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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/20 (Sat) 22:41:20

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No.14
2009/10/15 (Thu) 21:59:16

 ある宗教団体の教義によれば、みだりに異性の裸を目にすると、霊魂に穴が開くのだそうである。つまり異性の裸は、われわれの胸のうちにある魂を傷つけ、穴を開け、そこから生命エネルギーを流出させてしまうというのだ。もちろん好色を戒めるための比喩なのだろうが、この流儀で言えば、裸像に満ち溢れた世界に住む現代人の魂は、さながら蜂の巣のようになっているに違いない。

 ある離島に少年が、親子三人で住んでいた。そこは、美しい自然に恵まれた静かな島だった。夏には観光客も訪れるが、あまり知られていない島だったから、その数もまばらだった。都会のどぎつい歓楽とは無縁のこの島で、少年は素朴に育っていた。小学六年生である。
 ある夏のこと。三人の女子高校生が、この島に遊びに来た。民宿を営んでいた少年の家に、三人は滞在することになった。
 三人は美しかった。とりわけユミという少女の美しさは際立っていた。他の二人より背は低かったが、雪のように肌が白く、いつも潤みがちのその目は敏感に動き、髪は栗色。
 少年はこの三人、とりわけユミに心を奪われた。しかし小学生の彼は、恋をしているとか、そういう意識は持たなかった。ただユミが廊下を通り過ぎるときや、他の二人と玄関を出ていくとき、その白く輝く姿をそっと見ているだけ……挨拶ていどはするが、それ以上には口をきかなかった。
 そんなある日、少年は釣りに出かけた。いつものように、海岸に出る近道の、木々の密生する林の中を歩いていく。少年は、海岸近くの木々の中で、三人の白い人影を見た。彼の家に泊まっている女子高生たちが、木陰で水着に着替えているのだった。
 少年はユミの一糸まとわぬ裸体を見た。その裸体は白磁のように輝き、その美しい曲線が少年の目を射た。少年は慌てて目をそむけ、もと来た道を急いで引き返していった。
 彼女の裸体を見たのは一瞬だけだったが、少年の脳裏にはそれが強く焼きついて離れなかった。
 数日後、三人は帰っていった。少年は結局、ユミとはろくに口がきけなかった。三人が帰ってからも、少年はことあるごとに、ユミの裸を思い出さずにはいられなかった。それを見たのが一瞬だったからこそ、余計に強く記憶に残ったのかもしれない。

 そんなある日、少年の家に、彼の名前宛にこんな葉書が届いた。


 有料映像未納利用料 請求督促通達書

 このたびご通知致しましたのは、過去に貴方様のご利用なされた「有料映像の未納金」について運営業者様から当社が債権譲渡を承りましたので、大至急当社の方までご連絡ください。期限までにご連絡していただけないお客様に関しては、お支払いの意思がないものとみなし、裁判所の許可のもとに担当回収員がご自宅に直接回収に伺います。尚ご自宅不在の場合はお客様の近隣調査を行い、財産の差し押さえ手続きを行わせていただきます。
(近年、債権回収業者を装った悪質な業者による被害が急増していますので、ご注意してください)
 
  債権総合管理センター


 そのあとに「担当直通」の電話番号と「最終受付期限」の日付が書かれていた。日付は明後日になっている。
 少年は恐れおののいて、父にこの葉書を見せた。父は、何かいかがわしい「映像」を見た覚えはあるか、と尋ねた。少年がそんな覚えはないと言うと、父は
「たちの悪いいたずらだ」
と言って、葉書を破り捨てた。
 しかし、少年は心のどこかに、何か引っ掛かるものを感じていた。いかがわしい映像。見てはいけないもの。ユミの裸体が少年の脳裏にくっきりと浮かんだ。
 その晩、少年は悪夢にうなされた。
 夢の中で少年は、テレビドラマによく出てくる警察の取調(とりしらべ)室のような部屋にいた。そして、正面に座った背広の男から尋問を受けている。
「君、葉書でも知らせたように、禁断の映像を見たね」
 背広の男が言ったが、少年は黙っていた。
「ユミという少女の裸の姿を見ただろう!」
 少年は拳を固め、うつむいてなおも黙っていた。
 いきなり背広の男が少年のむなぐらをつかんだ。
「性の快楽には常に高い代償が付きまとうんだ! 子供だからといって許されると思ったら大間違いだ!」
 背広の男は少年を殴り飛ばした。男は少年になおも馬乗りになり、何度も平手打ちをくわせる。
 そこで目が覚めた。汗びっしょりだった。少年は恐ろしくなり、いても立ってもいられなくなった。まず、破り捨てられてごみ箱の中にあった葉書をみつけ、そこにある番号に電話してみようかと思った。しかし、それは少しためらわれた。なにか途方もない金額を払わされるはめになるような気がしたからだ。
 何かよい手立てはないかと少年は思った。それとともに、ユミの裸を見てしまったことに対する罪悪感に襲われた。彼は子供ながらに、なにかの形で責任を取らねばと思った。
 少年は、三人の女子高生が泊まったときの宿帳を見つけ、ユミの住所を調べた。そして両親の箪笥(たんす)の引き出しから現金をいくらか取り出し、その日の船で本土に旅立った。期限は明日なのだ、という切迫感とともに、必死でユミの家を捜し求めた。

 その日の夕方になって、少年はユミの家にたどりついた。ドアのチャイムを鳴らす。
 ユミが出てきた。
「どちらさま?」
「すみません、僕、このあいだお世話させていただいた島の民宿のものです」
「まあ、またどうしてこちらへ?」
 少年はここへ来るまで、何度も心の中で、ユミに言うべき言葉を思い浮かべていた。自分が彼女の裸を見てしまって罪の意識にかられている事、明日の「期限」までにどうしても謝罪を受け入れてもらわねば困ること……しかし彼女を前にすると、どうしてもその言葉が口から出てこなかった。
「……すみません。たまたまこちらに旅行に来たので……あの、寄らせてもらいました」
「まあ。私たちの旅行のときには、本当にお世話になりました。うん。ありがとう」
 それに対し、少年は何か言おうとしたものの言葉にならず、じっと押し黙ってしまった。その様子をしばらく不思議そうに見ていたユミは、急ににっこりと微笑んだ。少年には、彼女がなぜ笑顔になったのかまるで見当がつかなかった。
「いま家族でお茶を飲んでいたところだったの。よかったら上がってちょうだい」
 ユミの家族にあたたかくもてなされ、彼女とも次第に打ち解けてお喋りするうちに、少年の心からは馬鹿げた妄想や罪悪感がきれいに融けてなくなっていった。
 少年は安心して島に帰っていった。その後、彼がユミと会うことがあったかどうかは分からない。

(終)

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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

 ☃ ちゅうごくさるなし
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