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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/05/04 (Sat) 11:44:22

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No.614
2012/12/11 (Tue) 01:47:48

 中国前漢の時代の李廣という武人は、弓術に長けていたけれども、猟に出たとき草むらの中の石を見て虎と間違え、夢中で矢を放った。するとそこにあったのは石で、矢は羽が隠れるほどに深く刺さっていた。後日彼は、石に向かって何度も弓を射てみたけれども、ついに矢は石に刺さることはなかったという。

 人間本気になれば思わぬ力を発揮することがあるが、さてその本気は本当の窮地におちいらなければそう出るものではないという、この種の話はよくあるけれども、しかしフランスのジェラール・フィリップという俳優にこういう逸話がある。彼はある映画で馬を乗りこなさなければならなかった。しかしそれまで馬に乗ったことはなく、乗馬の練習をする時間もない。馬は通常、乗馬の経験のない者が乗ってもなかなか言うことをきかないが、フィリップは徹底的に役作りし、内面も外見も馬術に巧みな剣士になりきった。すると撮影時には見事な手綱さばきで馬を乗りこなすことができたという。

 また昭和初期に佐藤垢石という文士がいて、文才はさほどではなかったようだが、無銭飲食の達人だったと聞く。何しろ身なりがこざっぱりしていて品があり態度が鷹揚で、どこから見ても大金持ちにしか見えない。浴衣姿、手ぶらで旅館などに入っていくと、応対に出た者もその外見にだまされ、どうぞどうぞと奥へ通し大層にもてなす。財布も持っていないが、それがかえって通の遊び人を思わせ、あとで使いの者がお金を持ってくるのだろう、ここは大いに遊んでもらい今後も贔屓にしてもらおうと旅館のほうもこまごまと気を遣う。そして何日も逗留し、芸者を呼んで山海の珍味がふるまわれる毎日が続くが、いつまでたってもこの客から金銭の話が出てこないから、旅館の番頭もだんだん不安になってくる。思い切って客の身分を問いただすと、実はまったくの一文無しだという。しかしこの文士は、自分が金を持っているなどとは初めからひとことも言っていない。勝手に勘違いした旅館のほうは、もう参りました、どうぞお引取り下さいと言うほかない。この佐藤垢石という人も、あたかも役者のように、日ごろから金持ちの役作りに余念がなかったのだろう。

 こういう例をみていると、役作りやイメージトレーニングで人生かなりどうにでもなるような気もしてくる。「私は大金持ちだ」「俺は非常にモテる」「わたしは頭が切れる」などと強く念じ、自分でそれを信じてしまうぐらいになってくると、じっさい望んだようにものごとが開けてくることもあるやも知れぬ。
 しかしそうしたイメージトレーニングの中には無謀なものもきっとあって、無茶な考えで頭をいっぱいにしている人も世には多いだろう。思うに全国でこれまで飛び降り自殺した人たちの中には「自分は空を飛べると思った」という人が、大人も含めて相当数いるのではなかろうか。


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No.613
2012/12/09 (Sun) 03:03:37

 ある日、果物を喉につまらせて咳き込み、咳がしばらく続くと今度は頭が痛くなってきて、寝込む羽目になった。つまり咳をしたから風邪を引いたので、必ずしも風邪を引くのに続いて咳をするという順序関係ではないことを僕は発見したのだ。因果関係といってもいいが、これが逆転したように見える現象はままあるもので、例えば横綱になったから強くなる、ミサイルを作ってしまったから隣国を脅かしたくなる、あるいは身近なところにも、自画像にひげを描いてしまったからひげを伸ばすことにした人、門番を雇ってしまったから門を作る羽目になった人というのもいるかも知れない。ひげと門番の話は自前ではなく寺山修司の詩に出てくる例だが、モンティ・パイソンのコントに出てくる「ヘンな歩き方省」なる行政機関では、その省の役人がひたすらヘンな歩き方を追究しているのだけれど、いったんそういう省庁が出来てしまえばヘンな歩き方の需要が生じ、民間人が自分の発見したヘンな歩き方を審査し認可してもらいにその省にやって来るのである。ここで皮肉られているような無駄な公共機関というのはどこの国にもあるのかも知れないが、以前NHKの政見放送を見ていたら、「国会議員を半分に減らす党」というのが出てきて、この党名を見るや否や、そういう党こそ減ってしまえと思ったのは僕だけではないだろう。最近の「国民の生活が第一」という党名は、今の例ほど自己撞着はしていないが、小沢一郎を見ると「どうせ我が身が第一なんだろ」と思わざるを得ないのだから、党の名称としてはあまりよろしくないのではあるまいか。

 方程式 x^2 + x +3 = 0 を解けといわれて x = - x^2 -3 と答えたのでは答えにならない、というのは x とは何かを言うのに x それ自体を使っているからである。質の良くない国語辞典では「右」という語の説明として「左の逆方向」、「左」の説明として「右の逆方向」としてあるものがあるそうだが、自分の持っている辞書の「右」の項目には「北を向いたときの東の方向」とあり、一見これなら良いようだが、あるいはさっきの辞書と五十歩百歩かも知れない。僕の知り合いには、もう大人だが北に向かってどちらが東でどちらが西なのか覚えられない、という人がいるのである。辞書における左右の説明として有名なものに、右を「この辞書を開いたときに偶数ページのあるほう」というのがあるが、これなら納得せざるを得ないか。 ただ意地でもケチをつけるとするなら、これは我々が十進法を使っていて、10が2で割り切れるため、ある数が偶数か奇数か判定するには数の下1桁を見ればよいだけで簡単だ、という事実に依存している。だからたとえば9進法を使っている宇宙人がいたとして、その人たちの辞書ではこの左右の説明は使えないのだ。

 自分の勤務する学校で同僚の先生と「数学の試験でも何か時事ねたを取り入れたいですね。たとえば『ここに1個のiPS細胞がある』とか」などと話し合った。「高校数学は古典だからなぁ」とS先生がつぶやいたが、確かに高校でやる数学はほぼ十九世紀前半までに作られたものである。まあそれはさておいて、荒唐無稽な問題ながらこういうのはどうだろう。

  ここに1個のiPS細胞がある。これは1分ごとに倍々に増えていき、1時間後に人間の脳が出来上がるよう設計されているものとする。このとき、脳のちょうど半分が出来上がるのは何分後か?

(脳が完成する瞬間を想像するといかに無理な問題かが分かる。)


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No.612
2012/12/09 (Sun) 02:45:19

日本語の歌詞はこちら→ きよしのズンドコ節 氷川きよし 歌詞情報―goo音楽

ラテン語訳

Dun dun dun, dundoco, dun dun dun, dundoco,
vento flos cadit,
etiam pluvia cadit,
si floret, aliquando cadit,
eiusdem fati amoris flos.
collyrae caupona in adversa semita,
illius puellae rubra Serum vestis,
molliter nictat et assas porcinas
semper paucas dat insuper.
dun dun dun, dundoco, dun dun dun, dundoco.

Cras, perendie, triduo,
mutati cordis mola vento acta,
si pectus impletur lacrima,
non possum exhibere dolorem quia vir sum.
stationis in compito
spirae sordidae oleo puellae
dentes aliqua fulgidi sunt,
et suos gelasinos oblivisci non possum.

Dun dun dun, dundoco, dun dun dun, dundoco,
cum acer sim, querelam
numquam dico.
aliquando certe succedam
et ad partiam revertar.
complector amuletum
et cantem dialecto partiae.
aspicio occasus caelum et voco
longinquam teneram matrem.
dun dun dun, dundoco, dun dun dun, dundoco.

原曲の節に合わせて歌うのはやや難ありですが。


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執筆陣
HN:
快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
主に小説を書きます。気が向けば弟のカヲスな物語や、独り言呟きなことを書くかもしれません。

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 我ら一同、只管に【快文書】を綴るのみ。お気に入りの本の頁をめくる感覚で、ゆるりとお楽しみ頂ければ僥倖に御座居ます。









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