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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/21 (Sun) 01:02:17

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No.272
2010/04/06 (Tue) 23:10:30

 細い葉巻とテキーラ・ショットが私を象徴した。 

仕事を終え、夜が更けてくると立ち寄る、ややうらぶれたジャズ・バーにて大切なひと時を過ごす。 

ピアニストとして、繊細でいちいちとがりすぎる神経質な性格のメロディとの評価は自分の中では満足のいくものだし、今のところどの精神科医より、占いよりも的確に自分を診断されている。 
自分の性格を音が知らせるというのもおかしなものだけど。 

気楽な顔見知りはいつ行っても、何人でも居た。 
ただ、友人は一人も居なかった。 
故意に、人との深い関わりを避けようとしていたところがあった。 
仕事柄と神経過敏な性格の所為か、親身になればなるほど 
年下からは怖がられ、 
同い年とは話が合わず、 
年上からは敵意を向けられた。 
そうして今まで生きてきた。 
20代の終わり。その年の割には達観していると眉を潜める人達を、お世話様と受け流す。 

ぼんやりと、デザインキャンドルの灯火が手元だけを照らす。 
緩やかで密やかな音楽の流れる空間に、そっと藤色の煙を吐きかけて乗せる。 
それは広がっては消えていき、店内の空気の密度を一層濃くする。 
垂れ込める闇と、その奥にある人々の囁き、毒の効いた皮肉。 
そういう場所が一番、呼吸をしていると感じる。 

細身で長身の体に、裾のドレープが美しいワンピースドレス。 
まっすぐな髪に目元を中心とした、色味のない化粧を施す。 
黒が似合うね。 
人は言う。私も、そう思う。 


静寂はいきなり破られる。今回は、乱暴に開けられたドアにより。 


入店した客は、幼い顔をしていた。まだ、学生のようだった。 
緊張している。完全に場の雰囲気に飲まれてしまっている。 
それでも、止せばいいのに踏み込んでくる。 
私の居る、一番奥のテーブル。 

目が合ってしまい、彼は何故かにっこりと微笑む。 
憮然として睨み返しても、お構いなしに隣に座った。 
ビールとピスタチオ。 
「食べる?」 
つまみの入った器を差し出してくる。私は首を横に振った。 
「あ、そう。」 
せわしない指の動きが、いちいち気になる。 
「待ち合わせしてるんだけど、○○って知らない?」 
「一応知ってるけど、今日は見ないわよ」 
「あー、また待ちぼうけかよ」 
と、彼は嬉しそうに言う。 
私の飲んでいるテキーラを勝手に飲んで、むせる。 
葉巻のケースをしげしげと見る。一本差し出してみると、火を点けずに口に挟む。 
「格好いい?」 
「似合わない」 
苦笑。照れくさそうに笑う彼をみて思ってしまった。 

白い子犬のようで、可愛い。 


煙のように密やかに。 
互いの手の温度を馴染ませるのに、時間はあまり要らなかった。 


彼は私に関して、とても興味を示してきた。 
私が示す、食べるもの、好きな本、考え方や行動を、素直に吸収して自分のものにしてしまう。 
彼は私の生活が大人びたものだと感じたらしい。私のすることを、よく真似したがった。 
「このままだと、ワンピースまで着こなしてしまいそうね」 
「華奢すぎて無理だよ」 
「私好みの、君サイズのやつ、買ってあげようか?」 
「・・・着てみようかな」 
「冗談」 
私は、何も変わらなかった。 
彼が好きであること以外、どうでも良いことのように思えた。 
それに、彼が好むものは、多分私は好きではないだろうと思っていた。 
彼の通う大学も。彼の大切な友達も。彼の行きつけのお店も。 
突然プレゼントされた、ピンク色の口紅のように。 
あまりに健康的過ぎて、私には絶対そぐわないもの。 


やがて変調は訪れた。 
ジャズ・バーにたむろする、たちの悪い輩が、こぞって彼をからかった。 
あの空気の中に居続けるには、彼はあまりにも異質だった。 
そして格好のカモだった。 
真に受けた彼は、面白がって遊びに乗った。 
私が気づいた頃には、もう、彼にはしていいことと悪いことの区別すらつきかねる状態だった。 
私はジャズ・バーに通うのを止めた。 
彼に、奴らとつるむのを止めさせた。 
彼はばつの悪そうな、ふてくされた顔で呟いた。 
「なぁ、どうやったら、俺はあんたに近づけるんだ」 


漆黒の闇は、私に馴染む。だけど、彼を侵蝕するばかりだ。 
しかし彼の居た光あふれる世界は、眩し過ぎて私の目を傷めようとする。 

私は今までの住居を捨て、彼の前から姿を消した。 

黒は白を冒してはいけない。 
白は黒を冒してはいけなかったのだ。 


闇の空気の立ちこめたバーなら、どこの町でも見つかった。 
同じような顔見知りも、同じように出来た。 
私を象徴する二つが揃いさえすれば、 
また、ピアノさえ弾くことができるなら、別にこだわるものなど何もなかった。 

引っ越したからといって、仕事に困るようなこともなかった。 
いくつもの演奏会に参加した。 
ごく稀にだがソロ演奏もさせてもらえた。 
満たされない気持ちなど、起こらなかった。 
ただ、ふと目を閉じると、かすかな光が見える。 
かつて、それに憧れていた。 

演奏終了後に葉巻を吸っていると、ドアをノックする音が響いた。 
ドアを開けると、彼が居た。 
そぐわない、艶やかな紅い薔薇の花束を持って。 
どうやって手に入れたのだろう。薔薇の表面は水滴を鏤めたようにみずみずしい輝きを放った。 
相変わらず、彼には白が似合うのに。 
彼の瞳の奥のほうに、悲しみが宿っているのを、じっと見続けていた。 
やがてそれが膨張し、零れ落ちる様を。 
「どうして?」 
私に尋ねるこの人は、何故こんなにも素直に涙を流せるのだろう。 
「君が、そうやって泣くから」 
灰皿に葉巻を押し付けそう言った私を、彼は花束も置かずに抱きしめた。 


練習用の黒いピアノ。磨かれた白い床。 
ところどころに、花束から零れた花びらが散る。



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快文書作成ユニット(仮)
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 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


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