『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.127
2009/11/09 (Mon) 17:31:49
モンスターは思いがけず蟻豪図帝国の君主となり、国民に第一声を発する日が来た。
演壇に登った一つ目のモンスター。しかし演説を始めようとすると、民衆の熱烈な声がわんわんといつまでも鳴りやまず、とてもモンスターの声を伝えるどころではなかった。
「今日は新帝王の顔を民衆に見てもらうというだけにしましょう。演説はまたの機会に」執事の松平が言った。
王宮に戻ったモンスターは、自分のメッセージは伝えられなかったけれども、これほどに自分が歓迎されていることに、満足しないでもなかった。ふと気がつくと、侍女が大きな団扇でモンスターに柔らかな風を送っていた。
「きみ、名前は何という?」
「はい、神様、ラリアと申します」
「神様? 神と言ったのか? 私は単なるモンスターで、もとは人間だ」
「民衆の一部には、陛下を神と信じる者もいるようでございます。一つ目の神の古い伝説がありまして、陛下をその再来と見なしているのです」と松平。
「そうか。しかし神というのは誤解だぞ、ラリア」
「陛下、僧侶たちがお目通り願いたいとのことでございます」
ぞろぞろと、白い長衣を身にまとった禿頭の僧侶たちが五名、しずしずと王の間に入ってきた。そしてひざまずいて深々と頭を下げ、中央の僧侶が口を開いた。
「三千年前にわが王国に訪れ富と秩序をもたらし去って行った一つ目の神様、ようこそお戻りくださいました。いつの日か自分は戻ってくるであろうという言葉を、われわれは代々忘れずにおりました。この国にある物はすべて、一つ目の神様のものです。宝物蔵の宝もひとつ残らずそうです。われわれは宝物蔵を代々守ってきました」
「なんだと。宝物蔵? それはどんなものだ。どこにある」とモンスター。
「僧侶ども、一つ目の神様を宝物蔵に案内いたせ」と松平。
「ちょっと待て松平」と小声でモンスター。「お前まで俺を神などと。俺が放射性廃棄物を浴びた、ただの鉄道員だということを知らぬわけではあるまい」
「ふふふ、大丈夫ですよ。この石頭の僧侶どもには神様と思わせておいて、宝物を手に入れてください。しかし私めにもすこし分けてくださいまし」
「おぬしもワルよのう」
暗い宝物蔵に案内され、金銀の目も眩むような財宝に、モンスターと松平の目は輝いた。
「俺はこの財宝を日本に持ち帰り、人々の役に立てようと思う。やはり俺は帝王などという柄ではない。また鉄道員をやることにする」
さて日本に戻ってみると、モンスターがいない間にIR鉄道は大規模な脱線事故を起こし、大勢の死傷者を出していた。IRは遺族に多額の慰謝料を支払い、事態はようやく鎮静化に向かっていた。事故調査委員会が開かれたが、実はIR幹部が委員会のメンバーに賄賂を贈っていたという話を、モンスターは日課のモップがけの際に同僚から聞いた。血気盛んなモンスターは、IRという組織を浄化しようと決意し、幹部を脅しにかけた。IR社長の別荘に押しかけ、幹部たちが集まっている前でモンスターは言った。
「多額の賄賂が委員会のメンバーに渡った証拠はつかんでいる。お前たちは性根の腐りきった権力者どもだ。俺が権力を握ったほうがましというものだ。お前たちには、IRの株を七百万株出してもらおう」
「七百万株? 馬鹿な。社長のわしだって二百万株しか持っていないというのに」
「何も社長一人に出してもらわなくていい。皆さん方で出し合ってもらいましょう」
そのときIRの社長秘書が現れ、ピストルをモンスターに向けた。
「モンスター、調子に乗りすぎたようだな。君には死んでもらおう」と社長。
しかしモンスターは全く動じず、「お前さんがた、銃のことをあまり知らないようだな。あの手の強力な銃はねえ、この距離でぶっ放せば俺の体を貫通して、社長さんの体をさえ打ち抜いてしまうんだよ。俺が体の角度をちょっと変えるだけで、社長さんの命を奪うことだって簡単に出来るんだ。まったく小僧っ子どもが」と言ってモンスターは、社長秘書の銃を持った腕をつかみ、肩から腕を勢いよく引きちぎった。
「ぎゃーっ」
その瞬間、銃が暴発して専務に弾が当たり、胸から血を吹き出させた。
社長の別荘の一室は凍りついたような沈黙に包まれた。
「おいベートーベン! 続けるんだよ!」社長お抱えのピアニストは、またショパンのノクターンを弾き始めた。
モンスターはソファにどっかと座り「さてビジネスの話と行きましょうか」と言いつつ、社長秘書に「おい、大株主にコーヒーを出さんか!」
モンスターはこうして巨万の富を得た。しかし彼はあくまで一鉄道員として、モップを片手に車両や駅の掃除をしつつ、悪と戦い続けるのだった。彼は人間のあるがままの姿を愛した。あるがままの姿、それは善であるはずである。根っからの悪党はいない。
駅構内に、不自然に大きな乳房をゆすって歩き、男の視線を集めている女がいた。モンスターはそこに人間のいつわりの姿を見た。
「お前これ擬乳だろー!!」といってモンスターはその乳房を握りつぶし、シリコンを飛び散らせた。
今日もモンスターはどこかで戦っている。
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
演壇に登った一つ目のモンスター。しかし演説を始めようとすると、民衆の熱烈な声がわんわんといつまでも鳴りやまず、とてもモンスターの声を伝えるどころではなかった。
「今日は新帝王の顔を民衆に見てもらうというだけにしましょう。演説はまたの機会に」執事の松平が言った。
王宮に戻ったモンスターは、自分のメッセージは伝えられなかったけれども、これほどに自分が歓迎されていることに、満足しないでもなかった。ふと気がつくと、侍女が大きな団扇でモンスターに柔らかな風を送っていた。
「きみ、名前は何という?」
「はい、神様、ラリアと申します」
「神様? 神と言ったのか? 私は単なるモンスターで、もとは人間だ」
「民衆の一部には、陛下を神と信じる者もいるようでございます。一つ目の神の古い伝説がありまして、陛下をその再来と見なしているのです」と松平。
「そうか。しかし神というのは誤解だぞ、ラリア」
「陛下、僧侶たちがお目通り願いたいとのことでございます」
ぞろぞろと、白い長衣を身にまとった禿頭の僧侶たちが五名、しずしずと王の間に入ってきた。そしてひざまずいて深々と頭を下げ、中央の僧侶が口を開いた。
「三千年前にわが王国に訪れ富と秩序をもたらし去って行った一つ目の神様、ようこそお戻りくださいました。いつの日か自分は戻ってくるであろうという言葉を、われわれは代々忘れずにおりました。この国にある物はすべて、一つ目の神様のものです。宝物蔵の宝もひとつ残らずそうです。われわれは宝物蔵を代々守ってきました」
「なんだと。宝物蔵? それはどんなものだ。どこにある」とモンスター。
「僧侶ども、一つ目の神様を宝物蔵に案内いたせ」と松平。
「ちょっと待て松平」と小声でモンスター。「お前まで俺を神などと。俺が放射性廃棄物を浴びた、ただの鉄道員だということを知らぬわけではあるまい」
「ふふふ、大丈夫ですよ。この石頭の僧侶どもには神様と思わせておいて、宝物を手に入れてください。しかし私めにもすこし分けてくださいまし」
「おぬしもワルよのう」
暗い宝物蔵に案内され、金銀の目も眩むような財宝に、モンスターと松平の目は輝いた。
「俺はこの財宝を日本に持ち帰り、人々の役に立てようと思う。やはり俺は帝王などという柄ではない。また鉄道員をやることにする」
さて日本に戻ってみると、モンスターがいない間にIR鉄道は大規模な脱線事故を起こし、大勢の死傷者を出していた。IRは遺族に多額の慰謝料を支払い、事態はようやく鎮静化に向かっていた。事故調査委員会が開かれたが、実はIR幹部が委員会のメンバーに賄賂を贈っていたという話を、モンスターは日課のモップがけの際に同僚から聞いた。血気盛んなモンスターは、IRという組織を浄化しようと決意し、幹部を脅しにかけた。IR社長の別荘に押しかけ、幹部たちが集まっている前でモンスターは言った。
「多額の賄賂が委員会のメンバーに渡った証拠はつかんでいる。お前たちは性根の腐りきった権力者どもだ。俺が権力を握ったほうがましというものだ。お前たちには、IRの株を七百万株出してもらおう」
「七百万株? 馬鹿な。社長のわしだって二百万株しか持っていないというのに」
「何も社長一人に出してもらわなくていい。皆さん方で出し合ってもらいましょう」
そのときIRの社長秘書が現れ、ピストルをモンスターに向けた。
「モンスター、調子に乗りすぎたようだな。君には死んでもらおう」と社長。
しかしモンスターは全く動じず、「お前さんがた、銃のことをあまり知らないようだな。あの手の強力な銃はねえ、この距離でぶっ放せば俺の体を貫通して、社長さんの体をさえ打ち抜いてしまうんだよ。俺が体の角度をちょっと変えるだけで、社長さんの命を奪うことだって簡単に出来るんだ。まったく小僧っ子どもが」と言ってモンスターは、社長秘書の銃を持った腕をつかみ、肩から腕を勢いよく引きちぎった。
「ぎゃーっ」
その瞬間、銃が暴発して専務に弾が当たり、胸から血を吹き出させた。
社長の別荘の一室は凍りついたような沈黙に包まれた。
「おいベートーベン! 続けるんだよ!」社長お抱えのピアニストは、またショパンのノクターンを弾き始めた。
モンスターはソファにどっかと座り「さてビジネスの話と行きましょうか」と言いつつ、社長秘書に「おい、大株主にコーヒーを出さんか!」
モンスターはこうして巨万の富を得た。しかし彼はあくまで一鉄道員として、モップを片手に車両や駅の掃除をしつつ、悪と戦い続けるのだった。彼は人間のあるがままの姿を愛した。あるがままの姿、それは善であるはずである。根っからの悪党はいない。
駅構内に、不自然に大きな乳房をゆすって歩き、男の視線を集めている女がいた。モンスターはそこに人間のいつわりの姿を見た。
「お前これ擬乳だろー!!」といってモンスターはその乳房を握りつぶし、シリコンを飛び散らせた。
今日もモンスターはどこかで戦っている。
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No.122
2009/11/03 (Tue) 17:49:01
黒い蝶 千家元麿
黒い蝶が
涼気の満ちたうす暗い緑蔭の光りの中を
威厳と淑(しと)やかさと
艶かしい姿を絹の黒いものづくめで包んだ
豪奢な富んだ貴婦人のやうに
ゆつたりと健康さうに
小さい蝶のやうに狂ひ廻らず
日向の暑さを避けて
緑蔭の涼気を浴びて
花やかな黒い蝶が
神秘めく庭園の奥深く逍遥(さまよ)つてゆく
この詩の黒い蝶のように、決してあせらず常に優雅な立ち振舞いの先生がいる。ああ、それは人徳だろうか、自分はよくあせっていると思う。ただ落ち着いているようには見られるようで、あるクラスの生徒に「先生は心霊スポットとか怖くないですか? 古い病院とか」と聞かれた。さっきまでディズニーランドの話をしていたのに何でいきなり心霊スポットなんだ、と思いながら僕は「怖くない」と答えた。すると「ああ、先生なら幽霊が出てきても『あっそ』などといって動じなさそうだ」といわれた。確かにそうかも知れないと思った。
昨日の午後は暇だったから何か日記をしたためようと思いつつ、うとうとしているととても楽しい話が頭に浮かんできたようである。しかし目を覚ましてはて何だったろうと考え始めると、その話は蝶のようにひらひらと僕の脳裏から逃げていき、捕まえられそうで捕まえられず、あっそ、ではすまされないとても悔しい思いをした。
昨日から高一で「論理と集合」という話に入った。しかしその話に入ると、生徒はとたんに退屈そうにし、あちこちで私語が始まる。高校生は論理学が嫌いなようである。計算は喜んでするのに論理が嫌いというのは僕からすると奇妙なことだが、大学の数学を何年もやるとほとんど性格がゆがむぐらいに論理が体にしみこむから、奇妙に見えるのはむしろ僕の側かも知れない。たとえば「x^2=4 ならば x=2」という文章は真か偽か、ということに対し彼らの頭は働かない。興味もなさそうだが、これが分からなくては「数学をやった」とは言えないというのがこちらの感覚である。
ハロウィンとは何なのかずっと分からず、祝う気にもならなかったが、さっき少し調べてみるともとは魔除けのような意味で飾り付けや扮装をするもののようである。しかしそれをしなければならないほどに今の日本に魔物がいるようには僕には感じられない。いや理屈は横において楽しむものかも知れないが、さて飾り終わったかぼちゃは河に流すなり神社にもって行くなりしたほうが良いのだろうか。
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黒い蝶が
涼気の満ちたうす暗い緑蔭の光りの中を
威厳と淑(しと)やかさと
艶かしい姿を絹の黒いものづくめで包んだ
豪奢な富んだ貴婦人のやうに
ゆつたりと健康さうに
小さい蝶のやうに狂ひ廻らず
日向の暑さを避けて
緑蔭の涼気を浴びて
花やかな黒い蝶が
神秘めく庭園の奥深く逍遥(さまよ)つてゆく
この詩の黒い蝶のように、決してあせらず常に優雅な立ち振舞いの先生がいる。ああ、それは人徳だろうか、自分はよくあせっていると思う。ただ落ち着いているようには見られるようで、あるクラスの生徒に「先生は心霊スポットとか怖くないですか? 古い病院とか」と聞かれた。さっきまでディズニーランドの話をしていたのに何でいきなり心霊スポットなんだ、と思いながら僕は「怖くない」と答えた。すると「ああ、先生なら幽霊が出てきても『あっそ』などといって動じなさそうだ」といわれた。確かにそうかも知れないと思った。
昨日の午後は暇だったから何か日記をしたためようと思いつつ、うとうとしているととても楽しい話が頭に浮かんできたようである。しかし目を覚ましてはて何だったろうと考え始めると、その話は蝶のようにひらひらと僕の脳裏から逃げていき、捕まえられそうで捕まえられず、あっそ、ではすまされないとても悔しい思いをした。
昨日から高一で「論理と集合」という話に入った。しかしその話に入ると、生徒はとたんに退屈そうにし、あちこちで私語が始まる。高校生は論理学が嫌いなようである。計算は喜んでするのに論理が嫌いというのは僕からすると奇妙なことだが、大学の数学を何年もやるとほとんど性格がゆがむぐらいに論理が体にしみこむから、奇妙に見えるのはむしろ僕の側かも知れない。たとえば「x^2=4 ならば x=2」という文章は真か偽か、ということに対し彼らの頭は働かない。興味もなさそうだが、これが分からなくては「数学をやった」とは言えないというのがこちらの感覚である。
ハロウィンとは何なのかずっと分からず、祝う気にもならなかったが、さっき少し調べてみるともとは魔除けのような意味で飾り付けや扮装をするもののようである。しかしそれをしなければならないほどに今の日本に魔物がいるようには僕には感じられない。いや理屈は横において楽しむものかも知れないが、さて飾り終わったかぼちゃは河に流すなり神社にもって行くなりしたほうが良いのだろうか。
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No.119
2009/10/31 (Sat) 07:02:36
常娥 李商隠
雲母屏風燭影深
長河漸落曉星沈
常娥應悔偸靈藥
碧海靑天夜夜心
雲母の屏風に 蝋燭の影がくっきりと映っている
銀河がしだいに落ちてゆき 夜明けの星も沈むころ
月の女神、常娥はきっと悔やんでいるだろう 霊薬を秘かに飲んで月に昇ってしまったことを
碧い海 青い空 どこを眺めても 彼女の夜ごとの思いがにじんでいるよう
というラブレターを、かつての夫である弓の名人・羿(げい)からことづかって鴉が月まで送ってきたが、不死の霊薬を手に入れ冒険心にみなぎった常娥(じょうが)は、ほとんどそれに目をくれなかった。いつまでいじけてるのかしら、あの人。まあいいわ、わたし惑星探査に行くんだもの。鴉さん、夫から手紙が来て郵便受けがいっぱいになっても構わないでね。
常娥の乗った宇宙船は、まずは順調に火星に向かっていった。彼女の思いは、かつての夫に向けられるどころか、未知の生物、未知の宇宙人に向けられていた。
火星に降り立った彼女は、あたりの赤い砂漠をよく見回した。静かな風が吹きわたっていた。突然、目の前の地面がぼこぼこと盛り上がり、身の丈三メートルほどの恐竜が姿を現した。襲いかかる褐色の恐竜。そのとき地球の方角から、矢が飛んできて、常娥の足もとに突き刺さった。「あら、まだわたしに構う気なのね、羿は。惜しいところで矢は恐竜を外れてるわ。恐竜さん、いっしょに宇宙の果てまで旅しましょう」
四千年後。
月探査船が、月面のクラヴィウス基地に到着した。常娥のかつての住居であった洞穴の前には、戸締りのために黒い大きな石板が置かれていた。
「未知の物質ですな。われわれの科学を超えた技術によって作り出されたものです」
「地球の一般民衆に知れたらパニックになるぞ。クラヴィウス基地にはいましばらく伝染病説を流して立ち入り禁止にせねばなるまい」
そのとき、まだ生きていた羿の放った矢が、科学者たちの背中に次々突き刺さった。
「ぎゃー」
木星探査船が、長期間の航行中に、コンピュータの狂いが生じて、船長はなんとかコンピュータの電源を切った。そのとき船長は、人知を超えた不思議なさまざまな光線を浴び、自分の年老いた姿を幻視した。そして最後に見たものは、宇宙空間に浮かぶ巨大な胎児であった。神々しいまでの光を放つ、視界いっぱいに広がる胎児。しかしその巨大な胎児は背中から弓矢を取り出し、いきなり船長を攻撃してきた。船長は必死で船を操り、弓矢から逃げようとした。胎児は、へその緒をつけながら宇宙空間をどたどたと走りながら追いかけてくる。
人類の全く新しい時代の幕開けが、すぐそこに迫っているのだ。船長は胎児の化け物に追いかけられながら、強く確信したのだった。
ヨハン・シュトラウス二世の「青き美しきドナウ」の優雅な調べに乗せて、巨大な胎児と木星探査船の追いかけっこはなおも続く……
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
雲母屏風燭影深
長河漸落曉星沈
常娥應悔偸靈藥
碧海靑天夜夜心
雲母の屏風に 蝋燭の影がくっきりと映っている
銀河がしだいに落ちてゆき 夜明けの星も沈むころ
月の女神、常娥はきっと悔やんでいるだろう 霊薬を秘かに飲んで月に昇ってしまったことを
碧い海 青い空 どこを眺めても 彼女の夜ごとの思いがにじんでいるよう
というラブレターを、かつての夫である弓の名人・羿(げい)からことづかって鴉が月まで送ってきたが、不死の霊薬を手に入れ冒険心にみなぎった常娥(じょうが)は、ほとんどそれに目をくれなかった。いつまでいじけてるのかしら、あの人。まあいいわ、わたし惑星探査に行くんだもの。鴉さん、夫から手紙が来て郵便受けがいっぱいになっても構わないでね。
常娥の乗った宇宙船は、まずは順調に火星に向かっていった。彼女の思いは、かつての夫に向けられるどころか、未知の生物、未知の宇宙人に向けられていた。
火星に降り立った彼女は、あたりの赤い砂漠をよく見回した。静かな風が吹きわたっていた。突然、目の前の地面がぼこぼこと盛り上がり、身の丈三メートルほどの恐竜が姿を現した。襲いかかる褐色の恐竜。そのとき地球の方角から、矢が飛んできて、常娥の足もとに突き刺さった。「あら、まだわたしに構う気なのね、羿は。惜しいところで矢は恐竜を外れてるわ。恐竜さん、いっしょに宇宙の果てまで旅しましょう」
四千年後。
月探査船が、月面のクラヴィウス基地に到着した。常娥のかつての住居であった洞穴の前には、戸締りのために黒い大きな石板が置かれていた。
「未知の物質ですな。われわれの科学を超えた技術によって作り出されたものです」
「地球の一般民衆に知れたらパニックになるぞ。クラヴィウス基地にはいましばらく伝染病説を流して立ち入り禁止にせねばなるまい」
そのとき、まだ生きていた羿の放った矢が、科学者たちの背中に次々突き刺さった。
「ぎゃー」
木星探査船が、長期間の航行中に、コンピュータの狂いが生じて、船長はなんとかコンピュータの電源を切った。そのとき船長は、人知を超えた不思議なさまざまな光線を浴び、自分の年老いた姿を幻視した。そして最後に見たものは、宇宙空間に浮かぶ巨大な胎児であった。神々しいまでの光を放つ、視界いっぱいに広がる胎児。しかしその巨大な胎児は背中から弓矢を取り出し、いきなり船長を攻撃してきた。船長は必死で船を操り、弓矢から逃げようとした。胎児は、へその緒をつけながら宇宙空間をどたどたと走りながら追いかけてくる。
人類の全く新しい時代の幕開けが、すぐそこに迫っているのだ。船長は胎児の化け物に追いかけられながら、強く確信したのだった。
ヨハン・シュトラウス二世の「青き美しきドナウ」の優雅な調べに乗せて、巨大な胎児と木星探査船の追いかけっこはなおも続く……
(c) 2009 ntr ,all rights reserved.
目次
上段の『☆ 索引』、及び、下段の『☯ 作家別索引』からどうぞ。本や雑誌をパラパラめくる感覚で、読みたい記事へと素早くアクセスする事が出来ます。
執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。
❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。
✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。
☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。
♘ ED-209 〜 ブログ引っ越しました。
☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ
我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。
※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※
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