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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/04/26 (Wed) 11:02:34

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No.688
2016/01/29 (Fri) 11:26:57

人間は成功したことは自分の実力によるものだと思い、失敗したことは自分の境遇のせいだと思う傾向がある、とこれは露伴の『努力論』からの受け売りなのだが、それはたしかにその通りだと実感することが増えてきた。

 さきに言っておくと、この日記では学歴の自慢をしたいわけではない。自分の年代になると学歴など何の役にも立たず、かえって貧しい暮らしをしているぐらいである。

 高校で授業していると、ときどき生徒からどこの大学を出たのかと聞かれることがあるが、いまの勤務校で阪大を出たと答えると、ある生徒は「ボンボンや。ボンボンに決まっとる」と言ってきた。僕が金持ちの家で育ったと決めつけてくるのだ。生徒のみんながみんなそう思ったわけではなかろうけれど、彼らやその身の回りの人々の多くがそういう漠然とした常識を持っているのは確からしい。自分はそういうことを言われると、なぜ阪大に行くことと裕福か否かが関係してくるのかさっぱり理解できず、相手の考えていることがどうも読めない。まず自分の家はまるで裕福ではなかった。塾にも行かなかったから、公立高校の授業料は別として、勉強するのにお金がかかるなどとはほとんど思いもしなかった。ただ一年浪人して予備校に通わせてもらったときには親に余分な出費を強いてしまったと感じたが。

 ボンボンだと決めつけてきた生徒の心の中には、自分が勉強が不得意なのは家が裕福でないせいだという思いがあったのではなかろうか。そしてそのように思いたいのだろう。自分の努力が足りなかったせいだ、などとは思いたくはない。

 たしかに有名国立大学に通う学生の親は平均して年収1000万円以上、というデータはある。しかしそれはあくまで平均であって、平均からはずれている学生もたくさんおり、彼らに共通していることは親の年収というよりはむしろ本人の努力のはずである。塾に行っても一向にやる気を出さない子供などざらにいるのだから。もちろん努力の必要もないという天才も少数はいるのだろうが。

 ただそうはいっても家庭環境が子供の学力に影響を及ぼす面もあることはある。僕などはやはり自らの努力で勉強したと考えがちだが、実際には裕福ではないものの家庭環境は良かったのだと思う。父がやたらと本を買う人で、僕ら三人姉弟のためにも百科事典や児童文学全集のたぐいを気前が良すぎるぐらいにぼんぼん買ってくれた。書籍代がかさんで食費がなくなり食べるものがないという日もあった。僕らがむさぼるように本を読むことが出来たことは、その後の学力とは無縁ではなかったろう。

 さてかくいう僕も、自分の恋愛がなかなか思うようにいかないことについては、いつも環境のせいにしてしまっている。高校時代の初恋の相手がひどい女で、それがトラウマになっているせいだと思っているのだ。大好きだったその子は、僕の秘密にしておいてほしいことを天真爛漫にも学校中に言いふらし、そのために僕は十代のころを通して緘黙症になってしまった。それでもその子を好きでいることをやめることが出来なかった。そしてそのことがその後の人生を良くも悪くも大きく変えたと今でも思っている。

 さて拝金主義の話である。
 話は大学に入ってからだが、まわりを見ていて、どうも会社員というか通常のサラリーマンの家庭で育った学生は、あまり学問に向いていない傾向があるのではないかという印象を受けた。ちなみに僕の父は個人経営の建築設計事務所をやっていた。自分は初め文学部に入ったのだけど、哲学科の学生が哲学的な、人生の根本問題について語ったすぐあとで「大人になったら家も買わなあかんしなぁ」とつぶやいたのには驚いた。この人は哲学を語るくせに、家を買うという常識については疑ってみたことがないのだろうか。おそらくそれは親に刷り込まれた常識だったのだろう。その種の親が子供に与える最重要の教えは「お金こそが最も大切なものである」というものであるらしい、いろんな学生を見るうち僕はそう思うようになった。しかし僕自身はそういう教えをほとんど受けておらず、彼らはまるで異世界の住人のように見えた。

 この資本主義の世の中において、「人生で一番大切なものは金ではない」と考え得るようになるのは、実はけっこうな難事なのではあるまいか。高校で教えている生徒たちを見てもそう思う。親が資本主義の常識(=金が一番)に染まりきっていると、子供はそのままの考え方の人間に育ちやすい。ところが学問というのは、その考え方を疑ってかかり、一度ぶちこわさないことには始まらないもののように感じる。
 そして大学を「就職のための卒業証書を得る場所」でなくするためには、学生個々が在学中に真剣に勉強し、お金が一番大切なものではないと思いいたるようになるのが一つの鍵ではないかと思う。もちろんそのための手段として、アメリカの大学のように入学はやさしく卒業は難しいシステムにする手もある。

 さて国の方針でも学術方面でのコストカットが進んでいる。文学部や理系でも基礎研究をやる理学部などはどんどん予算を削られていく傾向にある。僕が学生時代の後半お世話になった理学研究科の数学科などは、統廃合されて、全国の大学でも絶滅危惧種になりつつあるのだ。大学が実学一辺倒になるというのはその国に余裕が無いあかしだろうが、技術革新の根本にはつねに基礎研究の積み重ねがあることを知っている我々からすれば、馬鹿じゃないかとしか思えないし、またこれでは軽薄な国になってしまうという憂いもある。

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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

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