『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.139
2009/11/23 (Mon) 23:13:19
効能:打ち身、切りきず、ねんざ、やけど、疲れ眼、心のきず、水虫、あしなえ、切腹きず、
打ち首きず、丸首きず、刺青の消し跡、腸ねん転、腸重積、膝蓋粘液腫、シエグレン症候群、デング熱、アイゼンメンゲル複合、フォルクマン拘縮、各種脳炎系アプリ。
食前食後食間、一日八回服用のこと。
ピッカリ製薬株式会社。
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
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No.138
2009/11/16 (Mon) 21:26:15
玻璃盤の胎児 三好達治
生れないのに死んでしまつた
玻璃盤の胎児は
酒精(アルコール)のとばりの中に
昼もなほ昏々と睡る
昼もなほ昏々と睡る
やるせない胎児の睡眠は
酒精の銀の夢に
どんよりと曇る亜剌比亜数字の3だ
生れないのに死んでしまつた
胎児よお前の瞑想は
今日もなほ玻璃を破らず
青白い花の形に咲いてゐる
水曜日は中学部の生徒が、朝からみなで校外学習に出かけた。どこかの電機メーカーの工場に見学に行くようである。僕は高校部で教えているが、なぜか中学部の職員室に席があり、他の先生方はほとんどが引率に出ていた。その日の職員室は音楽の坂小路(さかこうじ)先生と僕の二人だけだった。元気のいい中学部の生徒も校舎におらず、職員室はしんと静まり返っていた。ふだん気を遣う相手がいるわけでもないのだが、こう閑散としているとずいぶん精神がリラックスするものだと気がついた。
高校一年の授業を終え、空き時間になったがすることもないから、僕は職員室でぼんやりとしていた。そういえば、仲の良い理科の佐穂戸(たすくほべ)先生が理科室にいるかも知れないと思い、行ってみた。戸に鍵が掛かっていなかったから、誰かいるのだろうと思い理科準備室に入っていった。人体模型やアルコール漬けの標本がならぶ棚に囲まれたその部屋には、しかし誰もいなかった。気味の悪い、人間の胎児のアルコール漬け標本が、作業机の上に出されていた。こういうものはずっと密封しておくものだろうと思っていたが、栓が弛められ、先が電極のようになった二本のコードが差し入れられ、先端が胎児の左右のこめかみに付けられていた。そのコードは、小さな白い箱からのびており、その箱から別に少し太めのコードがのび、それはパソコンに接続されていた。
マウスを動かしてみると、ディスプレイには二つの横長のグラフが映し出された。ときどき微妙な揺れをきざむ水平な線がグラフに描かれている。僕は最初、これはこの胎児の脳波ではなかろうかと思った。ただ明らかに胎児は死んでいるから、脳波だとしたらこのように微動するものだろうか。しかし事実コードの先は胎児の頭に接続されており、グラフはその脳に関するものと考えるのが自然と思えた。
胎児の脳。その精神内容はいかなるものだろうか。『中庸』にいう、喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。発して皆節に中(あた)る、これを和(か)と謂う。中は天下の大本なり。和は天下の達道なり。中和を致して、天地位(くらい)し、万物育す、と。つまり喜怒哀楽のまだ発しない精神状態は、一方に偏ることがないから、名づけてこれを「中(ちゅう)」、また「未発の中」ともいう。この「未発の中」があってこそ、自然でその場に適した、過不足のない感情が可能になるのであり、こうした感情が起きることをここでは「和」といっている。人間は年を重ねると、未発の中の状態をなかなか保てなくなり、何らかの点で偏頗な、行き過ぎや不足のある感情を起こすようになるのである。
それを思うと、さしずめこの胎児の精神状態は、つねに未発の中を保った非常に好ましいものと言えるのかも知れない。
パソコンのキーボードには「触るな」と書かれたA4の紙がセロテープで張られていた。僕はそれを無視してEnterキーを押した。すると画面からグラフが消え、意味不明の文字列が現れだした。
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiuiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiuiiiiiiiuiiihowpoanrwioaiewrngnirniiiiiiiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiijnuieruieewawwwwwwwwwwrrrrrrrrriiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiidiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiswrbe43onoppk00-o-
mnkllllllurhbiaen;ioariohgbvonojopwejraonwrenor:kiiiiiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiinompkkkkkkkkkkkdbnswewraiuib;ab;reiohrebe
fnbvr39oiolklkfdsmnnrfeuearuaer.nerbsvoaprew@r00349joiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiif
アルコール漬けの胎児を見ると、さっきまでは見えなかった小さな気泡が体中からたくさん出ているのに気がついた。僕はなんとなく頭がくらくらとし、その場を立ち去った。
職員室に戻ると坂小路先生がいたが、彼は自分の席で突っ伏して寝ていた。もうそろそろ次の授業の時間だから、僕はチョークとエンマ帳とノートを持って、高校二年の教室に向った。しかしまだ休み時間なのに、高校部の校舎も非常に静かだった。目的の教室に来ると、驚くまいことか四十名の生徒がすべて机に突っ伏して寝ていた。いや、床に倒れて意識を失っている者もいる。これはえらいことだ、皆で病気になったのかも知れないと思い、とにかく保健室の先生のところへ向った。保健室には誰もいなかった。そしてそこにある白いベッドを見ると、僕にも猛烈な睡魔が襲ってきた。
夢の中で、僕は大理石の大きな柱の並ぶローマ風の広間にいた。周りにはうすものの着物を着たおおぜいの男女がいて、彼らはみな広間の奥に向ってひざまずき、頭を床につけんばかりに下げている。彼らが最敬礼している広間の奥を見ると、小さな赤い玉座に人間の胎児が腰かけていた。その左右から、美しい女官が孔雀の羽で出来た大きな団扇で、胎児にゆっくりと風を送っていた。
「皆のもの!」
声はあたりに響かなかったが、その声は脳内に直接伝達された。
「我々は今まで幻影を見てきたのだ。今日から真実の世界で暮らすことになるのである!」
それを喋っているのは、玉座に座って目も開かないあの胎児に違いない、と思った。
「これまで君たちが幻影の世界で持ってきた、欲に汚れた、小さな我執にとらわれた感情は、過去のものである! これからは感情が静まって、私のような執着のない境地にいたるのである……だがその前に」
と、突然胎児は玉座の上に立ち上がり、大きな目をあけて私のほうを指さした。
「ここに一人だけ、心の汚れた者がおる! その男がおるだけで、私は胸が悪くなり、吐き気がする! そいつを殺せ!」
今までひざまずいていた若者たちは立ち上がり、虚ろな目をして僕のほうに歩いてきた。それぞれが、頭から長髪をまとめるカンザシのような金色、銀色の串を抜き、それで僕を四方八方から突いてくるのである。腹や胸、背中を刺され、最初は痛みを感じなかったが、右の頬を刺されて激痛が走ってから、体中が痛みだし、僕は声を上げた。
「助けて! 助けてくれ!」
しかし、左の眼を串で突き刺されて頭部に激痛を感じてから、声を出すこともできなくなった。頚椎を刺されて、僕はついに気を失った。死んだのかも知れない。
という白昼夢を見ていると、チャイムが鳴った。高校二年のクラスで、授業しながら夢を見ていたらしい。
「じゃあ終わります。はい起立!」
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生れないのに死んでしまつた
玻璃盤の胎児は
酒精(アルコール)のとばりの中に
昼もなほ昏々と睡る
昼もなほ昏々と睡る
やるせない胎児の睡眠は
酒精の銀の夢に
どんよりと曇る亜剌比亜数字の3だ
生れないのに死んでしまつた
胎児よお前の瞑想は
今日もなほ玻璃を破らず
青白い花の形に咲いてゐる
水曜日は中学部の生徒が、朝からみなで校外学習に出かけた。どこかの電機メーカーの工場に見学に行くようである。僕は高校部で教えているが、なぜか中学部の職員室に席があり、他の先生方はほとんどが引率に出ていた。その日の職員室は音楽の坂小路(さかこうじ)先生と僕の二人だけだった。元気のいい中学部の生徒も校舎におらず、職員室はしんと静まり返っていた。ふだん気を遣う相手がいるわけでもないのだが、こう閑散としているとずいぶん精神がリラックスするものだと気がついた。
高校一年の授業を終え、空き時間になったがすることもないから、僕は職員室でぼんやりとしていた。そういえば、仲の良い理科の佐穂戸(たすくほべ)先生が理科室にいるかも知れないと思い、行ってみた。戸に鍵が掛かっていなかったから、誰かいるのだろうと思い理科準備室に入っていった。人体模型やアルコール漬けの標本がならぶ棚に囲まれたその部屋には、しかし誰もいなかった。気味の悪い、人間の胎児のアルコール漬け標本が、作業机の上に出されていた。こういうものはずっと密封しておくものだろうと思っていたが、栓が弛められ、先が電極のようになった二本のコードが差し入れられ、先端が胎児の左右のこめかみに付けられていた。そのコードは、小さな白い箱からのびており、その箱から別に少し太めのコードがのび、それはパソコンに接続されていた。
マウスを動かしてみると、ディスプレイには二つの横長のグラフが映し出された。ときどき微妙な揺れをきざむ水平な線がグラフに描かれている。僕は最初、これはこの胎児の脳波ではなかろうかと思った。ただ明らかに胎児は死んでいるから、脳波だとしたらこのように微動するものだろうか。しかし事実コードの先は胎児の頭に接続されており、グラフはその脳に関するものと考えるのが自然と思えた。
胎児の脳。その精神内容はいかなるものだろうか。『中庸』にいう、喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。発して皆節に中(あた)る、これを和(か)と謂う。中は天下の大本なり。和は天下の達道なり。中和を致して、天地位(くらい)し、万物育す、と。つまり喜怒哀楽のまだ発しない精神状態は、一方に偏ることがないから、名づけてこれを「中(ちゅう)」、また「未発の中」ともいう。この「未発の中」があってこそ、自然でその場に適した、過不足のない感情が可能になるのであり、こうした感情が起きることをここでは「和」といっている。人間は年を重ねると、未発の中の状態をなかなか保てなくなり、何らかの点で偏頗な、行き過ぎや不足のある感情を起こすようになるのである。
それを思うと、さしずめこの胎児の精神状態は、つねに未発の中を保った非常に好ましいものと言えるのかも知れない。
パソコンのキーボードには「触るな」と書かれたA4の紙がセロテープで張られていた。僕はそれを無視してEnterキーを押した。すると画面からグラフが消え、意味不明の文字列が現れだした。
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職員室に戻ると坂小路先生がいたが、彼は自分の席で突っ伏して寝ていた。もうそろそろ次の授業の時間だから、僕はチョークとエンマ帳とノートを持って、高校二年の教室に向った。しかしまだ休み時間なのに、高校部の校舎も非常に静かだった。目的の教室に来ると、驚くまいことか四十名の生徒がすべて机に突っ伏して寝ていた。いや、床に倒れて意識を失っている者もいる。これはえらいことだ、皆で病気になったのかも知れないと思い、とにかく保健室の先生のところへ向った。保健室には誰もいなかった。そしてそこにある白いベッドを見ると、僕にも猛烈な睡魔が襲ってきた。
夢の中で、僕は大理石の大きな柱の並ぶローマ風の広間にいた。周りにはうすものの着物を着たおおぜいの男女がいて、彼らはみな広間の奥に向ってひざまずき、頭を床につけんばかりに下げている。彼らが最敬礼している広間の奥を見ると、小さな赤い玉座に人間の胎児が腰かけていた。その左右から、美しい女官が孔雀の羽で出来た大きな団扇で、胎児にゆっくりと風を送っていた。
「皆のもの!」
声はあたりに響かなかったが、その声は脳内に直接伝達された。
「我々は今まで幻影を見てきたのだ。今日から真実の世界で暮らすことになるのである!」
それを喋っているのは、玉座に座って目も開かないあの胎児に違いない、と思った。
「これまで君たちが幻影の世界で持ってきた、欲に汚れた、小さな我執にとらわれた感情は、過去のものである! これからは感情が静まって、私のような執着のない境地にいたるのである……だがその前に」
と、突然胎児は玉座の上に立ち上がり、大きな目をあけて私のほうを指さした。
「ここに一人だけ、心の汚れた者がおる! その男がおるだけで、私は胸が悪くなり、吐き気がする! そいつを殺せ!」
今までひざまずいていた若者たちは立ち上がり、虚ろな目をして僕のほうに歩いてきた。それぞれが、頭から長髪をまとめるカンザシのような金色、銀色の串を抜き、それで僕を四方八方から突いてくるのである。腹や胸、背中を刺され、最初は痛みを感じなかったが、右の頬を刺されて激痛が走ってから、体中が痛みだし、僕は声を上げた。
「助けて! 助けてくれ!」
しかし、左の眼を串で突き刺されて頭部に激痛を感じてから、声を出すこともできなくなった。頚椎を刺されて、僕はついに気を失った。死んだのかも知れない。
という白昼夢を見ていると、チャイムが鳴った。高校二年のクラスで、授業しながら夢を見ていたらしい。
「じゃあ終わります。はい起立!」
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
No.137
2009/11/16 (Mon) 20:25:48
ある夏の日の朝、国内線041便がさいきん開港された獄門空港に降り立つと、コクピットのインジケーターに滑走路の異常が示しだされた。
「管制塔、滑走路に異物が認められるが?」
「さきほどの突風で木の枝が飛んだようだ。危険はない」
タラップ車が近づき、乗客が飛行機を降り始めた。
「ぎゃー」
「どうした?」
「へ、蛇に咬まれた」
「大丈夫か? しかし、あたり一面蛇だらけじゃないか!」
空港の滑走路には、無数の蛇がのたうっていた。
「これはハブらしいぞ」
「猛毒だ、助けてくれ」咬まれた男は叫んだ。とりあえず引き裂いたタオルで足首を強く縛って、男は再び飛行機の中へ助け入れられた。
パイロットは異常を知ると、再び管制塔に連絡を取ろうとした。
「管制塔、滑走路に大量のハブがいるが?」
「……」返答がない。
「咬まれた乗客がいる。救急車を寄こしてくれないか」
「……」依然として返答なし。
「管制塔の様子がおかしい。とにかく、乗客の中に医師がいたら助けを頼もう」
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」スチュワーデスは客席に呼びかけた。
「私は医者だが」初老の大柄な男が立ち上がった。
「ハブに咬まれたお客様がいるんです。治療をお願いしたいのですが」
「久しぶりに獄門島に帰ってきたというのにえらい騒ぎだね、父ちゃん」冥(めい)が父親である考古学者の草壁に言った。
「ああ。滑走路に散らばっているのは、どうやらハブの大群らしいぞ」
「ハブって?」と草壁のもう一人の娘、殺気(さつき)が言った。
「おもに沖縄に生息する毒ヘビだ。しかしなんだって滑走路に……」
「お客様の中にRH-ゼータ六型の血液型の方はいらっしゃいませんか」と再びスチュワーデス。
「私の娘がそうですが?」草壁は、冥を指し示しながら言った。
「ハブに咬まれた方の治療にご協力願えませんでしょうか。お医者様が仰るのには、RH-ゼータ六型の血液からハブ毒の血清が作れるそうなんです」
「そうですか。冥、行ってあげよう」
毒のために汗みどろになって苦悶する患者が、客席後部のカーテンで仕切られたスペースに横たえられていた。医師に草壁が
「この子がRH-ゼータ六型の血液型ですが」
というと、冥はとたんによだれを垂らしながら
「ウシシ、美味そうな傷あと~!!」
と狂喜して患者の足首に噛み付き、血を吸い始めた。
「冥、やめなさい!」草壁があわてて引き離そうとすると患者が
「いや……楽になってきた……もっと、もっと吸ってくれ!!」と叫んだ。みるみる表情が安楽になっていく。
「ごらんなさい。体温が正常に戻った。血圧も正常値です」医師が言った。
「どういうことでしょうか」
「お嬢ちゃんが毒を吸ってしまったのかも知れません。私もRH-ゼータ六型の血液の人間がハブ毒に有効だと文献で読んだだけだったのですが、まさかこういう意味で有効だったとは……」医師は驚きながら言った。
「でも、お客様が治ってよかったですわ」スチュワーデスが言うと
「ええ、お嬢ちゃんがいなかったら助からなかったでしょうな」と医師は安堵して答えた。「やれやれです。医者はハブ毒の血清なんてふつう携行していませんからな。それに」
「ウシシ、美味そうな医者~!!」突然、冥がこんどは医師の首に噛み付いた。鮮血が飛び散る。
「ぎゃーっ!」医師は断末魔の叫び声を上げてあっという間にこと切れた。血みどろになって、医者の首の肉をむさぼり食う冥。
スチュワーデスはわなわな震えながら客席へあとずさっていった。
「きゃ、客席後部に、吸血鬼がいます。お、お客様、客席の前方に移動してください。ゆっくりと、落ち着いて!」
乗客たちはざわめきながらも、比較的スムーズに客席前部に移動した。
「通して! 通してください! その吸血鬼は私の妹なんです」殺気が言って、客席後部に駆けていった。殺気は、医師の頭蓋に噛み付いている冥に向かって
「ばか冥! 行く先々で心配かけるんだから!」殺気は叱りつけながらも、しかしその声には優しさもこもっていた。吸血鬼であっても、彼女には妹がいとおしかった。
そのとき、「さーつきー!」という声が遠くから聞こえてきた。殺気の同級生、姦太(かんた)が大人用の自転車を三角乗りして滑走路まで駆けつけてきたのだ。
「本家に電話があって、冥ちゃんが吸血鬼に噛まれたって聞いてきたんだ」
「違うわ、その逆よ」殺気は医師の遺骸をむさぼり食う冥を横目で見て、苦笑いして言った。
「なーんだ。一時はどうなることかと思った。ところで殺気のお父さんは?」
「お父さん? ああ、あそこね」
草壁は子供たちが問題を起こすといつもそうするように、隅っこでヒロポンの錠剤を続けざまに飲んで恍惚としていた。もう現実のはるか彼方に逃避してしまっていた。
「婆ちゃんがご馳走を用意して待ってる。早く行こうよ」と姦太。
「でも、滑走路一面にハブがいるのよ。どうやって出て行くの?」
「そうか。婆ちゃんにヘリで迎えに来てもらおう」姦太はポケットから携帯を出して、鬼婆に連絡を取った。
「あっるっこー、あっるっこー。わたっしは元気ぃー」一同は鬼婆の操縦するヘリコプターの中で、陽気に歌い、これからの獄門島での楽しいひと夏を予感して、皆ワクワクしていた。
しかしまさにそのとき、獄門島のあちこちの地面から、ゾンビの群れがうめき声を上げて這い出してきていた。獄門島の今後やいかに……?
(拙作「となりの吐屠郎」の番外編でした)
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
「管制塔、滑走路に異物が認められるが?」
「さきほどの突風で木の枝が飛んだようだ。危険はない」
タラップ車が近づき、乗客が飛行機を降り始めた。
「ぎゃー」
「どうした?」
「へ、蛇に咬まれた」
「大丈夫か? しかし、あたり一面蛇だらけじゃないか!」
空港の滑走路には、無数の蛇がのたうっていた。
「これはハブらしいぞ」
「猛毒だ、助けてくれ」咬まれた男は叫んだ。とりあえず引き裂いたタオルで足首を強く縛って、男は再び飛行機の中へ助け入れられた。
パイロットは異常を知ると、再び管制塔に連絡を取ろうとした。
「管制塔、滑走路に大量のハブがいるが?」
「……」返答がない。
「咬まれた乗客がいる。救急車を寄こしてくれないか」
「……」依然として返答なし。
「管制塔の様子がおかしい。とにかく、乗客の中に医師がいたら助けを頼もう」
「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」スチュワーデスは客席に呼びかけた。
「私は医者だが」初老の大柄な男が立ち上がった。
「ハブに咬まれたお客様がいるんです。治療をお願いしたいのですが」
「久しぶりに獄門島に帰ってきたというのにえらい騒ぎだね、父ちゃん」冥(めい)が父親である考古学者の草壁に言った。
「ああ。滑走路に散らばっているのは、どうやらハブの大群らしいぞ」
「ハブって?」と草壁のもう一人の娘、殺気(さつき)が言った。
「おもに沖縄に生息する毒ヘビだ。しかしなんだって滑走路に……」
「お客様の中にRH-ゼータ六型の血液型の方はいらっしゃいませんか」と再びスチュワーデス。
「私の娘がそうですが?」草壁は、冥を指し示しながら言った。
「ハブに咬まれた方の治療にご協力願えませんでしょうか。お医者様が仰るのには、RH-ゼータ六型の血液からハブ毒の血清が作れるそうなんです」
「そうですか。冥、行ってあげよう」
毒のために汗みどろになって苦悶する患者が、客席後部のカーテンで仕切られたスペースに横たえられていた。医師に草壁が
「この子がRH-ゼータ六型の血液型ですが」
というと、冥はとたんによだれを垂らしながら
「ウシシ、美味そうな傷あと~!!」
と狂喜して患者の足首に噛み付き、血を吸い始めた。
「冥、やめなさい!」草壁があわてて引き離そうとすると患者が
「いや……楽になってきた……もっと、もっと吸ってくれ!!」と叫んだ。みるみる表情が安楽になっていく。
「ごらんなさい。体温が正常に戻った。血圧も正常値です」医師が言った。
「どういうことでしょうか」
「お嬢ちゃんが毒を吸ってしまったのかも知れません。私もRH-ゼータ六型の血液の人間がハブ毒に有効だと文献で読んだだけだったのですが、まさかこういう意味で有効だったとは……」医師は驚きながら言った。
「でも、お客様が治ってよかったですわ」スチュワーデスが言うと
「ええ、お嬢ちゃんがいなかったら助からなかったでしょうな」と医師は安堵して答えた。「やれやれです。医者はハブ毒の血清なんてふつう携行していませんからな。それに」
「ウシシ、美味そうな医者~!!」突然、冥がこんどは医師の首に噛み付いた。鮮血が飛び散る。
「ぎゃーっ!」医師は断末魔の叫び声を上げてあっという間にこと切れた。血みどろになって、医者の首の肉をむさぼり食う冥。
スチュワーデスはわなわな震えながら客席へあとずさっていった。
「きゃ、客席後部に、吸血鬼がいます。お、お客様、客席の前方に移動してください。ゆっくりと、落ち着いて!」
乗客たちはざわめきながらも、比較的スムーズに客席前部に移動した。
「通して! 通してください! その吸血鬼は私の妹なんです」殺気が言って、客席後部に駆けていった。殺気は、医師の頭蓋に噛み付いている冥に向かって
「ばか冥! 行く先々で心配かけるんだから!」殺気は叱りつけながらも、しかしその声には優しさもこもっていた。吸血鬼であっても、彼女には妹がいとおしかった。
そのとき、「さーつきー!」という声が遠くから聞こえてきた。殺気の同級生、姦太(かんた)が大人用の自転車を三角乗りして滑走路まで駆けつけてきたのだ。
「本家に電話があって、冥ちゃんが吸血鬼に噛まれたって聞いてきたんだ」
「違うわ、その逆よ」殺気は医師の遺骸をむさぼり食う冥を横目で見て、苦笑いして言った。
「なーんだ。一時はどうなることかと思った。ところで殺気のお父さんは?」
「お父さん? ああ、あそこね」
草壁は子供たちが問題を起こすといつもそうするように、隅っこでヒロポンの錠剤を続けざまに飲んで恍惚としていた。もう現実のはるか彼方に逃避してしまっていた。
「婆ちゃんがご馳走を用意して待ってる。早く行こうよ」と姦太。
「でも、滑走路一面にハブがいるのよ。どうやって出て行くの?」
「そうか。婆ちゃんにヘリで迎えに来てもらおう」姦太はポケットから携帯を出して、鬼婆に連絡を取った。
「あっるっこー、あっるっこー。わたっしは元気ぃー」一同は鬼婆の操縦するヘリコプターの中で、陽気に歌い、これからの獄門島での楽しいひと夏を予感して、皆ワクワクしていた。
しかしまさにそのとき、獄門島のあちこちの地面から、ゾンビの群れがうめき声を上げて這い出してきていた。獄門島の今後やいかに……?
(拙作「となりの吐屠郎」の番外編でした)
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目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
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✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
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※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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