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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/24 (Sun) 03:08:47

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No.244
2010/03/11 (Thu) 23:51:04

レンズに目線を送るモデルの目は、蜥蜴に似ている。
ガラスのように無機質な、何を考えているのかわからない瞳。

「自宅の撮影って、正直気は進まないんだけど」
裸体に布を巻きつけ、椅子に腰掛けて彼女は言う。シャッターを押してしまうと、ついと目を逸らす。
名の通らないカメラマンの、ほぼノーギャラに近い仕事とあっては、それは仕方のないことだと思う。ほんの数ヶ月前まで、彼女はプロで活躍していた。
「悪いね、友達の彼女だからって頼んでしまって。売れない間はお金ないんだ。いい現場借りられなくてごめんね」
「いい部屋だから言ってるのよ」
彼女はポーズを変えた。頭から布を無造作に被る。泡を纏う女。
鎖骨やら、すらっと伸びた脚やら。彼女は自分の魅力を知っている。
「日当たり良好、風通し良好、家具や日用品まで凝っていて、シンプル。無駄なものは置かないのね。撮影にも使えるくらいだから、いい部屋よ」
布を肩までずらしてみせる。
「何か不都合でも?」
「・・・ドッペルゲンガーとでも言うのかしら」
彼女は軽く首をかしげた。それが今日のベストショットとなった。
「撮影現場にね・・・出るのよ」
「出るって、幽霊か何か?」
「私が」
意味不明なことを真面目にいうから、思わず苦笑した。
帰り際、彼女は手土産を僕にくれた。
「冷蔵庫で冷やすといいわ。その盆栽、彼女のでしょ?」
「あいつのこと、知ってるの?」
「彼から聞いているもの。じゃあ、彼女にもよろしくね」

ドアが閉められると、久方ぶりに静寂に包まれた。
恋人とは、三日ぐらい連絡を取っていない。また、喧嘩した。
と言っても、今まで何度もあったみたいに、相手が勝手に怒って勝手に泣いて、勝手に部屋から飛び出して、話し合いを試みるも、勝手に携帯電話を叩き切って現在に至るというわけで。

・部屋に女を連れ込むな
・本当に私のことが好き?

彼女の言いたいことは、いつだってこの二つ。・・・とはいえ、創作活動は続けなければいけないし、スタジオを借りられるほどの余裕は僕にはない。それに、好きでもない女と付き合うだの付き合わないだの面倒なことをするのを僕は好まない。

創作に使った道具を片付けようと部屋にもどると、さっき帰った筈のモデルがまだ居た。僕がカメラを向けていた、泡を纏う姿の時のまま。「おい・・・」
触れようとしたが手は彼女を通過して触れられなかった。それでわかった。こいつは残像だ。

触れられない以上、どうしたらよいか見当も付かなかったので、そのままにしておいた。僕が目を離したり、瞬きをすると、角度やポーズが変わる。写真に写るかは怪しいところだったし、ポーズがかわっては絵もかけない。

モデルに連絡を取ってみた。
「やっぱり出たのね」
「どうしたらあれは消えるの?」
「ごめんなさい、わからないの」
「そんな、じゃあ僕は恋人も部屋に呼べなくなるのか」
「謝罪を込めて。多分いつかは消えるわ。お土産は大分もつわよ」

彼女の幻を持て余したまま、数日が経った。
写真だけでは食べていけないので、アルバイトに精を出し、芸大仲間と顔を合わせて語り合い、部屋に帰ってひとときを過ごす。
もらい物の酒は結構あったので、適当なジュースと混ぜてカクテルを作って呑みながら、時折その存在に気づいてモデルを眺める。
冷たいほどに完璧な美しさを彼女は確かに持っている。
”モデル”をする為に培われた肌の滑らかさと白さ、髪の手入れの丁寧さ、病的に痩せたのでは得られない肉体のしなやかな強さは、努力の結果だと言うことは一目瞭然で、その姿はネコ科の大型肉食動物を思わせた。
筋肉の動き、落ち着き払った態度、強い視線、口元の微笑み、などが。

軽く酔いながら僕は思う。触れられない残像の彼女が僕の恋人でなくて、よかった。

激しく叩かれるドア。静寂は打ち破られるためにあるらしい。玄関にでるとそこには、既に半べそをかいている恋人の姿があった。
「・・・来ちゃった・・・」
そんな彼女を愛しく思い、部屋に上げようとして、先客の残像のことを思い出した。背の低い彼女を見下ろしながら、脳みそをフル回転させ、どうこの場を乗り切るか考える。
「・・・友人が居るんだ」
恋人の無理矢理な笑顔が消えた。
「嘘」
「本当」
「女でしょ」
その目から見る見る涙が溢れる。悟られてはなるまいと僕は平静さを保ち、冷たく言う。
「違う」
「だって何も聞こえないもの。息を潜めているんだわ。あたしが帰るのを、じっとして待っているのよ」
「考えすぎだよ。やましいことなんてないんだから」
ちょっとしか。
「じゃあ部屋に入れて。邪魔なんかしないから。部屋を見たら帰るから」
お願いといって彼女は泣きじゃくる。子供みたいに。
僕は恋人の頭を撫でた。包み込むようにして抱きしめ、背中を優しく叩いてやる。ちっちゃな恋人。暖かさを感じてほっとする。
「聞き分けないなぁ。いいから落ち着きな。涙拭いて、鼻かんで」
しまった、ハンカチがないなと思った瞬間、彼女は僕のシャツで思いっきり鼻をかんだ。あ~あ~あ。友人のオリジナル一点もの、無理言ってもらったやつ。いや、言うまい。

僕が気を許したと自分で気づいたとき、もう既に彼女は部屋の中にいた。
・・・まっずぅ。
慌てて入ると、彼女は憮然とした顔で振り向き、嘘つきと呟いた。
「誰も居ないのにどうして嘘をつくの?」
どうやら恋人にモデルは見えていないらしかった。
「・・・・・・・・・・・・ごめん」
これしか言えまい。
モデルが座っている椅子に、重ねて恋人が腰掛ける。小さくあっと叫んだ。

モデルは消えてしまった。

「何?」
「・・・モデルになってもらった子に、お土産もらったんだ。食べるかい?」

モデルの手土産は、缶詰の水羊羹だった。恋人は和が大好きなのだ。盆栽やら浮世絵やら、千代紙やら、気を抜くと僕の部屋だって侵食されかねない勢いだ。水羊羹を玉露と一緒に出すと、喜んで手にとり、僕の分まで食べた。先ほどの涙が嘘のように、至福の表情で。彼女の数日分のとりとめのない話を聞きながら、でこピンをしたり鼻をつまんだりする。そのたびに彼女の表情はくるくる変わる。まるで日向で遊ぶ子犬のような。全身で自分を表現する恋人を愛しく思う。

恋人が僕のベッドで寝静まった後、僕はそっと椅子を道具入れにしまった。

あれから、彼女の残像は現れなかった。


(c) 2010 chugokusarunashi, all rights reserved.
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No.243
2010/03/11 (Thu) 12:53:08

その胸を患った少年が、都会の病院から空気の良い田舎の病院に移ってきてから三日目、家族が目を離したほんの少しの間に病室から消え失せてしまった。窓がいっぱいに開け放たれ、ベッドには鳥の羽根らしきものが多数散らばっていた。
「黒鷹のしわざだ。奥さん、お子さんは黒鷹にさらわれたんですよ。不幸なことですが、いっぽうでこの地方ではこの鳥に食われて死ぬのは幸福なことだともされています。普通の人間は死んで土に返っていくのに、大空を羽ばたく鳥に食われて死ねば、文字通り天に召されるわけですからね」
そう医師は説明した。どんより曇ったその日、遠くの山の天辺ではその黒鷹が四羽、不気味な低い鳴き声で鳴きながら、輪を描いて飛び回るのが見えた。

実際その地方では、幼児が黒鷹にさらわれるということがときおり起きていたが、地元民はその鳥を神の使いとして畏れ、退治しようなどとはさらさら考えなかった。
黒鷹は夜もその大きな羽をうって飛来することがあり、どうかすると大人がさらわれることもあった。そして満月の夜などには、月に向かって飛翔するその不吉な影がよく見られた。黒鷹の巣がどこにあるのか誰も知らない。いつも高空をどこまでも舞い上がっていくことから、月に巣があるのだという伝説もあった。

ところが黒鷹の巣は実際に月にあったのである。黒鷹にさらわれた人間は、この鳥に丸呑みにされ、月までの長い旅に連れて行かれる。胸を患い病院からさらわれた少年は、黒鷹の胃の中で気を失い、少しずつ消化されながら月まで運ばれ、月面上の大きな巣のそばでげえと吐き出されてショックで目を覚ました。見ると三羽の大きなひな鳥がびいびい鳴きながら襲ってくる。彼は必死で逃げた。そこが月だとは知らなかったが、大きな岩陰に隠れてひな鳥から逃げることに成功した。
「おい」少年の後ろから誰かが話しかけてきた。見ると皮膚が薄茶色にどろどろに溶けかかった不気味な人間がそこにいた。少年は仰天してぎゃあと叫んだ。
「何も驚くことはないじゃないか。そこの水辺で自分の姿を見てごらん」
少年は言われるままに、水たまりの水面を覗き込んだ。そこには話しかけてきた奴と同じく皮膚がどろどろに溶けかかった人間がいた。
「俺たちは黒鷹に飲まれて此処まで来たんだ。長旅の間に俺たちの皮膚はこんなになってしまった」話しかけてきた少年は説明した。
「これからどうすればいいんだろう」
「来いよ。宮殿があるんだ」

少年たちが駆けていくとやがて見晴らしの良い高台に出た。そこから崩れかかった黄褐色の石造りの建造物が見えた。屋根はなかばなくなり、かつてそれを支えていたであろう円柱が多数並んでいた。二人の少年は高台を駆けおり、その「宮殿」にやってきた。その奥から、さらに三人の全身薄茶色の人間が走って出てきた。
「また仲間が増えたな」彼らも黒鷹に飲み込まれてここまでやって来たのだった。「変な音が宮殿の奥から聞こえる。別の住人がいるのかも知れない」
と少年の一人が言うやいなや、ぶんぶんと羽音を立てて、手足の異常に長い人間大の蜂が数匹飛んできた。彼らはみな金属製の槍を手にしており、少年たちを威嚇しているようだった。その蜂のような奴らは、ぶぶ、ばびぶ、と変な声で互いに会話しているようだった。
「どうする?」
「味方とは思えない。逃げよう」
彼らは言い合ったが、宮殿の奥から蜂たちが突然大群で飛んできて、あっという間に取り囲まれてしまった。そして少年たちは今度は蜂にさらわれることになった。

彼らが蜂に捕捉されて飛んでいくと、ほどなく巨大な蜂の巣と思しきものが月の砂漠に見えてきた。蜂たちは、多数ある六角形の巣穴にぽいぽいと少年たちを放り込んだ。彼らが巣穴の中を滑り落ちると、すぐに暖かな広場に出た。そこには十人ほどの地球人の先客がいた。同様に薄茶色に皮膚が溶けかかっている。彼らは蜂たちと盛んに話し合っていた。蜂の言葉が話せるようである。
「やあ、新しい仲間だね」先客の一人は言った。「ここが良い場所だと言い切る自信は俺にはないのだが、とりあえず蜂が与えてくれる蜜を食って生きていける。その代わり労働はしなければならないが」
「どんな労働ですか?」
「あれを見ろ」
蜂たちが数名、大きな本をめくって、さかんにばび、ぶぶぶ、と奇妙な声を発していた。
「あれは俺たちが蜂の言葉を覚えて書いた本だ。いや、本というより漫画だ」
「漫画?」
「ああ、ここにはこの種の娯楽は少ないんでね。見ろ、馬鹿な蜂たちが腹を抱えて笑っている」ば、びびびびびび、という気味の悪い声が、蜂の笑い声だというのだ。
「いつか故郷に帰れる日もあるだろう。さ、君たちも漫画を描いて蜂たちに奉仕するのだ」
新しく来た少年たちは最初は戸惑いながらも、やがて漫画家としての生活に慣れていった。胸を患っていた少年も、定期的に締め切りに追われる規則正しい生活のためか、いつしか病気が完治していた。そしてギャグ漫画の新境地を開いて蜂たちの読書界を風靡するようになった。
やがて月日が流れ、少年たちも年老い、次々と死んでいった。蜂たちは彼らを手厚く葬った。蜂たちは、笑いを与えてくれた地球人に心底感謝していた。

やがて地球での宇宙開発が進み、ロケットに乗った地球人が月を訪問するようになった。しかし、彼らは蜂のような月人に会うことはなかった。地球人が何の気なしに宇宙船の中で焚いたバルサンが彼らを全滅させたのである。地球人たちは、月の廃墟を探検し、かつて月人たちが住んでいた蜂の巣を発見した。そこで見つかった地球人の手になる漫画本は彼らを非常に驚かせた。月の謎の文明。その資料を地球に持ち帰り、ぜひとも研究せねばならぬ。しかしそれを阻む者がいた。蜂の巣近くに葬られていた少年たちがゾンビとなってよみがえり、月に来訪した地球人たちを皆殺しにしたのである。ゾンビたちは彼らの残したロケットを操縦し、地球にやってきた。血に飢えた彼らは地球人たちに次々と襲いかかり、あっという間にゾンビは増え、北半球全体と南アメリカ大陸を占拠した。正常人はオーストラリアにごく少数生き残っただけだった。徹底抗戦を図る人間たちとゾンビとの最後の決戦が、いま始まる。


(c) 2010 ntr ,all rights reserved.
No.242
2010/03/01 (Mon) 06:52:30

すべてが傑作というわけではないけれど、いろいろな傾向の短編が収められている。F.ブラウン、シマック、F.ライバー、シェクリイなどの作品である。白眉はウィリアム・テンの「クリスマス・プレゼント」。未来世界から間違って主人公の元に送られてきたのは、「模型人間組み立てセット」。模型というが、これで本当に生きた生物が造れるのだった。主人公は説明書を読みながら、低級な単細胞生物から造りはじめ、次に「こびと」を造ってみる。出来たのは顔と足の無い気味の悪い生き物。失敗作が出来た際の措置である「解体」という悪夢のような忌まわしい作業でそれを殺す。次に主人公は自分とそっくり同じ人間を造ろうとするが……

ちなみにHPBではないけれど、創元の『ウィリアム・テン傑作集1・2』、とくに第1巻は本当の傑作ぞろいである。読まれた事のないかたは是非!

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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