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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/03/29 (Fri) 03:36:19

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No.244
2010/03/11 (Thu) 23:51:04

レンズに目線を送るモデルの目は、蜥蜴に似ている。
ガラスのように無機質な、何を考えているのかわからない瞳。

「自宅の撮影って、正直気は進まないんだけど」
裸体に布を巻きつけ、椅子に腰掛けて彼女は言う。シャッターを押してしまうと、ついと目を逸らす。
名の通らないカメラマンの、ほぼノーギャラに近い仕事とあっては、それは仕方のないことだと思う。ほんの数ヶ月前まで、彼女はプロで活躍していた。
「悪いね、友達の彼女だからって頼んでしまって。売れない間はお金ないんだ。いい現場借りられなくてごめんね」
「いい部屋だから言ってるのよ」
彼女はポーズを変えた。頭から布を無造作に被る。泡を纏う女。
鎖骨やら、すらっと伸びた脚やら。彼女は自分の魅力を知っている。
「日当たり良好、風通し良好、家具や日用品まで凝っていて、シンプル。無駄なものは置かないのね。撮影にも使えるくらいだから、いい部屋よ」
布を肩までずらしてみせる。
「何か不都合でも?」
「・・・ドッペルゲンガーとでも言うのかしら」
彼女は軽く首をかしげた。それが今日のベストショットとなった。
「撮影現場にね・・・出るのよ」
「出るって、幽霊か何か?」
「私が」
意味不明なことを真面目にいうから、思わず苦笑した。
帰り際、彼女は手土産を僕にくれた。
「冷蔵庫で冷やすといいわ。その盆栽、彼女のでしょ?」
「あいつのこと、知ってるの?」
「彼から聞いているもの。じゃあ、彼女にもよろしくね」

ドアが閉められると、久方ぶりに静寂に包まれた。
恋人とは、三日ぐらい連絡を取っていない。また、喧嘩した。
と言っても、今まで何度もあったみたいに、相手が勝手に怒って勝手に泣いて、勝手に部屋から飛び出して、話し合いを試みるも、勝手に携帯電話を叩き切って現在に至るというわけで。

・部屋に女を連れ込むな
・本当に私のことが好き?

彼女の言いたいことは、いつだってこの二つ。・・・とはいえ、創作活動は続けなければいけないし、スタジオを借りられるほどの余裕は僕にはない。それに、好きでもない女と付き合うだの付き合わないだの面倒なことをするのを僕は好まない。

創作に使った道具を片付けようと部屋にもどると、さっき帰った筈のモデルがまだ居た。僕がカメラを向けていた、泡を纏う姿の時のまま。「おい・・・」
触れようとしたが手は彼女を通過して触れられなかった。それでわかった。こいつは残像だ。

触れられない以上、どうしたらよいか見当も付かなかったので、そのままにしておいた。僕が目を離したり、瞬きをすると、角度やポーズが変わる。写真に写るかは怪しいところだったし、ポーズがかわっては絵もかけない。

モデルに連絡を取ってみた。
「やっぱり出たのね」
「どうしたらあれは消えるの?」
「ごめんなさい、わからないの」
「そんな、じゃあ僕は恋人も部屋に呼べなくなるのか」
「謝罪を込めて。多分いつかは消えるわ。お土産は大分もつわよ」

彼女の幻を持て余したまま、数日が経った。
写真だけでは食べていけないので、アルバイトに精を出し、芸大仲間と顔を合わせて語り合い、部屋に帰ってひとときを過ごす。
もらい物の酒は結構あったので、適当なジュースと混ぜてカクテルを作って呑みながら、時折その存在に気づいてモデルを眺める。
冷たいほどに完璧な美しさを彼女は確かに持っている。
”モデル”をする為に培われた肌の滑らかさと白さ、髪の手入れの丁寧さ、病的に痩せたのでは得られない肉体のしなやかな強さは、努力の結果だと言うことは一目瞭然で、その姿はネコ科の大型肉食動物を思わせた。
筋肉の動き、落ち着き払った態度、強い視線、口元の微笑み、などが。

軽く酔いながら僕は思う。触れられない残像の彼女が僕の恋人でなくて、よかった。

激しく叩かれるドア。静寂は打ち破られるためにあるらしい。玄関にでるとそこには、既に半べそをかいている恋人の姿があった。
「・・・来ちゃった・・・」
そんな彼女を愛しく思い、部屋に上げようとして、先客の残像のことを思い出した。背の低い彼女を見下ろしながら、脳みそをフル回転させ、どうこの場を乗り切るか考える。
「・・・友人が居るんだ」
恋人の無理矢理な笑顔が消えた。
「嘘」
「本当」
「女でしょ」
その目から見る見る涙が溢れる。悟られてはなるまいと僕は平静さを保ち、冷たく言う。
「違う」
「だって何も聞こえないもの。息を潜めているんだわ。あたしが帰るのを、じっとして待っているのよ」
「考えすぎだよ。やましいことなんてないんだから」
ちょっとしか。
「じゃあ部屋に入れて。邪魔なんかしないから。部屋を見たら帰るから」
お願いといって彼女は泣きじゃくる。子供みたいに。
僕は恋人の頭を撫でた。包み込むようにして抱きしめ、背中を優しく叩いてやる。ちっちゃな恋人。暖かさを感じてほっとする。
「聞き分けないなぁ。いいから落ち着きな。涙拭いて、鼻かんで」
しまった、ハンカチがないなと思った瞬間、彼女は僕のシャツで思いっきり鼻をかんだ。あ~あ~あ。友人のオリジナル一点もの、無理言ってもらったやつ。いや、言うまい。

僕が気を許したと自分で気づいたとき、もう既に彼女は部屋の中にいた。
・・・まっずぅ。
慌てて入ると、彼女は憮然とした顔で振り向き、嘘つきと呟いた。
「誰も居ないのにどうして嘘をつくの?」
どうやら恋人にモデルは見えていないらしかった。
「・・・・・・・・・・・・ごめん」
これしか言えまい。
モデルが座っている椅子に、重ねて恋人が腰掛ける。小さくあっと叫んだ。

モデルは消えてしまった。

「何?」
「・・・モデルになってもらった子に、お土産もらったんだ。食べるかい?」

モデルの手土産は、缶詰の水羊羹だった。恋人は和が大好きなのだ。盆栽やら浮世絵やら、千代紙やら、気を抜くと僕の部屋だって侵食されかねない勢いだ。水羊羹を玉露と一緒に出すと、喜んで手にとり、僕の分まで食べた。先ほどの涙が嘘のように、至福の表情で。彼女の数日分のとりとめのない話を聞きながら、でこピンをしたり鼻をつまんだりする。そのたびに彼女の表情はくるくる変わる。まるで日向で遊ぶ子犬のような。全身で自分を表現する恋人を愛しく思う。

恋人が僕のベッドで寝静まった後、僕はそっと椅子を道具入れにしまった。

あれから、彼女の残像は現れなかった。


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執筆陣
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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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