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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/11/21 (Thu) 18:05:23

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No.666
2013/11/03 (Sun) 03:17:58

近頃のアントニオ猪木といえば、口を開けば「元気があれば何でもできる」と言い放ち、至る所で「一、二の三、ダーッ」と雄たけびをあげていて、もう単なる変なおっさんとしか見ていない人も多いかも知れない。さきの参議院選挙では日本維新の会から立候補し当選、そのときには「元気があれば当選もできる」とさえ言ったらしく、もう変なおっさんを超えてただの馬鹿と思う人もいるだろう。しかし猪木のプロレスの試合をずっと見てきた印象からすると、彼の「元気があれば何でもできる」という言葉にはそれ相応の説得力があって、じっさい彼ほど元気な人間が世界中に何人いるだろうかと思うのである。

 政治家・タレントとしてどうかはひとまずおいて、アントニオ猪木はまずプロレスの天才だった。猪木は抜群の運動神経でどんな技でもこなしたが、彼の凄い所はそういう事柄ではなくて、まずその人並み外れた気力をあげなければならない。自分よりひと回りもふた回りも大きなレスラーを相手にして、体力的にはどうみても負けているのに、猪木は痛めつけられると突如として闘志に火が付いて、相手のあごに渾身のパンチを叩きこむ。すると一発で相手はよろめき、二発目でマットに崩れ落ちるのが常だった。他にそんなことの出来るレスラーはいなかった。日本人でも前田日明、キラー・カーンなど猪木より体の大きな選手はいくらもいたが、みな猪木の気力のみなぎったナックルパートには叩きのめされてしまう。
 アニマル浜口も引退後よくテレビに出て「気合いだ、気合いダーッ!」と叫んでいたが、浜口などラッシャー木村、寺西勇との三人がかりで猪木一人と対決する試合をやって、それでも完敗しているのであって、浜口の気合いなど猪木の前では線香花火のようなものである。
 見ているとアントニオ猪木の気力というのは、肉体から出てくるというよりは、どこか別次元の世界から湧き出てくるように思えてならなかった。力だけなら満員の大型バス三台をデモンストレーションで引っ張ってみせた「密林男」グレート・アントニオなども猪木に挑戦したが、試合開始から一分もたたないうちに顔面を血みどろにして半殺しにされた。

 猪木のそういう姿を思い出すと、元気があれば何でもできる、というより「気力があれば何でもできる」のほうがしっくりくるが、猪木の目にはじっさい世界はそのように見えているのだろうと思う。もちろん政治家としての能力などはプロレスとは別次元の問題だろうが、彼の信念は気力で大きな相手を倒し続けてきた体験によるところが大きいのではなかろうか。しかし猪木の行動力も凄いというか、イラクだったか戦争が勃発した翌日現地に単身乗り込んだり、先走りすぎのようにもしばしば見え、ときには笑えてくることもあるが、凄いことはすごい。

 こうした行動力は、新日本プロレスの代表として長年先頭に立ち、難しい興行を成功させてきたことから来ているのかも知れない。
 むかし猪木が自ら企画した「異種格闘技世界一決定戦」の一戦では、パキスタンの国民的英雄である格闘家アクラム・ペールワンとの試合のため敵地パキスタンに乗り込んだが、リングの周りには十万人もの観衆が詰めかけ、それらは皆ペールワンを応援する現地の人々だった。試合では猪木がペールワンの腕を関節技で攻め、どうしてもギブアップしないため相手の腕をへし折り、さらには目玉をくりぬいたとされるが、そうなると十万の観衆のあいだには暴動が起きかねない一触即発の空気が漂いだした。猪木はレフェリーストップで試合には勝ったが、無事にその場を去ることが出来るかどうか危ぶまれた。しかし彼は臆することなく両手を高々とあげ勝利の雄たけびをあげた。するとそのポーズがアラーの神へ捧げる祈りの形に似ていたため、イスラム教徒の現地の人々は一瞬にして静まり返り、猪木は無事に日本に帰ることが出来たという。(それにしてもこの一戦のもようを伝える映像では、猪木がリングを去る瞬間に「折ったぞ!」と叫んでおり、なんとも凄惨な試合だったことがうかがえる。)
 猪木はこのような危険な状況での試合を何度も敢行しており、その行動力と積極果敢さは、常人ばなれしていると言おうか、常人の感覚がもはや麻痺していると言おうか、あるいは狂気じみてさえいるのである。一度などはリングの外にいちめん五寸釘を逆さに立てた板を敷き詰めて、リングから落ちたら死ぬという状況で試合をしたこともある。

 さて、現在アントニオ猪木がしていることにそうした気力だの旺盛な行動力だのが生かされ、成功しているのかどうかよく知らない。おそらく政治家としてはあまり成功していないのだろう。
 猪木はこのほど超党派の「拉致救出議員連盟」への入会を断ったという。彼は「個人の立場で拉致問題解決に尽力したい」としている。猪木は北朝鮮と独自のパイプを持っており、そのことを批判する声は当然あるのだろう。ただアントニオ猪木の北朝鮮との関わり方には、どんな批判を受けようともやむにやまれぬ心情がひそんでいると思われる。彼の最大の恩師である力道山が現在の北朝鮮の領土出身だからである。力道山はわずか三十九歳で亡くなったため、猪木は生前その恩に報いることが出来ず、いまの猪木は北朝鮮と日本の国交回復を実現することが泉下の師への最大の恩返しと考えていると伝え聞く。その方法の是非については、国際政治に明るい方に詳しくお聞きしたいところである。

(c) 2013 ntr ,all rights reserved.
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No.665
2013/11/03 (Sun) 03:16:20

ふだん漢詩をよく読み、短歌の本もときおり開いてみるが、俳句についてはこれまでどちらかというと縁が遠かった。それがひょんなきっかけでこのごろ俳句のアンソロジーを紐解くようになって、秋の句を中心に見ているが、面白いものだ。

 爽やかに日のさしそむる山路かな  飯田蛇笏(1885~1962)

 読んだ瞬間に秋の山の爽快さが身に染みてくる。見飽きると「ふつうの作品」という感じもしてくるが、こういう自然な言葉の運びは素人が思うほど簡単ではないのかも知れない。「爽やか」というのが秋の季語らしい。

 初秋の蝗(いなご)つかめば柔らかき  芥川龍之介(1892~1927)

 初心者の自分でも上手いなぁと感じる。いなごのようなばったの類は手にとると柔らかくて、手の中でぷるぷると震える。子供のころに虫取りした時のあの感覚は、言われてみれば忘れがたくて、それはある種の面白さを伴った感覚だ。

 柿の葉や一つ一つに月の影  夏目漱石(1867~1916)

 漱石は漢詩も巧みだが、こういう俳句作品も良いですね。サボテンの棘の一つ一つの先に露が置いているとか、この手の句は例が多いのかも知れないが。

 暮るる日をさう嬉しいか虫の声  

 青空に指で字を書く秋の暮  

 遠山が目玉にうつるとんぼかな  

 小林一茶(1763~1827)の三作。一茶という人は、もう自分の語り口が完成していて、作ればどれも彼独自の良い作品になるんでしょうね。

 秋の日や猫渡り居る谷の橋  原石鼎(1886~1951)

 猫というのは姿が見えないときどこでどういう行動を取っているか分からない動物だ。で、飼い主の知らないところで徐々に縄張りを広げていたりする。この猫を知る人も、まさか谷の向こうまで行動範囲に入っているとは思わないかも知れない。

 もの置けばそこに生まれぬ秋の陰  高浜虚子(1874~1954)

 どうも、アイディアが出尽くすぐらい考え抜いた末に出来た作品という感じがするが、実際どうなのだろう。よく考えてみれば、秋には秋の気が世界のすみずみまで行き渡っているのだから、もの影ひとつとってみてもそこに秋の気配を発見するのも不思議ではないのだろう。

 秋雨や線路の多き駅につく  中村草田男(1901~1983)

 言われてみれば秋雨にぬれた線路というのは絵になる。佐伯祐三などが描けば見事な油絵になるのではないか。

 秋草を出て秋草に消ゆる径(みち)  木下夕爾(1914~1965)

 秋草を出て次はどうなるんだ、また秋草だ、などというこの句の発想は、シュルレアリスムに通じると思う。俳句というのは実に多様な可能性を秘めている形式だと感じる。

 ある時は月を古仏となしにけり  尾崎迷堂(1891~1970)

 尾崎迷堂は僧侶でもあった人だそうだ。月を古い仏像と見るのは面白いが、言われてみればそう見るのが自然なことのように思えてくるから不思議だ。ただ月と言えば俳句では秋の月をさすそうだから月が季語である。
 話はそれるが、満月のときには欲しいものを願い、新月のときには捨てたいものについて祈る、という話をさいきん耳にしたが、これは古いいわれのある信仰なのだろうか。

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No.664
2013/10/08 (Tue) 00:29:00

 宇宙飛行士ミナー・バリスは惑星マニプールで異星人に捕えられ、その外科医たちによって改造手術を受けた。理由は分からない。その手術によってバリスのまぶたは縦に付けられ目が左右に開くようになり、口は絶えず円形に大きく開き牙がむき出しであり、両の手のひらには何の役に立つのか分からないミミズのような触手が付いており、内臓も徹底的に作り変えられた。地球に戻ってきた彼は、その醜い姿を人前にさらすまいと隠れて生活するようになった。


 ロナ・ケルビンという十七歳の少女は、ある医学実験のため卵子を提供し、処女のまま百人の赤ん坊の母親となった。彼女も世間の好奇の目に耐えられず、ひとり目立たぬようにひっそりと暮らしていた。


全世界に娯楽を発信しつづけ巨万の富を築いたダンカン・チョークがこの男女に目をつけた。ぶくぶくに太ったチョークは人の苦しみを栄養源にするという奇人だった。彼はバリスとロナを恋人同士になるようしむけ、二人の愛の語らい、セックス、また憎みあって喧嘩する姿を格好の娯楽として全銀河に発信した。


 しかし二人は最後までチョークの操り人形のままではなく、恐ろしい復讐を遂げるのだった。



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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209ブログ引っ越しました。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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