『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.12
2009/10/15 (Thu) 21:53:19
「行動履歴自動記録装置」というものが出来た。すなわち、その装置を身につけている人物は、その行動が逐一装置に記録され、あとで「行動表」というボタンを押すと、時刻と行動を記した紙がシュルシュルと出てくるのである。
責任ある立場の人物、たとえば政治家や医者などがつけると最適である。政治家がつければまさに「ガラス張りの政治」が出来るわけだし、医者がつければ、診察や手術でどのような行為が行われたか明らかになり、医療ミスなどが起こればたちまちことは明らかになるのである。もっとも、医者も政治家もこの装置をつけたがらなかった。別に装置をつけることは義務ではなかったのである。
この装置は通称「リレキ」と呼ばれた。「リレキ」が静かな社会問題となったのは、夫婦が互いにこの装置をつけあうかどうかでもめることが増えてきたことである。男の嫉妬は醜く、女のやきもちはどこかに微笑ましさをただよわせている。そういうわけで「リレキ」は夫が妻に付けるよりは、妻が夫に付けるほうが圧倒的に多かった。はじめは、互いに信頼している夫婦は「リレキ」を付け合わなかったが、だんだんと、妻が夫にこの装置をつけることが常識化してきた。
「リレキ」を付けていれば、夫はいかがわしい遊びなどはできないし、浮気が出来ないのは無論のことである。
妻のヨウコは、夫のサトルの「リレキ」を毎晩チェックしていた。別にヨウコは、夫を管理しようとか、嫉妬深かったりしたわけではない。妻が夫の「リレキ」を毎晩見ておくことは、いわばこの時代の風潮だったのである。
「六月十四日。午前八時七分の**線急行列車に乗る。八時八分席に座り雑誌を読む。あなた、この雑誌ってどんなの?」
ヨウコは行動履歴を読み上げるのを中断して、サトルに尋ねた。
「これだよ」
サトルは漫画雑誌を鞄(かばん)から取り出して、妻に渡した。妻は履歴を読むのを続けた。
「八時四十分、電車を下車。八時四十五分、徒歩にて会社に到着。八時四十七分、出勤簿に判を押す……午後六時半、退社。今日も別段変わったこともないわね」
妻は「リレキ」を読むという儀式を終えると、夫にキスをした。
「今日もおつかれさま」
ある日のことである。ヨウコはサトルの「リレキ」にすこし変わった記録を見出した。
「あなた。この午後五時半、動物園に入るっていうのは?」
記録では、約一時間後に動物園を出たとある。
「ん……いや、ただの気晴らしさ」
しかし、サトルの動物園通いは毎日続いた。彼は問いただされると、
「ただの気晴らし」
の一点張りである。動物園の中で何をしたという記録もない。ヨウコは少しあやぶみだした。もしや、動物園で誰か他の女と会っているのでは……? 誰かに会ったなら「誰それと会った」と「リレキ」の記録に残るはずなのだが、夫は、何かうまく装置をごまかしているのかも知れない。
夫は毎日きっかり五時半に動物園に入っている。妻は夫が動物園で何をしているのか、この目で確かめようと思った。ヨウコは次の日の夕方五時半過ぎに、動物園に入っていった。夫を見逃すまいと、目を皿のようにして見回るヨウコ。
人気者のパンダの檻の前の人だかり、みやげ物の売店の前。なかなかサトルは見つからない。
やがて、猿の檻のところまできた。その檻は異常に静かだった。猿山の猿たちが、スケッチブックを持って、熱心に鉛筆を動かしている。何かを写生しているらしい。
「猿も絵が描けるんだ……」
と、ヨウコが猿の視線の先に目をやると、そこにサトルがいた。
檻の中のサトルは、パンツ一枚で、力こぶを作り、ボディビルダーのようにポーズをとっていた。猿に観察される人間。よく小学生が動物園で写生をするが、あれとは立場が逆だ。
「あなた、何やってるの?」
「あっヨウコ。お前何しに来たんだ」
「あなたの行動がおかしいから、こうやってつけてきたんじゃない」
サトルは金網のところまでやってきた。モデルが動いたので、猿たちはきいきい鳴き出した。
「ここでは、知能の高い猿たちの教育のために、絵を描かせているんだ。僕はアルバイトで、モデルをやってるんだ」
「なぜ、わたしに黙っていたの?」
「なぜって、もうすぐ結婚五周年だろう? プレゼントにペンダントを買ってやろうと思ったのさ。そうじゃなかったら、こんな馬鹿なこと、やるもんか」
「ああ、あなた、うれしいわ」
二人は金網越しにキスをした。
夫婦の間にも、やはり内緒ごとは必要なのであった。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
責任ある立場の人物、たとえば政治家や医者などがつけると最適である。政治家がつければまさに「ガラス張りの政治」が出来るわけだし、医者がつければ、診察や手術でどのような行為が行われたか明らかになり、医療ミスなどが起こればたちまちことは明らかになるのである。もっとも、医者も政治家もこの装置をつけたがらなかった。別に装置をつけることは義務ではなかったのである。
この装置は通称「リレキ」と呼ばれた。「リレキ」が静かな社会問題となったのは、夫婦が互いにこの装置をつけあうかどうかでもめることが増えてきたことである。男の嫉妬は醜く、女のやきもちはどこかに微笑ましさをただよわせている。そういうわけで「リレキ」は夫が妻に付けるよりは、妻が夫に付けるほうが圧倒的に多かった。はじめは、互いに信頼している夫婦は「リレキ」を付け合わなかったが、だんだんと、妻が夫にこの装置をつけることが常識化してきた。
「リレキ」を付けていれば、夫はいかがわしい遊びなどはできないし、浮気が出来ないのは無論のことである。
妻のヨウコは、夫のサトルの「リレキ」を毎晩チェックしていた。別にヨウコは、夫を管理しようとか、嫉妬深かったりしたわけではない。妻が夫の「リレキ」を毎晩見ておくことは、いわばこの時代の風潮だったのである。
「六月十四日。午前八時七分の**線急行列車に乗る。八時八分席に座り雑誌を読む。あなた、この雑誌ってどんなの?」
ヨウコは行動履歴を読み上げるのを中断して、サトルに尋ねた。
「これだよ」
サトルは漫画雑誌を鞄(かばん)から取り出して、妻に渡した。妻は履歴を読むのを続けた。
「八時四十分、電車を下車。八時四十五分、徒歩にて会社に到着。八時四十七分、出勤簿に判を押す……午後六時半、退社。今日も別段変わったこともないわね」
妻は「リレキ」を読むという儀式を終えると、夫にキスをした。
「今日もおつかれさま」
ある日のことである。ヨウコはサトルの「リレキ」にすこし変わった記録を見出した。
「あなた。この午後五時半、動物園に入るっていうのは?」
記録では、約一時間後に動物園を出たとある。
「ん……いや、ただの気晴らしさ」
しかし、サトルの動物園通いは毎日続いた。彼は問いただされると、
「ただの気晴らし」
の一点張りである。動物園の中で何をしたという記録もない。ヨウコは少しあやぶみだした。もしや、動物園で誰か他の女と会っているのでは……? 誰かに会ったなら「誰それと会った」と「リレキ」の記録に残るはずなのだが、夫は、何かうまく装置をごまかしているのかも知れない。
夫は毎日きっかり五時半に動物園に入っている。妻は夫が動物園で何をしているのか、この目で確かめようと思った。ヨウコは次の日の夕方五時半過ぎに、動物園に入っていった。夫を見逃すまいと、目を皿のようにして見回るヨウコ。
人気者のパンダの檻の前の人だかり、みやげ物の売店の前。なかなかサトルは見つからない。
やがて、猿の檻のところまできた。その檻は異常に静かだった。猿山の猿たちが、スケッチブックを持って、熱心に鉛筆を動かしている。何かを写生しているらしい。
「猿も絵が描けるんだ……」
と、ヨウコが猿の視線の先に目をやると、そこにサトルがいた。
檻の中のサトルは、パンツ一枚で、力こぶを作り、ボディビルダーのようにポーズをとっていた。猿に観察される人間。よく小学生が動物園で写生をするが、あれとは立場が逆だ。
「あなた、何やってるの?」
「あっヨウコ。お前何しに来たんだ」
「あなたの行動がおかしいから、こうやってつけてきたんじゃない」
サトルは金網のところまでやってきた。モデルが動いたので、猿たちはきいきい鳴き出した。
「ここでは、知能の高い猿たちの教育のために、絵を描かせているんだ。僕はアルバイトで、モデルをやってるんだ」
「なぜ、わたしに黙っていたの?」
「なぜって、もうすぐ結婚五周年だろう? プレゼントにペンダントを買ってやろうと思ったのさ。そうじゃなかったら、こんな馬鹿なこと、やるもんか」
「ああ、あなた、うれしいわ」
二人は金網越しにキスをした。
夫婦の間にも、やはり内緒ごとは必要なのであった。
(終)
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No.11
2009/10/15 (Thu) 21:34:48
「これで子供たちは全部かね? マイクはもう入ってるの? ……ええ、皆さん。私がエンタープライズ号の艦長、ジェームズ・カークです。私たちがこの惑星に来てから一ヶ月、この地域を支配していたクリンゴンを撤退させることにようやく成功し、皆さんが安心して通える小学校が今日、再び開校されることになりました。皆さんや皆さんのご家族が、命を脅かされ、通りを自由に歩くことすらできないような毎日は、終わりを告げました。このことは宇宙艦隊を代表して、私が保証します。皆さんは、クリンゴンの怖いおじさんたちの顔を、もう見なくてすむのです」
「おっちゃん、おっちゃん」
「おっちゃんとは何だね。これでも宇宙艦隊で一番若い艦長なんだぞ」
「でもおっちゃん、おっちゃんらはクリンゴンが悪い奴らやっていつも言うてるけど、クリンゴンの人らもええ事してくれてんで。おれ、みっちゃんとかやっくんらと野球してたとき、クリンゴンのおっちゃんが来て、あめとかチョコレートとか、いっぱいくれてんで。それにな、そのクリンゴンのおっちゃんは、お前らそのうち宇宙船に乗せたったる、おもちゃかてなんぼでもやる、そない言うてくれてんで」
「それはね、クリンゴンがよく言う嘘なんだ。宇宙船に乗せてあちこち見物させてやると言っておきながら、彼らの故郷に連れて行かれ、奴隷として一生こき使われるんだ。君たちも、君たちやお父さんお母さんが奴隷になったりしたら嫌だろう。だまされてはいけないんだ」
「そしたらおっちゃん、クリンゴンは嘘つきなんか? おっちゃんらは嘘つきと違うんか?」
「われわれ宇宙艦隊は、クリンゴンなんかと違って嘘はつかない。われわれが約束を守ってきたのを知ってるだろう? 病院も立派なものを建てたし、市場も元通り復興して、お父さんたちも仕事できるようになった。全部約束どおりだろう?」
「おっちゃん、わしも言いたいことあんねんけど」
「ええと、どこだね。ああキミ。何でも言ってみたまえ」
「おっちゃんらがこの星に来てから、クリンゴンらとドンパチやらかして、しまいにはクリンゴンもシッポ巻いていねさらしたけど、おっちゃんらの方もぎょうさんドンパチでごねさらしたやないか。わし、赤い服着た宇宙艦隊のおっちゃんらがごっついぎょうさん倒れてるの見てん。またクリンゴンが攻めてきてけつかって、おっちゃんらが負けたらどないすんねん」
「ええと。スポック、今の言葉はどういう意味だ? ……ああそうか。つまり君の言いたいのは、最初の戦闘でわれわれは勝ちはしたが、当方にも死者が出た。今度クリンゴンが攻めてきたとき、われわれが勝つという保証はあるのかと、そういうことだね?」
「せやせや。何や、その耳のとがったおっちゃんの方が賢いやないか」
「余計なことは言わんでよろしい。その点については、安心してもらいたい。クリンゴンは確かに強力な兵器も持っている。しかし、われわれ宇宙艦隊の方が科学が進んでいて、より強力な武器もある。われわれが負けるということはない。皆さんも、その点は安心してください。他に気になる事はありますか? このさい何でも聞いてください」
「はい、はい」
「はい、そこの赤い服を着たお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんと違う。くみこっていうレッキとした名前があるねん」
「ハハ、悪かった。ではくみこちゃん、君の質問は?」
「ほんまに何でも聞いてええの?」
「何でも言ってごらん」
「そしたら、あたし、前から気になっててんけど、赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」
「赤ちゃん? そんなこと今は関係ないだろ。保健室の先生にでも聞きなさい」
「おっちゃん、何でも聞いてええって今言うたやん。それは嘘やったん? おっちゃんらも嘘つきなんか? そしたらクリンゴンと同じやないか」
「嘘つきとは何だね。人聞きの悪い。赤ちゃんがどうやって生まれるかだろ。答えてやるとも。それはね、お父さんとお母さんが愛し合って生まれるんだよ」
「アイシアウって何? あたしそんな抽象的な言葉じゃ分かれへん。もっと具体的かつ生物学的に答えてもらわんと」
「ずいぶん難しい言葉を知ってるんだな。ええと、子供はだね。まずお父さんのナニがお母さんのアレにだね」
「ナニとかアレじゃ分かれへん。もっと男らしゅうにハッキリ言いや」
「困った子供だな。チェコフ、フェーザーを麻痺にセットしてくみこちゃんを撃て」
「きゃー」
「ほらほら騒がない。くみこちゃんはちょっと眠っただけだ。おじさんは今、大事な話をしてるんだ。ふざけた言動は慎みたまえ。君たちにとって、もっと大事なこと、聞かなければどうしても困るという事を質問するんだ」
「じゃあおっちゃん」
「はい、そこのグリーンの服の君」
「おれらな、結局のところ、宇宙艦隊とクリンゴンと、どっちがええ人らなのかよう分からんねん。両者の決定的な違いは何なん?」
「良い質問だ。簡単に言おう。クリンゴンは戦争を好む種族だ。彼らが行くところ、戦闘が起きないということはない。その点、われわれ宇宙艦隊は平和を愛する。そりゃ戦わなきゃならない時だってあるが、それは平和を守るためだ。そこを分かって欲しい」
「ヘイワって何?」
「平和とは……そうだね、みんなが仲良く手と手を取り合って、憎しみや争いのない暮らしを築いていくことだ」
「ああ、みんな仲良くっていうことか。そういえばおっちゃんらは、うちらの星のみんなと仲良くしてくれるもんな」
「そうとも。宇宙艦隊は、この惑星の住民みんなの幸せを考えているんだよ」
「そういえばおっちゃんは、よし子先生ともごっつい仲いいもんな」
「何で今よし子先生の話が出てくるんだね」
「だって、宇宙艦隊がこの星に来た最初のころ、おっちゃんこの学校によく忍び込んどったやん。おれら見ててんで。おっちゃんとよし子先生が職員室で二人きりのところ。おっちゃんえらい優しげに話しかけとったやん。ほら、よし子先生、先生のつらいお気持ちはよく分かります。クリンゴンは誰だって怖い。しかしよし子先生、いま勇気をふりしぼらなくてはなりません。クリンゴンの作戦本部の場所を教えてください。この星の平和のために。ほら泣かないで、よし子さん。涙で美しい顔が台無しだ。よし子、なんて君は美しいんだ、ああよし子……とか言うておっちゃん、よし子先生抱きしめてぶちゅーってチューしてたやないか。なあおっちゃん、よし子先生は結婚してるねんで。これは不倫っちゅうやつや。あかんことや。それとも宇宙艦隊には、不倫してもええっていう法律でもあんのか?」
「それはだね、君、緊急を要する外交の一手段としてだ。どう言えば分かるのかな。しかしまずい所を見られたな……ああそうだ、君たちのうちで、私とよし子先生がチューしているのを見たという子は手を挙げてごらん」
「はーい」
「チェコフ、フェーザーの威力を最大にセット。いま手を挙げた三人を消すんだ」
「きゃー」
「ほらうるさくしない。君たちも消えたくなかったら変なことに首を突っ込まないことだ。話を元に戻そう。今も言ったように、宇宙艦隊は平和を愛します。ここが皆さんの住みよい星になるように最大限の協力を惜しみません。クリンゴンのような平気で人殺しをする野蛮な種族を信じてはなりません。われわれは皆さんの友だちです。友だち。何と素晴らしい言葉ではありませんか」
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「おっちゃん、おっちゃん」
「おっちゃんとは何だね。これでも宇宙艦隊で一番若い艦長なんだぞ」
「でもおっちゃん、おっちゃんらはクリンゴンが悪い奴らやっていつも言うてるけど、クリンゴンの人らもええ事してくれてんで。おれ、みっちゃんとかやっくんらと野球してたとき、クリンゴンのおっちゃんが来て、あめとかチョコレートとか、いっぱいくれてんで。それにな、そのクリンゴンのおっちゃんは、お前らそのうち宇宙船に乗せたったる、おもちゃかてなんぼでもやる、そない言うてくれてんで」
「それはね、クリンゴンがよく言う嘘なんだ。宇宙船に乗せてあちこち見物させてやると言っておきながら、彼らの故郷に連れて行かれ、奴隷として一生こき使われるんだ。君たちも、君たちやお父さんお母さんが奴隷になったりしたら嫌だろう。だまされてはいけないんだ」
「そしたらおっちゃん、クリンゴンは嘘つきなんか? おっちゃんらは嘘つきと違うんか?」
「われわれ宇宙艦隊は、クリンゴンなんかと違って嘘はつかない。われわれが約束を守ってきたのを知ってるだろう? 病院も立派なものを建てたし、市場も元通り復興して、お父さんたちも仕事できるようになった。全部約束どおりだろう?」
「おっちゃん、わしも言いたいことあんねんけど」
「ええと、どこだね。ああキミ。何でも言ってみたまえ」
「おっちゃんらがこの星に来てから、クリンゴンらとドンパチやらかして、しまいにはクリンゴンもシッポ巻いていねさらしたけど、おっちゃんらの方もぎょうさんドンパチでごねさらしたやないか。わし、赤い服着た宇宙艦隊のおっちゃんらがごっついぎょうさん倒れてるの見てん。またクリンゴンが攻めてきてけつかって、おっちゃんらが負けたらどないすんねん」
「ええと。スポック、今の言葉はどういう意味だ? ……ああそうか。つまり君の言いたいのは、最初の戦闘でわれわれは勝ちはしたが、当方にも死者が出た。今度クリンゴンが攻めてきたとき、われわれが勝つという保証はあるのかと、そういうことだね?」
「せやせや。何や、その耳のとがったおっちゃんの方が賢いやないか」
「余計なことは言わんでよろしい。その点については、安心してもらいたい。クリンゴンは確かに強力な兵器も持っている。しかし、われわれ宇宙艦隊の方が科学が進んでいて、より強力な武器もある。われわれが負けるということはない。皆さんも、その点は安心してください。他に気になる事はありますか? このさい何でも聞いてください」
「はい、はい」
「はい、そこの赤い服を着たお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんと違う。くみこっていうレッキとした名前があるねん」
「ハハ、悪かった。ではくみこちゃん、君の質問は?」
「ほんまに何でも聞いてええの?」
「何でも言ってごらん」
「そしたら、あたし、前から気になっててんけど、赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」
「赤ちゃん? そんなこと今は関係ないだろ。保健室の先生にでも聞きなさい」
「おっちゃん、何でも聞いてええって今言うたやん。それは嘘やったん? おっちゃんらも嘘つきなんか? そしたらクリンゴンと同じやないか」
「嘘つきとは何だね。人聞きの悪い。赤ちゃんがどうやって生まれるかだろ。答えてやるとも。それはね、お父さんとお母さんが愛し合って生まれるんだよ」
「アイシアウって何? あたしそんな抽象的な言葉じゃ分かれへん。もっと具体的かつ生物学的に答えてもらわんと」
「ずいぶん難しい言葉を知ってるんだな。ええと、子供はだね。まずお父さんのナニがお母さんのアレにだね」
「ナニとかアレじゃ分かれへん。もっと男らしゅうにハッキリ言いや」
「困った子供だな。チェコフ、フェーザーを麻痺にセットしてくみこちゃんを撃て」
「きゃー」
「ほらほら騒がない。くみこちゃんはちょっと眠っただけだ。おじさんは今、大事な話をしてるんだ。ふざけた言動は慎みたまえ。君たちにとって、もっと大事なこと、聞かなければどうしても困るという事を質問するんだ」
「じゃあおっちゃん」
「はい、そこのグリーンの服の君」
「おれらな、結局のところ、宇宙艦隊とクリンゴンと、どっちがええ人らなのかよう分からんねん。両者の決定的な違いは何なん?」
「良い質問だ。簡単に言おう。クリンゴンは戦争を好む種族だ。彼らが行くところ、戦闘が起きないということはない。その点、われわれ宇宙艦隊は平和を愛する。そりゃ戦わなきゃならない時だってあるが、それは平和を守るためだ。そこを分かって欲しい」
「ヘイワって何?」
「平和とは……そうだね、みんなが仲良く手と手を取り合って、憎しみや争いのない暮らしを築いていくことだ」
「ああ、みんな仲良くっていうことか。そういえばおっちゃんらは、うちらの星のみんなと仲良くしてくれるもんな」
「そうとも。宇宙艦隊は、この惑星の住民みんなの幸せを考えているんだよ」
「そういえばおっちゃんは、よし子先生ともごっつい仲いいもんな」
「何で今よし子先生の話が出てくるんだね」
「だって、宇宙艦隊がこの星に来た最初のころ、おっちゃんこの学校によく忍び込んどったやん。おれら見ててんで。おっちゃんとよし子先生が職員室で二人きりのところ。おっちゃんえらい優しげに話しかけとったやん。ほら、よし子先生、先生のつらいお気持ちはよく分かります。クリンゴンは誰だって怖い。しかしよし子先生、いま勇気をふりしぼらなくてはなりません。クリンゴンの作戦本部の場所を教えてください。この星の平和のために。ほら泣かないで、よし子さん。涙で美しい顔が台無しだ。よし子、なんて君は美しいんだ、ああよし子……とか言うておっちゃん、よし子先生抱きしめてぶちゅーってチューしてたやないか。なあおっちゃん、よし子先生は結婚してるねんで。これは不倫っちゅうやつや。あかんことや。それとも宇宙艦隊には、不倫してもええっていう法律でもあんのか?」
「それはだね、君、緊急を要する外交の一手段としてだ。どう言えば分かるのかな。しかしまずい所を見られたな……ああそうだ、君たちのうちで、私とよし子先生がチューしているのを見たという子は手を挙げてごらん」
「はーい」
「チェコフ、フェーザーの威力を最大にセット。いま手を挙げた三人を消すんだ」
「きゃー」
「ほらうるさくしない。君たちも消えたくなかったら変なことに首を突っ込まないことだ。話を元に戻そう。今も言ったように、宇宙艦隊は平和を愛します。ここが皆さんの住みよい星になるように最大限の協力を惜しみません。クリンゴンのような平気で人殺しをする野蛮な種族を信じてはなりません。われわれは皆さんの友だちです。友だち。何と素晴らしい言葉ではありませんか」
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.10
2009/10/15 (Thu) 21:33:17
天才少年のほまれ高い一休が深々と座礼していた。部屋に、将軍足利義満が入ってきた。
「よく来た、一休。面(おもて)を上げよ」
一休が面を上げると、義満は懐からピストルを取り出した。ピストルは火をふき、一休の眉間を撃ちぬいた。
「悪く思うな、一休。何もかも、そちが言い出したことだからな」
銃声を聞いた蜷川新衛門(にながわしんえもん)が、驚いてやって来た。
「何事でございますか、将軍様! ……や、これは一休殿、一休殿が死んでいる!」
「わしが殺したのじゃ」
「なぜ、なぜでございますか」
「新衛門よ、これはわしと一休の賭けなのだ」
将軍義満は金閣の回廊に出て、庭を眺めやり、一か月ほど前の一休との会見を思い出していた。
「将軍様。私は謎かけに答えるだけが能の人間ではございません。不死身なのです。私を斬るなり焼くなり煮るなりして、殺してご覧なさい。しばらくすれば、この一休、再び元気な姿で舞い戻ってきましょう」
それは、普段から謎かけで義満を負かし続けてきた一休といえども、あまりに大胆な発言と受け取れた。
「本当だな、一休。あとで取り消しは効かんぞ」
義満は興奮して言った。
「本当でございます。武士に二言はないと申しますが、僧侶にも二言はございません」
「ではこの義満、一か月後、そちの命をいただこう。一休。一か月後、きっとここへ参るのだぞ」
一休が死に、再び蘇るであろうという予言をした話は、またたく間に都に広まった。一休は彼の修行していた安国寺に埋葬され、その墓には毎日のように墓参り、というよりも見物の人たちが訪れた。
一休が死んでひと月ほどがたったが、彼は復活してこなかった。しかし、人の噂は七十五日というが、一休の噂がまださめやらぬその頃、別な事件が京の街の話題をさらった。吸血鬼騒動である。
若い女が一週間ほどの間に、立て続けに三人、首を咬まれ、全身の血を失って死んでいるのが発見された。はじめは野犬か狼かと言われたが、野犬や狼が人間の血をすべて吸い尽くすということはない。これは妖怪、物の怪(け)の類であろうと人々は言い合った。人々は恐れおののき、日が暮れてからの外出は極力避けるようになった。
そんな折、ある日の夕暮れ方、一休がふらりと安国寺に姿を現した。寺のみんなは驚き、喜んだ。兄弟弟子の秀念、陳念、哲斉らが一休を取り囲んだ。
「どうして無事だったんだ、一休」
兄弟子の秀念が尋ねた。
「なあに、簡単なことですよ。将軍様がピストルを抜いてきたからとっさによけたんです。あとは額に血糊に見せかけた顔料を塗りつけておいたんですよ」
なるほど一休の額のところには、うっすらと赤い跡があった。
一休は、以前から利発な顔をしていたが、今はより眼光鋭く、他を圧する迫力に満ちた姿に変わっていた。
寺男吾作の孫で一休ととりわけ仲の良かったさよは、泣きじゃくって一休にしがみついた。
「ばかばか、一休さんのばか。もう戻ってこないんじゃないかって、みんなで心配してたのよ」
「さよちゃん、ごめんよ。さあ、もう泣くのはおよしよ」
さよは、赤い顔をして、目に涙をいっぱいに浮かべていた。
「一休さん、もう危険な真似はやめてね」
「一休さーん!」
遠くから、馬のひづめの音とともに、蜷川新右衛門の声が聞こえてきた。
「一休さん! 一休さんが無事と聞いて、駆けつけて来たでござる」
そう言って新右衛門も一休に抱きついた。
「いたた。痛いなあ、新右衛門さん」
「この新右衛門、一休さんの亡骸(なきがら)を運んだときは、涙が止まらなかったでござる」
「まったく、みんなに心配かけ過ぎだぞ、一休」
秀念が言った。
新右衛門は、ひととおり一休と旧交を温める言葉を交わすと、急に浮かない顔つきになった。
「どうしたんですか、新右衛門さん」
「一休さんはいま都を騒がせている吸血鬼騒動をご存知ですか」
「ええ、町でそんな噂を耳にしましたね」
「実は、また新たな犠牲者が出たでござる。今度は七つの男の子です」
「可哀そうに、まだ年端(としは)もゆかぬのに」
一休は眉をしかめた。
「そこででござる。戻ってきたばかりの一休さんに頼みごとをするのは気が引けるのですが、この吸血鬼騒動の解決に手を貸してくださらんか」
一休がしばらく黙っていると、後ろで和尚の声がした。
「行ってやりなさい、一休。困っている人を助けるのも修行のうち」
「わかりました。新右衛門さん、この一休、知恵の限りを尽くしてお手伝いしましょう」
「そうこなくっちゃ!」
新右衛門は笑顔になって言った。
「まず、犠牲者の遺体を見せてもらえませんか」
一休が言った。一休と新右衛門は遺体置き場に行き、死体を検分した。死んだ男の子の首には、二つの円い穴が開いており、血がこびりついていた。
「吸血鬼にやられたものは、みなこのような歯形がついていて、血を吸い取られているでござる」
「解剖してもいいでしょうか?」
「それは構わんでござるが、なぜ?」
「わかりません。しかし、何かが出てくるかもしれません」
解剖を終えた一休に、新右衛門は尋ねた。
「何かわかりましたか」
「何も……新右衛門さんの言われたとおり、全身の血が吸い尽くされていますね。すいません、ちょっと考えさせてください」
一休は座禅を組み、黙想を始めた。
静かなときが流れた。新右衛門は、調子の良い木魚の音がどこからか聞こえてくるような気がした。
「わかりました。われわれのなすべきことが。私が囮(おとり)になって吸血鬼を誘い出しましょう」
「一休さんに危険な真似をさせる訳にはいかないでござる。私が囮になりましょう」
「いや、新右衛門さんでは見るからに強そうで、吸血鬼も寄り付かないでしょう。子供の私がふさわしいのです」
それから毎日、日が暮れてから、町娘の格好をした一休が通りを歩き、吸血鬼を待った。通りの陰からは、新右衛門がしっかりと見守っていた。三日間そのようなことをしていたが、吸血鬼は現れなかった。
四日目の白昼のことである。安国寺の裏手で、さよの悲鳴が鳴り響いた。皆が行ってみると、寺男の吾作が倒れていた。吾作は首から血を流して死んでいた。首には、二つの円い穴が開いていた。一見して、吸血鬼の仕業とわかった。
「おれ、新右衛門さんに知らせてくる!」
秀念が言って、寺を出て行った。
新右衛門が到着すると、一休が注意深く現場を調べていた。
「これはまさしく吸血鬼の仕業ですね。一休さん、何かわかりましたか」
「ごらんなさい。ここに猫の死骸がある。猫の首にも、二つの穴がある。おそらく吸血鬼は、猫の血を吸っているところを吾作さんに見られて、それで吾作さんを襲ったんでしょう。いずれにしても、われわれの失策です。吸血鬼は夜出るものとばかり思っていたが、真昼にも警戒を怠ってはいけなかったのです」
「吾作さんの手に鉈(なた)が握られていますな。しかも血がついている」
「おそらく、吾作さんはそれで吸血鬼に抵抗したんでしょう。吸血鬼もおそらく、手傷を負っているはずです」
「今夜も町で罠を張りますか」
「そうしましょう」
日が沈むと、町は賑わいを失った。どの家も吸血鬼を恐れて固く扉を閉じている。そしてどの家にも、先を尖らせた木の杭が立ててあった。これは、吸血鬼は木の杭に弱いという西洋の伝説を、誰かが広めたせいだ。
一休は昨日までと同じように、町娘の格好をして、通りを歩いた。霧が濃く立ち込めていた。新右衛門は一休を見失うまいと目を凝らした。そこにはさよもいた。祖父を殺した憎い吸血鬼が捕らえられるのを、わが目で見たかったからである。
やがて、ウォウーという狼のような遠吠えが聞こえてきた。やがて霧の中に、二つの赤く光る目が見え始めた。一休はそれを凝視していた。やがて、中型の犬が姿を現した。
「なんだ、犬か」
新右衛門は気を緩めた。
しかしその犬は、いきなり一休に飛び掛った。犬は牙をむいて一休の首すじに噛み付こうとした。
「吸血鬼だ、新右衛門さん、こいつを早く斬って!」
「承知!」
新右衛門は刀を抜き、すばやく駆け寄って犬を一太刀(ひとたち)で倒した。
背中を深く斬られた犬は、痙攣し、やがて息絶えた。そして、背中の傷口から、驚くまいことか、オレンジ色の大きな人魂のようなものがゆっくり抜け出していった。
「悪霊退散。喝!」
一休が叫んで、数珠を持った拳を突き出すと、そのオレンジの球体は、強風に吹き消される火のように、かき消えてしまった。
通りを、冷たい風が吹きすぎていった。
「一休さん、今のは?」
新右衛門が尋ねた。
「悪鬼の魂です。大丈夫、もう退散しました」
都に平安が訪れた。吸血鬼を退治した一休の名声は、いやがうえにも高まった。
寺の池のほとりで、一休とさよが腰を下ろしている。
「さよちゃん。吾作さんのこと、救ってあげられなくてご免ね」
「もういいの。一休さんはベストを尽くしたんだわ。いえ……きっとそうね」
「何か気がかりなことがあるのかい」
「わたし、一休さんに襲いかかったあの犬、知ってるの。お寺の裏の小山に棲んでいて、わたし、しょっちゅうエサをあげていたわ。とても人間になついていた犬だったのよ。それが吸血鬼だったなんて、今でも信じられないの」
「だって、さよちゃん、あの犬の背中から悪鬼の魂が抜け出ていくのを見たろう?」
「そうなんだけど……もっと念を押して調べたほうがいいと思うの。たとえば、あの犬の歯型が今までの犠牲者の首の傷と一致するかどうか、調べてみるべきだわ……そう。それがいいわ。わたし、新右衛門さんに知らせてくる」
立ち上がったさよの手を、一休がつかんで引きとめた。
「それには及ばないよ、さよちゃん」
「どうして? 確実に調べてもらったほうが、都の人たちも安心だわ」
「まあお座りよ」
一休はぐいとさよの手を引っ張った。
「一休さん、あなたらしくないわ……それに、なんだか目が変。わたし、前から思っていたのだけど、復活してからの一休さんは、なんだか獣じみてるわ。目がらんらんと光って。それに、その額のあざ。一休さんは前に、将軍様にピストルで撃たれたとき、とっさに赤い顔料を額に塗りつけたって言ったわね。額の赤い跡は、その顔料が残ってるんだと思ってた。でもそれ、いつまでたっても消えないじゃない」
「これはちょっと、どこかに強くぶつけたんだよ」
「嘘。それになんだか、一休さん、右腕が不自由そうよ。右の肩を見せてちょうだい」
「何を言い出すんだい。まるで僕を疑っているようじゃないか」
「とにかく、右肩を見せてちょうだい」
「まあ、落ち着きなよ、さよちゃん」
「見せられないわけがあるのね。ひょっとして、鉈の傷跡があるんじゃない? 本当はあなたが吸血鬼なんじゃないかしら」
さよが言うと、一休はうつむき、くくく、と笑った。
「まさか、さよちゃんに見破られるとはねえ……一休、一生の不覚。そうさ、僕が吸血鬼なのさ」
一休はそう言って歯をむいた。いつの間にか犬歯が長く伸びていた。それは、牙と言ってもよかった。
「どうして、どうしてなの、一休さん」
「名声さ! なるほど僕は今までも、とんちのきく、どんな謎かけも解いてしまう天才少年として名が通ってきた。しかし、将軍様や桔梗屋さんとのとんち合戦も、いつしかマンネリに陥り、都の人たちにも飽きられはじめていた。それを僕は痛いほど感じていた。よく、天才も二十歳過ぎればただの人って言うだろう。僕はそうはなりたくなかった! そんなとき、『悪魔祈祷書』という本と出合ったんだ。それには、不死身になる術や、悪魔の活力を身につける術が書かれていたんだ。そして僕は、吸血鬼になった。将軍様のピストルの弾も、本当は当たっていたんだ。だが、僕は不死身。都でしばらく吸血鬼騒動を起こしてから、ふらりとこの寺に戻ってきたというわけさ。あの犬も、僕が魔力で操り、吸血鬼に見せかけたんだ」
「一休さん、ひどいわ、悪魔に魂を売るだなんて。そんなにしてまで偉い人になりたいの?」
「そうさ! 卑しい生まれの君には分かるまいがね。さて、何もかも言ってしまったからには、さよちゃん、生かしておくわけにはいかないね」
そう言って、一休は牙をむき、さよに襲いかかった。
さよは悲鳴を上げて逃げまどった。助けてと叫んでも、寺からは誰も出てこなかった。
「ふふふ、さよちゃんの血はどんな味かな」
さよは寺の門を出て行こうとして、転んだ。一休はさよの体におどりかかった。
「てえ!」
和尚の一喝がこだました。
一瞬ののち、一休は自分の胸を木の杭が貫いているのに気がついた。和尚が、寺の門に立ててあったそれを、一休の胸に突き立てたのだった。
「ぐ」
一休はうめき、息絶えた。
「さよぼう、もう大丈夫だよ」
和尚は優しく、さよの肩に手をかけた。
「うう、一休さんが、一休さんが」
さよは泣きじゃくった。
「一休のことは、もう忘れなさい。寺のみんなが、さよぼうについているよ」
和尚は、さよの頭をなでながら言った。
(終)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
「よく来た、一休。面(おもて)を上げよ」
一休が面を上げると、義満は懐からピストルを取り出した。ピストルは火をふき、一休の眉間を撃ちぬいた。
「悪く思うな、一休。何もかも、そちが言い出したことだからな」
銃声を聞いた蜷川新衛門(にながわしんえもん)が、驚いてやって来た。
「何事でございますか、将軍様! ……や、これは一休殿、一休殿が死んでいる!」
「わしが殺したのじゃ」
「なぜ、なぜでございますか」
「新衛門よ、これはわしと一休の賭けなのだ」
将軍義満は金閣の回廊に出て、庭を眺めやり、一か月ほど前の一休との会見を思い出していた。
「将軍様。私は謎かけに答えるだけが能の人間ではございません。不死身なのです。私を斬るなり焼くなり煮るなりして、殺してご覧なさい。しばらくすれば、この一休、再び元気な姿で舞い戻ってきましょう」
それは、普段から謎かけで義満を負かし続けてきた一休といえども、あまりに大胆な発言と受け取れた。
「本当だな、一休。あとで取り消しは効かんぞ」
義満は興奮して言った。
「本当でございます。武士に二言はないと申しますが、僧侶にも二言はございません」
「ではこの義満、一か月後、そちの命をいただこう。一休。一か月後、きっとここへ参るのだぞ」
一休が死に、再び蘇るであろうという予言をした話は、またたく間に都に広まった。一休は彼の修行していた安国寺に埋葬され、その墓には毎日のように墓参り、というよりも見物の人たちが訪れた。
一休が死んでひと月ほどがたったが、彼は復活してこなかった。しかし、人の噂は七十五日というが、一休の噂がまださめやらぬその頃、別な事件が京の街の話題をさらった。吸血鬼騒動である。
若い女が一週間ほどの間に、立て続けに三人、首を咬まれ、全身の血を失って死んでいるのが発見された。はじめは野犬か狼かと言われたが、野犬や狼が人間の血をすべて吸い尽くすということはない。これは妖怪、物の怪(け)の類であろうと人々は言い合った。人々は恐れおののき、日が暮れてからの外出は極力避けるようになった。
そんな折、ある日の夕暮れ方、一休がふらりと安国寺に姿を現した。寺のみんなは驚き、喜んだ。兄弟弟子の秀念、陳念、哲斉らが一休を取り囲んだ。
「どうして無事だったんだ、一休」
兄弟子の秀念が尋ねた。
「なあに、簡単なことですよ。将軍様がピストルを抜いてきたからとっさによけたんです。あとは額に血糊に見せかけた顔料を塗りつけておいたんですよ」
なるほど一休の額のところには、うっすらと赤い跡があった。
一休は、以前から利発な顔をしていたが、今はより眼光鋭く、他を圧する迫力に満ちた姿に変わっていた。
寺男吾作の孫で一休ととりわけ仲の良かったさよは、泣きじゃくって一休にしがみついた。
「ばかばか、一休さんのばか。もう戻ってこないんじゃないかって、みんなで心配してたのよ」
「さよちゃん、ごめんよ。さあ、もう泣くのはおよしよ」
さよは、赤い顔をして、目に涙をいっぱいに浮かべていた。
「一休さん、もう危険な真似はやめてね」
「一休さーん!」
遠くから、馬のひづめの音とともに、蜷川新右衛門の声が聞こえてきた。
「一休さん! 一休さんが無事と聞いて、駆けつけて来たでござる」
そう言って新右衛門も一休に抱きついた。
「いたた。痛いなあ、新右衛門さん」
「この新右衛門、一休さんの亡骸(なきがら)を運んだときは、涙が止まらなかったでござる」
「まったく、みんなに心配かけ過ぎだぞ、一休」
秀念が言った。
新右衛門は、ひととおり一休と旧交を温める言葉を交わすと、急に浮かない顔つきになった。
「どうしたんですか、新右衛門さん」
「一休さんはいま都を騒がせている吸血鬼騒動をご存知ですか」
「ええ、町でそんな噂を耳にしましたね」
「実は、また新たな犠牲者が出たでござる。今度は七つの男の子です」
「可哀そうに、まだ年端(としは)もゆかぬのに」
一休は眉をしかめた。
「そこででござる。戻ってきたばかりの一休さんに頼みごとをするのは気が引けるのですが、この吸血鬼騒動の解決に手を貸してくださらんか」
一休がしばらく黙っていると、後ろで和尚の声がした。
「行ってやりなさい、一休。困っている人を助けるのも修行のうち」
「わかりました。新右衛門さん、この一休、知恵の限りを尽くしてお手伝いしましょう」
「そうこなくっちゃ!」
新右衛門は笑顔になって言った。
「まず、犠牲者の遺体を見せてもらえませんか」
一休が言った。一休と新右衛門は遺体置き場に行き、死体を検分した。死んだ男の子の首には、二つの円い穴が開いており、血がこびりついていた。
「吸血鬼にやられたものは、みなこのような歯形がついていて、血を吸い取られているでござる」
「解剖してもいいでしょうか?」
「それは構わんでござるが、なぜ?」
「わかりません。しかし、何かが出てくるかもしれません」
解剖を終えた一休に、新右衛門は尋ねた。
「何かわかりましたか」
「何も……新右衛門さんの言われたとおり、全身の血が吸い尽くされていますね。すいません、ちょっと考えさせてください」
一休は座禅を組み、黙想を始めた。
静かなときが流れた。新右衛門は、調子の良い木魚の音がどこからか聞こえてくるような気がした。
「わかりました。われわれのなすべきことが。私が囮(おとり)になって吸血鬼を誘い出しましょう」
「一休さんに危険な真似をさせる訳にはいかないでござる。私が囮になりましょう」
「いや、新右衛門さんでは見るからに強そうで、吸血鬼も寄り付かないでしょう。子供の私がふさわしいのです」
それから毎日、日が暮れてから、町娘の格好をした一休が通りを歩き、吸血鬼を待った。通りの陰からは、新右衛門がしっかりと見守っていた。三日間そのようなことをしていたが、吸血鬼は現れなかった。
四日目の白昼のことである。安国寺の裏手で、さよの悲鳴が鳴り響いた。皆が行ってみると、寺男の吾作が倒れていた。吾作は首から血を流して死んでいた。首には、二つの円い穴が開いていた。一見して、吸血鬼の仕業とわかった。
「おれ、新右衛門さんに知らせてくる!」
秀念が言って、寺を出て行った。
新右衛門が到着すると、一休が注意深く現場を調べていた。
「これはまさしく吸血鬼の仕業ですね。一休さん、何かわかりましたか」
「ごらんなさい。ここに猫の死骸がある。猫の首にも、二つの穴がある。おそらく吸血鬼は、猫の血を吸っているところを吾作さんに見られて、それで吾作さんを襲ったんでしょう。いずれにしても、われわれの失策です。吸血鬼は夜出るものとばかり思っていたが、真昼にも警戒を怠ってはいけなかったのです」
「吾作さんの手に鉈(なた)が握られていますな。しかも血がついている」
「おそらく、吾作さんはそれで吸血鬼に抵抗したんでしょう。吸血鬼もおそらく、手傷を負っているはずです」
「今夜も町で罠を張りますか」
「そうしましょう」
日が沈むと、町は賑わいを失った。どの家も吸血鬼を恐れて固く扉を閉じている。そしてどの家にも、先を尖らせた木の杭が立ててあった。これは、吸血鬼は木の杭に弱いという西洋の伝説を、誰かが広めたせいだ。
一休は昨日までと同じように、町娘の格好をして、通りを歩いた。霧が濃く立ち込めていた。新右衛門は一休を見失うまいと目を凝らした。そこにはさよもいた。祖父を殺した憎い吸血鬼が捕らえられるのを、わが目で見たかったからである。
やがて、ウォウーという狼のような遠吠えが聞こえてきた。やがて霧の中に、二つの赤く光る目が見え始めた。一休はそれを凝視していた。やがて、中型の犬が姿を現した。
「なんだ、犬か」
新右衛門は気を緩めた。
しかしその犬は、いきなり一休に飛び掛った。犬は牙をむいて一休の首すじに噛み付こうとした。
「吸血鬼だ、新右衛門さん、こいつを早く斬って!」
「承知!」
新右衛門は刀を抜き、すばやく駆け寄って犬を一太刀(ひとたち)で倒した。
背中を深く斬られた犬は、痙攣し、やがて息絶えた。そして、背中の傷口から、驚くまいことか、オレンジ色の大きな人魂のようなものがゆっくり抜け出していった。
「悪霊退散。喝!」
一休が叫んで、数珠を持った拳を突き出すと、そのオレンジの球体は、強風に吹き消される火のように、かき消えてしまった。
通りを、冷たい風が吹きすぎていった。
「一休さん、今のは?」
新右衛門が尋ねた。
「悪鬼の魂です。大丈夫、もう退散しました」
都に平安が訪れた。吸血鬼を退治した一休の名声は、いやがうえにも高まった。
寺の池のほとりで、一休とさよが腰を下ろしている。
「さよちゃん。吾作さんのこと、救ってあげられなくてご免ね」
「もういいの。一休さんはベストを尽くしたんだわ。いえ……きっとそうね」
「何か気がかりなことがあるのかい」
「わたし、一休さんに襲いかかったあの犬、知ってるの。お寺の裏の小山に棲んでいて、わたし、しょっちゅうエサをあげていたわ。とても人間になついていた犬だったのよ。それが吸血鬼だったなんて、今でも信じられないの」
「だって、さよちゃん、あの犬の背中から悪鬼の魂が抜け出ていくのを見たろう?」
「そうなんだけど……もっと念を押して調べたほうがいいと思うの。たとえば、あの犬の歯型が今までの犠牲者の首の傷と一致するかどうか、調べてみるべきだわ……そう。それがいいわ。わたし、新右衛門さんに知らせてくる」
立ち上がったさよの手を、一休がつかんで引きとめた。
「それには及ばないよ、さよちゃん」
「どうして? 確実に調べてもらったほうが、都の人たちも安心だわ」
「まあお座りよ」
一休はぐいとさよの手を引っ張った。
「一休さん、あなたらしくないわ……それに、なんだか目が変。わたし、前から思っていたのだけど、復活してからの一休さんは、なんだか獣じみてるわ。目がらんらんと光って。それに、その額のあざ。一休さんは前に、将軍様にピストルで撃たれたとき、とっさに赤い顔料を額に塗りつけたって言ったわね。額の赤い跡は、その顔料が残ってるんだと思ってた。でもそれ、いつまでたっても消えないじゃない」
「これはちょっと、どこかに強くぶつけたんだよ」
「嘘。それになんだか、一休さん、右腕が不自由そうよ。右の肩を見せてちょうだい」
「何を言い出すんだい。まるで僕を疑っているようじゃないか」
「とにかく、右肩を見せてちょうだい」
「まあ、落ち着きなよ、さよちゃん」
「見せられないわけがあるのね。ひょっとして、鉈の傷跡があるんじゃない? 本当はあなたが吸血鬼なんじゃないかしら」
さよが言うと、一休はうつむき、くくく、と笑った。
「まさか、さよちゃんに見破られるとはねえ……一休、一生の不覚。そうさ、僕が吸血鬼なのさ」
一休はそう言って歯をむいた。いつの間にか犬歯が長く伸びていた。それは、牙と言ってもよかった。
「どうして、どうしてなの、一休さん」
「名声さ! なるほど僕は今までも、とんちのきく、どんな謎かけも解いてしまう天才少年として名が通ってきた。しかし、将軍様や桔梗屋さんとのとんち合戦も、いつしかマンネリに陥り、都の人たちにも飽きられはじめていた。それを僕は痛いほど感じていた。よく、天才も二十歳過ぎればただの人って言うだろう。僕はそうはなりたくなかった! そんなとき、『悪魔祈祷書』という本と出合ったんだ。それには、不死身になる術や、悪魔の活力を身につける術が書かれていたんだ。そして僕は、吸血鬼になった。将軍様のピストルの弾も、本当は当たっていたんだ。だが、僕は不死身。都でしばらく吸血鬼騒動を起こしてから、ふらりとこの寺に戻ってきたというわけさ。あの犬も、僕が魔力で操り、吸血鬼に見せかけたんだ」
「一休さん、ひどいわ、悪魔に魂を売るだなんて。そんなにしてまで偉い人になりたいの?」
「そうさ! 卑しい生まれの君には分かるまいがね。さて、何もかも言ってしまったからには、さよちゃん、生かしておくわけにはいかないね」
そう言って、一休は牙をむき、さよに襲いかかった。
さよは悲鳴を上げて逃げまどった。助けてと叫んでも、寺からは誰も出てこなかった。
「ふふふ、さよちゃんの血はどんな味かな」
さよは寺の門を出て行こうとして、転んだ。一休はさよの体におどりかかった。
「てえ!」
和尚の一喝がこだました。
一瞬ののち、一休は自分の胸を木の杭が貫いているのに気がついた。和尚が、寺の門に立ててあったそれを、一休の胸に突き立てたのだった。
「ぐ」
一休はうめき、息絶えた。
「さよぼう、もう大丈夫だよ」
和尚は優しく、さよの肩に手をかけた。
「うう、一休さんが、一休さんが」
さよは泣きじゃくった。
「一休のことは、もう忘れなさい。寺のみんなが、さよぼうについているよ」
和尚は、さよの頭をなでながら言った。
(終)
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
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