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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2017/08/20 (Sun) 16:56:22

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No.8
2009/10/15 (Thu) 21:30:16

 会社に入るまでは、こんなに大変な仕事だとは思わなかった。
 僕はコンピュータ関係の仕事をしている。会社自体は出版社なのだが、コンピュータソフトも作っていて、僕はその開発部門で働いているのだ。会社には他に、書籍の編集者や、営業社員などがいる。

「あ、もう十一時か」僕と向かい合わせの席にいる、同じ部署の先輩が言った。
「アーア」僕は伸びをした。これから帰ったら、家に着くのは十二時半だ。このところ、連日こんな日が続いている。他の部署の社員は、もうとっくに帰ってしまった。コンピュータソフトの開発は、他の部の仕事に比べて時間がかかるものなのだ。
「よし、このテストだけ終わらせて帰ろう」僕は再びパソコンの画面に向かった。
 どうもやる気が出ない。そんなに難しくなく、いつもなら簡単にできる作業なのだが、そのときに限って心にブレーキがかかったようになって、手がつけられないのだ。

 すると、僕の心の中に、ある荒涼とした風景が浮かび上がった。石ころだらけの急な坂で、大きな岩でできた球体を懸命に転がして登ろうとしている男。その男はぼろぼろのグレーの服を着た、痩せた若い男だった。髪がボウボウに伸びている。空は真っ白、坂道は鉄色で、すべては無彩色の世界だった。
 僕は、その心の風景をうちはらって仕事にかかろうとしたが、その風景は消えなかった。
 しかたがないので、僕は無理にでもと、仕事にかかった。するとおかしなことに、心の中のあの坂道で、痩せた男がぐいぐいと岩の球体を転がし始めたのだった。球体は坂道を、男の背丈一つぶんぐらい登った。
 僕はしかし、すこし仕事を始めたところで、またもややる気をなくし、再び手を止めてしまった。すると心の中では、痩せた男が球体の重みに負けて、ずるずると坂を下ってしまった。球体の位置は初めよりも下になっていた。それでも男は懸命に球体を支え続けている。
「だめだ。今日はもう帰ろう」僕は言った。あんな風景が執拗に心に現れるのは、疲れているからに違いない。
「お先に失礼します」僕は足早に会社をあとにした。

 次の日。
 きのうと同じく、僕は会社で忙しい時間を過ごしていた。コンピュータソフトの開発担当といったって、ただコンピュータのプログラミングだけやっていればいいというものじゃない。ソフトの使用方法についての問い合わせの電話は頻繁にかかってくる、ソフトの注文やカタログを送ってほしいというファックスもくるのでそれも処理しなければならない、コンピュータウィルスの騒ぎがあれば部内のパソコンのすべてをチェックしなければならない、などさまざまだ。
 そんなことをやっている間に、本来の業務の予定がどんどん遅れていく。そして、帰りはいつも深夜……。
 まったく、こんなきつい仕事が他にあるもんか。僕は、心の中で叫んだ。いつか転職しよう……他のどんな仕事も、これよりは楽だろう。

 僕がきのうの仕事の続きをしていると、再び倦怠感がやってきた。仕事をしようという意志はあるのだが、どうしても思考力が働かず、とうとう手が止まってしまった。
 そのとき、またあの坂道の風景が心に浮かんだ。痩せた若い男は、あいかわらず大きな岩の球体を押し上げようとしている。口をへの字にして、額から汗をタラタラ流しながら、頑張っている。
 よし、がんばれ!僕は心の中で叫んだ。するとその男に伝わったのか、男はぐいぐい球体を押し上げ、ついに坂道の頂上にたどりついた。頂上は平(たい)らになっていて、男はそこでやっと休むことができるのだった。
 すると不思議なことに、僕は急に心が軽くなって、難なく仕事をすすめる事が出来るようになった。仕事はすいすいはかどり、やがて昼休みになった。僕は食事をしに外に出て行った。

 あの坂道の男は、僕の意志力というか、心のエネルギーの象徴に違いない。
 それからというもの、その坂道の風景は、ひんぱんに現れるようになった。一日のうち何度も、僕が意志力を必要とするときにはいつでも、心の中に現れるのだ。多いときは一日に十回以上現れることもある。そのたびに、やせた若い男は岩の球体とともに坂道の下のほうにおり、球体をぐいぐい押し上げる。うまく頂上まで運べるときもあれば、結局失敗に終わることもある。頂上までたどり着いたときは、僕も業務をうまくやり終えることができ、球体が結局坂を登りきれなかったときは、僕も仕事に取り掛かれないのだった。

 坂道の風景は、会社の勤務時間以外にも現れるようになった。駅の長い階段を登ろうとするときや、眠ろうとしてなかなか眠れないときなど、ちょっとでも意志力を必要とするときには、いつでも現れるのだ。そのたびにグレーのぼろ服の若い男は、坂道で苦悶の表情をあらわして頑張っていた。球体の押し上げに成功したときの彼はこの上ない歓喜をあらわし、失敗したときは実にしょんぼりした顔をしていた。
 僕は、彼のことを実にかわいいやつだと思うようになった。彼があんなに頑張っているのだから、俺も頑張ろう、という気になるのだった。

 ところが、あるときから、その坂道の男の作業が、全然成功しなくなったのだ。もうちょっとで頂上というところで、いつも球体はずるずると転げ落ち、男は、みじめな、悲しげな顔をした。当然、僕のほうも意志力が働かなくなり、簡単な仕事にも取り掛かれなくなってきた。
 当然、業務は進捗せず、僕はたびたび上司の叱責を受けた。坂道の岩の球体のことなど口が裂けても言えないので、僕はしばしば「体調がすぐれない」と言い訳した。
 僕は勤務時間中、パソコンのディスプレイに向かいながら、何度も坂道の男を励ました。一度などはオフィス全体に響く声で「がんばれ!」と叫んでしまったほどだ。
 いよいよ業務に差し障りが出るようになって、僕は困り果て、精神科医の診療を受けた。
「うつ病の一種ですね」
 僕が心の中の坂道の男のことをさんざん説明したあと、精神科医はひと言そういった。「薬を出しておきましょう。一週間後にまた来てください」
 僕は、精神科医が僕の少年時代の心の傷をさぐるものとばかり思っていたのだが、あっさりしたもので、薬を処方するだけなのだった。
 しかし、医者の出してくれた薬を飲んでも、あいかわらず坂道の男は岩の押し上げに失敗し続け、僕も仕事に失敗し続けた。

 ある晩のこと。
 僕はなかなか寝つけなかった。どうしても眠れない。
するとやはり、あの坂道の心象風景が現れた。男が、あいかわらず頑張っている。頂上に持ち上げれば僕に眠りをもたらすはずの、あの大きな岩を、頬をぴくぴく引きつらせながら、懸命に押し上げている。
「がんばれ、がんばれ!」僕は叫んだ。
 男は、頂上付近まで球体を押し上げた。
「もうすこしだぞ!」僕は叫んだ。
 男の顔に、急に変化が現れた。それまで真っ赤だったその顔が、みるみる青白くなってきたのである。力尽きて、気絶しそうになっているのがわかった。
「危ない!」僕は叫んだ。気絶したら男はあの岩の下敷きだ!
 その瞬間。僕は自分の手がざらざらした岩の表面を触っているのに気が付いた。僕は石ころだらけの坂道に立って、あの男のとなりで岩の球体を押しているのだった。僕は自分で自分の心象風景に入り込んだのか?

 しかし、そんなことはどうでもいい。この岩を頂上まで、なんとしても運ばなければ。
 僕が加勢したことで、痩せた男も元気を取り戻し、二人でなんとか球体を頂上まで運ぶことができた。
「いや、ありがとう」痩せた男が僕に言った。僕ははじめてこの男の声を聞いた。いままでこの坂道の風景は、見えるだけでその音は聞こえなかったのだ。
「執行官殿、代わりのかたが来ました」痩せた男が大きな声で言って、走っていった。
 見ると十メートルほど向こうに、机と椅子があって、口髭をした、太った偉そうな男が座っていた。こんな男ははじめて見た。今まで僕の心象風景の中では、ちょうど画面が切れて見えない部分に彼がいたのだ。

 若い男はその口髭の男のところに行き、胸のポケットから白いカードを取り出した。そのカードには、赤いスタンプのようなものが一つ、押されていた。執行官と呼ばれた口髭の男は、そのカードを検分し、ガチャリともう一つスタンプを押した。若い男はそのカードをもらうと、執行官に一礼し、嬉しそうにどこかに走り去った。
 口髭の執行官は、机の抽出(ひきだし)から新しいカードを取り出し、スタンプをガチャリと押した。彼はそのカードを持って、僕のところに来て言った。
「お前は、さっきの男に代わり、今日からこの坂で岩の押し上げ作業をやることになった。お前は今後、六六五三七号と呼ばれる。わしのことは執行官殿と呼ぶこと。無礼は許さん。それから、このカードを常に携帯すること」
 僕はカードを押し付けられ、茫然としていた。
 
 それからというもの、僕は来る日も来る日も岩を押し上げ続けた。岩がちょっとでも坂をずり下がると、容赦なく執行官の罵声がとぶのだ。
「どうした六六五三七号、七回も続けて失敗しているではないか!貴様ほんとうにやる気があるのか!」
 まったく、こんなきつい仕事が他にあるもんか! (終)


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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

 ♘ ED-209 〜 PNの由来は映画『ロボコップ』に登場するオムニ社の敵役ロボットからです。今まで書き溜めてあった自身の体験談やコラムを発表するには良い機会と思い寄稿させて頂きました。是非、御読みになってみてください。そして何より皆さんに楽しんで貰えれば嬉しいです。

 ☠ 杏仁ブルマ
セカイノハテから覗くモノ 



 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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