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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/27 (Sat) 14:20:16

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No.374
2010/11/28 (Sun) 22:56:59

 わたしはその夜、電気をつけっぱなしで眠っていた。真夜中ごろのことである。寝苦しくなって、目を覚ますと、なにか黒くて大きなものが、宙に浮いているのが見えた。よく見るとそれは人間で、顔面蒼白、額から頬にかけて血が流れ、憎悪でギラギラ光る目をした、武士だった。武士であることは、さかやきの頭、黒い着物、そして右手で振りかざした刀からわかる。その武士は、こちらに躍りかかるような格好で、体を下に向けて、つまり寝ているわたしと向かい合って、空中に静止しているのだった。
 わたしはその武士を認識した瞬間、心臓が止まりそうになった。しかし、すぐに目をつぶり、冷静になろうとして、なんとか深呼吸をした。最近ではよくあることなのだ、それがたまたま、今ここで起こっただけなのだと、わたしは自分を納得させようとした。ところが心臓は早鐘のように打ち続けていて、わたしは、自分が心臓麻痺で死ぬのではないかと、本気で不安になった。
 だいぶ長い間、目を閉じたまま静かに深呼吸を続け、動悸が完全に落ち着くのを待った。そして、なんとか動けるようになると、やはり武士を見ないように目をつぶったまま、体をゆっくりと起こした。わたしは、左胸にまだ鈍い痛みを感じていたので、細心の注意を払って体を動かし、静かにベッドから降りた。そして、寝室の外にある電話のところへ行った。あの宙に浮いた着物の男から常に目をそむけながら。わたしは受話器をとり、タイム・パトロールを呼び出した。
「もしもし……あの、うちに出ました。住所は……」
 
 しばらくして、三、四名のパトロール員がやってきた。
「ああ、これはびっくりなさったでしょう……」青い制服のパトロール員が、目を丸くして言った。職業柄、そういうものに見慣れているはずの彼らも、この武士には驚いた様子だった。「武士そのものは、それほど珍しくはないんですが、この現れ方がね……」
 わたしは、パトロール員のくれた心臓の薬を飲んで、だいぶ落ち着いてきたので――彼らは、今日のわたしのような事態に備えて、常にその薬を携帯していた――この武士をもう一度よく見てみよう、という気になった。
「何者でしょうか」
「さあ。とにかくこの部屋に機械を持ち込んで、こいつを消してしまいますから、別の部屋で休んでいてください」

 その現象は、十年ほど前から、世界のあちこちで起こるようになった。それは、過去の世界の、ある瞬間における空間の一部分が、忽然と現代に姿を現すという現象だった。原因は不明。現れるのは人物の場合もあるし、物体の場合もある。むしろ物体のことのほうが多いが、それは、建物のひさしの一部分のようなものや、塀の一部、木の枝、石ころ、川の水(固体状になって現れる)というようにさまざまで、あらゆるものが出現しうるといってよかった。また、人間の首だけとか足だけ、犬の体の前半分だけが現れる、ということもある。またまれに未来から、わけの分からぬ物体が出現することもあった。要するに、別な時代の、ある瞬間の空間が無差別に切り取られ、現在に出現するのだ。それも、何のまえぶれもなしに。

 この現象が起こり始めたころは、もちろん大変な騒ぎになった。道を歩いていて、目の前に突然女の生首が出現し、ショックで死亡した人がいた。ある人は車を運転していて、突如、前方に戦車――それは後ろのほうが少し欠けた戦車だった――が現れ、それに衝突して大事故を起こした。
 しかし、はじめは謎だらけだったこの奇妙な現象も、各研究機関により、しだいにその発生のメカニズムが解明されていった。同時に、出現した物体のおのおのについて、それがいつの時代のどの時点からやってきたものなのか、正確にわかるようになった。そして、その物体のもと居た場所は、つねに、現在出現しているのと同じ地点である――つまりその物体は、「時間の旅」に際し、地球上の位置を変えないということがわかった。そして今では、この現象を未然に防止することはできないまでも、出現した過去の物体を消去してしまうことはできるようになった。この「消去」を専門に行っているのが、現在活躍しているタイム・パトロール隊である。

 あの不気味な武士を消す作業が終わり、寝室に戻ってきたわたしは、武士がいつの時代からやってきたのかをパトロール員にたずねた。
「一七三九年三月十四日、午後十一時三十二分ですね」と、パトロール員は、機械のメーターの表示を見て、教えてくれた。
「あの……彼がどういう人物なのか、わかりませんか。名前とか」わたしは、ショックがおさまってから、ふと好奇心を起こして尋ねた。
 パトロール員は、笑いながらかぶりを振って、「それはわかりません」と言った。無理な質問だったらしい。

 わたしは、最初にあの武士を目にした時の衝撃からは立ち直りつつあったが、あの顔の不気味な印象を意識からぬぐい去ることができなかった。あの汗ばんだ青白い顔。鮮血が額から流れ出ていて、それは鼻の両側に分かれて頬を濡らしていた。その目はわたしを見ていた。おそらく、ちょうどわたしの居た場所に、彼が斬りかかろうとしていた相手が居たのだろう。彼は、親の仇を討とうとしていたのだろうか。あるいは、友にひどく裏切られたのだろうか。

 わたしは翌日図書館に行って、あの武士について調べてみる気になった。まずわたしの今住んでいる場所は、一七三九年当時、河原だったことがわかった。とすると、彼はその日、夜の十一時半に河原にいたことになる。
 わたしはそのあと、一七三九年三月十四日に、その河原で殺人か、または傷害事件がなかったかどうか調べ始めた。しかし、これについては、何の記録も見出すことはできなかった。あの武士の凄絶な顔を思い出すと、彼はその日とてつもなく陰惨な事件を起こしているに違いない、と思えてくるのだったが。

 わたしは自宅に着いて、玄関のドアを開けた。そして、慄然とした。
 そこに、武士の生首があったのだ。きのう現れたあの武士の首だった。その首は、粗末な木の台の上に置かれ、両脇を小石で支えられていた。この武士は、打ち首獄門の刑にあったのだろうか。その青白い首は、落ち武者のように髪を左右にたらし、無念というよりは憎悪の形相を浮かべていた。
 わたしは、昨夜ほどのショックは受けなかったが、薄暗い玄関に置かれた獄門台は、やはり不気味であった。
 わたしはまたタイムパトロールに電話をかけた。しかしいつまでたっても相手は出なかった。プープーという発信音だけが聞こえ続ける。
 テレビをつけてみたが、どの局も放送していなかった。
 これは異常だ。わたしは外の様子を見ようと、玄関の扉を開けた。
 そこには白いもやが立ち込め、また見慣れた都会の風景は姿を消し、林が広がっていた。下を見ると鎧兜を身につけた武士たちの亡骸が、折り重なるように、無数に、遥かかなたまで横たわっていた。遠くから、ほら貝が吹き鳴らされる音がかすかに聞こえてくる。そしてときおり、うなるような矢の飛び交う音、馬が駆け去っていくひづめの音。
 事態を飲み込むのにそう時間はかからなかった。わたしの家が、戦国時代に移動してしまったのである。
 わたしは扉を閉じ、茫然と椅子に腰を下ろした。
 悪い夢を見ているのかも知れない。きっとそうだ。わたしはそう期待して、ベッドにもぐりこんで眠ることにした。

(終)

(筆者による文芸社刊『無限ホテル』所収の「武士」を改作)

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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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