『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.480
2011/10/16 (Sun) 09:09:25
ある大型テーマパークで、役者を募集していることを知った。ゾンビの群れがテーマパークを徘徊するという趣向らしく、そのゾンビを演じるアルバイトだった。私はまだ役者の卵といったところで、映画やドラマなどでときおり端役がもらえるに過ぎなかったから、こうしたアルバイトはよくやる。この仕事を紹介してくれた木村という男も役者で、私と彼とはゾンビ役を演じるためにそのテーマパークに赴いた。
契約期間は一ヶ月で、その間は一日七時間ゾンビを演じることになった。契約書にサインしたあと、すぐに仕事にかかった。ゾンビのメイクをして服をぼろぼろのものに着替え、それで準備は終りかと思ったら、先ほど契約を交わしたマネージャーが私と木村を別室に呼び寄せた。そこには白衣を着たもう一人の若い男がおり、注射器の点検をしている。
「演技ではなく完全なゾンビになってもらいたい」マネージャーが言った。「ゾンビは頭を破壊される以外の攻撃に対しては不死身だ。テーマパーク内で君たちが客から攻撃された場合、素に戻って痛がってしまっては興ざめだろう。だからある特殊な薬品によって、痛みを感じない人間になってもらう。またその薬品は人間の動きを遅くし、君たちはよりゾンビらしい動きが出来るようになるんだ」
「契約にはそんな内容は含まれてなかったぞ?」木村が言った。「そんなおかしな薬を打たれてたまるか」
「契約書の第四条第二項のd にこうある」マネージャーが応じた。「当テーマパークは、契約期間中、被雇用者が充分な内容の労働を全うするために医学的援助を行なう権利・義務を有する。つまりリアルなゾンビになってもらうための注射を打ってもよいわけだ。いや、何も心配はないさ。注射の効力は一日の勤務時間と同じくかっきり七時間だ。七時間すれば体はもとの状態に戻る」
という訳で、われわれはその不可思議な注射を打たれることになった。しばらくすると体が重くなり、きわめてゆっくりとしか動けなくなった。私は自分と同様に注射を打たれた木村を見て、内心ぞっとした。目がうつろで、意思を持たない本当のゾンビに見えたからだ。きっと自分もそのように見えていることだろう。
白昼のにぎやかなテーマパークに、われわれは出て行った。人々はぎょっとして後ずさりしたり、小さな悲鳴を上げたりするが、別段攻撃を加えてくる様子はない。これでは注射を受けなくてもよかったではないか、と思いながら、私は重い足を引きずってあてどもなく徘徊した。
テーマパーク内の時計が午後二時を知らせた。休憩時間だ。あらかじめ知らされていたゾンビ役者専用の「食堂」に行ってみた。そこは通常の食堂ではなかった。金網で閉ざされ、三方はコンクリートの壁になった部屋で、中は薄暗い。われわれにあてがわれたのはある種の肉だったが、どう加工したのか人間の手足そっくりだった。トマトケチャップが塗りたくってあり、ナイフもフォークもないからそれにかぶりつくしかなかった。鶏肉を加工したもののようで、美味かったが、他人から見ればゾンビが屍肉を食らっているようにしか見えないだろう。事実、金網の前を通りかかった客たちは、おぞましいものを見るようにわれわれを凝視した。
ときどき、パン、パンという銃声のようなものが聞こえてくる。そうだ、思い出した。このテーマパークは三つのゾーンに分かれており、一つはわれわれのゾンビのゾーン、一つは西部劇のゾーン、もう一つは時代劇のゾーンだった。実は西部劇のゾーンではカウボーイ役、時代劇のゾーンでは武士の役のアルバイトがあったのだが、なぜかゾンビ役だけが破格の高給だったため、私はゾンビを選んだのだった。
さて昼食の時間が終り、私とゾンビ仲間の男女数十名が、金網からぞろぞろゆっくりと出て行った。と、そのとき、群集がどよめき、人波に裂け目が出来るのが見えた。そうして出来た道を、白い馬が走ってくる。それをカウボーイが手綱で操っている。その馬は食堂から出てくるわれわれの前まで駆けてきて、止まった。
「てめぇらか、かたぎの人間を脅して回っている生ける屍ってのは」
カウボーイが言った。しかしわれわれゾンビ役は注射のために喉に力が入らず、誰も口がきけなかった。
「何か言えってんだ」カウボーイは銃を抜くと、一番近くにいたゾンビ役の頭を撃った。その頭は派手に割れ、脳髄のかけらを飛び散らせた。実弾だ! カウボーイはもう一人のゾンビ役の頭も撃ちぬいた。観客は一瞬の沈黙ののち、これもアトラクションの一つだと理解したのか、盛大な拍手を送った。
これはどうしたことだろう? なぜテーマパークの俳優に過ぎないカウボーイが本物の銃を持っている? こんなことが許されているとしたら、動きの鈍いわれわれゾンビは皆殺しにされてしまうではないか!
しかし私が心中で焦っているのをよそに、観客たちはやんやの歓声を上げている。
カウボーイは次々にゾンビの頭を破壊していった。木村も殺(や)られてしまった。あたりはすでに血の海だ。吹き上がる血しぶきが客たちをより興奮させるらしく、群集の狂騒に拍車がかかった。私はたまらず食堂の奥に逃げようとし、後ずさりした。すると
「おっと、逃がしゃしねぇぜ」と言ったカウボーイは、私の脇腹に銃弾を見舞った。
脇腹に穴が開いて血が吹き出たが、しかしゾンビ注射の影響か、まったく痛くなかった。
私は食堂の横に小さな出入り口を見つけ、そこから脱出した。なるべく物陰に隠れて移動し、できればテーマパークを脱出したかったが、門は遠く、周囲は高い塀になっており、脱出は困難に思えた。私は自分の鈍い動きを呪った! 思考は普段と同じに出来るのに、体が考えについていかないのだ。
足を引きずり木陰を歩いていると、思いがけず出くわした若いカップルが「ぎゃ、ゾンビ!」と叫んだ。すると今度は黒い馬に乗った別のカウボーイがやってきて、すっと銃を向けてきた。私は木の幹に隠れようとしたが、今度は胸を撃たれてしまった。すぐにカウボーイは去っていったが、私は口から血を吐き、呼吸が困難になってきた。しかし全く苦しくはなかった。これも注射のおかげだろうか。私は胸から折れた肋骨や肺の一部が飛び出しているのを見て悲しくなった。背中に血の滴るのを感じたから、銃弾は私の体を突き抜けたのだろう。
私はだんだんやけになってきた。いっそのこと本当のゾンビのように人間に襲いかかろうか。そうだ、あそこを行く若い女だ。あいつの肉なら美味そうだ!
私は暗闇からその女につかみかかった。絹を裂くような悲鳴。だがそんなことにはお構いなく、女のもっちりした白い肩の肉に噛み付いてみた。私は女の肉を引きちぎり、むさぼり食う。そのなんと美味いこと! さっきまでの憂鬱な気分が吹っ飛ぶようだった。
と、後ろから男の声がした。
「婦女子を犯す下郎の生ける屍、貴様のような化け物の血で刀を汚すのは気が進まぬが、この際しかたあるまい」
ふりむくと、黒い着物を着た細身の侍が立っていた。テーマパークの時代劇のゾーンからやってきたのだろう。
侍が刀に手をかけたかと思うと、一瞬きらりと刃がひらめき、すぐにそれはさやに収められた。侍はそのまますたすたと去っていった。そして私はようやく自分の腹が斬られたのに気がついた。薄い線のような傷跡から血が滲み出したかと思うと、私の腹はいきなりぱっくりと割れ、中からピンク色をした腸などの臓器がずるずると大量に出てきた。痛みもないし、まるで悪い夢を見ている気分だ。
だしぬけに、テーマパークの時計が午後五時の鐘を鳴らした。
それはテーマパークの閉館時間であると同時に、私に打たれたゾンビ注射の効力が消える時間でもあった。
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
契約期間は一ヶ月で、その間は一日七時間ゾンビを演じることになった。契約書にサインしたあと、すぐに仕事にかかった。ゾンビのメイクをして服をぼろぼろのものに着替え、それで準備は終りかと思ったら、先ほど契約を交わしたマネージャーが私と木村を別室に呼び寄せた。そこには白衣を着たもう一人の若い男がおり、注射器の点検をしている。
「演技ではなく完全なゾンビになってもらいたい」マネージャーが言った。「ゾンビは頭を破壊される以外の攻撃に対しては不死身だ。テーマパーク内で君たちが客から攻撃された場合、素に戻って痛がってしまっては興ざめだろう。だからある特殊な薬品によって、痛みを感じない人間になってもらう。またその薬品は人間の動きを遅くし、君たちはよりゾンビらしい動きが出来るようになるんだ」
「契約にはそんな内容は含まれてなかったぞ?」木村が言った。「そんなおかしな薬を打たれてたまるか」
「契約書の第四条第二項のd にこうある」マネージャーが応じた。「当テーマパークは、契約期間中、被雇用者が充分な内容の労働を全うするために医学的援助を行なう権利・義務を有する。つまりリアルなゾンビになってもらうための注射を打ってもよいわけだ。いや、何も心配はないさ。注射の効力は一日の勤務時間と同じくかっきり七時間だ。七時間すれば体はもとの状態に戻る」
という訳で、われわれはその不可思議な注射を打たれることになった。しばらくすると体が重くなり、きわめてゆっくりとしか動けなくなった。私は自分と同様に注射を打たれた木村を見て、内心ぞっとした。目がうつろで、意思を持たない本当のゾンビに見えたからだ。きっと自分もそのように見えていることだろう。
白昼のにぎやかなテーマパークに、われわれは出て行った。人々はぎょっとして後ずさりしたり、小さな悲鳴を上げたりするが、別段攻撃を加えてくる様子はない。これでは注射を受けなくてもよかったではないか、と思いながら、私は重い足を引きずってあてどもなく徘徊した。
テーマパーク内の時計が午後二時を知らせた。休憩時間だ。あらかじめ知らされていたゾンビ役者専用の「食堂」に行ってみた。そこは通常の食堂ではなかった。金網で閉ざされ、三方はコンクリートの壁になった部屋で、中は薄暗い。われわれにあてがわれたのはある種の肉だったが、どう加工したのか人間の手足そっくりだった。トマトケチャップが塗りたくってあり、ナイフもフォークもないからそれにかぶりつくしかなかった。鶏肉を加工したもののようで、美味かったが、他人から見ればゾンビが屍肉を食らっているようにしか見えないだろう。事実、金網の前を通りかかった客たちは、おぞましいものを見るようにわれわれを凝視した。
ときどき、パン、パンという銃声のようなものが聞こえてくる。そうだ、思い出した。このテーマパークは三つのゾーンに分かれており、一つはわれわれのゾンビのゾーン、一つは西部劇のゾーン、もう一つは時代劇のゾーンだった。実は西部劇のゾーンではカウボーイ役、時代劇のゾーンでは武士の役のアルバイトがあったのだが、なぜかゾンビ役だけが破格の高給だったため、私はゾンビを選んだのだった。
さて昼食の時間が終り、私とゾンビ仲間の男女数十名が、金網からぞろぞろゆっくりと出て行った。と、そのとき、群集がどよめき、人波に裂け目が出来るのが見えた。そうして出来た道を、白い馬が走ってくる。それをカウボーイが手綱で操っている。その馬は食堂から出てくるわれわれの前まで駆けてきて、止まった。
「てめぇらか、かたぎの人間を脅して回っている生ける屍ってのは」
カウボーイが言った。しかしわれわれゾンビ役は注射のために喉に力が入らず、誰も口がきけなかった。
「何か言えってんだ」カウボーイは銃を抜くと、一番近くにいたゾンビ役の頭を撃った。その頭は派手に割れ、脳髄のかけらを飛び散らせた。実弾だ! カウボーイはもう一人のゾンビ役の頭も撃ちぬいた。観客は一瞬の沈黙ののち、これもアトラクションの一つだと理解したのか、盛大な拍手を送った。
これはどうしたことだろう? なぜテーマパークの俳優に過ぎないカウボーイが本物の銃を持っている? こんなことが許されているとしたら、動きの鈍いわれわれゾンビは皆殺しにされてしまうではないか!
しかし私が心中で焦っているのをよそに、観客たちはやんやの歓声を上げている。
カウボーイは次々にゾンビの頭を破壊していった。木村も殺(や)られてしまった。あたりはすでに血の海だ。吹き上がる血しぶきが客たちをより興奮させるらしく、群集の狂騒に拍車がかかった。私はたまらず食堂の奥に逃げようとし、後ずさりした。すると
「おっと、逃がしゃしねぇぜ」と言ったカウボーイは、私の脇腹に銃弾を見舞った。
脇腹に穴が開いて血が吹き出たが、しかしゾンビ注射の影響か、まったく痛くなかった。
私は食堂の横に小さな出入り口を見つけ、そこから脱出した。なるべく物陰に隠れて移動し、できればテーマパークを脱出したかったが、門は遠く、周囲は高い塀になっており、脱出は困難に思えた。私は自分の鈍い動きを呪った! 思考は普段と同じに出来るのに、体が考えについていかないのだ。
足を引きずり木陰を歩いていると、思いがけず出くわした若いカップルが「ぎゃ、ゾンビ!」と叫んだ。すると今度は黒い馬に乗った別のカウボーイがやってきて、すっと銃を向けてきた。私は木の幹に隠れようとしたが、今度は胸を撃たれてしまった。すぐにカウボーイは去っていったが、私は口から血を吐き、呼吸が困難になってきた。しかし全く苦しくはなかった。これも注射のおかげだろうか。私は胸から折れた肋骨や肺の一部が飛び出しているのを見て悲しくなった。背中に血の滴るのを感じたから、銃弾は私の体を突き抜けたのだろう。
私はだんだんやけになってきた。いっそのこと本当のゾンビのように人間に襲いかかろうか。そうだ、あそこを行く若い女だ。あいつの肉なら美味そうだ!
私は暗闇からその女につかみかかった。絹を裂くような悲鳴。だがそんなことにはお構いなく、女のもっちりした白い肩の肉に噛み付いてみた。私は女の肉を引きちぎり、むさぼり食う。そのなんと美味いこと! さっきまでの憂鬱な気分が吹っ飛ぶようだった。
と、後ろから男の声がした。
「婦女子を犯す下郎の生ける屍、貴様のような化け物の血で刀を汚すのは気が進まぬが、この際しかたあるまい」
ふりむくと、黒い着物を着た細身の侍が立っていた。テーマパークの時代劇のゾーンからやってきたのだろう。
侍が刀に手をかけたかと思うと、一瞬きらりと刃がひらめき、すぐにそれはさやに収められた。侍はそのまますたすたと去っていった。そして私はようやく自分の腹が斬られたのに気がついた。薄い線のような傷跡から血が滲み出したかと思うと、私の腹はいきなりぱっくりと割れ、中からピンク色をした腸などの臓器がずるずると大量に出てきた。痛みもないし、まるで悪い夢を見ている気分だ。
だしぬけに、テーマパークの時計が午後五時の鐘を鳴らした。
それはテーマパークの閉館時間であると同時に、私に打たれたゾンビ注射の効力が消える時間でもあった。
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
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No.479
2011/10/16 (Sun) 09:07:27
人工衛星の夜に 村野四郎
今夜も人工衛星がみえるという
くらい地球の秋の
木犀(もくせい)の夜だ
こんなしめった情緒のなかで
ぼくらの倫理はキノコのように
土に生えては土に腐り
もう この小さい母なる土は
なんの死骸も埋めきれぬという
これから ぼくらは
どんな天体に埋葬されるのだ
人間の歴史が根こそぎ逆転する
きみょうなこの永劫回帰
考えれば 血のひくように
愛さえ希薄になっていく思いだが
さてそこに どんな人生がはじまるのか
だれも知らない
だが 新しくひらけるこの宇宙の
なんという冷いことだ
ごらん 過去からきえた幽霊が
金属の鎧(よろい)をきて
未来をさかのぼって迎えにくる
あたらしい墓へ案内するという
くらい くらい地球の上の
しめっぽい木犀の夜だ
雲丹大学(うにだいがく)に奉職する化学者の草壁が、新居の庭で古い貝殻を見つけたのに興味を引かれ、その辺りを小さなスコップでほじくり返していたときのことである。隣家と草壁邸を隔てている、うばめがしの生垣ががさがさと掻き分けられ、そこから銀色のセーターと白い半ズボンを身につけた、見知らぬ小さな男が現れた。銀色のうすいヘルメットをかぶり、それは日光をきらきらと反射していた。そしてカン高い声で
「突然あいすみませぬが、ここの座標を教えてくれはしませぬか。むろんエヌ系基本座標系での座標であるが」
「は?」草壁は訳が分からずぼんやり立ち尽くしていた。
「だから、エヌ系基本座標を」
「なんのことです?」
「は、なんのことですとな? 座標を知らんとおっしゃるとですか」
「座標って? それにあなたは誰です?」
「あーひょっとして計算ミスったかなー、ときに今は西暦何年です?」
「二〇一一年です」
「しまったー」銀のヘルメットの男は頭を抱えてしゃがみこんだ。しばらくしてその男はつぶらな目を草壁に向け
「あなたにこんなことを言っても仕方ないのですがな、座標表示器をさっきの時空ジャンプの前に落っことしてしまいましてね」
「時空ジャンプって?」
「ああ、分からん言葉は気にしないで。どうかお構いなく」
しかしその小男はみるみる青ざめた顔になって、その憔悴ぶりは尋常ではなかった。
「つまりあなたは、その座標とやらが分からないと帰れなくなる。そういうことですか?」
草壁は気を利かせて尋ねてみた。
「そう、まあそういう訳です。それよりなお悪いことに」小男はヘルメットをずりあげ、しゃがんだまま草壁の顔を見上げた。
「私には追っ手がいるのだ。猿みたいな未開人のくせにエヌ点時空ジャンプだけは習得してしまった、あのおぞましい追っ手どもが。私は何も悪人ではない。ただ彼らの族長の気分をちょっと害しただけであって……」
草壁はなんだか分からないが同情のようなものを覚え始めたから、コップに水を汲んできてその小男に飲ませてやった。小男は銀のセーターに水を滴らせながら、うまそうに水を飲んだ。
「ときにあなたのお名前は? 私は草壁といいます」
「私はマミムーメ」
「その追っ手とやらはどこから来るんですか?」
「未来から。五千年の未来からここに時空ジャンプしてくるでしょう」
「どうもあなたのお話は私の理解を超える部分が多々ありますが、あなたを見ていると助けなければいけないという気がします。あなたがこの家の最初のお客だからかも知れません。さ、いつまでも座り込んでいないで元気を出してください。居間にお上がりください」
「つまりエヌ点というのは何です?」と草壁。
「だからさっきから言っているように、我々を包む五次元空間に浮かんでいる支点ですよ」テーブル越しに向かい合ったマミムーメが答える。
「支点というのは位置のことですか? それとも質量を伴ったもの?」
「ああ、違うちがう。質量はないが精神で把握される立派な実在です」
「つまり概念ということでしょう」
「エヌ点の話は後回しにしましょう。で、次にあなたの知りたいことは?」
「なぜ時空ジャンプなどということが可能になるんですか?」
「エヌ点を精神的な支点として利用するからですよ」
「未来から過去へ飛ぶことも出来るのでしょう。過去に干渉して未来が変わってしまうという不都合は起きないのですか」
「ああ、それは未来だの過去だの、この時空の時間の流れにこだわりすぎです。エヌ点は時空を超えた五次元空間にあるんですから……いや詳しい説明はしかねるが、過去に起こった事柄というのはもっと安定したもので、手を加えて動かしたりはできないのですよ」
「で、猿みたいな未開人が未来から来る?」
「ええ、もとは今から十万年の昔にいた奴らですがね」
「そいつらは十万年前からいったん未来に行って、またそこから戻ってくると?」
「いや、十万年前からだと、さらに昔にさかのぼっていって未来から出てきたほうが早い」
「どういうことですか?」
「無限の過去は、無限の未来とつながっているんですよ。それと同様に、ここから無限に上に昇っていけば下から出てこられますね」
「私の教えられてきた宇宙観とはどうも違うようだ」
「簡単な話ですよ。エヌ点が我々の四次元時空をコンパクト化しているのです。それは当然可能でしょう、四次元時空は局所コンパクトなハウスドルフ空間なのだから」
「はあ」
「ところで、いつまでも茶飲み話をしている訳にもいかない。いつ追っ手が来るか知れないんだ」マミムーメは落ち着かなさそうに、辺りをきょろきょろと見回した。
「その点は心配ないと思います。その連中の様子を聞きますと、どうやら着の身着のままでエヌ点時空ジャンプというのをして現れるだけで、とくに危険な武器も持っていないようだ」
「原始的な武器は持っていますよ。槍とか棍棒とか」
「まあお任せなさい」
さらに二人は一杯、二杯と茶を飲んだ。だんだんと夕闇が迫り、西を向いて座っているマミムーメの顔が赤く染まった。
突然ひゅんという音がして、庭に浮かんで見えた茶色いしみのようなものが急に大きくなり、そこから黒い毛皮を着た三人組の男たちが姿を現した。いずれも二メートルはあろうかという巨躯で、手に手に棍棒や刃物を持ち、マミムーメの姿を認めると「ウラー!」と声を上げて襲い掛かってきた。
「ひゃあ!」マミムーメが逃げ出そうとすると、草壁は落ち着いて、手にした茶色い瓶の中身を追っ手たちに向かってぶちまけた。その液体は三人の未開人の顔にかかり、とたんに三人はぎゃあと叫んで苦しんだ。
「硝酸ですよ。こいつらの目はつぶれちまいましたから、もう安心です」と草壁。
のた打ち回ってやがて悶絶した三人の追っ手を見て、マミムーメはようやく安心したようだった。
「こいつらも例の座標表示器とやらを持ってるんじゃないですか」草壁が言うと
「おお、そうだった」とマミムーメは追っ手たちのふところを探った。
「表示器がありました。これで帰ることが出来ます」
「それは何よりです」草壁が言うと
「どうです、草壁さんも一緒に来ませんか。二十一世紀初頭は、とくに不便で遅れた時空域です。恩人のあなたには、時空飛行文明の恩恵をぜひ味わってもらいたい」
「今からですか? あいにく明日は一時間目から講義でして、これから遠出というのは」
「いやいや、あなたは時間旅行に行くのですから」
「あ、そうか。この時間にまた戻ってくれば問題ないわけだ。じゃあ、お供しましょうか」
「では、私につかまってください」
草壁がマミムーメの銀のセーターの肩をつかむと、やがて二人はひゅっという音とともに消えうせた。無人になった草壁邸の居間の時計が、午後七時の鐘を鳴らした。
(つづく)
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
今夜も人工衛星がみえるという
くらい地球の秋の
木犀(もくせい)の夜だ
こんなしめった情緒のなかで
ぼくらの倫理はキノコのように
土に生えては土に腐り
もう この小さい母なる土は
なんの死骸も埋めきれぬという
これから ぼくらは
どんな天体に埋葬されるのだ
人間の歴史が根こそぎ逆転する
きみょうなこの永劫回帰
考えれば 血のひくように
愛さえ希薄になっていく思いだが
さてそこに どんな人生がはじまるのか
だれも知らない
だが 新しくひらけるこの宇宙の
なんという冷いことだ
ごらん 過去からきえた幽霊が
金属の鎧(よろい)をきて
未来をさかのぼって迎えにくる
あたらしい墓へ案内するという
くらい くらい地球の上の
しめっぽい木犀の夜だ
雲丹大学(うにだいがく)に奉職する化学者の草壁が、新居の庭で古い貝殻を見つけたのに興味を引かれ、その辺りを小さなスコップでほじくり返していたときのことである。隣家と草壁邸を隔てている、うばめがしの生垣ががさがさと掻き分けられ、そこから銀色のセーターと白い半ズボンを身につけた、見知らぬ小さな男が現れた。銀色のうすいヘルメットをかぶり、それは日光をきらきらと反射していた。そしてカン高い声で
「突然あいすみませぬが、ここの座標を教えてくれはしませぬか。むろんエヌ系基本座標系での座標であるが」
「は?」草壁は訳が分からずぼんやり立ち尽くしていた。
「だから、エヌ系基本座標を」
「なんのことです?」
「は、なんのことですとな? 座標を知らんとおっしゃるとですか」
「座標って? それにあなたは誰です?」
「あーひょっとして計算ミスったかなー、ときに今は西暦何年です?」
「二〇一一年です」
「しまったー」銀のヘルメットの男は頭を抱えてしゃがみこんだ。しばらくしてその男はつぶらな目を草壁に向け
「あなたにこんなことを言っても仕方ないのですがな、座標表示器をさっきの時空ジャンプの前に落っことしてしまいましてね」
「時空ジャンプって?」
「ああ、分からん言葉は気にしないで。どうかお構いなく」
しかしその小男はみるみる青ざめた顔になって、その憔悴ぶりは尋常ではなかった。
「つまりあなたは、その座標とやらが分からないと帰れなくなる。そういうことですか?」
草壁は気を利かせて尋ねてみた。
「そう、まあそういう訳です。それよりなお悪いことに」小男はヘルメットをずりあげ、しゃがんだまま草壁の顔を見上げた。
「私には追っ手がいるのだ。猿みたいな未開人のくせにエヌ点時空ジャンプだけは習得してしまった、あのおぞましい追っ手どもが。私は何も悪人ではない。ただ彼らの族長の気分をちょっと害しただけであって……」
草壁はなんだか分からないが同情のようなものを覚え始めたから、コップに水を汲んできてその小男に飲ませてやった。小男は銀のセーターに水を滴らせながら、うまそうに水を飲んだ。
「ときにあなたのお名前は? 私は草壁といいます」
「私はマミムーメ」
「その追っ手とやらはどこから来るんですか?」
「未来から。五千年の未来からここに時空ジャンプしてくるでしょう」
「どうもあなたのお話は私の理解を超える部分が多々ありますが、あなたを見ていると助けなければいけないという気がします。あなたがこの家の最初のお客だからかも知れません。さ、いつまでも座り込んでいないで元気を出してください。居間にお上がりください」
「つまりエヌ点というのは何です?」と草壁。
「だからさっきから言っているように、我々を包む五次元空間に浮かんでいる支点ですよ」テーブル越しに向かい合ったマミムーメが答える。
「支点というのは位置のことですか? それとも質量を伴ったもの?」
「ああ、違うちがう。質量はないが精神で把握される立派な実在です」
「つまり概念ということでしょう」
「エヌ点の話は後回しにしましょう。で、次にあなたの知りたいことは?」
「なぜ時空ジャンプなどということが可能になるんですか?」
「エヌ点を精神的な支点として利用するからですよ」
「未来から過去へ飛ぶことも出来るのでしょう。過去に干渉して未来が変わってしまうという不都合は起きないのですか」
「ああ、それは未来だの過去だの、この時空の時間の流れにこだわりすぎです。エヌ点は時空を超えた五次元空間にあるんですから……いや詳しい説明はしかねるが、過去に起こった事柄というのはもっと安定したもので、手を加えて動かしたりはできないのですよ」
「で、猿みたいな未開人が未来から来る?」
「ええ、もとは今から十万年の昔にいた奴らですがね」
「そいつらは十万年前からいったん未来に行って、またそこから戻ってくると?」
「いや、十万年前からだと、さらに昔にさかのぼっていって未来から出てきたほうが早い」
「どういうことですか?」
「無限の過去は、無限の未来とつながっているんですよ。それと同様に、ここから無限に上に昇っていけば下から出てこられますね」
「私の教えられてきた宇宙観とはどうも違うようだ」
「簡単な話ですよ。エヌ点が我々の四次元時空をコンパクト化しているのです。それは当然可能でしょう、四次元時空は局所コンパクトなハウスドルフ空間なのだから」
「はあ」
「ところで、いつまでも茶飲み話をしている訳にもいかない。いつ追っ手が来るか知れないんだ」マミムーメは落ち着かなさそうに、辺りをきょろきょろと見回した。
「その点は心配ないと思います。その連中の様子を聞きますと、どうやら着の身着のままでエヌ点時空ジャンプというのをして現れるだけで、とくに危険な武器も持っていないようだ」
「原始的な武器は持っていますよ。槍とか棍棒とか」
「まあお任せなさい」
さらに二人は一杯、二杯と茶を飲んだ。だんだんと夕闇が迫り、西を向いて座っているマミムーメの顔が赤く染まった。
突然ひゅんという音がして、庭に浮かんで見えた茶色いしみのようなものが急に大きくなり、そこから黒い毛皮を着た三人組の男たちが姿を現した。いずれも二メートルはあろうかという巨躯で、手に手に棍棒や刃物を持ち、マミムーメの姿を認めると「ウラー!」と声を上げて襲い掛かってきた。
「ひゃあ!」マミムーメが逃げ出そうとすると、草壁は落ち着いて、手にした茶色い瓶の中身を追っ手たちに向かってぶちまけた。その液体は三人の未開人の顔にかかり、とたんに三人はぎゃあと叫んで苦しんだ。
「硝酸ですよ。こいつらの目はつぶれちまいましたから、もう安心です」と草壁。
のた打ち回ってやがて悶絶した三人の追っ手を見て、マミムーメはようやく安心したようだった。
「こいつらも例の座標表示器とやらを持ってるんじゃないですか」草壁が言うと
「おお、そうだった」とマミムーメは追っ手たちのふところを探った。
「表示器がありました。これで帰ることが出来ます」
「それは何よりです」草壁が言うと
「どうです、草壁さんも一緒に来ませんか。二十一世紀初頭は、とくに不便で遅れた時空域です。恩人のあなたには、時空飛行文明の恩恵をぜひ味わってもらいたい」
「今からですか? あいにく明日は一時間目から講義でして、これから遠出というのは」
「いやいや、あなたは時間旅行に行くのですから」
「あ、そうか。この時間にまた戻ってくれば問題ないわけだ。じゃあ、お供しましょうか」
「では、私につかまってください」
草壁がマミムーメの銀のセーターの肩をつかむと、やがて二人はひゅっという音とともに消えうせた。無人になった草壁邸の居間の時計が、午後七時の鐘を鳴らした。
(つづく)
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
No.477
2011/10/02 (Sun) 10:55:28
朝比奈隆指揮・倉敷音楽祭祝祭管弦楽団によるモーツァルト「交響曲第34番・35番・36番・38番・39番・40番・41番、ピアノ協奏曲第21番他」(4枚組、TOBU Recordings)を聴いた。
実はこの中の交響曲第39番変ホ長調K.543は二十年近く前にラジオで放送されたことがあって、自分はたまたまテープに録っていて繰り返し聴いたのだった。それは本当に雄大で、スケールの大きい39番だった。聴くといつも、アルプスの白く神々しい山々を眺めているような気分になった。K.543ではムラヴィンスキーによるものと同じぐらいに素晴らしいと思ってきた演奏である。長年CD化を待っていたのだが、よもや今になって発売になるとは。
しょっちゅうCDショップを覗いている方はご存知だろうが、朝比奈隆にはモーツァルトの録音はほとんどない。朝比奈さんの演奏をあまり聴いてきていない僕には、それが何故なのか見当もつかないが、この録音を耳にする限り、決してモーツァルトと相性が悪いという訳ではないようだ。
これらモーツァルトの後期交響曲を中心とする上記の作品群は、1989年から1995年にかけての倉敷音楽祭で録音されている。倉敷音楽祭オーケストラは日本各地から参加した優れた奏者からなる集合体であり、朝比奈さんがモーツァルトとベートーヴェンの交響曲を一曲ずつ演奏するのが音楽祭の一つのハイライトだったらしい。
曲目に交響曲第34番ハ長調K.338が入っている。これはあまり演奏されることのない、どちらかといえばマイナーな曲である。後期六曲以外でモーツァルトの交響曲を演奏するとなれば、聴衆に馴染み深い25番か29番あたりが選ばれるのが普通だろう。そこをあえて34番を採るのは、聴衆に受けやすいか否かは別として、朝比奈隆自身がこの曲を良い曲だと思っている、この曲が好きだ、ということだと考えてよいのではないか。そしてやはり、この34番は素晴らしい演奏である。通常は三楽章の小さな佳品という印象しかないこの曲が、このように勇壮で豪放に演奏されることはまれだろう。
これは持論なのだが、有名な指揮者や奏者があまり演奏されないマイナーな曲を取り上げていたら、そこには名演が多い。カラヤンという指揮者は滅多やたらと多くの録音を残していて、その演奏には当たり外れが多い(僕は外れのほうがずっと多いと思うが)ため、いったいどれを聴いてよいやら分からない。しかしたとえばモーツァルトでいうと、セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」という地味な曲を何度も録音している。これもカラヤン自身がこの曲を好きなのだろうとしか思えず、聴いてみるとやはり小曲ながら非常に生き生きした躍動感あふれる演奏である。ジュリーニの指揮するシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」や、ミケランジェリの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第3番などもそうした「隠れた名演」の範疇に入れてよいかも知れない。
朝比奈さんの話に戻ると、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」の終楽章も素晴らしかった。ライブということもあるだろうが、終盤の盛り上がり方は他では聴いたことのない大迫力だった。
ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467も荘重で非常に聴きごたえのある演奏だった(ピアノは江尻南美)。ピアノを支えるオーケストラの音が、なにか目に見えないどっしりした堅牢な土台の上に鳴り響いているという感じを受けるのである。K.467もいろんな奏者で聴いてきたが、フリードリヒ・グルダの反則的独奏が縦横無尽に駆け回るグルダ独奏&スワロフスキー指揮の怪演(1963)を除けば、この朝比奈隆指揮のものを最上と言いたいぐらいだ。モーツァルトの後期ピアノ協奏曲というと、バレンボイムの一連の弾き振りも良いけれど、21番に関しては22番・23番で聴かれた鮮烈さに乏しかったように記憶している。
あと朝比奈さんのこのアルバムには「フィガロの結婚」序曲も収録されている。ティンパニの音が強烈で、これも勇壮な名演だった。
朝比奈さんについては、僕はベートーヴェンもろくすっぽ聴いてきていない。何しろ同じ曲をオーケストラを変えて何度も演奏しているから、どれを選んでいいやらよく分からない。「朝比奈隆指揮ベートーヴェン交響曲全集」ということなら、どれが良いのかしら。
(c) 2011 ntr ,all rights reserved.
実はこの中の交響曲第39番変ホ長調K.543は二十年近く前にラジオで放送されたことがあって、自分はたまたまテープに録っていて繰り返し聴いたのだった。それは本当に雄大で、スケールの大きい39番だった。聴くといつも、アルプスの白く神々しい山々を眺めているような気分になった。K.543ではムラヴィンスキーによるものと同じぐらいに素晴らしいと思ってきた演奏である。長年CD化を待っていたのだが、よもや今になって発売になるとは。
しょっちゅうCDショップを覗いている方はご存知だろうが、朝比奈隆にはモーツァルトの録音はほとんどない。朝比奈さんの演奏をあまり聴いてきていない僕には、それが何故なのか見当もつかないが、この録音を耳にする限り、決してモーツァルトと相性が悪いという訳ではないようだ。
これらモーツァルトの後期交響曲を中心とする上記の作品群は、1989年から1995年にかけての倉敷音楽祭で録音されている。倉敷音楽祭オーケストラは日本各地から参加した優れた奏者からなる集合体であり、朝比奈さんがモーツァルトとベートーヴェンの交響曲を一曲ずつ演奏するのが音楽祭の一つのハイライトだったらしい。
曲目に交響曲第34番ハ長調K.338が入っている。これはあまり演奏されることのない、どちらかといえばマイナーな曲である。後期六曲以外でモーツァルトの交響曲を演奏するとなれば、聴衆に馴染み深い25番か29番あたりが選ばれるのが普通だろう。そこをあえて34番を採るのは、聴衆に受けやすいか否かは別として、朝比奈隆自身がこの曲を良い曲だと思っている、この曲が好きだ、ということだと考えてよいのではないか。そしてやはり、この34番は素晴らしい演奏である。通常は三楽章の小さな佳品という印象しかないこの曲が、このように勇壮で豪放に演奏されることはまれだろう。
これは持論なのだが、有名な指揮者や奏者があまり演奏されないマイナーな曲を取り上げていたら、そこには名演が多い。カラヤンという指揮者は滅多やたらと多くの録音を残していて、その演奏には当たり外れが多い(僕は外れのほうがずっと多いと思うが)ため、いったいどれを聴いてよいやら分からない。しかしたとえばモーツァルトでいうと、セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」という地味な曲を何度も録音している。これもカラヤン自身がこの曲を好きなのだろうとしか思えず、聴いてみるとやはり小曲ながら非常に生き生きした躍動感あふれる演奏である。ジュリーニの指揮するシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」や、ミケランジェリの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第3番などもそうした「隠れた名演」の範疇に入れてよいかも知れない。
朝比奈さんの話に戻ると、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」の終楽章も素晴らしかった。ライブということもあるだろうが、終盤の盛り上がり方は他では聴いたことのない大迫力だった。
ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467も荘重で非常に聴きごたえのある演奏だった(ピアノは江尻南美)。ピアノを支えるオーケストラの音が、なにか目に見えないどっしりした堅牢な土台の上に鳴り響いているという感じを受けるのである。K.467もいろんな奏者で聴いてきたが、フリードリヒ・グルダの反則的独奏が縦横無尽に駆け回るグルダ独奏&スワロフスキー指揮の怪演(1963)を除けば、この朝比奈隆指揮のものを最上と言いたいぐらいだ。モーツァルトの後期ピアノ協奏曲というと、バレンボイムの一連の弾き振りも良いけれど、21番に関しては22番・23番で聴かれた鮮烈さに乏しかったように記憶している。
あと朝比奈さんのこのアルバムには「フィガロの結婚」序曲も収録されている。ティンパニの音が強烈で、これも勇壮な名演だった。
朝比奈さんについては、僕はベートーヴェンもろくすっぽ聴いてきていない。何しろ同じ曲をオーケストラを変えて何度も演奏しているから、どれを選んでいいやらよく分からない。「朝比奈隆指揮ベートーヴェン交響曲全集」ということなら、どれが良いのかしら。
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
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