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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
No.
2024/04/26 (Fri) 12:45:28

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No.370
2010/11/08 (Mon) 21:55:44

ストレスの多い現代社会。日々重い職責や人間関係に倦み疲れた人々は、やり場のない怒り、悲しみを抱えきれないほど抱え、ほとんど何らかの形で心を病んでいる。人間はいかにして心の重荷を取り除き、精神を浄化すべきか。昔は戦争というものがあり、人々はそこで闘争本能を解放し、人間性を取り戻して日常に還っていった。しかし今日は戦争というものがない。
そこで、非常に重いストレスを一定量こころに抱いた人間には、弾を百発だけ撃てる拳銃が支給されることになった。精神を浄化するための銃ということで、これは浄化銃と呼ばれた。政府がどういう人間にそれを与えるかは、職歴や精神科医によるテストで決められた。

中高一貫のある私立学校の教員、岸田がその拳銃を支給されたとき、非常な驚きを感じたが、気分が落ち着いてくると、銃により自分の手にした「力」が大変に気に入りだした。岸田は嫌な奴の顔をつぎつぎ思い浮かべた。あいつ、それからあいつ、そう、こいつも殺してやろう。彼は興奮してその夜は眠れなかった。

翌日の一時間目、中学一年の数学の授業。
「きりーつ、礼」
生徒たちはだるそうに立ち上がり、ほとんど頭を下げずに着席した。そのあともゆるんだ雰囲気が続き、岸田が授業を進めても生徒は私語をやめない。いつもそうだった。だが今日の岸田は、黒板から振り向いて、だるそうに、無駄だと分かりきっているかのような調子で「はい、しゃべらない。うるさい奴には罰を与えるぞ」と言った。もちろん、そんな軽い調子では生徒は静まらない。
「よし、警告はしたぞ」
岸田はホルスターからそっと浄化銃を抜いた。まずは森下。ませた女子で、岸田がいくら真剣に怒っても一向にこたえず、授業中もセックスの話で夢中になっている困った生徒だ。
「おい、森下」
彼女が振り向くと、岸田は間髪いれずその額の真ん中を撃った。タン。という意外なほど軽い銃声がしたかと思うと、森下の体はくずおれ、岸田は熱い返り血を顔に浴びていた。
ざわついていた教室が一気に静かになった。
「どうした? かまわずしゃべってろよ」岸田はかったるそうに言った。「そんなに気になるか、この銃が」じっと黙って銃を見ていたやんちゃな男子生徒の小島は、珍しくあどけない表情を見せてぽかんとしていた。
「小島、俺はお前のこともずっと嫌いだった」岸田はそう言うと、小島の頭に向かって発砲した。今度は森下のときとは違って、少年は派手に脳味噌を飛び散らせた。すこし離れて撃ったほうが、破壊力を増すのだろうか。岸田はその新しい発見を面白がると同時に、銃の威力に酔いしれていた。
さすがに二人も殺されたとなると、生徒たちは顔を青くして、ある者は叫び声を上げながら、教室の後ろの出口から逃げていった。
ふははは。岸田は笑いながら廊下を闊歩した。次はいつも教室全体で自分をシカトしてくる高校二年二組だ。その教室に入った岸田は、目についた生徒をかたっぱしから撃っていった。
そのときその教室で授業をしていたのは、安田という年老いた男性教員だった。安田は岸田の肩に触れてきた。銃の乱射を制止するのかと思いきや、安田は「先生、銃を撃つときは、もっと脇をしめないと」。安田もこのクラスのことが気に入らなかったのだ。なるほど脇をしめて撃つと、命中率が高まるのが分かった。
「安田先生もちょっと撃ってみませんか」岸田は言った。すると安田はにやけて
「そうですか、では遠慮なく」銃を受け取り、腰が抜けて動けなくなった女子生徒の膝をつかんで股を開き、スカートの中の股ぐらに向けて発砲した。女子生徒はぎゃあと叫んでこときれた。
「あーすっきりした」安田は岸田に拳銃を返した。
そのとき教室のスピーカーから「岸田先生が浄化銃を学校に持ち込み、生徒を撃ち殺しています。全員すぐ避難するように」という放送が流れてきた。
「おっと、ぼやぼやしちゃいられねえ」岸田は隣の二年三組の教室に入り、放送を聴いてきょろきょろしている生徒たちに向かって
「おい、ちょっとでも動いたら撃つぞ」
そのとき、白衣を着た美しい女性が岸田の前に立ちはだかった。彼が以前からあこがれていた、理科教師の古村だった。岸田はぎょっとして
「先生、そこをどいてください。どかないと撃ちますよ」
「どきません!」その凛とした表情は、この世のものとは思えぬほど美しかった。
「ちきしょう」岸田は吐き捨てるように言って教室を出て行った。

翌日。岸田はいつものように出勤した。浄化銃で犯した殺人は、罪には問われなかった。しかし同僚たちはみな引きつった顔で岸田を見た。恐ろしいのだ。
「おはようございます。ところで浄化銃の弾は、昨日で撃ちつくしましたので」
それは嘘だったが、そうとでも言わないと、みな逃げていってしまう。弾は、四発ほど残っていた。
「お、おはようございます」みな、どういう態度を取ってよいやら分からぬといった調子で挨拶してきた。数十人の生徒を殺してまわった男。教師としてあるまじき行為だが、みんなその気持ちは分かる部分もあった。殺してやりたいほど憎たらしい生徒というのは、実際いる。しかしその殺人を実行に移すかというと、疑問も残る。
古村が出勤してきた。岸田はふつうに「おはようございます」と声をかけたが、古村はつんとそっぽをむいて挨拶を返さなかった。岸田とは目を合わさずに、美しい眉をひそめ、憤りの表情を浮かべていた。そのとき初めて、岸田は自分のしたことが、通常なら重罪に問われる重い行為であることをぼんやり自覚した。死なせた子供たちの親は、いまどんな気持ちだろう。俺を殺してやりたいと思っているだろうか。学校に怒鳴り込んでくる保護者もいるかも知れない。まあしかし、職場では当面は気まずいこともあるだろうが、喉もと過ぎれば熱さ忘れるってものだ。どうせロクなしつけも出来ないくせにクレームばかりつけてくる親たちのことだ、同僚や世間も俺の味方をしてくれるさ。

昼休みの職員室。自分を無視し続ける古村のことが気になり、岸田は彼女に話しかけた。
「二年五組は今日どうでしたか。松岡のやつ、やっぱりうるさかったですか」
他愛ない、クラスの問題児の話。しかし古村はもう我慢できないといった顔ですっと立ち上がり、すたすたと教頭の机に向かった。
「気分がすぐれませんので、早退させていただきます」
古村はさっさとバッグに荷物をつめ、職員室から出て行った。岸田は彼女を追いかけた。学校の門から出て、生徒の目につかないところまで来ると、彼女の腕をつかんで引き止めた。
「古村先生、怒ってるんですか?」
「放してください」
「僕と話すのは嫌ですか?」
古村はやっと立ち止まり「よく平気ですね、あんなに人を殺して」
「僕のしたことは罪に問われないし、間違ってるとも思わない」
「間違ってると思わないって……信じられない。もうわたし帰るんで、ついてこないでください」
すると岸田はどす黒いまでに顔を紅潮させ「どうしても俺と付き合えないっていうのか」と言って、ふところから銃を取り出した。

理科教師・古村裕子の自宅マンションで、岸田が銃で頭を撃ちぬいて自殺したとの通報が、古村自身によって警察になされた。彼女によると、岸田が自宅までついてきて、交際をしつこく迫ってきたが、断ると絶望した様子で自殺したという。警察もそれを信用し、事件はそれでかたがついた。しかしそれは彼女によって美化された嘘だった。本当は自暴自棄になった岸田が古村を強姦しようと腹を決め、浄化銃で威嚇射撃して彼女の服を脱がせたが、いざ陰茎を挿入しようとした段階でどうしても勃起しないのに気付き、しかも弾が一発しか残っておらず強姦のチャンスは二度とないから絶望のあまり自殺したのである。

やはり浄化銃などというものはよくない、世の中には鬼畜のような人間もいるのだから、と当たり前のような論説が新聞・マスコミでなされた。しかし逆に、根っから鬼畜でない人間というものがいかほどいるだろうか。そう自問する者も多くおり、これも当たり前のことだが浄化銃という制度はまもなく廃止された。


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快文書作成ユニット(仮)
自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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