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 『読んで面白い』『検索で来てもガッカリさせない』『おまけに見やすい』以上、三カ条を掲げた〜快文書〜創作プロフェッショナル共が、心底読み手を意識した娯楽文芸エンターテイメントを提供。映画評論から小説、漢詩、アートまでなんでもアリ。嘗てのカルチャー雑誌を彷彿とさせるカオスなひと時を、是非、御笑覧下さいませ。
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No.138
2009/11/16 (Mon) 21:26:15

玻璃盤の胎児  三好達治

生れないのに死んでしまつた
玻璃盤の胎児は
酒精(アルコール)のとばりの中に
昼もなほ昏々と睡る

昼もなほ昏々と睡る
やるせない胎児の睡眠は
酒精の銀の夢に
どんよりと曇る亜剌比亜数字の3だ

生れないのに死んでしまつた
胎児よお前の瞑想は
今日もなほ玻璃を破らず
青白い花の形に咲いてゐる


水曜日は中学部の生徒が、朝からみなで校外学習に出かけた。どこかの電機メーカーの工場に見学に行くようである。僕は高校部で教えているが、なぜか中学部の職員室に席があり、他の先生方はほとんどが引率に出ていた。その日の職員室は音楽の坂小路(さかこうじ)先生と僕の二人だけだった。元気のいい中学部の生徒も校舎におらず、職員室はしんと静まり返っていた。ふだん気を遣う相手がいるわけでもないのだが、こう閑散としているとずいぶん精神がリラックスするものだと気がついた。

高校一年の授業を終え、空き時間になったがすることもないから、僕は職員室でぼんやりとしていた。そういえば、仲の良い理科の佐穂戸(たすくほべ)先生が理科室にいるかも知れないと思い、行ってみた。戸に鍵が掛かっていなかったから、誰かいるのだろうと思い理科準備室に入っていった。人体模型やアルコール漬けの標本がならぶ棚に囲まれたその部屋には、しかし誰もいなかった。気味の悪い、人間の胎児のアルコール漬け標本が、作業机の上に出されていた。こういうものはずっと密封しておくものだろうと思っていたが、栓が弛められ、先が電極のようになった二本のコードが差し入れられ、先端が胎児の左右のこめかみに付けられていた。そのコードは、小さな白い箱からのびており、その箱から別に少し太めのコードがのび、それはパソコンに接続されていた。

マウスを動かしてみると、ディスプレイには二つの横長のグラフが映し出された。ときどき微妙な揺れをきざむ水平な線がグラフに描かれている。僕は最初、これはこの胎児の脳波ではなかろうかと思った。ただ明らかに胎児は死んでいるから、脳波だとしたらこのように微動するものだろうか。しかし事実コードの先は胎児の頭に接続されており、グラフはその脳に関するものと考えるのが自然と思えた。

胎児の脳。その精神内容はいかなるものだろうか。『中庸』にいう、喜怒哀楽の未だ発せざる、これを中と謂う。発して皆節に中(あた)る、これを和(か)と謂う。中は天下の大本なり。和は天下の達道なり。中和を致して、天地位(くらい)し、万物育す、と。つまり喜怒哀楽のまだ発しない精神状態は、一方に偏ることがないから、名づけてこれを「中(ちゅう)」、また「未発の中」ともいう。この「未発の中」があってこそ、自然でその場に適した、過不足のない感情が可能になるのであり、こうした感情が起きることをここでは「和」といっている。人間は年を重ねると、未発の中の状態をなかなか保てなくなり、何らかの点で偏頗な、行き過ぎや不足のある感情を起こすようになるのである。
それを思うと、さしずめこの胎児の精神状態は、つねに未発の中を保った非常に好ましいものと言えるのかも知れない。

パソコンのキーボードには「触るな」と書かれたA4の紙がセロテープで張られていた。僕はそれを無視してEnterキーを押した。すると画面からグラフが消え、意味不明の文字列が現れだした。

iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiuiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiuiiiiiiiuiiihowpoanrwioaiewrngnirniiiiiiiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiijnuieruieewawwwwwwwwwwrrrrrrrrriiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiidiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiswrbe43onoppk00-o-
mnkllllllurhbiaen;ioariohgbvonojopwejraonwrenor:kiiiiiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiinompkkkkkkkkkkkdbnswewraiuib;ab;reiohrebe
fnbvr39oiolklkfdsmnnrfeuearuaer.nerbsvoaprew@r00349joiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiif

アルコール漬けの胎児を見ると、さっきまでは見えなかった小さな気泡が体中からたくさん出ているのに気がついた。僕はなんとなく頭がくらくらとし、その場を立ち去った。
職員室に戻ると坂小路先生がいたが、彼は自分の席で突っ伏して寝ていた。もうそろそろ次の授業の時間だから、僕はチョークとエンマ帳とノートを持って、高校二年の教室に向った。しかしまだ休み時間なのに、高校部の校舎も非常に静かだった。目的の教室に来ると、驚くまいことか四十名の生徒がすべて机に突っ伏して寝ていた。いや、床に倒れて意識を失っている者もいる。これはえらいことだ、皆で病気になったのかも知れないと思い、とにかく保健室の先生のところへ向った。保健室には誰もいなかった。そしてそこにある白いベッドを見ると、僕にも猛烈な睡魔が襲ってきた。

夢の中で、僕は大理石の大きな柱の並ぶローマ風の広間にいた。周りにはうすものの着物を着たおおぜいの男女がいて、彼らはみな広間の奥に向ってひざまずき、頭を床につけんばかりに下げている。彼らが最敬礼している広間の奥を見ると、小さな赤い玉座に人間の胎児が腰かけていた。その左右から、美しい女官が孔雀の羽で出来た大きな団扇で、胎児にゆっくりと風を送っていた。
「皆のもの!」
声はあたりに響かなかったが、その声は脳内に直接伝達された。
「我々は今まで幻影を見てきたのだ。今日から真実の世界で暮らすことになるのである!」
それを喋っているのは、玉座に座って目も開かないあの胎児に違いない、と思った。
「これまで君たちが幻影の世界で持ってきた、欲に汚れた、小さな我執にとらわれた感情は、過去のものである! これからは感情が静まって、私のような執着のない境地にいたるのである……だがその前に」
と、突然胎児は玉座の上に立ち上がり、大きな目をあけて私のほうを指さした。
「ここに一人だけ、心の汚れた者がおる! その男がおるだけで、私は胸が悪くなり、吐き気がする! そいつを殺せ!」
今までひざまずいていた若者たちは立ち上がり、虚ろな目をして僕のほうに歩いてきた。それぞれが、頭から長髪をまとめるカンザシのような金色、銀色の串を抜き、それで僕を四方八方から突いてくるのである。腹や胸、背中を刺され、最初は痛みを感じなかったが、右の頬を刺されて激痛が走ってから、体中が痛みだし、僕は声を上げた。
「助けて! 助けてくれ!」
しかし、左の眼を串で突き刺されて頭部に激痛を感じてから、声を出すこともできなくなった。頚椎を刺されて、僕はついに気を失った。死んだのかも知れない。

という白昼夢を見ていると、チャイムが鳴った。高校二年のクラスで、授業しながら夢を見ていたらしい。
「じゃあ終わります。はい起立!」


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自己紹介:
 各々が皆、此の侭座して野に埋もるるには余りに口惜しい、正に不世出の文芸家を自称しております次第。以下、【快文書館】(仮)が誇る精鋭を御紹介します。


 ❁ ntr 〜 またの名を中村震。小説、エッセイ、漢詩などを書きます。mixiでも活動。ふだん高校で数学を教えているため、数学や科学について書くこともあります。試験的にハヤカワ・ポケット・ブックSFのレビューを始めてみました。

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