で思っていることとか感じていることのこったろ。
刑事 ブーッ!! でございます! 意識は人間だけが持つものではありません。生きとし生けるもの、いや生きていないものも含めて、世の中に存在するもの全てが意識を持っているのです! 物体が起こす物理現象は、すべて意識と呼んでいいのです。ただわれわれの慣習上、生体の脳の中で起こる物理現象に限って「意識」と呼ぶことが多いのですが、まず生物と無生物というカキネをとっぱらって考えてください! とっぱらってください! 意識とは、物体が物理法則にしたがって時々刻々と状態を遷移させていく「過程」に他なりません。だんだん話が難しくなってきましたね!
容疑者 いったい何なんだ、ここはいったい警察なのかい?
刑事 まず意識というものの大雑把なイメージをつかんでもらうために、目を細めて辺りを見回してください! ほら、目を細めて!! ほーら、周囲の物がだんだんぼやけて来たでしょう。わたしやドアのところに立っている警官、机、椅子、なんでも輪郭がぼやけてきて、もしかしたら二つのものがくっついて見えるかもしれません。意識とは、そんなふうに物体をぼんやりと取り巻いている「気」のようなものと考えると、視覚的に分かりやすいでしょう。さあ、目をパッチリと開いて! では第二問! 「自分」とはいったい何でしょう?
容疑者 さあ……自分って、自分だろ。俺が俺であると思っているものだよ。
刑事 では「他人」とは?
容疑者 そりゃ、俺じゃない奴のことだろ。
刑事 またまたブーッでございます!! こういうと酷かも知れませんが、あなたそういう風に考えているから孤独なのでございます! でも心配ご無用! このセッションがあなたを覚醒させるのです! あなたは生まれ変わるのです! まず、他人を「自分でないもの」と考えては「自分」が特別なものとしてこの世界から浮き上がってしまうのです。ここがセッションの第一の山場ですからよく聞いて! あなた、ご自分の肉体にご自分の意識がなぜ宿っているのか説明がおできですか? あなたの肉体には、他の誰かの自意識が宿っていてもよかったのではありませんか? なぜそこにあるのが「あなたの」自意識でなければならないのですか? よーく考えてください。どうしても説明がつかないでしょう! 結論から言いましょう。あなたは、わたしなのです。ほら、言ってご覧なさい。あなたは、わたし。
容疑者 なんなんだよ……言えばいいんだろ。あなたは、わたし。
刑事 よく出来たでございます! 要するに、あなたもわたしも、世界中の人間ぜーんぶ、一つの意識なのです。いや世界中の生き物、いや宇宙の全ての物体が、一つの同じ意識を共有しているのです! だから「他人」などはじめからいはしないのです! だから、あなたもわたしも同じ「自分」なのです。ほらこの机も! 椅子も! ぜーんぶ自分。ではもう少しこの「自分」というものを一般的見地から見てみましょう。では第三問、この世界は何次元で出来ているでしょう?
容疑者 えーと、三次元、いや四次元かな。
刑事 正解です~おめでとうございます! そう四次元なのです! 縦、横、高さ、それから時間という四つの次元からこの世界は出来ているわけでございますね。だから四次元時空などとも申します。しかしわれわれの世界は、空間的にも時間的にも無限の広がりを持っているわけではございません。有限なのでございます。数学でいうところの四次元空間は、四方向に無限の広がりを持っていますが、われわれの世界はちょうどそこから、有限なかたまりを切り抜いてきたような物なのでございます。しかし滅茶苦茶に切り抜かれたのではありません。われわれが物理法則と呼んでいるものが常に成り立つような形に、みごとに切り抜かれているのでございます。こうして切り抜かれたわれわれの世界、われわれの四次元時空が、われわれそのものなのです! あなたなのです! わたしなのです! 原始仏典で言う「アートマン」がそれに近いかも知れませんですね。あなたと、他の人を分け隔てするものは何もないのでございます。
容疑者 じゃ、刑事さん、俺が他人と同じって事は、俺が他人から物を盗ってもかまわないってことになりませんか?
刑事 大間違いでございます!! あなたが「物を盗ろう」と考えている時点で、あなたはその相手を「自分とは違う他人」と考えているのでございます。だからこっそり見つからないように空き巣に入ったり、包丁で脅して無理やり奪い取ったりするのでございます。あなたがその相手と「同じ自分」であるなら、どうして堂々と欲しいものを下さいと言えませんか。ここでセッションの次の段階に入りましょう! 先ほど、われわれの四次元時空は、物理法則が成り立つように切り抜かれていると申し上げました。その物理法則の中には、「不定形の物体はなるべく表面積を小さくしようとする」という法則があるのでございます。テーブルにこぼれたたくさんの水滴が、徐々にひとつに固まっていくのをご覧になったことがあるでしょう。ああやって一つに固まれば、表面積は最小になれるのでございます。われわれの意識も同じことでございます。あなたとわたしの意識は結局はひとつながりのものなのですが、あなたの意識はあなたの場所に、わたしのは私の場所に、不定形ながら濃い固まりをなして存在しているのです。しかし肉体的・精神的にあなたとわたしの距離が縮まれば、意識の固まりも近づきあい、ついには一体になって表面積を最小にしようとするのです。そうなればわたしとあなたは、猜疑心のない、真に親しい関係を築いたことになるのです。一体であることを実感できるのです。ですから、もし他人の物が欲しいとなったら、あなたはその人物と親しい関係を築き、意識を一体化させればよいのです。そうなれば、その物は、もう相手と自分どちらの所有物であろうと問題ではなくなります。そうしたとき、あるいはその物品があなたの所有物となるかも知れません。そのように、人間の意識はなるべくひとかたまりになって、丸く固まって表面積を小さくしようとするのです。これがこの宇宙の摂理です。だから孤独でいることはつらいことなのです。男と女が惹かれあうのは、意識が一つに固まるのみならず、いずれは新しい生命が誕生してさらに球形に近いまるっこい固まりを生ずることが可能だからです。あなたは人とのつながりというものを誤解していたのではありませんか? 猜疑心や不平不満は、すべての意識が一つにつながっているという事実から目をそむけさせます。うそをつくことも、自ら相手との間に障壁を作り一体化を妨げ、自分の首を絞めることにつながります。あなたは皆の意識との一体化、宇宙との一体化の喜びを知らないで生きてきたのではありませんか。さあ、こころを開くのです。めくるめく四次元時空のはるかな広がりと高みがあなたを待っています!
容疑者 う、うう……俺が間違ってたよ。強盗をやったのは俺だよ……。
刑事 そう、つらかったですね。でも、これであなたと他者との障壁はまずは消え去ったのです! あなたは大いなる未来へ羽ばたくのです! あ、それから、この宇宙には「慣性の法則」というものがあります。あなたはこれからも、以前強盗を働いたのと同じ境遇になったら、また同じことを繰り返してしまう、これが慣性の法則です! あなたはこれから刑務所に行って、その不幸な慣性をすっかりぬぐいとらなくてはなりません! でも忘れないで下さい、塀の中にいてもあなたは、世界と、そして宇宙と一体なのです!
容疑者 け、刑事さん、ありがとう……俺、目が覚めたよ……。
刑事 さあ行こう、いざ刑務所へ!
警視庁の夜は今日も更けていく……。
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.22
2009/10/15 (Thu) 22:28:25
カマタ氏は、ひとかどの商社の社長である。
しかし不況のあおりを食って、会社の業績は落ちる一方……企業は人だ。今こそ良い人材を集め、再出発を図るのだ。
カマタ氏はひとけのない神社を詣でた。
「どうぞ優秀な人材が集まりますように」本殿の前で彼が祈っていると、
「死人でも?」と低いくぐもった声がどこからともなく聞こえてきた。
カマタ氏はあたりを見回した。誰もいない。しかし彼は、これぞ神が彼の祈りを聞き届けてくれる徴(しるし)だと考え
「ええ、死人でも」とはっきりと応じた。
新聞・雑誌に求人を出した翌朝、総務課長が慌てた顔をして社長室に来た。
「し、社長、我が社の門に、薄気味悪い連中が大勢……」
「なんだね騒がしい」
「とにかく、外をご覧になってください」
カマタ社長が六階の社長室の窓から下を見ると、ぼろぼろのスーツを来て、青ざめてあるいは顔面を血だらけにし、あるいは四肢を腐らせた人間……いや人間に似た生き物が大勢、正門のところにうごめいていた。
「なんだねあの連中は」
「はっきりとはわかりかねますが、映画に出てくるゾンビにそっくりです。彼らを間近で見た社員によると、いちように『仕事をくれ』と叫んでいるもようです」
「仕事をくれ? ということは、あの連中は求職者なのか」
「それがなんとも……」
カマタ氏は思い出した。神社で聞いたあの不思議な声を。
「よし、あの連中を中に入れろ。彼らを面接するぞ」
ゾンビたちは皆よれよれになった履歴書を持参していた。経歴を信じるなら、彼らは皆、生前は一流の商社でそうとうの活躍をしてきた人物たちだった。彼らの声はかすれていたりくぐもっていて、聞き取りにくく第一不気味だったが、受け答えははっきりしており、優秀な人材であることがうかがえた。そして彼らは面接の最後に決まって次のように言った。
「私は死人です。給料は要りません。ただ、別のかたちの報酬を望みます」。
彼らは見た目が不気味であるという事にさえ我慢すれば、いずれも大変なキャリアを積んだ有望な人物たちだった。よし、彼らに社運をかけてみよう……カマタ氏は思った。
かくしてゾンビの大量雇用となった。管理職待遇で入社するものも多かった。
腐汁が滴り骸骨の露出した顔面で部下を怖がらせながら、ゾンビたちは生身の人間たちに次々に指示を与えていった。
「よし、フジ電機のミツヤ部長と会う、段取りは君に、任せた。ヤブタ君。きのう言って、おいた、見積書はまだ、できておらんのか」
ゾンビの上司たちは地の底から響いてくるような不気味な声で話した。はじめはみな怖がっていたが、噛み付くわけでもなし、指示も的確だったからほどなく部下たちの信頼を得るようになった。
もちろん、優秀なゾンビたちのお蔭で肩身がせまくなった社員もいた。営業部のコヤマ氏もそのひとりだった。前々からぱっとしない社員だったが、ゾンビらと働くようになってからは、上司からはっきりと「無能」の烙印を押された格好になってしまった。
「コヤマ君。大会議室で社長がお呼びだ」ある朝、彼の上司が言った。
社長が? いったい何の用だろう……彼はいぶかしみながら会議室へ向かった。
「ああ、コヤマ君か」カマタ氏が言った。
「はい」
「急に呼び出してすまんね。だが、大事な用件だ……はっきり言うと、君は戦力にならん」
「解雇……ですか?」社長みずから? コヤマ氏は何がなんだか訳が分からなかった。
「いや、解雇ではない。つまり、その……わが社では死人を多く雇っとるだろ。その死人たちの要求しておる報酬というのが、普通と違っておってな。そこでだ……ちょっとここで待っててくれ」
社長は出て行こうとして振り返り、ひとこと言った。「悪く思わんでくれ」
一瞬ののち、会議室になだれ込んできたゾンビたちによって、コヤマ氏の体はズタズタに引き裂かれ、肉をむさぼり食われてしまった。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
しかし不況のあおりを食って、会社の業績は落ちる一方……企業は人だ。今こそ良い人材を集め、再出発を図るのだ。
カマタ氏はひとけのない神社を詣でた。
「どうぞ優秀な人材が集まりますように」本殿の前で彼が祈っていると、
「死人でも?」と低いくぐもった声がどこからともなく聞こえてきた。
カマタ氏はあたりを見回した。誰もいない。しかし彼は、これぞ神が彼の祈りを聞き届けてくれる徴(しるし)だと考え
「ええ、死人でも」とはっきりと応じた。
新聞・雑誌に求人を出した翌朝、総務課長が慌てた顔をして社長室に来た。
「し、社長、我が社の門に、薄気味悪い連中が大勢……」
「なんだね騒がしい」
「とにかく、外をご覧になってください」
カマタ社長が六階の社長室の窓から下を見ると、ぼろぼろのスーツを来て、青ざめてあるいは顔面を血だらけにし、あるいは四肢を腐らせた人間……いや人間に似た生き物が大勢、正門のところにうごめいていた。
「なんだねあの連中は」
「はっきりとはわかりかねますが、映画に出てくるゾンビにそっくりです。彼らを間近で見た社員によると、いちように『仕事をくれ』と叫んでいるもようです」
「仕事をくれ? ということは、あの連中は求職者なのか」
「それがなんとも……」
カマタ氏は思い出した。神社で聞いたあの不思議な声を。
「よし、あの連中を中に入れろ。彼らを面接するぞ」
ゾンビたちは皆よれよれになった履歴書を持参していた。経歴を信じるなら、彼らは皆、生前は一流の商社でそうとうの活躍をしてきた人物たちだった。彼らの声はかすれていたりくぐもっていて、聞き取りにくく第一不気味だったが、受け答えははっきりしており、優秀な人材であることがうかがえた。そして彼らは面接の最後に決まって次のように言った。
「私は死人です。給料は要りません。ただ、別のかたちの報酬を望みます」。
彼らは見た目が不気味であるという事にさえ我慢すれば、いずれも大変なキャリアを積んだ有望な人物たちだった。よし、彼らに社運をかけてみよう……カマタ氏は思った。
かくしてゾンビの大量雇用となった。管理職待遇で入社するものも多かった。
腐汁が滴り骸骨の露出した顔面で部下を怖がらせながら、ゾンビたちは生身の人間たちに次々に指示を与えていった。
「よし、フジ電機のミツヤ部長と会う、段取りは君に、任せた。ヤブタ君。きのう言って、おいた、見積書はまだ、できておらんのか」
ゾンビの上司たちは地の底から響いてくるような不気味な声で話した。はじめはみな怖がっていたが、噛み付くわけでもなし、指示も的確だったからほどなく部下たちの信頼を得るようになった。
もちろん、優秀なゾンビたちのお蔭で肩身がせまくなった社員もいた。営業部のコヤマ氏もそのひとりだった。前々からぱっとしない社員だったが、ゾンビらと働くようになってからは、上司からはっきりと「無能」の烙印を押された格好になってしまった。
「コヤマ君。大会議室で社長がお呼びだ」ある朝、彼の上司が言った。
社長が? いったい何の用だろう……彼はいぶかしみながら会議室へ向かった。
「ああ、コヤマ君か」カマタ氏が言った。
「はい」
「急に呼び出してすまんね。だが、大事な用件だ……はっきり言うと、君は戦力にならん」
「解雇……ですか?」社長みずから? コヤマ氏は何がなんだか訳が分からなかった。
「いや、解雇ではない。つまり、その……わが社では死人を多く雇っとるだろ。その死人たちの要求しておる報酬というのが、普通と違っておってな。そこでだ……ちょっとここで待っててくれ」
社長は出て行こうとして振り返り、ひとこと言った。「悪く思わんでくれ」
一瞬ののち、会議室になだれ込んできたゾンビたちによって、コヤマ氏の体はズタズタに引き裂かれ、肉をむさぼり食われてしまった。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
文書館内検索