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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/03/29 (Fri) 13:40:43

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No.173
2010/01/07 (Thu) 01:15:37

登場人物

アデライン  天才科学者にして絶世の美女。十九歳。
セバスチャン アデラインの執事。彼女によって造られたアンドロイド。


ティモテオがアデラインの視線を最初に意識したのは、合宿が始まって二日目の夕食のとき、食堂でのことだった。アデラインは女友達と楽しげに喋り、パンをほおばりながらも、ずっと目をティモテオに据えたままだったのだ。うるんだ茶色い瞳、透き通るような白い肌、長く美しい栗色の髪。すぐに彼はアデラインの虜になった。しかし元来引っ込み思案だったティモテオは、すぐに彼女に話しかけることは出来なかった。
その合宿は、ティモテオの所属する大学が、マローナ語の修得を志望する学生のために冬季に行っているものだった。本場マローナ公国の合宿所で、受講者たちは現地の学生たちと交流を深め、三週間で会話の基本を身につけるのだった。ティモテオは父の経営する貿易会社のあとを継ぐ身であり、マローナ語は仕事がら必須のものだった。はじめは科学者・発明家として名高いアデラインがなぜこの合宿に来ているのか不思議に思ったが、同世代の若者と混じって勉強したほうがより効果があがると考えたらしい。そう、彼女は著名人とはいっても、まだ十九歳なのだから。
その有名なアデラインが、ことあるごとに自分と目を合わせてくる。ティモテオははじめそんな馬鹿なことがあるかと思ったが、次第に彼女とぜひ友達になろうと考えるようになった。しかし、前を歩くアデラインが振り向いて魅力的なまなざしを自分に向けているからといって、近づいて話しかけようとすると、彼女はいつもさりげなく離れていってしまうのだった。ある日、アデラインが一人で昼食をとっているのをみとめ、ティモテオはチャンスだと思い近づいていって話しかけた。
「アデラインさん。僕、ティモテオといいます」
「え?」アデラインはびっくりしたような顔をして「え、ああ、こんにちは」
ティモテオは彼女が意外に自分に無関心なのに驚き、どう話を続けていいか迷った。
「マローナ語はだいぶ話せるようになりましたか」
「ええ、そうね。まだ聞き取るのが難しいけど」
「ですよね。ネイティブの人は文法書のようには話してくれませんしね」
「うん……ごちそうさま。それじゃ、ティモテオ」
といってアデラインはさっさと席を立ってしまった。
アデラインは何を考えているんだろう? もっと喜んで話してくれると思ったのに……ティモテオは彼女の心の中を測りかねた。
しかしその後も、意味ありげなアデラインの視線は続き、合宿も最終日となった。

四か月前。ティモテオの父、アウグスト・サヴァント氏がアデラインのもとを訪ねてきた。
「私は貿易会社を営んでいます。自分で言うのもなんですが、かなり大きな会社です。それをいま大学に通っている一人息子にいずれ継がせようと思っているんですがね。しかし息子を見ていると、どうも心配なのです。学者肌というんですかな、気が弱いというのか、どうも生き馬の眼を抜くようなこの業界には向いておらんような気がするのです。もちろん彼には早いうちから会社で仕事をさせて、慣れさせるつもりですがね。しかしそれだけでは不安なのです。なにか精神療法のようなものも受けさせる必要があると思うのです」
「でも、わたしは精神科医ではありませんよ」とアデライン。
「分かっています。しかし、息子はわしに性格についてとやかく言われるのをとかく嫌がりましてな。精神科医にかからせるなど到底できませんよ」
「それでわたしに何をしろと仰るんですか」
「アデラインさんはたいへんな発明家と聞いています。ここにティモテオが健康診断を受けたときの基本脳波パターンと、内分泌物質についてのデータがあります。そこで彼に知られずに、もっと押しの強い性格になるよう精神的な治療を施してほしいのです」
「むずかしい注文ですね……人の性格を人為的に変えるなんてこと、できるかどうか分かりませんし、そのうえ相手に知られずに、だなんて」
「無理は承知です。報酬はいかほどでもお支払いしますので」
「とりあえず考えてはみますが……」
そこでアデラインは、まず人の性格と内分泌物の関係について研究を始め、性格そのものを決定するのではないにしても、物事を実行するためのいわゆる「勇気」と深くつながる物質、アルファ・ピノクシンを増加させる方法を考え出した。それは視覚からの外部刺激による方法で、あとはティモテオ自身に知られずにいかにその刺激を与えるかが問題だった。結局アデラインは、その刺激を離れた場所から与えられるコンタクト・レンズを開発し、それを自分が装着してティモテオの眼を見る、という方法を取ることにした。

「必要以上に男性の眼を見つめたりすると、いらぬ誤解を与えるのではありませんか?」とセバスチャン。
「たかだか三週間だし、きっと大丈夫よ。じゃ、しばらくマローナ公国に行ってるわね」

そして合宿の最終日。現地の学生とのお別れパーティもあって、アデラインは華やかな明るい赤いワンピースを着て、たくさんの仲間とお喋りした。著名な科学者ということで初めは遠巻きに見ていた学生たちも、輝くばかりに美しいのに屈託がまるでないアデラインの人柄に魅了され、彼女はすっかり人気者になっていた。
その晩ティモテオは何度かアデラインに話しかけることができた。しかし実は二人きりで話したいことがあったのだが、その機会はなかった。

合宿から帰るとアデラインは
「三週間だけど、ティモテオもだいぶ変わったと思うわ。次に彼が健康診断を受けるまでは正確なことは分からないけど」
「お嬢様、お客様がお見えです。ティモテオ・サヴァント様です」とセバスチャン。
「え、ティモテオが来てるの? 何の用かしら」
アデラインが玄関口に下りていくと、ティモテオは真剣な目をして待っていた。
「アデライン、合宿お疲れさま。実は二人きりで話したいことがあって来たんだよ。合宿が終って、僕たち、もう会う機会がないだろう? だから思い切って言うんだけど……僕とお付き合いしてくれませんか? いや、本当は結婚して欲しいんだ」
アデラインは目を丸くした。
「え……急にそんなこと言われても……」
「他に好きな人がいるんですか?」
「え、いや……」
アデラインが口ごもっていると、セバスチャンが「お嬢様、アウグスト・サヴァント氏からお電話です」
「ちょっと待っててね……もしもし、アデラインですけど?」
「いやアデラインさん、今回はありがとう。息子は見違えるようだ。今日はなんと、結婚したい人がいるから申し込んでくると言って出て行きおった! 今までの内気なあいつには考えられんことだ。いや本当にありがとう」
「えっと、彼、あたしのところに来てるんですが。うーん……困ったわ。セバスチャン、どうしたらいいのかしら? というか何とかしてくれない?」
「これはお嬢様の自業自得です。ご自分で何とかなさるべきでしょう」
アデラインはしどろもどろになってティモテオの申し出を断ろうとしたが、うまく言えなかった。結局用があるからと言って自家用ロケットで飛んで逃げっていったが、どれぐらい逃げ続ければいいのか彼女には見当もつかなかった。


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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

 ❖ 呂仁為 Ⅱ 〜 昭和の想い出話や親しみやすい時代物、歴史小説などについて書きます。

 ✿ 流火-rjuka- ~ 主に漢詩の創作、訳詩などを行っています。架空言語による詩も今後作りたいと思っています。

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