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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2016/12/10 (Sat) 21:36:44

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No.690
2016/02/10 (Wed) 03:20:34

久しぶりに漢詩を作った。五言絶句。


冬夜讀書

奇寒眠不就
萬卷一燈紅
佳想靜煎茗
銀峰已映空

きびしい寒さに眠れず
ひとすじの紅いともしびをたよりに万巻の書をひもとく
よい想いをいだきつつ静かに茶を煎じていると
雪におおわれた山の峰がすでに朝の空にかがやいていた


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No.689
2016/01/30 (Sat) 09:00:08

「……聞こえますか? 聞こえますか?」
 遠くから誰かが呼びかけてくる。続いて視野の一部が白く光る。誰だ、おれの目を覚まさせようとする奴は……。
「聞こえますか?」
 再び声をかけられ、おれは目を開いた。
「声は出ますか? 返事できますか?」
「は……い……」おれは喉がからからなのを感じながら、ようやく声を出した。
「指は何本ありますか?」
 二本指が立てられた手を見せられたから、二本と答えた。
「とりあえず手術は成功です。しかし通常の患者とは違いますから、今後の経過を慎重に見守るべきでしょう」
 おれの顔をのぞき込んでいた初老の医師らしき男が引っ込むと、今度はなにやら細くて真っ白な人間が顔を近づけてきた。
「サワダさん、はじめまして」
 その声からすると女だった。よく見ると、白く体にぴったりしたタイツのような衣服を着た、やせた白人の女だった。瞳も淡い灰色で、非常に薄い色の金髪を後ろになでつけているため、全身まっ白な人間という印象だった。ただ唇が黒いルージュで塗られている点だけが、女の外見に色彩上のアクセントを加えていた。
「サワダさん、あなたが眠ったときのことを覚えていますか?」
 そうだ。おれの名は沢田俊夫。あのときおれは、現在では治療不可能な難病であり、余命一年と宣告されたのだった。悪性神経膠腫。脳腫瘍の一種だった。おれは迷ったあげく、人工冬眠装置に入り、何年後か何十年後かになるかはわからないが、未来において治療法が見つかる可能性に賭けたのだった。人工冬眠は日本では行われていなかったから、アメリカに渡って冬眠状態に入った。妻とはすでに死別していたが、たった一つの気がかりは十歳の娘、彩(あや)のことだった。彼女を親友に託し、そして別れを告げた。それを思い出すと、最も重大な疑問が口をついて出た。
「いま何年ですか? あれから何年たったんですか?」
「落ち着いて聞いてくださいね。今は西暦2218年です」
 おれはしばし呆然として、状況を把握しようとつとめた。あれから二百年もたったのか? ということは、彩はとっくに死んでいる。いいようのない寂しさに襲われた。あのとき一緒に人工冬眠に入ることも考えはしたが、すでにその時代に慣れ、友人知人もたくさんいる娘を、得体のしれない未来、いつ目を覚ますか分からない眠りへと連れだすことは出来ないと考えたのだった。
「サワダさん、いきなり誰一人知らない未来の世界に来てしまって、お寂しいことでしょう。でも大丈夫です。私たちは二百年前からのお客人を心から歓迎します。さしあたっては、ここでゆっくり療養なさってください。病気は治ったのですから」

 そのまっ白な女はメーヌ・ビショップという名だった。おれの手術を行うことが決まってから、落ち着いて療養できるようにとわざわざ二十一世紀風の部屋を用意してくれたという。
 歩けるようになってから当たりを見物すると、ここはただの病院とはいいかねる、大展望台や娯楽施設が多数入った不思議で巨大な建物だということが分かってきた。用意してくれた二十一世紀風の部屋とやらを覗いてみた。ソファがあり、この部屋の外では見られない木製のテーブルや家具が置かれていた。暖炉を模した暖房装置があり、マントルピースの上にはふくろうやビーグル犬の陶製の置物が並べられていた。その上には写楽の浮世絵がかけられていた。日本人に喜んでもらおうという心遣いなのだろうか。
 部屋の隅に、これは二十一世紀風とは言い難いレコードプレイヤーとステレオ装置が置かれていた。しかしプレイヤーの下の棚には、LPレコードがたった一枚あるだけ。ジャケットにはなにやら意味不明の文字が書かれていた。好奇心に駆られて、そのレコードをターンテーブルに乗せ、針を落としてみた。するとステレオから響いてきたのは何やらぷつぷつと鳴る古い録音らしく

「……朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み非常の措置をもって時局を收拾せんと欲しここに忠良なるなんじ臣民に告ぐ……なんじ臣民の衷情も朕善くこれを知る、然れども朕は時運のおもむく所堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって萬世のために太平を開かんと……」
 なんだこれは。玉音放送か。日本人がこれを聴いて喜ぶと思っているとしたら相当な頓珍漢だ。しかし聴いていると昭和天皇の声にやや異変が生じてきた。
「朕は……朕は……朕は退屈なるぞ。これそこの沢田俊夫とやら、歌でも歌って聞かせい」
 なんだなんだ、昭和天皇がおれに話しかけてきた。
「今のは冗談である。朕も、たまには冗談のひとつも言ってみたいぞよ。そして歌も歌ってみたいぞよ。ヒップホップを聞かせてやろうか」
「ヒップホップは嫌いだ。どうせならジャズヴォーカルを聴かせてもらいたいな」
「なにジャズヴォーカルとな。朕はジャズのことは知らんから他のにしろ」
 レコードが人間と会話するとはさすが二十三世紀だと感心していたら、昭和天皇は急に声音を変えて
「重ね重ね失礼いたしました。玉音放送はカムフラージュです。盗聴されていないか調べていたものですから」
「あなたは、だれ?」
「あなたと同じ日本人の同志、と申し上げておきましょう。あなたは先ごろ、いわば二十一世紀の世界から時を超えていらっしゃったわけですが、こんにちの世界情勢についてはもうお聞き及びでしょうか?」
「いや、何も」
「だと思っていました。手短に言いますと、今の地球上には日本人は十万人ほどしかおりません」
「えっ、なぜ?」
「二十二世紀の初め、狂信的な差別主義者のアメリカ大統領が、こともあろうに黄色人種殲滅作戦を行ったからです。水爆や中性子爆弾を使って、中国大陸や日本列島を徹底的に攻撃しました。その結果中国人と朝鮮人はほぼ全滅、日本人は十数万人が生き残りました」
「なんともひどい話だな」
「現在、世界各地に散らばっている日本人は徹底的な差別を受けています。全世界に白人至上主義が広まっているのです。それに対し、日本人は各地でテロを起こすなどして反発の意思を示しています。しかし、たった十万人ほどの日本人が、残念なことに一枚岩ではないのです。同じようにテロを行いながら、ヤクザの末裔たちと警察官僚の末裔たちは長年の因習から仲良くできません。そこであなたです。沢田俊夫の登場です」
「どういう意味だ?」
「あなたは日本がまだ有数の先進国だった時代、二十一世紀から来られた。そういうあなたの出自そのものが英雄視されています。あなたが日本人による差別撤廃運動のリーダーになれば、十万人の日本人は一つにまとまるでしょう。いきなりでまことに恐縮なのですが、交信を長く続けるのは危険ですので端的に言います。われわれのリーダーになってください」
「ちょっと待ってくれ」
 おれがそれ以上喋ろうとすると、交信はふつと途切れた。
 そのとき、ビービーという電子音がして「サワダさん、お休み中申し訳ありません。ビショップです。ロボットがお迎えにあがっていますから、四十三階のレストランまでご足労願いたいのですが」
 ドアを開けると、てっぺんに赤い眼のついた白い三角錐といった恰好のロボットが待っていた。おれはその誘導に従って、ビショップに会いにレストランに行った。

 そのレストランはおそろしく天井が高くまた広く、向こうがかすんで見えるほどで、壁が全面ガラス張りであるため、外界の、蛍のように飛び交う各種飛行機械や、色とりどりのネオンサインが輝く豪勢な夜景を見ることが出来た。
 おれがビショップの待つ席につくと、彼女は
「突然お呼びだてしてすみません。実は用件というほどのこともないのですけど、わたしはあなたの二十三世紀への案内役を言いつかっていることですし、もうすこし打ち解けたコミュニケーションが取れることが望ましいと思うんです。まあ、堅い言葉でいえば今日は懇親会ですね」
 ビショップはそう言うとすこし微笑んだ。ちなみに、この世界ではアメリカ人でも姓で呼び合うのが普通らしく、おれがヌーメと呼ぶと少し嫌な顔をした。
「しかし、あなたはアメリカ人でしょう。ずいぶん日本語がお上手ですね」
「二十一世紀の日本語については、あなたが意識を回復する前に睡眠学習で覚えました。懇親会は当時の日本語では合コンですよね」
「んー、ちょっと違うような気も。まあ何でもいいですが」
 するとテーブルのそばに、今度は緑色の円柱型のロボットが音もなくやってきて、おれにメニューを手渡した。さほど腹は減っていなかったからサンドイッチとコーヒーを頼んだ。しかしおれが「以上。ザッツ・オール」と言ってもロボットはいっこうに立ち去ろうとしない。チップがいるのかと思いポケットからしわくちゃの1ドル札を取り出すと、ビショップはそれを押しとどめ、ロボットの赤く光る眼に手をかざした。するとウェイターのロボットは去っていった。
「用済みのときはああやって知らせるんです。どのロボットでも同じです」
「ああ、慣れないことばかりで大変です」
「ところで二十一世紀風のお部屋はお気に召しまして?」
「ええ。この建物ではどこもかしこもつるつるした素材ばかりですから、木製の調度を見ると落ち着きますね。二十一世紀でもきっと高価なものですよ。それから暖炉を模した暖房、二十一世紀では暖炉はすでに使われていませんでしたが、ああいう古いものも趣味がいいですね」
 するとビショップはどこからかシガレットを取り出し、煙をふっと吹いた。
「レコードのことには触れないんですのね」
「え、ああ、レコードがありましたね。二十一世紀ではレコードはあまり聴かれていませんでしたが」
「どんな内容のレコードでした?」
「どういうわけか玉音放送が吹き込まれていましたね、つまり第二次大戦終結のときの天皇のスピーチのことですが」
「レコードには他の内容もあったでしょう。日本人の大虐殺のこととか」
「なぜそんなことを?」
「とぼけないでください。あの部屋を作ったこの施設のスタッフの中に、アメリカ人に化けた日本人がいることはちゃんと察知しています。レコードらしきものを持った不審人物の姿もカメラに映っていますし。ええ、これは隠しても仕方のないことです。つまりわれわれアメリカ人は、前世紀の初頭に黄色人種の大虐殺を行いました。残った約十万人の日本人はいまひどい差別を受けている。これは事実ですわ。そして、各地に分散した日本人があなたを利用しようとすることも見え透いています」
「なにもかもご存じなんですね。しかしそうすると、危険人物になりうる私をなぜ蘇生させたんです? そのまま葬ってしまえばいいものを」
「あなたは危険人物になりうると同時に、わたしたちにとって有益な働きをしてくれる可能性もあります。あなたがうまく立ち回れば、日本人のグループ同士を抗争させて、彼らを弱体化させられます」
「僕が日本人グループを仲間割れするよう仕向けるんですか? まさか僕がすすんでそんなことをするとは思っていないでしょうね」
「もちろん。ただあなたの手術のとき、腫瘍はきれいに取り除いて差し上げましたが、代わりに超小型爆弾を埋め込んでおいたんですよ。わたしはそれを好きなときに爆発させられます。ですからあなたはわれわれの言う通りに動いてくれるでしょう」
 おれはため息をつき、目まぐるしい事態の展開を追うのが面倒になってきた。
「なんだか僕は眠くなってきましたよ。二百年も寝ていたんだから、どうせならもう百年ぐらい寝かせてくださいと言いたい気分だ。じっさい生き返ってみて思ったんですが、この世界はとてもいい世界とは思えない。つまり、あなたがたの言いなりになるぐらいなら死んだほうがましだということです。さっさとその超小型爆弾とやらを爆発させてください」
 するとビショップは灰色の瞳をきらきらさせてにっと笑った。
「あなたがそう言うかもしれない、とは思っていました。食事がお済みでしたら、とても面白いものをご覧に入れます。さ、参りましょう」
  
 おれとビショップはエレベーターに乗って、103階まで上昇して止まった。そこはレストランの階とはうって変わってせま苦しい、グレーの扉が並んだ殺風景なところだった。ビショップは一つの扉を開けておれを招じ入れた。そこにはおれが入っていたような人工冬眠装置があった。そのガラスのカバーの下には十代後半と思しき裸の少女が横たわっていた。
「これ、誰だかお分かりになる? いま徐々に温度を上げて蘇生させるところなんですの」
 どこか見覚えのある少女だとは思ったが、誰だか思い出せなかった。
「これはね、あなたの娘さんのアヤさんですよ」
 一瞬何を言われているのか分からなかった。俺の知っている彩はこんな年齢ではない。
「つまりね、あなたが冬眠に入ってから六年後に、アヤさんはやはりあなたが恋しくなって、自分も冬眠に入ってこの時代まで付いてきたんですよ。だからこのアヤさんは十六歳」
「そんな、まさか……」
 彩と再会できたことはやはり嬉しかった。しかしこの不気味な状況ではそう喜んでばかりもいられない。
「アヤさんはわれわれにとって利用価値がある、ということは理解できますわね」
「つまり彩を人質に取ろうというのか」
「端的にいえばそうです。さあ、わたしたちに力を貸してくださいな」
「ちょっと待て。これはひょっとしたら人形じゃないのか?」
「ま、疑りぶかいのねえ。では、そろそろカバーを開けてもいいころですから、アヤさんの心臓の鼓動を確かめてみてはどうです?」
 おれは眠っている少女の顔をとくと観察した。どうみても作りものとは思えない。少女の胸の真ん中に手を当ててみた。
「心拍計に表示が出てますけど、いま一分間に一回の鼓動ですね」
 しばらく手を当てていると、心拍計が波を打つと同時に、ぽく、という手ごたえを感じた。
「どうです、たしかに生きているでしょう」
 そのときピー、ピーという電子音が鳴った。
「はい。分かりました」ビショップが小型マイクに向かって応答した。
「医師の検診の時間ですね。サワダさんはとっくに全快してるのにね。二百年前の体だというのでまるで貴重な骨董品扱いだわ」
 
 おれはビショップに送られて、主治医の部屋に一人で入った。
 主治医はそっとドアに近づいて「よし、もう行ったな」とささやいた。
 彼はいきなり自分の鼻をわしづかみにしたと思うと、ずるっという音とともに頭皮をはいだ。それは精巧なマスクだった。中から出てきたのは黒髪の三十歳くらいとおぼしき精悍な顔立ちの男性、日本人だ。
「沢田さん、おれだよ。声に聞き覚えがないかい」
 それはさきほどレコードで聴いた声のぬしだった。
「私は佐藤と言います。これから私たちの本部に来てほしいんです。日本の長崎です。決起集会を開きます」
「しかし、おれは娘を人質にとられている」
「ビショップもそんなに簡単に切り札を殺したりしませんよ。さ、窓の外に車がありますから」
 地上三十一階だったが、なるほど空飛ぶ車で宙に浮かんでいた。見たこともないような形状の翼ときらきら光る細い排気口が何本かついていて、おれが飛び乗ってもびくともしないところなど、いかにも高性能で速そうだ。
「長崎までどのくらいかかるんだ?」
「三十分ほどですね」
 ニューヨーク・長崎間を三十分! 
「どんな加速なんだ。生きて長崎まで着けるのか?」
「さほどでもないですよ」
 佐藤は車を出発させると、おれの頭の中でビショップの声が響いてきた。
「あなたがたは長崎に向かっていますね……サワダさん、向こうについたら当然こちらの指示に従ってもらいますよ……」
「頭の中でビショップが指示を与えてくるんだが」
「ほっといたらいいんですよ」

 長崎についたのは午前一時ごろだった。
 佐藤は、長崎のリーダーをおれに紹介すると言った。しかし道中おれはビショップから指示を受けていて、リーダーに会ったら次のように言えといわれていた。つまりこれまで長崎との関係が良好だったハワイの日本人グループが白人側に寝返って、長崎への資金の流れを止める動きがある、だから今後はハワイ・グループと連携するのは危険である、と。なぜおれがそんなことを知りうるのかというと、どのグループもおれをリーダーにかつぎ上げようという思惑があり、いまビショップがおれに取っているような連絡方法で、日本人からの情報がおれにどんどん流れ込んでくる、というのは大いにありうる話だからだ。
 白いあごひげを長く伸ばした赤いシャツのにこやかで精力的な顔をした老人が出てきた。彼が高橋と呼ばれる長崎グループのリーダーだった。
「あなたが来られるのを心待ちにしていました」
 高橋は力強くおれの手を握った。
 そこそこにあいさつをすますと、頭の中でビショップが合図を送ってきた。さあ、さっきの台詞をいいなさい。おれは高橋の誠実そうな顔を見ていると、それを言うのがためらわれてきた。
「……ぐずぐずしてるとアヤは無事ではいないわよ。何も殺すとは言わない。指を一本一本切り取ってあげる。まずは左手の小指から……」
 やめてくれ! おれは心の中で叫んだ。
「あなたが来たとの知らせを聞いて、この地区の日本人の士気は大いに高まっています。いままでにないほどに。戦況は、大将がみずから馬を駆って戦場に姿を現すことで、一気に形勢が逆転することがあるものですよ。ですからいまがチャンスです」
 高橋は目を輝かせて続けた。
「ビショップさんが聴いておられるようだが、もう秘密を明かしてもよいでしょう。この地区の日本人は十万人どころではありません。実に二億人もいるのです! わたしたち日本人の中には非常に優秀なのがおりましてな。すでにタイムマシンを開発しているのですよ! そして西暦2101年の日本殲滅作戦の事前にわれわれは戻り、この惨事が起こるのを知らせました。当時の勤勉な日本人は、数年のうちに地下深くに二億人が生活できる核シェルターを作り上げました。そしてひっそりと、時期が到来するまですべての日本人はシェルターの中で暮らしてきました。しかし、今日こそわれわれは、地下の殻から抜け出して地上に姿を現すのです! おい、聞こえてるかビショップ! 日本全土のシェルターのハッチを開けよ!」
 高橋が右手を挙げて合図を送ると、轟轟と大地が鳴り響き。巨大な蓋が土ぼこりを上げながら月の光の中でせりあがった。そこから数千、数万の人々が歓声を上げながら駆けだしてきた。
 日本全国の核シェルターのハッチがこのように開き、同様に幾万もの人間を吐き出していた。
「われわれはすでに、アメリカ軍を震え上がらせるに足る兵器も地下で作り上げています。しばらく小競り合いは続くかも知れませんが、いまの勢いがあればアメリカも尻尾を巻いて逃げ出すでしょう。そしてそのあとは交渉です。きっとうまくいきますよ」
「しかし、彩の身に何が起きているか」
「ニューヨークにいる彩さんなら、ありゃ人形ですよ!」
 佐藤が後ろから言ってきたから振り返ると
「だって、ほら」
 佐藤の前には小さな、見覚えのある十歳の彩がいた。
「タイムマシンで連れ出してきたんですよ。だからニューヨークのほうは本物であるはずはない」
「さて沢田さん。しばらくはここにいて陣頭指揮を取ってください。なに、作戦はすべて練ってありますから難しいことはないと思いますよ。そして、ひと段落ついたら、彩さんと一緒にタイムマシンで二十一世紀にお帰りなさい」高橋が言った。
「ほんとになんとお礼を言ったらよいか……」おれが言いかけると、
「まあ二十三世紀になっても日本人は相身互いの精神ですね。あっそれから彩さん、くれぐれも十六歳になっても人工冬眠装置には入らないように」
「ははは! おい佐藤、昭和天皇の真似をやれ!」
 すると佐藤はメガホンを手に大音量で
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって萬世のために太平を開かんと欲す。ここに朕はこれを祝してヒップホップを歌うものなり。よーよーちぇけら」

 (終)

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No.688
2016/01/29 (Fri) 11:26:57

人間は成功したことは自分の実力によるものだと思い、失敗したことは自分の境遇のせいだと思う傾向がある、とこれは露伴の『努力論』からの受け売りなのだが、それはたしかにその通りだと実感することが増えてきた。

 さきに言っておくと、この日記では学歴の自慢をしたいわけではない。自分の年代になると学歴など何の役にも立たず、かえって貧しい暮らしをしているぐらいである。

 高校で授業していると、ときどき生徒からどこの大学を出たのかと聞かれることがあるが、いまの勤務校で阪大を出たと答えると、ある生徒は「ボンボンや。ボンボンに決まっとる」と言ってきた。僕が金持ちの家で育ったと決めつけてくるのだ。生徒のみんながみんなそう思ったわけではなかろうけれど、彼らやその身の回りの人々の多くがそういう漠然とした常識を持っているのは確からしい。自分はそういうことを言われると、なぜ阪大に行くことと裕福か否かが関係してくるのかさっぱり理解できず、相手の考えていることがどうも読めない。まず自分の家はまるで裕福ではなかった。塾にも行かなかったから、公立高校の授業料は別として、勉強するのにお金がかかるなどとはほとんど思いもしなかった。ただ一年浪人して予備校に通わせてもらったときには親に余分な出費を強いてしまったと感じたが。

 ボンボンだと決めつけてきた生徒の心の中には、自分が勉強が不得意なのは家が裕福でないせいだという思いがあったのではなかろうか。そしてそのように思いたいのだろう。自分の努力が足りなかったせいだ、などとは思いたくはない。

 たしかに有名国立大学に通う学生の親は平均して年収1000万円以上、というデータはある。しかしそれはあくまで平均であって、平均からはずれている学生もたくさんおり、彼らに共通していることは親の年収というよりはむしろ本人の努力のはずである。塾に行っても一向にやる気を出さない子供などざらにいるのだから。もちろん努力の必要もないという天才も少数はいるのだろうが。

 ただそうはいっても家庭環境が子供の学力に影響を及ぼす面もあることはある。僕などはやはり自らの努力で勉強したと考えがちだが、実際には裕福ではないものの家庭環境は良かったのだと思う。父がやたらと本を買う人で、僕ら三人姉弟のためにも百科事典や児童文学全集のたぐいを気前が良すぎるぐらいにぼんぼん買ってくれた。書籍代がかさんで食費がなくなり食べるものがないという日もあった。僕らがむさぼるように本を読むことが出来たことは、その後の学力とは無縁ではなかったろう。

 さてかくいう僕も、自分の恋愛がなかなか思うようにいかないことについては、いつも環境のせいにしてしまっている。高校時代の初恋の相手がひどい女で、それがトラウマになっているせいだと思っているのだ。大好きだったその子は、僕の秘密にしておいてほしいことを天真爛漫にも学校中に言いふらし、そのために僕は十代のころを通して緘黙症になってしまった。それでもその子を好きでいることをやめることが出来なかった。そしてそのことがその後の人生を良くも悪くも大きく変えたと今でも思っている。

 さて拝金主義の話である。
 話は大学に入ってからだが、まわりを見ていて、どうも会社員というか通常のサラリーマンの家庭で育った学生は、あまり学問に向いていない傾向があるのではないかという印象を受けた。ちなみに僕の父は個人経営の建築設計事務所をやっていた。自分は初め文学部に入ったのだけど、哲学科の学生が哲学的な、人生の根本問題について語ったすぐあとで「大人になったら家も買わなあかんしなぁ」とつぶやいたのには驚いた。この人は哲学を語るくせに、家を買うという常識については疑ってみたことがないのだろうか。おそらくそれは親に刷り込まれた常識だったのだろう。その種の親が子供に与える最重要の教えは「お金こそが最も大切なものである」というものであるらしい、いろんな学生を見るうち僕はそう思うようになった。しかし僕自身はそういう教えをほとんど受けておらず、彼らはまるで異世界の住人のように見えた。

 この資本主義の世の中において、「人生で一番大切なものは金ではない」と考え得るようになるのは、実はけっこうな難事なのではあるまいか。高校で教えている生徒たちを見てもそう思う。親が資本主義の常識(=金が一番)に染まりきっていると、子供はそのままの考え方の人間に育ちやすい。ところが学問というのは、その考え方を疑ってかかり、一度ぶちこわさないことには始まらないもののように感じる。
 そして大学を「就職のための卒業証書を得る場所」でなくするためには、学生個々が在学中に真剣に勉強し、お金が一番大切なものではないと思いいたるようになるのが一つの鍵ではないかと思う。もちろんそのための手段として、アメリカの大学のように入学はやさしく卒業は難しいシステムにする手もある。

 さて国の方針でも学術方面でのコストカットが進んでいる。文学部や理系でも基礎研究をやる理学部などはどんどん予算を削られていく傾向にある。僕が学生時代の後半お世話になった理学研究科の数学科などは、統廃合されて、全国の大学でも絶滅危惧種になりつつあるのだ。大学が実学一辺倒になるというのはその国に余裕が無いあかしだろうが、技術革新の根本にはつねに基礎研究の積み重ねがあることを知っている我々からすれば、馬鹿じゃないかとしか思えないし、またこれでは軽薄な国になってしまうという憂いもある。

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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









 ※ 基本的に当ページはリンクフリーです。然し乍ら見易さ追求の為、相互には承っておりません。悪しからず御了承下さい。※







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