『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.330
2010/08/05 (Thu) 14:34:50
少年野球チームIRバイアンズは、非情なコーチ岸川と、厳格な監督・一つ目モンスターの指導のもと、日々激しい練習を行なっていた。怠惰な選手はどんどん処刑され、選手たちの死に対する感覚は麻痺しつつあったが、なんとかこの体制で一カ月が過ぎ去った。選手たちはみな中学生だったが、今や彼らの顔からは少年らしい純朴さが失われ、その表情には手負いの狼のような闘争心と残忍さが宿っていた。最初三十人いたメンバーも、今では十四人。選手たちの過半数が岸川とモンスターによって殺されたことになる。しかし残った選手はえり抜きの「野球の虎」であった。
そしてモンスターが監督となって初めての試合が行なわれることになった。試合の三日前、モンスターは岸川と相談して決めた先発メンバーを発表した。
「一番・センター、愚呂(ぐろ)! 二番・セカンド、獄目鬼(ごくめき)! 三番・ファースト、火戸羅(ひどら)! 四番・サード、斬仁(ざんにん)! 五番・ライト……」
名前を呼ばれた選手も先発から外れたメンバーも、一様に不気味な笑みを浮かべ「イヒヒヒヒ」「ウケケケ……」などと奇声を発していた。
試合当日。空はどんよりと曇り、あたりにはかすかに血の匂いがただよい、野球場は不穏な空気に包まれていた。
モンスターが球場に来ると、岸川と選手たちはすでに着換えていて、スパイクの手入れをしているようだった。
「スパイクを磨いているのか。初心を忘れないのは大事なことだからな」モンスターが言うと岸川は
「いや、スパイクの刃にストリキニーネを塗ってるんですよ」
「ストリキニーネ? それは毒だろう。スパイクで相手を殺す気か?」
「え? 試合というのは仁義なき戦いですよ。試合ではスパイクにストリキニーネは常識です。な、野郎ども!」
「おす!」選手たちが応じた。
「まあ、なるべく穏やかにやってくれ……ところで手提げ金庫がベンチにおいてあるが、あれは何だ、岸川?」
「ああ、忘れていた……いや、IR鉄道というスポンサーがついている以上、こいつらはプロなんすよ。プロのやる気を引き出すには、何をおいても実弾です」そういうと岸川は金庫をあけ、中から札束を次々に取り出し、ベンチの奥に積んでいった。
「球場で金をやることはないだろう?」
「え? ヒットを打ったり三振を取ったりするたびに選手に金をやるんすよ……これぐらい常識です。監督、大丈夫ですか?」
「……知らなかった。少年野球の『やる気』は現金に支えられてるんだな」
「当然ですよ」
さて試合が始まると、岸川は宣言したとおり、選手がヒットを打つと即十万円、ピッチャーがピンチを抑えると即三十万円、といった具合に惜しげなく現金を渡していった。しかし怠慢プレーに対しては相変わらず厳しく対応し、エラーをしたショートの選手はベンチに戻ってくる前に岸川によって射殺された。
試合は、互いに点が入らない投手戦になった。六回を終って0対0。岸川は、七回表の攻撃に入ると、具体的な指示を選手に与え始めた。
「いいか、初球はカーブを狙え。それ以後ツーストライクまでは真っ直ぐ一本に絞るんだ」
すると一番・愚呂はみごとに初球のカーブを叩き、センター前のクリーンヒット。
二番・獄目鬼は送りバントをしたが、それが相手の野選とエラーを誘い、ランナー一・三塁となった。
「よし、ツーストライクまでは真っ直ぐ一本に絞っていい。追い込まれたら外角球の見極めに気をつけろ。今日のストライクゾーンは外に広いからな」
すると三番・火戸羅は走者一掃のタイムリー・ツーベースを放ち、バイアンズは2対0と勝ち越しに成功した。
しかし四番・斬仁は初球で頭部にデッドボールを受け、血の気の多いバイアンズの選手たちはグラウンドになだれこんだ。すわ乱闘かと思われたそのとき、監督のモンスターが
「引け、野郎ども! すぐベンチに戻らんと内臓を引きずり出すぞ!」と一喝、すると選手たちは冷や水を浴びたように動きを止め、ベンチに戻ってきた。しかしコーチの岸川は監督の意思を無視して愛用のコルト・バイソンを発砲し、相手チームのピッチャーの脳天を撃ちぬいた。
ピッチャー交代、次のバイアンズのバッターは五番・鹿羽根(しかばね)。相手投手はマウンドに散らばる前のピッチャーの脳味噌を見て、明らかに動揺していた。
「いいか、前のピッチャーがぶち殺されたんだ、絶対に内角には来ない。外一本で絞っていけ」
五番・鹿羽根は、力のない外角の直球を狙い打ちし、打球はぐんぐん伸びてライト・スタンドに吸い込まれていった。ホームランだ! 鹿羽根は斬仁に続いて、ゆっくりダイアモンドを一周し、ホームに戻ってきた。岸川は彼に「よくやった! 貴様には一千万円だ!」と言って札束をどんと手渡した。
鹿羽根のツーランで4対0となり、試合はそのままのスコアでゲーム・セットとなった。
試合を一人で投げきり、みごとに完封したバイアンズのピッチャー・剃度場(ぞるどば)には現金二億円が贈られた。
「いやー、本当に勝って良かったっす」試合後、岸川は笑顔でモンスターに話しかけた。
「いや、たしかに良かったな。ただ金を使いすぎた気がしないでもないが……」
「まあ、うちは親方日の丸みたいなもんすからね。心配ないですよ」
「しかし中学生に二億円だぞ。人生狂っちまうんじゃないのか?」
「剃度場ですか? まぁもともとクルクルパーですが、まんいち頭がおかしくなったらすぐぶち殺しますんで」
「お前は楽観的だな。俺はどうもこのチームの行くすえが恐ろしいよ」
そう、まだまだ楽観は許されない。IRバイアンズはきょう船出したばかりなのだ。
真っ赤に煮えたぎる血の海を航海するごとく、モンスターとバイアンズの行く先々には危険が待ちうけ、不安の暗雲が大きくたれこめていたのである。
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
そしてモンスターが監督となって初めての試合が行なわれることになった。試合の三日前、モンスターは岸川と相談して決めた先発メンバーを発表した。
「一番・センター、愚呂(ぐろ)! 二番・セカンド、獄目鬼(ごくめき)! 三番・ファースト、火戸羅(ひどら)! 四番・サード、斬仁(ざんにん)! 五番・ライト……」
名前を呼ばれた選手も先発から外れたメンバーも、一様に不気味な笑みを浮かべ「イヒヒヒヒ」「ウケケケ……」などと奇声を発していた。
試合当日。空はどんよりと曇り、あたりにはかすかに血の匂いがただよい、野球場は不穏な空気に包まれていた。
モンスターが球場に来ると、岸川と選手たちはすでに着換えていて、スパイクの手入れをしているようだった。
「スパイクを磨いているのか。初心を忘れないのは大事なことだからな」モンスターが言うと岸川は
「いや、スパイクの刃にストリキニーネを塗ってるんですよ」
「ストリキニーネ? それは毒だろう。スパイクで相手を殺す気か?」
「え? 試合というのは仁義なき戦いですよ。試合ではスパイクにストリキニーネは常識です。な、野郎ども!」
「おす!」選手たちが応じた。
「まあ、なるべく穏やかにやってくれ……ところで手提げ金庫がベンチにおいてあるが、あれは何だ、岸川?」
「ああ、忘れていた……いや、IR鉄道というスポンサーがついている以上、こいつらはプロなんすよ。プロのやる気を引き出すには、何をおいても実弾です」そういうと岸川は金庫をあけ、中から札束を次々に取り出し、ベンチの奥に積んでいった。
「球場で金をやることはないだろう?」
「え? ヒットを打ったり三振を取ったりするたびに選手に金をやるんすよ……これぐらい常識です。監督、大丈夫ですか?」
「……知らなかった。少年野球の『やる気』は現金に支えられてるんだな」
「当然ですよ」
さて試合が始まると、岸川は宣言したとおり、選手がヒットを打つと即十万円、ピッチャーがピンチを抑えると即三十万円、といった具合に惜しげなく現金を渡していった。しかし怠慢プレーに対しては相変わらず厳しく対応し、エラーをしたショートの選手はベンチに戻ってくる前に岸川によって射殺された。
試合は、互いに点が入らない投手戦になった。六回を終って0対0。岸川は、七回表の攻撃に入ると、具体的な指示を選手に与え始めた。
「いいか、初球はカーブを狙え。それ以後ツーストライクまでは真っ直ぐ一本に絞るんだ」
すると一番・愚呂はみごとに初球のカーブを叩き、センター前のクリーンヒット。
二番・獄目鬼は送りバントをしたが、それが相手の野選とエラーを誘い、ランナー一・三塁となった。
「よし、ツーストライクまでは真っ直ぐ一本に絞っていい。追い込まれたら外角球の見極めに気をつけろ。今日のストライクゾーンは外に広いからな」
すると三番・火戸羅は走者一掃のタイムリー・ツーベースを放ち、バイアンズは2対0と勝ち越しに成功した。
しかし四番・斬仁は初球で頭部にデッドボールを受け、血の気の多いバイアンズの選手たちはグラウンドになだれこんだ。すわ乱闘かと思われたそのとき、監督のモンスターが
「引け、野郎ども! すぐベンチに戻らんと内臓を引きずり出すぞ!」と一喝、すると選手たちは冷や水を浴びたように動きを止め、ベンチに戻ってきた。しかしコーチの岸川は監督の意思を無視して愛用のコルト・バイソンを発砲し、相手チームのピッチャーの脳天を撃ちぬいた。
ピッチャー交代、次のバイアンズのバッターは五番・鹿羽根(しかばね)。相手投手はマウンドに散らばる前のピッチャーの脳味噌を見て、明らかに動揺していた。
「いいか、前のピッチャーがぶち殺されたんだ、絶対に内角には来ない。外一本で絞っていけ」
五番・鹿羽根は、力のない外角の直球を狙い打ちし、打球はぐんぐん伸びてライト・スタンドに吸い込まれていった。ホームランだ! 鹿羽根は斬仁に続いて、ゆっくりダイアモンドを一周し、ホームに戻ってきた。岸川は彼に「よくやった! 貴様には一千万円だ!」と言って札束をどんと手渡した。
鹿羽根のツーランで4対0となり、試合はそのままのスコアでゲーム・セットとなった。
試合を一人で投げきり、みごとに完封したバイアンズのピッチャー・剃度場(ぞるどば)には現金二億円が贈られた。
「いやー、本当に勝って良かったっす」試合後、岸川は笑顔でモンスターに話しかけた。
「いや、たしかに良かったな。ただ金を使いすぎた気がしないでもないが……」
「まあ、うちは親方日の丸みたいなもんすからね。心配ないですよ」
「しかし中学生に二億円だぞ。人生狂っちまうんじゃないのか?」
「剃度場ですか? まぁもともとクルクルパーですが、まんいち頭がおかしくなったらすぐぶち殺しますんで」
「お前は楽観的だな。俺はどうもこのチームの行くすえが恐ろしいよ」
そう、まだまだ楽観は許されない。IRバイアンズはきょう船出したばかりなのだ。
真っ赤に煮えたぎる血の海を航海するごとく、モンスターとバイアンズの行く先々には危険が待ちうけ、不安の暗雲が大きくたれこめていたのである。
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No.328
2010/08/04 (Wed) 16:37:22
閑自訪高僧
烟山萬萬層
師親指歸路
月掛一輪燈
ふらりと出で立って高僧を訪ねにでかけた。
その道は、烟雲たちこめる、幾万層とも畳なわる山なみのかなた。
やがてそこを辞し去るわたしに、師は親しく帰路を指さして教えたもうたが、
見れば月は一輪のともしびを掲げて、その道を照らしてくれていた。
(寒山詩より。入矢義高訳)
その師は高僧といってもずいぶん若く見える人で、親しく教えを受けること三日、短い滞在だったが、この師と過ごした時間は実り多いものだった。
さて明日の午前に所用があるため、夜の山道を帰ることになった。師は夜道であるし最も安全な道を教えてやろうというので、山並みを指さして道順を説明し始めた。
「まずここを道なりに一里ほど歩きたまえ。白い大きな岩があるから、そこで直角に右に折れる。白い岩はまわりから浮き出て見えるほど白く、ことに今夜は月光に照らされているだろうから見間違える心配はない。で、さっき言ったように右に曲がってまっすぐ行くと、やがて川が見えてくる。その川を渡らなければならないが、古い橋があるからそこを通ればよい。ただしこの橋はそのむかし大勢の人柱を沈めて作られたものだから、夜になると犠牲になった人々の苦しみや無念のうめき声が聞こえてきて、ともすれば亡霊が君の足を引っ張って川に引きずり込もうとするだろう。川を渡り終えるまでに二回は水に落ちることになるだろうね。そして川の底には夜行性の鱷魚、つまりワニがいて、まあ手足の一本や二本は食いちぎられる覚悟が要るな」
「は……はぁ……もっと安全な帰り道はないのでしょうか」
「ないね。別の道で行こうとしたら、出会ったら即あの世行きになる魑魅魍魎がうようよしているからね。さて君がなんとか川を渡り終えたら、こんどは古い街道に出る。通称水子街道だ。小さな池があるのだが、むかし周辺の集落で女が堕胎したら、子を汲んだババァが必ずそこに水子を捨てたんだな。それでその街道では、今でも夜な夜な不気味な水子の声が聞こえてくる。ホンギャアホンギャアとそれは気味の悪いもので、これを聞いたら常人ならまず発狂するね。だから耳をふさいで大急ぎで駆け抜けろ。水子の霊が二三体くっついてくるだろうがこれは仕方がないから、背中に油を塗って火をつけて退散させる。君に油をあげよう」
「背中が焼け焦げてしまうのではありませんか」
「それはそうだが、背中と命とどっちが大切か、天秤にかけてみるんだね」
「水子街道を抜ければ、もう安全ですか」
「いや、その次には首切り爺さんとその一家に出会うだろうね。気の狂った一家で、旅の者をつかまえては首をはね、その首を祭壇に供えて邪神に祈りを捧げるのだよ。狡猾な一族で、そこを通りかかった者の千人のうち九百九十九人までは首をはねてしまうだろうな。だから君が生きてそこを抜け出るのは千に一つの確率だね。しかしこれでも安全な道なのだ。他の道を通っていこうとしたら万に一つも助からないのだから」
「そうすると、やはり出発は夜が明けるまで待ったほうが良さそうですね」
「僕ならそうするね。ところで意地悪を言うようで気が引けるのだが、今晩は宿泊料をいただくよ」
「はぁ、いかほどでしょうか」
「金は要らないんだ。実は数年前から心臓を悪くしてね。いくら修行を積んだ禅僧でも命は惜しい。そこで君の心臓をもらいたいのだよ」というと師は懐から柳刃包丁を取り出した。「君は刺身にしても美味そうだね」
「やっぱり今晩のうちに出かけます」
さて高僧のもとを発って道を一里ほど進むと、師の言ったように白い大きな岩が輝いていた。そこに錆びた鉄柱が転がっているのが見て取れた。起こしてみると、古いバス停のようだった。
「待てよ、これによると午前三時にバスが来るんじゃないか。それまでここで待っていよう」
「お晩です」
「誰だ君は」
「大昔に川に人柱として埋められた犠牲の者ですよ」
「君は幽霊なのか。人を川に引きずり込むという……」
「そんなことしやしませんよ。タバコありますか」
「ああ」
二人で煙草を吸っていると、しばらくしてエンジンの音が聞こえ、バスのライトの光が見えてきた。バスが停車した。
僕は自分が金を持っていないのに気がついた。
「バス代、貸してくれないか」僕は亡霊に言った。
「私もすっからかんなんですよ」
「じゃあ無賃乗車するか」
「そうですね」
バスの乗客は僕と亡霊の二人だけだった。亡霊は話してみると気のいい奴だった。
「こんどメイド喫茶に行きませんか」亡霊が言った。「冥土の土産になりますよ」
「月がきれいだね」僕はそのつまらない駄洒落を無視して言った。
(終)
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烟山萬萬層
師親指歸路
月掛一輪燈
ふらりと出で立って高僧を訪ねにでかけた。
その道は、烟雲たちこめる、幾万層とも畳なわる山なみのかなた。
やがてそこを辞し去るわたしに、師は親しく帰路を指さして教えたもうたが、
見れば月は一輪のともしびを掲げて、その道を照らしてくれていた。
(寒山詩より。入矢義高訳)
その師は高僧といってもずいぶん若く見える人で、親しく教えを受けること三日、短い滞在だったが、この師と過ごした時間は実り多いものだった。
さて明日の午前に所用があるため、夜の山道を帰ることになった。師は夜道であるし最も安全な道を教えてやろうというので、山並みを指さして道順を説明し始めた。
「まずここを道なりに一里ほど歩きたまえ。白い大きな岩があるから、そこで直角に右に折れる。白い岩はまわりから浮き出て見えるほど白く、ことに今夜は月光に照らされているだろうから見間違える心配はない。で、さっき言ったように右に曲がってまっすぐ行くと、やがて川が見えてくる。その川を渡らなければならないが、古い橋があるからそこを通ればよい。ただしこの橋はそのむかし大勢の人柱を沈めて作られたものだから、夜になると犠牲になった人々の苦しみや無念のうめき声が聞こえてきて、ともすれば亡霊が君の足を引っ張って川に引きずり込もうとするだろう。川を渡り終えるまでに二回は水に落ちることになるだろうね。そして川の底には夜行性の鱷魚、つまりワニがいて、まあ手足の一本や二本は食いちぎられる覚悟が要るな」
「は……はぁ……もっと安全な帰り道はないのでしょうか」
「ないね。別の道で行こうとしたら、出会ったら即あの世行きになる魑魅魍魎がうようよしているからね。さて君がなんとか川を渡り終えたら、こんどは古い街道に出る。通称水子街道だ。小さな池があるのだが、むかし周辺の集落で女が堕胎したら、子を汲んだババァが必ずそこに水子を捨てたんだな。それでその街道では、今でも夜な夜な不気味な水子の声が聞こえてくる。ホンギャアホンギャアとそれは気味の悪いもので、これを聞いたら常人ならまず発狂するね。だから耳をふさいで大急ぎで駆け抜けろ。水子の霊が二三体くっついてくるだろうがこれは仕方がないから、背中に油を塗って火をつけて退散させる。君に油をあげよう」
「背中が焼け焦げてしまうのではありませんか」
「それはそうだが、背中と命とどっちが大切か、天秤にかけてみるんだね」
「水子街道を抜ければ、もう安全ですか」
「いや、その次には首切り爺さんとその一家に出会うだろうね。気の狂った一家で、旅の者をつかまえては首をはね、その首を祭壇に供えて邪神に祈りを捧げるのだよ。狡猾な一族で、そこを通りかかった者の千人のうち九百九十九人までは首をはねてしまうだろうな。だから君が生きてそこを抜け出るのは千に一つの確率だね。しかしこれでも安全な道なのだ。他の道を通っていこうとしたら万に一つも助からないのだから」
「そうすると、やはり出発は夜が明けるまで待ったほうが良さそうですね」
「僕ならそうするね。ところで意地悪を言うようで気が引けるのだが、今晩は宿泊料をいただくよ」
「はぁ、いかほどでしょうか」
「金は要らないんだ。実は数年前から心臓を悪くしてね。いくら修行を積んだ禅僧でも命は惜しい。そこで君の心臓をもらいたいのだよ」というと師は懐から柳刃包丁を取り出した。「君は刺身にしても美味そうだね」
「やっぱり今晩のうちに出かけます」
さて高僧のもとを発って道を一里ほど進むと、師の言ったように白い大きな岩が輝いていた。そこに錆びた鉄柱が転がっているのが見て取れた。起こしてみると、古いバス停のようだった。
「待てよ、これによると午前三時にバスが来るんじゃないか。それまでここで待っていよう」
「お晩です」
「誰だ君は」
「大昔に川に人柱として埋められた犠牲の者ですよ」
「君は幽霊なのか。人を川に引きずり込むという……」
「そんなことしやしませんよ。タバコありますか」
「ああ」
二人で煙草を吸っていると、しばらくしてエンジンの音が聞こえ、バスのライトの光が見えてきた。バスが停車した。
僕は自分が金を持っていないのに気がついた。
「バス代、貸してくれないか」僕は亡霊に言った。
「私もすっからかんなんですよ」
「じゃあ無賃乗車するか」
「そうですね」
バスの乗客は僕と亡霊の二人だけだった。亡霊は話してみると気のいい奴だった。
「こんどメイド喫茶に行きませんか」亡霊が言った。「冥土の土産になりますよ」
「月がきれいだね」僕はそのつまらない駄洒落を無視して言った。
(終)
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No.324
2010/07/23 (Fri) 09:12:50
教員たちも少ない、夏休みの夕方の職員室。溝口礼子は、声を低くして青柳に言った。
「わたし、体育館で藤堂先生と話したことがあるの。藤堂先生、そのとき黒い日本刀を持ってた。それ、本物の刀ですか、剣道部でそんなものも使うんですかって尋ねたわ。そうすると、これは本物の日本刀だけど部活で使うんじゃないって。藤堂先生、居合道をされていて、富沢先生も居合をするから、刀を見せるために学校に持ってきたんだって言ってたわ。それから五月、一年の池田紀美子が殺害された晩だけど、わたし遅くまで学校に残って仕事してた。で、帰りに富沢先生とすれ違ったの。先生はいつもどおりニコニコして挨拶してきたけど、白いTシャツに、目立たないけれど新しい血痕が三つか四つ付いてた。それで疑うっていうのも行き過ぎかも知れないけれど、富沢先生、ふだんは温和なのに怒るとちょっと異常なところがあるじゃない?」
「ええ、ときどき普通じゃない激昂の仕方をしますね……」
「でしょ? で、少し突飛かも知れないけど、富沢先生も刀を持ってるだろうし、池田をそれで手にかけたんじゃないかって……あとでふとそう思ったの」
「池田紀美子も一連の被害者のように体をひどく斬りつけられ、しかも全身の血を失っていた……ということは緑川と富沢先生の共犯ですか」
「まだはっきりとは言えないけれど、被害者が受けた傷はどれも鋭利な刃物、それも日本刀のような大きな刃物によるものだって警察も発表しているし……」
「うーん……じゃ、緑川だけでなく富沢先生も注意して見ていましょう。溝口先生も何か気がついたらすぐ知らせてください」
その日は、それで青柳は溝口と別れ、学校をあとにして帰宅した。
しかし、日が落ちてもなんという暑さだ……青柳はシャワーを浴びると、上半身裸でしばらく扇風機に当たり、ぼんやりしていた。
大きな蝿がどこからか舞い込み、ブーンという羽音をたてて青柳の周囲を飛び回った。と、彼の腹にできた蛙のような人面疽が口を開き、すばやく舌を伸ばすと、蝿を捕まえてごくりと呑み込んだ。
「ふん、ありそうなこったな」人面疽が久しぶりに口を聞いた。
「何がだ?」と青柳。
「体育教師の富沢さね。あいつには俺も血の匂いを感じていた。それから藤堂にも同じ匂いを感じるね」
「藤堂も共犯だというのか?」
「たぶんな」
「しかし警察に届け出るには根拠がなさ過ぎる……俺はどうすればいい?」
「さあね。まあ被害者が増えるのは望ましくないんだろうが、殺人の現場を押さえるか、または凶器の刀が手に入ればね」
「凶器か……」
「血っていうのは、いくらぬぐい去ろうとしても痕跡が残るもんだからな」
早朝の薄明のなか、堤防沿いを溝口礼子が向うから駆けてくる。
「青柳先生、助けて……」
「どうされました?」青柳は息を切らした溝口に尋ねた。
「追いかけてくるの、刀を振り回して、富沢先生が……すぐそこに来てるわ、だから……ううっ」
溝口の白いセーターのみぞおちの辺りから、黒いものが頭を出した。刀の切っ先だった。溝口のすぐ後ろに、ジャージ姿の富沢が立っており、刀を握っている。
「うううっ」
刀はさらに深く溝口の体を貫き、セーターはみるみるうちに鮮血に赤く染まった。
富沢は無表情ながら顔を上気させ、額からは汗を吹き出させ、興奮に顔を震わせながら鼻から息を吸いこむと、同時にめりめりと刀を引き抜いた。
ばったと倒れる溝口。血を滴らせた日本刀を片手に、はあはあと息をはずませている富沢。
どこからか現れた緑川蘭三が、美しい白い女のような顔をほころばせ、溝口のもとにしゃがみこんだ。青柳の顔を見てにっと笑ったかと思うと、長く伸びた犬歯をあらわにし、溝口の血に染まった背中に顔をうずめて血を吸い始めた。顔や栗色の前髪が赤く汚れるのも構わず、緑川は夢中になって血を吸う。溝口礼子の美しい顔はまだ生きているかのようだったが、何かの拍子にまぶたが開くと、そこには腐った魚のような白い目が見え隠れした。
「やめろ!」青柳は叫び、がばと身を起こした。コツコツという時計の秒針の音。午前四時。夢だったのだ。
ふーっとため息をついて、青柳は眼をこすった。
青柳はぐっしょり汗をかいていた。浴室に行って顔を洗う。鏡で自分の顔を見ると、げっそりとしてまるで幽霊のようだった。しかし青柳はそれよりおかしなものに目を奪われた。自分の後ろ。白い少年の顔がそこにあった。
緑川蘭三。濃紺のシャツを着て、無造作にそこに突っ立っている。青柳は目を疑った。鏡の中の緑川は、化け物のように大きく口を開き、青柳の肩に噛み付こうとした。
「後ろを振り向け、すぐ!」人面疽が叫んだ。
青柳が振り向くと、人面疽はシャツの下からまたも毒液を吐き出した。それが緑川の眼に入る。
「う、うぉーっ!」蘭三は両眼を押さえ苦悶の声をあげた。青柳を突き飛ばし、慌てて浴室から出て行く。青柳が茫然としている間に、少年はどたどたとマンションの部屋から出て行った。
「……い、今のは夢か?」
「いや、夢じゃないね」人面疽は応じた。「あいつの靴のあとがそこらじゅうにある」
見るとなるほど土足で入ってきたらしい靴のあとが、いくつも浴室の床についていた。
「あいつは何でここに来たんだ?」
「いいか、あいつは自分の正体がお前にばれていると感づいている」
「すると俺を殺しに来たのか?」
「血を吸うだけで簡単に相手を殺せるとは思っていないだろう。お前を吸血鬼の仲間にしたかったんだろうね」
「そうか、血を吸うと……」
「そう、相手は死ななければ吸血鬼になる」
「俺を仲間にしてしまえば、追及をまぬがれられる、か」青柳はタオルを手にとって顔をふいた。「……ん、ちょっと待ってくれ。俺はきょう溝口先生に緑川の正体のことを話した。ということは彼女も危ないんじゃないのか?」
「あるいはな」
「畜生! とりあえず、彼女に電話しよう」
青柳はそう言い、部屋から職員名簿を取ってきて、溝口礼子の番号に電話をかけた。
ルルルル……ルルルル……ルルルル……。
呼び出し音が鳴り出してから、一分がたった。
二分がたった。
青柳は、胸が押しつぶされるような思いでその呼び出し音を聞き続けていた。
(つづく)
(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
「わたし、体育館で藤堂先生と話したことがあるの。藤堂先生、そのとき黒い日本刀を持ってた。それ、本物の刀ですか、剣道部でそんなものも使うんですかって尋ねたわ。そうすると、これは本物の日本刀だけど部活で使うんじゃないって。藤堂先生、居合道をされていて、富沢先生も居合をするから、刀を見せるために学校に持ってきたんだって言ってたわ。それから五月、一年の池田紀美子が殺害された晩だけど、わたし遅くまで学校に残って仕事してた。で、帰りに富沢先生とすれ違ったの。先生はいつもどおりニコニコして挨拶してきたけど、白いTシャツに、目立たないけれど新しい血痕が三つか四つ付いてた。それで疑うっていうのも行き過ぎかも知れないけれど、富沢先生、ふだんは温和なのに怒るとちょっと異常なところがあるじゃない?」
「ええ、ときどき普通じゃない激昂の仕方をしますね……」
「でしょ? で、少し突飛かも知れないけど、富沢先生も刀を持ってるだろうし、池田をそれで手にかけたんじゃないかって……あとでふとそう思ったの」
「池田紀美子も一連の被害者のように体をひどく斬りつけられ、しかも全身の血を失っていた……ということは緑川と富沢先生の共犯ですか」
「まだはっきりとは言えないけれど、被害者が受けた傷はどれも鋭利な刃物、それも日本刀のような大きな刃物によるものだって警察も発表しているし……」
「うーん……じゃ、緑川だけでなく富沢先生も注意して見ていましょう。溝口先生も何か気がついたらすぐ知らせてください」
その日は、それで青柳は溝口と別れ、学校をあとにして帰宅した。
しかし、日が落ちてもなんという暑さだ……青柳はシャワーを浴びると、上半身裸でしばらく扇風機に当たり、ぼんやりしていた。
大きな蝿がどこからか舞い込み、ブーンという羽音をたてて青柳の周囲を飛び回った。と、彼の腹にできた蛙のような人面疽が口を開き、すばやく舌を伸ばすと、蝿を捕まえてごくりと呑み込んだ。
「ふん、ありそうなこったな」人面疽が久しぶりに口を聞いた。
「何がだ?」と青柳。
「体育教師の富沢さね。あいつには俺も血の匂いを感じていた。それから藤堂にも同じ匂いを感じるね」
「藤堂も共犯だというのか?」
「たぶんな」
「しかし警察に届け出るには根拠がなさ過ぎる……俺はどうすればいい?」
「さあね。まあ被害者が増えるのは望ましくないんだろうが、殺人の現場を押さえるか、または凶器の刀が手に入ればね」
「凶器か……」
「血っていうのは、いくらぬぐい去ろうとしても痕跡が残るもんだからな」
早朝の薄明のなか、堤防沿いを溝口礼子が向うから駆けてくる。
「青柳先生、助けて……」
「どうされました?」青柳は息を切らした溝口に尋ねた。
「追いかけてくるの、刀を振り回して、富沢先生が……すぐそこに来てるわ、だから……ううっ」
溝口の白いセーターのみぞおちの辺りから、黒いものが頭を出した。刀の切っ先だった。溝口のすぐ後ろに、ジャージ姿の富沢が立っており、刀を握っている。
「うううっ」
刀はさらに深く溝口の体を貫き、セーターはみるみるうちに鮮血に赤く染まった。
富沢は無表情ながら顔を上気させ、額からは汗を吹き出させ、興奮に顔を震わせながら鼻から息を吸いこむと、同時にめりめりと刀を引き抜いた。
ばったと倒れる溝口。血を滴らせた日本刀を片手に、はあはあと息をはずませている富沢。
どこからか現れた緑川蘭三が、美しい白い女のような顔をほころばせ、溝口のもとにしゃがみこんだ。青柳の顔を見てにっと笑ったかと思うと、長く伸びた犬歯をあらわにし、溝口の血に染まった背中に顔をうずめて血を吸い始めた。顔や栗色の前髪が赤く汚れるのも構わず、緑川は夢中になって血を吸う。溝口礼子の美しい顔はまだ生きているかのようだったが、何かの拍子にまぶたが開くと、そこには腐った魚のような白い目が見え隠れした。
「やめろ!」青柳は叫び、がばと身を起こした。コツコツという時計の秒針の音。午前四時。夢だったのだ。
ふーっとため息をついて、青柳は眼をこすった。
青柳はぐっしょり汗をかいていた。浴室に行って顔を洗う。鏡で自分の顔を見ると、げっそりとしてまるで幽霊のようだった。しかし青柳はそれよりおかしなものに目を奪われた。自分の後ろ。白い少年の顔がそこにあった。
緑川蘭三。濃紺のシャツを着て、無造作にそこに突っ立っている。青柳は目を疑った。鏡の中の緑川は、化け物のように大きく口を開き、青柳の肩に噛み付こうとした。
「後ろを振り向け、すぐ!」人面疽が叫んだ。
青柳が振り向くと、人面疽はシャツの下からまたも毒液を吐き出した。それが緑川の眼に入る。
「う、うぉーっ!」蘭三は両眼を押さえ苦悶の声をあげた。青柳を突き飛ばし、慌てて浴室から出て行く。青柳が茫然としている間に、少年はどたどたとマンションの部屋から出て行った。
「……い、今のは夢か?」
「いや、夢じゃないね」人面疽は応じた。「あいつの靴のあとがそこらじゅうにある」
見るとなるほど土足で入ってきたらしい靴のあとが、いくつも浴室の床についていた。
「あいつは何でここに来たんだ?」
「いいか、あいつは自分の正体がお前にばれていると感づいている」
「すると俺を殺しに来たのか?」
「血を吸うだけで簡単に相手を殺せるとは思っていないだろう。お前を吸血鬼の仲間にしたかったんだろうね」
「そうか、血を吸うと……」
「そう、相手は死ななければ吸血鬼になる」
「俺を仲間にしてしまえば、追及をまぬがれられる、か」青柳はタオルを手にとって顔をふいた。「……ん、ちょっと待ってくれ。俺はきょう溝口先生に緑川の正体のことを話した。ということは彼女も危ないんじゃないのか?」
「あるいはな」
「畜生! とりあえず、彼女に電話しよう」
青柳はそう言い、部屋から職員名簿を取ってきて、溝口礼子の番号に電話をかけた。
ルルルル……ルルルル……ルルルル……。
呼び出し音が鳴り出してから、一分がたった。
二分がたった。
青柳は、胸が押しつぶされるような思いでその呼び出し音を聞き続けていた。
(つづく)
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目次
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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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